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もう一度、志賀さんに逢いたい

2020年04月30日 17:48

同志

みんなは、「コータ」とか「コータさん」とか、「志賀先生」と呼ぶ。
わたしは、むかしから「志賀さん」と呼んできた。

先輩・志賀廣太郎さんのことだ。

所謂、トレンディー・ドラマに出演して、重要な脇役を勤めたり、
イチロー選手などとコマーシャルを務めたりして、活躍している。

その志賀廣太郎さんは、
わたしが学生だったときに非常勤講師として現われた。
元々、わたしたちの先輩で、わたしより8歳年上だったが、
ドイツへ留学して演劇の勉強をして帰国したばかりだった。

当時、志賀さんは30歳。わたしは22歳。


志賀さんは、
わたしたちの公演のときには、演出助手を務めてくれたり、
後輩の公演のときには、いっしょに汗を流したしてくれた。

わたしが在学中に準備委員会が発足し、卒業した年に創立された演劇科の同窓会。

曲者の多い同窓会員をまとめ会を軌道に乗せるために、
わたしは事務局長として、志賀さんは会計担当として共に苦労した。

その志賀廣太郎さんが、
母校の非常勤講師を務める傍ら、青年団という劇団に入団したのが二十数年前のこと。

わたしと同期の大塚洋も同時期に入団したこともあって、
そのころから、舞台俳優としての志賀廣太郎を観てきた。

青年団特有の作品、演出、演技術もあってのことだろうが、
どこからどこまでが素なのか芝居なのか判らないようなフォルムの演技が、
元来の志賀廣太郎さんの演劇観に合っていたのではないだろうか。

それは、映像でも発揮されたのだろう。

主演俳優の後ろに控えていながら存在感を発揮し、
「あれは誰だ」というように注目されたことが活躍につながったのではないか。

そういった意味では、志賀廣太郎さんは、突然登場した中年の新人などではなく、
50年ちかく、日本でも海外でも演劇の勉強と修練を積んだ大ベテランである。

というワケで、先輩の自慢話はこれくらいにして、
もう一度、志賀さんに逢いたい。


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金内喜久夫さん

2020年04月29日 11:31

金内喜久夫さん

今朝目覚めて、金内喜久夫さんの訃報に接した。


金内喜久夫さんは、文学座所属の俳優だが、
演出家・木村光一主宰の演劇制作体「地人会」の常連俳優だった。

わたしも、
地人会の制作者だった当時の金内さんとの想い出が数々あるが、
演劇界には金内さんとの想い出をお持ちの方が大勢いることだろう。

大先輩に対して失礼だが、
明るくて、優しくて、飄々としていて、可愛げがあって、偉ぶらない方だった。

去年の10月6日、
木村光一宅で催された木村さんの米寿の宴でお逢いしたのが最後となった。

いま思えば、あのとき既に余命宣告をされていたのだった。

いまは、悲しいというよりは、淋しい。

こんなご時世だから、
みなさんと同じように、自宅で金内さんとのことを想い出しつつ、偲びつつ、
金内さんのご冥福を祈って過ごそうと思う。

合掌


ハンコ文化

2020年04月28日 14:15

CIMG8522.jpg

御多分に洩れず、我が社も経済対策による資金調達のために動かざるを得ない。

それにともなって、印鑑証明が必要だというので、
きょうは、わたし自身の印鑑と社印の印鑑証明を取りに区役所と法務局へ行ってきた。

外出自粛が要請され、楽しくもない役所へ行きたい人などいない昨今ながら、
区役所も法務局も、それなりに人で混雑している。


それにしても、外出自粛を阻む「日本のハンコ文化」である。

日本社会は、商慣行で資金を借りたり、契約を交わしたりする場合に、
どれだけの押印が必要かといえば、気が遠くなるほどである。

ところで、
いまだに日本の商慣行に印鑑と押印は欠かせない現状があるが、
押印の要らないデジタル決裁や行政手続きを目指すIT担当大臣は、
行政手続きのデジタル化を含めた日本のIT分野を進める立場だ。

ところが、
大臣は「日本の印章制度・文化を守る議員連盟(はんこ議連)」の会長だ。

これは笑い話じゃない!

CIMG8521.jpg


葬儀自粛

2020年04月27日 21:33

供花

昨夜のことだったが、
学生時代からの友人のお義父上が亡くなったという報に接した。

彼女は、何年も前から舅・姑を自宅で介護する生活をしていた。
だから、何年も前から逢うことができない。

そのお舅が亡くなられたというのだが、
ご葬儀も限られた形式で行わざるを得ないし、お姑のこともある。

ご遺体に接することができただけでも、
わたしたちは幸せだとご自分に言い聞かせているように語っている。


また、
知人の場合は、94歳のお父上を亡くされた。

但し、ご実家は地方に在る。
帰省してお父上に対面することも、葬儀に参列することも叶わなかった。

ご葬儀は、地元に住む妹さんと近所の御親戚だけで密葬にされたらしい。
ご本人はオンライン映像で密葬に参加されたのだという。


葬儀も自粛して大切な人を見送らなければならないのは、
コロナで亡くなった方のご家族やご親族だけに限ったことではないのだ。

合掌


なんという花

2020年04月26日 12:57

花

在宅何日目だろう?

「これからの2週間は・・・」という見解を何度も聴いた気がする。


さて、
きょうの“在宅散歩”で、買ったり植えた覚えがないのに
ベランダに放置していた鉢に花が咲いているのを見つけた。

なんというんだろう?・・・雑草という草はない。


あつんこパン

2020年04月25日 12:31

あつんこパン

神田に「野菜居酒屋玄氣」というお店が在ります。

個性的な店主が創る野菜と素材に拘った個性的な料理が売りですが、
親しい友人に誘われて行ったら、どれもとても魅力的な料理でした。
そこで、次はかみさんを伴ってと思っていたのですが、未だに叶いません。

さて、
その「野菜居酒屋玄氣」の隣には、店主の奥様が経営するパン屋が在ります。

国産小麦の天然酵母に拘った「あつんこパン」というパン屋ですが、
お土産にしたそのパンがまた美味いパンでした。

ということで、
みんなで「野菜居酒屋玄氣」へ行くのは、捲土重来を期すこととして、
「あつんこパン」はお取り寄せしてみました。


楽しみの少ない生活の中では、パン好きにはたまりません。


パルスオキシメーター

2020年04月24日 16:58

パルスオキシメーター

毎日体温を測って、37.0℃以上あったら要注意です。


ところで、
簡単に血中酸素濃度を計測する機器があります。

肺炎に罹ると、顕著に血中酸素濃度が下がります。

血中酸素濃度の測定は、
新型コロナウイルスの感染を見極めるための、
有効な一つの要素になるワケです。

パルスオキシメーターというその機器は、
通常は家庭に常備されていないと思います。

指先に挟んで数秒で、
動脈血液の酸素飽和度(SpO2)を測定出来ます。

1974年に、
日本で開発されたオリジナル機器だそうです。

血中酸素濃度が97%から100%でしたら正常。

それが96%を下回るようですと、
体内の酸素が減っていることが判ります。

それも、
97%であるのと、95%以下である場合では、
深刻度がまったく違うのだそうです。


だからといって、
パルスオキシメーターをお勧めするのではありません。

多分、
家庭に1個常備できるほど生産されていないので、
過剰な需要には応えられないと思われます。

医療現場で足りなくなることは避けなければなりません。

我が家にこれが有るのは、
3年前に亡くなったむぅむぅ(義父)の置き土産なのであります。



曇天の霹靂

2020年04月23日 17:59

もしかしたら、
朝目覚めただけで、ラッキーなのかもしれないと思った。

軽症だとして自宅療養していた埼玉県の50代の男性が、
症状が急変して亡くなったという報道があった。

それから女優の岡江久美子さんが、
今月3日に発熱し6日に容体が急変し入院して今朝亡くなった。

症状が現れないから無自覚に感染を拡散している人がいる。
症状があっても症状を軽く見て拡散させてしまった人もいる。
症状があったのに検査が遅れ、拡散させてしまった人もいる。

そして、
症状が軽症だったので自宅療養していて亡くなった人が出たのだ。

いずれにしても、明日は我が身かもしれないと思う。


先日、雑司が谷1丁目の住宅で火事があった。
気の毒なことだが一名の方が亡くなったらしい。

去年のきょうのことだが、
かみさんと一緒に国立映画アーカイブの企画展を観に出掛けた。

キネマ旬報創刊100年記念 
「映画イラストレーター 宮崎祐治の仕事」


宮崎祐治さんは、
映画館文芸坐や映画のイラストを描いてくれていた人だった。

そして、
銀座で昼食を摂って帰宅すると、我が家の近所が火事だった。
我が家から直線距離で約50メートル先の家が燃えていたのだった。

消火活動の真っ最中で我が家の周りは混乱していたが、
訊けば幸い怪我をした人はいないということだった。

火事や地震が起きたら、それは“青天の霹靂”と云えるかもしれない。

だが、
今回の新型コロナウイルス感染症の場合、もし感染したとしたら、
“曇天の霹靂” って感じかな?



政策批判のすすめ

2020年04月22日 18:59

昨日の投稿のつづき。


みんなこの閉塞感と先の見えなさにイライラが募る昨今、
本来一番大切な家族に向けて、イライラから暴力的になってしまった人のことが報道された。

同時に、
政府が配った布マスクを付けて入院中の友人を個人的に笑わそうとした声楽家が批判されて、
その動画を皆さんにシェアして世間の人たちを和ませたいと思ったアナウンサーも批判された。

批判の原因となったのは、
①感染の怖さやマスクが不足している現状を茶化して笑いにすることへの不快感。
②マスクを作ったり、配ったりした人がいることへの配慮の欠如。
③それなりに苦労している政権を批判ばかりしている人たちへの嫌悪感。
どうもこの辺りのことらしい。

昨日、①は理解できると記した。

だが、それが世間から責められることかどうか、わたしには判らないが、
事を茶化した人間が現れたことへの不寛容が起きたことは理解できるし、仕方がないことだ。


しかし、②と③に関する批判はお門違いだと思う。

訊けば政府は466億円もかけて1世帯2枚の布マスクを配っているのだという。
茶化すことの是非は兎も角として、いまの状況で批判の対象にならないワケがない。

作った人への感謝だとか、配っている人がいることへの配慮だとか言う人がいるらしいが、
それがその仕事で飯が食える人の仕事なのだ。

その布マスクをタダで貰っているくせに文句を言うなという向きもあるらしいが、
御上の下さる布マスクなのだから有り難く頂戴せよというのは、何時代の感覚か?


医療用マスクが不足している現状があり、それを緩和する施策として配布されることになった、
そのことについて多少の理解はできる。だが政策批判を封じ込めてはならない。

医療用マスクを始めとする医療資源や人的資源の不足を補うための金。
リスクを抱え、場合によっては差別さえ受けている医療従事者への保証をする金。
閉店や自粛に苦しんでいる事業者や労働者への手当てと保障に使われる金。等々。
この新型コロナウイルスへの対策に、金はいくらあっても足りない。

だが、その金が無いというなら、
日本は自衛隊にF-35というアメリカ合衆国のロッキード社製のステルス戦闘機を買って、
合計147機配備しようとしているし、またイージスアショアも然りだが、それらを止めて、
そちらに回せばいいと思っている国民は、わたし独りではないだろうから。



不快感から

2020年04月21日 18:59

闘病中のフリーアナウンサーを癒そうとした声楽家が、
政府が配った布マスクを付けてアナウンサーにLINEで動画を送った。

ふくよかな顔には小さかったマスク顔が自虐的だったので、
アナウンサーは病室のベットの上で大笑いしたのだそうだ。

声楽家が自分を楽しませようとしてくれたその動画を、
同じように閉塞感を持って生活しているであろう世間の人にも
見せてあげたいと考えたアナウンサーは、その動画を拡散した。

すると、それを観た人たちのなかに面白がった人もいたようだが、
不快感を抱いた人もいたようだ。

不快感を抱いたのは、人それぞれの感性だから仕方がないが、
その不快感を批判に置き換えた人がいたので、ブログは炎上した。

基となった不快感の原因は単純ではないと思うが、
①感染の怖さやマスクが不足している現状を笑いにすることへの不快感。
②マスクを作ったり、配ったりした人がいることへの配慮の欠如。
③それなりに苦労している政権を批判ばかりしている人たちへの嫌悪感。
例としては、どうもこの辺のことが原因らしい。

そうだとすると、
①は理解できる。

①は、現状を“茶化した”ことへの不快感だから仕方がないと思う。
「笑ってる場合じゃない!」というやつだ。

これは、議論の対象にはならない。
そう思うのは勝手だし、人がどうこう言えることではないからだ。

但し、それを批判に置き換えることが適切か不適切かの議論はあると思う。



リンゴの唄

2020年04月20日 14:58

リンゴ

最近では滅多に行くこともないが、むかしカラオケでの十八番は
兄弟船」、「与作」、「我が良き友よ」だったのだが、「リンゴの唄」もよく歌った。

それも前奏から。
生まれてきたのが10年遅かったんじゃないかと謂われる所以だ。


さて、
1945年(昭和20年)10月に公開された松竹大船撮影所製作、
佐々木康監督作品「そよかぜ」の主題歌が“リンゴの唄”だったと謂われている。

戦後初のヒット曲だったと謂われる歌で、
映画にも主演した並木路子の持ち歌になった。

この「リンゴの唄」は、
“戦後の復興を象徴する明るい歌”というイメージだろうと思うが、
元々は戦時中に連日の空襲に遭い恐怖におののいていた国民が、
なんとか挫けないようにと作られた戦意高揚の歌だったのだそうだ。

その歌の意味や価値は、
作られた動機ではなく、聴いた人たちの心のなかにあるという一つの例だろう。


いま起こっている事態が終息したら、世界中に多くの歌が流れることだろうと思う。



この世界のすべて

2020年04月19日 12:34

事故は、わたしたちが暮らしている日常の場所で起きた。

池袋駅と西武池袋本店の建物を背に、
真っ直ぐに護国寺に向かうグリーン大通りという道路が在る。

左側には、
昔、祖父・三角寛が建てた映画館人世坐が在った場所に東京信用金庫本店、
その向かい側を少し入った所に母子が訪れ、その帰宅途中で事故に遭った
「南池袋公園」が在る。

その先で首都高速5号線をくぐって直進すると右側に「大勝軒本店」が在り、
事故はその前の交差点で起こった。

「大勝軒本店」の裏には「雑司が谷霊園」が広がっている。


あの事故から一年経ったが、
この一年の間に高齢者ドライバーが話題になり、
あおり運転がたてつづけに起きて問題になった。

危険運転致死傷罪という法律はあるもののその適用には難しさが残っている。


わたしも、
88歳で亡くなった父に運転免許返納をさせられなかったという後悔がある。

父が80歳を過ぎてから運転していて深夜まで彷徨ったことがある。

「天竜川を右に見て走っていたんだがな・・・」と言っていたが、
深夜のことだったにしても、天竜川を右に見ながら走ることは、
天竜川の両側に道路が在るので、登りでも下りでも可能だったのだ。

任意保険の仕事を任せている親戚からも「やめさせたら」と言われた。
だが、それでも説得ができなかった。

結局、父は身体が動かなくなってから自分から運転をやめた。
人を傷つけたりすることなく運転を辞めたのは、単なる幸運だとも言えない。


きょう現在、世界中で新型コロナウイルスに罹って亡くなった人が15万7539人。
感染してしまった人は、193の国・地域で計228万9500人に増加した。

その一人ひとりにとって、感染したのは不可抗力の出来事だっただろう。
だから罹ったことを詫びる必要はないし、批難の対象にされるべきではない。

だが、危険な運転は不可抗力だったと言えるだろうか?

遺族にとって、奥さんと娘さんはこの世界のすべてに等しいに違いない。






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