雑司谷 拝鈍亭

2014年05月18日 23:59

本浄寺山門

住所は豊島区雑司が谷ですが、
文京区大塚に在る護国寺駅から、徒歩5分程度のところに、
「本浄寺」というお寺が在ります。

本浄寺は、
日蓮宗の寺院で、真要山と号し、元は谷中に在ったのだそうですが、
宝永3年(1706年)といいますから、
雑司が谷に移ってから、300年以上が経つことになります。

本浄寺本堂

外観からはお寺だと分かりにくいのですが、
敷地内部に入れば、やはりそこはお寺です。

但し、
普通のお寺とは、ちょいと違っていることがあります。

拝鈍亭入口

本浄寺には、「雑司谷 拝鈍亭」という法話サロンが有ります。
これは、ハイドン好きのご住職が命名したようでありますが、
拝鈍亭では、ハイドンの室内楽の演奏会をはじめとして、
様々なジャンルの催しを、ときどき開催しています。

この、ハイドンというのは、
フランツ・ヨーゼフ・ハイドンでお兄さんのほうであります。
その世界では、交響曲の父、弦楽四重奏曲の父と呼ばれている方です。

拝鈍亭内部

その「雑司谷 拝鈍亭」できょう、
「日本舞踊の夕べ」という催しがありました。

歌舞伎俳優の市川弘太郎と、
清元浄瑠璃の清元一太夫さんと、
清元三味線の清元栄吉さんの出演。

清元一太夫さんの曽祖父は、
清元節の名人と謂われた、清元志壽太夫さん、
清元一太夫さんの祖父は、
清元節三味線方の清元榮三郎さん、共に人間国宝です。

清元節三味線方の清元栄吉さんは、
東京藝術大学音楽学部作曲科に入学し、
大学4年生のときに、邦楽に転向し、
清元榮三郎さんの弟子になったという方で、
現在では、邦楽の作曲も手がけていらっしゃるという逸材です。

きょうは、
清元「青海波」の演奏と、
日本舞踊、歌舞伎、清元に関する座談、
そして、最後に清元「うかれ坊主」を踊るという趣向でした。

ご住職の前で「うかれ坊主」というのもどうかと思いましたが、
檀家の皆さまや、地元・雑司が谷の皆さま、
弘太郎の知人・友人が集って、観てくださいました。


そして催しの後は、
弘太郎が生まれたときから可愛がってくれているカメラマンの I 氏。
同じく、よく弘太郎のお守りをしてくれた日本舞踊家で、
ご住職が小学校の同級生だということが、きょう判明したC さん。
わたしたち夫婦の、学生時代からの友人であるYクン。
そして、ことし6月に予定日(出産)を迎えるという、弘太郎の友人Kさん。
同じく、学習塾もいっしょで、中等部からの友人Kさん。
みんなで、息子を肴に飲みました。

モチロン、妊婦はトマトジュースとジンジャーエールでしたケド。

酒の肴




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