仏に逢うては仏を殺し、祖に逢うては祖を殺す

2014年03月04日 23:59

哲学者・ニーチェは、
「神は死んだ。神は死んだままだ。
 そして、わたしたちが神を殺したのだ。」(「悦ばしき知識」より)
と記しました。

しかし、「神という概念」は、まだ“存在”しています。
その「神」がいる限り、争いはなくならないのかも、しれません。


この国には、「空という概念」があります。

「仏」の教えです。
「空」は、仏性の本質だとも云えるでしょう。

「空」は、「くう」と読みます。

「空」を「なにもないこと」、と考えるのは気が早すぎます。

「空」は、“在る(有る)”からです。

「空」と「無」は、違います。
「空」は、留まりません。「無」は、「無」です。

命の実体は、「空」です。
命は、わたしであり、わたしではなく、あなたであり、あなたではありません。
留まるところのない流転を繰り返す存在がわたしであり、あなたです。

水は、水でありづづけることはありません。
水は流れます。水は気になり、霞になり、雲になり、雨になり、
草になり、木になり、実になり、人にもなります。
実体は、ありません。あえて云えば、それらすべてが実体です。

それを「空」といいます。

人が、作り、造り、創るもの、刻みつづけるもの、
継承し、
そして、作る、造る、創るもの、刻みつづけるもの、
それが、人の実体であり、それを「空」といいます。

臨済宗の開祖・臨済の言葉を書き記した書物に、
「仏に逢うては仏を殺し、祖に逢うては祖を殺す」とあります。

本当に殺すワケではありません。
あらゆる概念や、すべての執着を断てと云っているのでしょう。


明日初日、スーパー歌舞伎Ⅱ「空ヲ刻ム者 ―若き仏師の物語―」
新たな“猿之助歌舞伎”の命が、刻まれることでしょう。

空ヲ刻ム者

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