ぜんそく

2009年07月10日 21:41

以前、「この指とまれ!」というタイトルでブログを書きましたよね。

“ゆびとま”に関しては、事業売却された先の企業に対するウワサや
360万人分の個人情報の取り扱いについての不信感が問題になっていますよね。

そのウェブ同窓会「この指とまれ!」 の掲示板が昨日(7月9日)から使えるようになった
と “ゆびとま”サイトに書いてあります。

恐いもの見たさでログインしてみました。
しかし、掲示板が有るというだけで、なにも書き込まれていませんでした。
ただ、私のパスワードが依然として機能することを確認したに過ぎません。

それにしても、個人情報の取り扱いが心配だといってもですね、
一度登録してしまった個人情報ですから、今更退会しても安心は出来ませんよね。



そこできょうは、
前のブログに書いた小児ぜんそく(喘息)の経験について少し書き足そうと思います。

前のブログに書きましたように、私は小学校4年生でぜんそくに罹って、
1年と数ヶ月の間、静岡県伊東市の「川奈臨海学園」という施設に入所したのです。

入所した日の夜、母や家族を思って蒲団の中で泣いておりましたら、
これ幸いに火事がありまして、「これで、家に帰れる」と思って喜んだのもつかの間、
それが予告なしの避難訓練だったというオチでございました。

ガッカリしたというより、火事を願った自分がコワイと思ったりもいたしました。

さて、学園は学校も病院も併設されている施設で、
寮は8畳くらいの部屋に小学生が各学年配分された6~7人の構成でした。

始めの数週間は、環境に馴染めずに戸惑うことだらけでしたが、
同じ部屋だったO君と親しくなってからは、次第に生活が面白くなっていきました。

O君とは同学年でもありましたので、各学年1クラスしかない学園の学校でも
いつも一緒だった記憶があります。

O君もぜんそくでした。
そして、O君の妹のK子ちゃんもぜんそくで、兄妹一緒に入所していたのです。

確かK子ちゃんは2年生だったと思います。
私たちが運動場でキャッチボールをやっていると、
「私も仲間に入れてよー」と、よくせがまれたのを憶えています。
私たちがなにをしていても、K子ちゃんは必ず仲間にしてと割り込んできました。
ですから、私たちはよく三人で遊んでおりました。
私はチョッと、K子ちゃんがスキでした。


午前中は授業、午後は「安静の時間」と言って、昼寝をさせられます。
「安静の時間」は、症状のランク付けで長さが決まっていて、最初の頃は、
2時間くらい寝かされていたでしょうか?
それが、眠れたらいいのですが、遊びたくて目が冴えていると苦痛でたまりません。

「安静の時間」が終わると「散歩」に出かけることもありました。
近くに有名なゴルフ場がありまして、そのコースの中を散歩出来たのです。

ゴルフ場は断崖の上に在りましたが、青い芝を歩いて崖の近くまで行くと
相模湾や太平洋と初島や大島を望み、後方には小室山がそびえていました。

散歩から帰れば、夕方まで運動場で野球をしたり缶ケリをしたりして遊びます。
まるで、自分の病気を忘れてしまったかのように遊んでいました。


しかし、忘れていたのはつかの間でした。

ある日の夜、友だちの一人が亡くなったのです。
ぜんそくの発作でした。
昼間は一緒に遊んでいた子でしたが、あっけなく亡くなってしまったのです。

部屋ごとに亡くなった友だちの枕元に行って、お別れをしました。
眠っているように見えましたが、鼻と口に綿が詰められていたのを見て、
「息ができないじゃない!」と思ったのを憶えております。
私が、生まれて初めて見る “死んだ人” でした。

友だちはどうして死んだかというと、簡単に言えば窒息です。
ぜんそくの発作を起こしたら、普通ですと薬を吸入します。
メジヘラーという吸入薬は、心臓に副作用するので一度に3回までと決まっており、
何回吸入したかノートに記入させられましたが、
何度も使用すると病気が治っていないと判断されたり
「安静の時間」が長くなるのを恐れて、
3回吸入しても「1回」と記入したりして誤魔化しておりました。
しかし、苦しいときには3回吸入しても発作が治まらないこともありました。

亡くなった友だちは、発作が治まらずに鼻からゴム管を気管まで入れて、
酸素吸入させようとしたらしいのですが、子供の鼻腔は細くてゴム管が入りづらく
手遅れになってしまったという話しでした。

明日は我が身かと思ったりいたしました。

その後、原因はぜんぞくだけではありませんが、
私が在籍している間に数人の友だちが亡くなりました。

さっきまで元気で遊んでいた子が、突然のように亡くなってしまう。
私の死生観は、このころ芽生えたのかもしれませんね。

退園してから暫くして、K子ちゃんが亡くなったという報せが自宅に届きました。


“ゆびとま”で、O君に再会したかったのになぁ・・・

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コメント

  1. 三浦 秀和 | URL | cwiuqksw

    Re:ぜんそく

    キクりんさん

    コメントをありがとうございました。

    さて、平成三年のご卒業とのことですが、
    川奈臨海学園(小学校)を平成三年にご卒業ですか?

    すると、平成三年に私は35歳でしたから、
    まったくの異世代です。

    三浦

  2. キクりん | URL | RjIZY2gc

    俺は平成三年の卒業生だけど・・・

    もし良かったら… 俺の事を少しでも知っていたらメールください。(^-^) 当時◇タバコの事と無外をよくするで有名でした。ゴルフ場の灯台でよくタバコを吸いに行きました。

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