朗読劇「この子たちの夏」2013

2013年08月13日 23:59

この子たちの夏2013

「ていちんとうりょう、ていちんとう」と「この子たちの夏」
この二つのキーワードを入力して検索すれば、これまでブログに書いた、
朗読劇「この子たちの夏」についてのブログ記事が並んで出てきます。

演劇制作体地人会の制作者だった当時、
毎年かかわった朗読劇「この子たちの夏」です。

制作担当者として、各地の巡業公演も経験し、
実行委員会を組織するところから始め、長い間上演のご準備をされ、
公演当日我々を迎えてくれた、多くの人たちの熱い想いも聴かせて頂きました。
そして、広島でも、長崎でも被曝された人々と交流した経験があります。

しかし、2007年に演劇制作体地人会が解散し、
朗読劇「この子たちの夏」の本公演の上演も、各地の人々による自主上演も、
可能ではなくなり、事実上「この子たちの夏」が封印されてしまったとき、
なんとか上演が可能な状況を創るために、この作品の生みの親であり、
地人会の元・主宰者で演出家の木村光一さんに直談判するために逢いにゆきました。

ところが、
朗読劇「この子たちの夏」上演の意義や、全国に存在するであろう
要望の大きさについて、木村さんに独り熱くなって語ったのですが、
そんなことは百も承知であったであろう木村さんから、
“この子たちの夏の役目は終わったのだよ”という話を訊いたのでした。

詳しくは、ここに書きませんが、
朗読劇「この子たちの夏」を創造し、23年間という長い間、
全国各地での上演をつづけられたご本人の口から語られたのは、
朗読劇「この子たちの夏」についての、壮絶な葛藤とジレンマだったのです。

そして、そのお話を伺った結果、わたしは自身の軽挙妄動を恥じ、
わたしは、いつか私の“旗を立てよう”と思ったのでした。

そして、わたしと同じような気持ちから“旗を立て”、
勇敢にも朗読劇「この子たちの夏」を製作しようというプロデューサーが現われたことが、
朗読劇「この子たちの夏」の、ここ3年間の上演が可能になった要因でした。

しかし、
来年の予定は、決まっていないのだそうです。

それでも、
朗読劇「この子たちの夏」に、これまでかかわった演劇人たちが、
朗読劇「この子たちの夏」公演を企画し、準備した人たちが、
そして、
朗読劇「この子たちの夏」を観てくださった人たちが、
広島と長崎でなにが起きたのかを伝えつづけ、
核兵器廃絶の意志をもって、新たな活動を創造することが大事だと、
わたしは思っています。


そして、
一年振りに朗読劇「この子たちの夏」を観て、気づいたのですが、
やはり慣れてしまっていたのでしょうね・・・。
これまで、親と子が遭った悲惨さや哀しみにばかりフォーカスして
捉えていたのですが、久しぶりに“この子たち”に逢って感じたのは、
腹の底から持ちあがってくるような、“怒り”でした。

戦争は人間の業かもしれない、人類の歴史は戦争の歴史かもしれない、
戦争は、それぞれの正義のためかもしれない、だからといって、
それが誰であれ、あのような所業が許されてよい道理はありません。

地人会朗読劇「この子たちの夏」の制作を担っていた当時は、
子育ての真っ最中でしたが、いまは孫娘を重ねて観てしまうからかもしれません。

もっと、この“怒り”を大切にしなくてはならないと思いました。

スポンサーサイト


コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    トラックバック

    この記事のトラックバックURL
    http://coachhide.blog73.fc2.com/tb.php/1701-bc83d87f
    この記事へのトラックバック


    最新記事