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母の実家

2020年02月16日 17:59

興津の家族

ドキュメンタリー番組で採り上げられたり、家の見学会を行ったり、
三浦家のことを世間の皆さまに知っていただく機会が増えた昨今。

叔母が写真を送ってくれました。叔母は母の末妹です。
母の兄姉で生き残っているのは、この叔母だけになりました。

母というのは三浦の母ではなく、わたしの実の母のことです。
母は高田家に生まれ、日下の父と結婚してわたしを産みました。

この写真がいつ何処で撮られたのか、ハッキリは判りませんが、
母が結婚する少し前に高田家で撮られたのだろうと想像できます。
なぜなら、真ん中の母だけが着物姿で写っているからです。

だとするならば、この写真は1955年(昭和30年)の夏頃でしょう。
両親が結婚したのは10月ですし、写っている衣服からも夏だと思います。


1955年(昭和30年)と言えば、
米の生産量が史上最高を記録し、闇米の値段が配給米の価格を下回り、
神武景気が始まったとされる年です。

また、
二大保守政党の自由党と日本民主党が合併して自由民主党が誕生し、
日本社会党との二大政党体制(55年体制)が始まった年でもあります。


さて、
写っているのは、わたしの祖父母と伯母(叔母)たちと従姉(従兄)たちです。
母は、父の実家の在った徳島で式を挙げて嫁ぐことになっていましたから、
嫁ぐ前に家族で写真を撮ったのでしょう。

静岡の清水と四国の徳島は、いまでも遠いのですが、
1955年(昭和30年)当時の感覚では異国ほど遠方に感じたことでしょう。

ですから、ここに写っている祖父母を除いて他の人たちは、
徳島で行われた結婚式には出席できなかったのではないでしょうか?

この写真が1955年(昭和30年)だとすると、母は26歳、祖父は67歳です。
わたしは、まだ影も形もありません。

一枚の写真から想像できることがいっぱいあります。


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