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正鵠を得る

2009年07月09日 11:56

イリオモテ朝顔

雨上がりの今朝、咲いたイリオモテ朝顔です。




「的を射る」という言い方があります。

一方で「的を得る」という言い方もあります。


辞典によっては、「的を得る」は誤用と書いているものもあります。
ネットで検索すれば、“そもそも論” が沢山現れて興味深いことです。


どちらも一理あるような気がしますけどね。


では、私は。

私は、ですよ。

私は、「的を得る」という使い方をしますね。


昔、聞きかじりで「的をえる」と覚えてしまったけれど、
本当は「的を射る」なんだとガッテンした時期もあるんですけどね、
いまは「的を得る」なんだろーなぁ、と思っています。

理由は・・・直感ですかね? すんまそん 


だって、的を射ただけじゃあ、的に中らないかもしれないし、外れたら「的外れ」でしょ?

確かに「的を射る」という表現は、矢を弓につがえて放つという形容だけではなく、

矢が的に中った状態を指すとも解釈できます。

的を得るというのも、的なるものに出合えたという意味だとこの形容に合わないので、

的に中ったという意味でしょう。

つまりどちらも、的に矢が中ったことを指しているという意味においては同じで、

私の場合は、「的を得た」と言うのが、この場合の形容に適していて、

的を得ているのではないかと・・・


普段、使っている日本語も、実は使い方が正しいかどうか怪しくて、

調べてみると面白いですよね。


さぁ、これまで「的を射た」だけが正しいのだと思っていたみなさん、

これを機会に、周りのみなさんとご自分のご意見を、
けんけんがくがくかんかんごうごうと議論してみたらいかがでしょう? 
一生懸命に議論すれば、それが汚名挽回のチャンスになるかもしれませんよ。


※けんけんがくがく → けんけんごうごう
けんけんごうごう(喧喧囂囂)は、
多くの人が銘々勝手に発言してやかましいさま。

※かんかんごうごう → かんかんがくがく
かんかんがくがく(侃侃諤諤)は、
ばかることなく正論を堂々と主張するさま。また、大いに議論するさま。

※一生懸命 → 一所懸命
一所懸命は、一箇所の土地を命を懸けて守ったということに由来。

※汚名は、返上。

※名誉を、挽回。

以上、辞書を参考にさせて頂いておりますが、正鵠を得ておりますでしょうか?

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コメント

  1. スライム国 | URL | LAnNr2wA

    Re:正鵠を得る

    管理人さん、「三省堂国語辞典第7版で誤り撤回で決着した」ということはあり得ません。
    文化庁や角川書店などの辞書出版社に「三国の撤回によって、的を得るは正しい言葉と認められたのか」と問い合わせしましたが、すべての返答が「三国の影響を受けることはない」でした。

    下記のブログに、掲載の許可がもらえた角川書店からの問い合わせメールの画像がアップされています。

    スライム国のおへや 「三省堂国語辞典第7版で誤り撤回で決着」論への反論
    http://surakokuheya.blog.fc2.com/blog-entry-3.html

  2. プリキュア | URL | LAnNr2wA

    Re:正鵠を得る

    的を得る正当論を滅ぼすためのテンプレ。コピペ拡散希望

    正鵠を得るが礼記にある→ない。礼記の不失正鵠(正鵠を失せず)を失わずと間違え、そこからの推測で正鵠を得るができただけ。漢語に得正鵠は存在しない。失は失うではなくそれる意。対義語はあたるの中。失正鵠(正鵠をそれる)の対義語は中正鵠(正鵠にあたる)。用例もある
    正鵠は的の中心の黒星のこと→それは西周、大槻文彦、服部宇之吉たちが勝手に作った意味が日本と中国に広まっただけ。正鵠の本来の意味は的の中心の黒星ではなく、単純に的のこと。正も鵠も的の大きさで言い分けるだけ。「皆侯之中、射之的也」と反論したら笑うよ?
    得には当たる意味がある→ない。中国でも日本でも得に当たる意味などない。得より取のほうがよっぽどマシかもね
    射るだと当たったかは不明。射抜くにしなければならない→違う。射るには当たる意味がある。これは日本古来の意味。用例もある
    昔は漢籍に精通した人が多く、年長者ほど正鵠を得ると的を得るを使用する→正確に伝来できずに意味を間違えた漢語は沢山ある。それらは誤りだが正しいとせざるを得なくなった。正鵠を得るは日本最初の要点を上手く捉える意味の語句だから誤りだが正しいと認めざるを得ないだけ
    中国語で得正鵠がある→それは日本から中国に伝わったもの。正鵠を得るは諸悪の根源である
    正鵠を得る、正鵠を射る、的を射る、的を得るの順に作られた(どれも戦前から使用)。正鵠を射ると的を射るこそが誤用→正鵠を射る(正鵠=的。射る=中)は正鵠を得るの訂正。的を射る=正鵠を射る=中正鵠≠正鵠を得る=得正鵠=的を得る
    的を得るは誤用じゃない→誤用は言葉の意味を誤って使うことで、言葉そのものを誤ったときには使用できない。的を得るは誤用ですらない
    的を得るは正しいんだ→的を射るは慣用句で、的を得るは慣用句ではない。慣用句は特定の単語の組み合わせでなければならず、同じ意味の単語ではダメ。100階から目薬、写輪眼が無い、馬の耳に聖歌、ハローキティに小判が正しいとでも言うのか
    根拠を出せ→民明書房にも劣る駿河台予備校教師中谷臣のソースを信じる君が大好きなネット検索で調べてみよう。それでも納得できなければ、辞書や古典とかいろいろ読んでみよう。もちろん角川や三省堂以外もね
    無根拠で得るを否定する無責任なヤツは得る正当論に反論できなかった。論破したから正論だ→なにが正論かは時と場合によって変わるし、論破されなければ正論というわけでもない。文化庁などの総意を無視して詭弁をふりかざす無責任なことは止めてください。間違った言葉を使う人は勉学的バカだが、そういう人をバカにする人は人間的バカである。そして的を得る・得正鵠・正鵠を得る信者は両方の意味でバカである

    言語力をなくした悲しい正鵠を得る・得正鵠・的を得る信者さん。このキュアハートが、あなたの正しい言葉の観念、取り戻してみせる!

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