法治国家

2014年03月28日 23:59

「これ以上拘置を続けるのは耐え難いほど正義に反する」

再審開始と拘置の停止を同時に認めた村山浩昭裁判長は、
その理由を、こう述べたのだそうです。

1966年(昭和41年)当時の、静岡県清水市横砂町で起きた、
所謂袴田事件の第二次再審請求でのことでした。

この「正義に反する」という文言は、
以外と、判決で用いられることが多いのだそうですね。


さて、
袴田事件が起こる前に、同じ捜査官が関わった他の事件があります。

幸浦事件二俣事件小島事件島田事件
いずれも静岡県下で起きた事件です。

これらの事件は、いずれも冤罪事件でした。

そのなかの小島事件の場合でも、最高裁判決で裁判長は、
「調書の作成過程で不自然な形跡がある」と認定し、
「かなり無理があり、この調書を事実認定の有力証拠とするのは
 判断を誤まる採用してはならない証拠を取り上げたものであり、
 違法性を認めざるを得ず、原判決は破棄しなければ著しく正義に反する
と述べています。

このように、
「正義に反する」という判決文は、珍しくないのだそうです。

それにしても、
同じ捜査官が扱った5つの事件が、共に冤罪であったか、
冤罪であった可能性が濃厚であるワケですが、
むかしの捜査方法に重大な問題が多かったからこそ、
「耐え難いほど正義に反する」ことが頻発していたのでしょう。

その意味で、
袴田事件」とは、一家四人殺しの事件ではなく、
「袴田さんの冤罪を生んだ事件」という意味に変わりました。

拷問などによる取調べや、証拠品のねつ造など、
到底法治下で行われてはならないことが起きたかもしれない事件です。


ところで、
1966年(昭和41年)に、この事件が起こった静岡県清水市横砂町は、
わたしの母の実家が在った清水市興津の近くです。

1950年(昭和25年)に起こった小島事件の現場である
静岡県庵原郡小島村(現在の静岡市清水区小島町)は、
そのむかし、わたしの曾祖父が村長をしていた村でした。

その意味で、わたしが身近に感じていた事件でありました。


それにしても、
警察や検察、そして司法の場というものが、
“昔は”いいかげんだったのだ、という論調が気になります。

元・都知事が、都知事選挙前に選挙資金1億円の借金を依頼した件。
貸した方は、別の公職選挙法違反事件で身内3人が逮捕される事態に。
借りたとされる方は、収支報告書の虚偽記載の罪で略式起訴され、
罰金50万円と今後5年間の公民権停止だけって、どうなんでしょ?

我が国は、真犯人や疑惑を放置したままの、放置国家だったの?

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