FC2ブログ

「木挽町辨松」廃業

2020年04月03日 12:12

赤飯二重

連日、新型コロナウイルス関連の報道がつづくなか、
今朝なにがショックだったと言って、「木挽町辨松廃業」のニュースはショックだった。

「木挽町辨松」のホームページを見ると、
毎度ご利用いただき誠にありがとうございます。
「歌舞伎と共に今に伝える江戸の味」を信念に、百五十二年、多くのお客様にご愛顧いただきましたが、諸般の事情により四月二十日をもって閉店することにいたしました。
長きに渡りご愛顧賜り誠にありがとうございました。

という挨拶が載っていた。

この挨拶にあるように「木挽町辨松」は、歌舞伎座の正面に本店が在る。
歌舞伎座や新橋演舞場で観劇するときに買うことが多かった。

江戸風の濃い味付けの煮物が美味かった。惜しまれる。


但し、
わたしも混同していたのだが、「木挽町辨松」「日本橋弁松」は違う。

日本橋に「日本橋弁松総本店」という弁当屋が在る。
現存する中では日本で最古の弁当屋なのだそうだ。

日常的には、都内の各デパートやストアーでも購入するが、
東京駅から新幹線に乗るときには、東京駅大丸の弁松の弁当を買って車内で食べる。

ホームページの説明によると
文化7年(1810年)、越後生まれの樋口与一という男が日本橋の魚河岸に「樋口屋」という食事処を開きました。盛りのよさが評判で繁盛していましたが、時間のない魚河岸の人たちは、せっかく食事が出てきても全部食べ切る前に席を立たねばなりませんでした。
そこで、残った料理を経木(きょうぎ)や竹の皮に包んでお持ち帰りいただいたところ大好評で、持ち帰り用を所望するお客様が増えていきました。これが、弁松の折詰弁当の始まりなのです。

とある。

そして、「日本橋弁松総本店」になったのは嘉永3年(1850年)のことだったそうだから、
創業170年ということになるが、こちらは大丈夫のようだ。

但し、混同して「日本橋弁松」が廃業すると思う人は多いと思う。

並六
赤飯

スポンサーサイト





最新記事