モラルジレンマ

2013年09月15日 22:43

門番のマルコ」というお話をご存知でしょうか?

マルコという青年がおりました。
マルコは、兵士になりました。

兵士になるときに、マルコのお父さんは、こう言いました。
「王様がいるから、この国の人々は平和に暮らせているのだよ」

兵士になったマルコは、お城の門番になりました。

マルコが守っている門は、
王様の命令で、戦争で出撃するときしか、決して開けてはならない門でした。
むかし門が開いていて、お城が敵に攻めこまれたことがあったからです。

ところがある日、狩りに出かけた王様がひどい病気に罹ってしまいました。
王様を早くお城に帰したい王様の家来は、近道であるマルコの門へ向かいました。
王様の家来が、マルコに門を開けるように言いました。

さて、門番のマルコは門を開けるべきでしょうか?

これは、
モラルジレンマの例として、よく登場するお話です。

こういったモラルジレンマの議論で重要なのは、答えではありません。
各自が答えに行きつくまでの葛藤と、議論の経緯が重要だと思います。
そして、モラルジレンマの議論では、正解を決める必要はありません。

しかし、現実のジレンマには、
どちらにするか、答えを決められてしまう場合があります。


さて・・・、

○○国憲法第9条第1項に、
「武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、
 永久にこれを放棄する。」と書いてあったとします。

○○国憲法第9条第2項には、
「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。
 国の交戦権は、これを認めない。」そう書かれていたとしたら、

個別的な、あるいは集団的な、自衛“権”は持っていても、
武力の行使、戦力の保持、交戦は、できないですよね。

つまり、
この憲法を読む限り、国は「戦う」ことを放棄していると読めるからです。

しかし、
政府は、内閣法制局という部署に解釈を委ねて国民に説明してきました。

それによれば、
「個別的自衛権は有している」「自衛隊は合憲であり、軍隊ではない」
といったものでした。

最高裁判所も、自らの判断は下さないで、放置した状態です。

しかし、歴代の内閣法制局ですら、
憲法上、集団的自衛権の“行使”が可能だと言ったことはありませんでした。


誰が、どのような経緯で創ったのか、
時代は変わり、現状がどのような状況なのかは別として、
憲法は厳然として、効力をもって存在している・・ハズです。

「では、憲法を現状に合わせて変えればいいじゃないか」という意見があります。
モチロン、手続き上憲法を変えることは可能でしょう。

しかし、「武力」を「永久」に「放棄」するとした、
○○という国の、国民の想いは果たして変えられるでしょうか?

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