お寺との縁

2013年09月23日 21:13

お彼岸

新宿区の大久保に在るこの墓には「南無阿弥陀仏」と彫られていますのに、
この墓所を持つお寺の宗派は、曹洞宗です。

この墓には、
我が家のご先祖様である、祖父母三角寛(本名・三浦守)夫妻と、
わたしのかみさんの母が眠っています。

その、かみさんの母方の祖父・三浦守(三角寛)は、
大分県豊後大野市の最乗寺に、小学4年が終わったときから預けられ、
四書五経を学んだのだそうですが、最乗寺の宗派は真宗であったために、
祖父は親鸞聖人の教えに影響を受けていました。

そこで、曹洞宗のお寺にもかかわらず、
亡くなった母が、お寺に無理を聞いてもらって
南無阿弥陀仏と彫った墓を建立したのだろうと思われます。

なんとも、三角寛の墓に相応しい、なんでも有りのエピソードであります。

では、なぜこのお寺に墓を建立したのかでありますが、
このお寺は、この墓に眠る祖母と縁がありました。

大久保のお寺は、中野に在る曹洞宗のお寺の末寺です。
その中野のお寺には、祖母の母の従姉妹が嫁いでいたのだそうです。

祖母は、富山で生まれました。
富山駅から海の方に行った四方(よかた)というところだそうです。
むかし、祖母の父は網元で、多くの漁船を持っていたのだそうです。

しかし、
嵐のときに難破して、船は沈み乗組員たちも亡くなってしまったのだそうです。
そこで、その分を取り返すために、時化の海で漁をして稼ごうとしたら、
また船が沈んで乗組員たちが亡くなって、ということを繰り返しているうちに、
その土地には居られなくなり、一家で東京に出てきたのだと聴きました。

そこで、祖母は縁戚にあたる中野のお寺に預けられて、
行儀見習いをしているときに、三浦守(三角寛)に出会いました。

そんな縁で、
中野のお寺の末寺である大久保のお寺とも親戚付き合いをしています。


このように、祖父母はどちらもお寺で暮らした経験をもち、
仏の教えに影響を受けて育ったようです。

また、人が一生の内でなかなか経験しないような体験もしています。
しかし、いまは大久保のお墓で静かに眠っています。

祖父が子どもの頃に過ごした大分の最乗寺には、
柳原白蓮が投宿したときに描いた自筆の歌が遺されているのだそうです。


南無帰依佛 まかせまつりし 一筋乃 こころとしらば 救わせたまへ

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