ちょうどいい季節

2014年05月17日 18:46

20140516_103355 (1)

新神戸駅の、プラットホームのベンチに腰掛けて列車を待っていると、
父が、「旅行をするには、ちょうどいい季節だなぁ・・」と云いました。

プラットホームの背後に広がる、布引公園の新緑が清々しく風に揺れていました。

そこへ、妹からのメールが届きました。

「お兄ちゃん、ありがとう。兄妹全員が揃って逢えて本当によかった。」
と、書いてありました。

兄妹というのは、
父の兄、父、父の二人の妹のことです。

その二日前に、父の供をして、
徳島の、父の故郷へ行って、叔母の家に二泊した帰り道です。

父の故郷・勝浦町は、わたしが産まれた町でもあります。

伯父夫婦と、父とわたし、叔母と、もう一人の叔母とその娘のEちゃんと、
みんなで、お墓参りをしました。

その後で、
父たち兄妹の祖父と父が開墾したという、
山のみかん畑が見える川の上流まで、車で兄妹たちを連れて行きました。
わたしにとっての、曾祖父さんとお祖父さんが開墾した山です。

みかん畑は、原生林に還っていましたが、
兄妹たちは、山の形を頼りに、みかん畑だった山を眺めていました。


帰る日の朝、
6時過ぎには、階下の台所でコトコト音がしています。

叔母が、台所に立って、
兄と甥のために、朝食を作ってくれているのでした。

両手に杖を持たなければ移動できない身体なのに、
飯を炊き、味噌汁を作り、魚を焼いて、副菜とデザートまで、
用意してくれたのです。

朝8時、父も起きだしました。

8時過ぎには、介護タクシーが叔母を迎えに来ます。
その日は、一日おきの人工透析の日だったのです。

叔母は、透析の途中で水分を補給するための氷を、
水筒に入れて、介護タクシーが着くのを待っていました。

兄妹が、
短くて簡単な挨拶を交わしていると介護タクシーが迎えにきました。
叔母は、タクシーの中から微笑んで手を振り、病院に出掛けて行きました。
わたしたちが、微笑んだ叔母を見たのは、それが最後になりました。

その後、父と二人で、叔母が作ってくれた朝食をいただきました。

4年前のきょうの事です。

それから3ヶ月後、叔母は亡くなりました。
更に3ヶ月後、伯父も亡くなりました。


きょうは、
弟が、実家のみかん園の写真をメールで送ってくれました。

いまは、故郷を思い出すのには、ちょうどいい季節です。

スポンサーサイト


コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    トラックバック

    この記事のトラックバックURL
    http://coachhide.blog73.fc2.com/tb.php/1990-5a406796
    この記事へのトラックバック


    最新記事