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Kitchen55

2020年02月23日 18:38

キッチン55

きのう、
JR板橋駅の駅近にOPENした「Kitchen55」に行ってきました。

映画館文芸坐の喫茶店「文芸坐の喫茶店」で働いていた店主が、
文芸坐の喫茶店」のカレーやオムライスのレシピを再現することで、
何より「文芸坐の喫茶店」の気軽さと安心感を想い出してもらおうと、
満を持して開店したお店です。

金沢風文芸坐のカレー

喫茶と軽食と、ちょっとだけお酒のお店です。

カレー自体は「文芸坐の喫茶店」のカレーをベースにしつつ、
金沢のテイストであるキャベツの千切りを添えたカレーですが、
金沢は店主の故郷であり、松井秀樹さんを輩出した星稜高校は、
店主の母校なのであります。

それが「Kitchen55」という店名の由来かもしれません。


このお店、決して隠れ家ではないのですが少し探されるかもしれません。

この路地「抜けられます!」

オムライス


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日本舞踊協会公演

2020年02月22日 18:05

IMG_20200222_093406.jpg

各自治体絡みのイベントが軒並み中止されている。
人が集まることを控えさせるためだ。

世の中のプロデューサー諸氏は頭が痛いことだろう。
劇場やイベント会場は、人を集めるための場所だから。

人が集まると危険だというのであれば、
まずは満員電車を止めるか、一両20人とか言って定員制にすべきと思う。


さて、そんな中、
国立劇場できょう・明日開催される日本舞踊協会公演を観に行ってきた。
例によって義姉が踊るからだ。

それにしても、客席の平均年齢が高い。

義姉は、令和の御世の奉祝歌を踊ったのだが、
令和の時代を日本舞踊は生き残れるだろうか?


一例

2020年02月21日 18:00

一例

クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」からの下船がつづいている。

検査の結果“陽性”が判明した人は、隔離され病院に搬送されたが、
一昨日19日からきょうにかけて下船しているのは、“陰性”だった人。

外国籍の人たちは各国が用意したチャーター機に乗って帰国した。
だから、下船しているのは日本人で“陰性”だったとされる約1,000人。

残るのは約1,000人だが、これは乗員と感染者と同室だった濃厚接触者。
濃厚接触者は他の乗客の下船が完了後に国が用意した施設に移動し、
健康観察がつづけられる。

下船している乗客は今月5日から14日間の健康観察期間が19日で終了し、
尚且つ“陰性”と判定された人だという。

下船し、バスで横浜駅前まで行き各路線を使って帰宅など移動を始めた


さて、
きょうテレビのワイドショーが採り上げた一例を挙げると、
中国地方在住のご夫婦が“陰性”だというので19日に下船し帰宅したという。

但し、PCR検査を行ったのは船内隔離対策が始まる前の2月4日だった。
その後、船内で隔離生活を経験するも体調は変わらなかったという。
そして、PCR検査の結果が出たのは下船前日の2月18日で“陰性判定”だった。

だから下船してよいということになったらしいのだが、大丈夫か?
検査日から検査結果が出て下船するまでの間に“感染しなかった”と言えるのか?

ご自身たちも不安・心配なので“再検査”を頼まれたらしいのだが、
検査を受けられなかったまま、“解放”されてしまったというのだ。

差別や不安を煽るつもりは毛頭ないが、普通に考えて安心できないだろう?
こういった人たち約1,000人が、自粛されるだろうが日常に戻られるのだから。

その人たちから感染が拡がったら、どうするんだ!?
市中感染したのだろうとか、自己責任だと言うのだろうか?


シン・ゴジラ

2020年02月20日 12:39

きのう、
新型コロナウイルスの感染が広がったクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の
感染管理の惨状を動画投稿サイトで告発した感染症対策の専門医の動画だが、
きょうになって削除された。

削除された理由に、あまり興味はない。
重要なのは、この専門医が告発した内容だ。

確かに事実誤認もあったのだろうし、このタイミングで告発することの意味についても、
賛否は分かれるだろう。

しかし、この動画投稿サイトでの告発には驚くべきことが内容が含まれていたと思う。

それは、アフリカのエボラ出血熱や中国のSARSなど過酷な現場での経験がある
感染症対策の専門家が見て、現場の不備を指摘しているからだ。

だが、
その指摘が正しければ正しいほど、感染現場が混乱したであろうことも想像に難くない。

では、
なぜ正しい感染症対策が講じられていなかったのか?
当初から感染症の専門家が関わっていたのだとしたら、その疑問は更に大きくなる。

そこで、
一つには、“専門家”の捉え方の問題があるのではないかと想像した。

むかし、
アルビン エイリーというニューヨークを去年とするモダン・ダンスカンパニーの日本公演で、
全国ツアーの裏方をやったことがある。

旅の最中に仲良くなったダンサーたちと話していて、「オレ、ホントは俳優なんだ」と言った。
すると彼らが「じゃあ、ちょっと踊って見せてよ」と言い出した。

彼らにとって“俳優”とは、“歌えて”、“踊れて”、“芝居が出来る”人のことだったのだ。
穴があったら飛び込みたかった。

また、歌舞伎俳優の息子や日本舞踊家の義姉やフラをやっているかみさんがいると、
それらすべてに詳しい知見を持っていると思われる。

それ以前に、演劇制作者だと言えば、「演出が出来るんでしょ?」などと言われる。

むかし旅公演の最中に、長年旅公演を経験してきたであろう俳優から、
「この旅公演の食事代って、誰が出してるの?」と訊かれて驚いたことがある。

ことほど左様に、“専門家”とは“或る分野の専門知識・専門経験しかない人”のことだ。

それらの知見を集めマネジメントするには、そういった危機管理の“専門家”が必要だろうし、
従前からシュミレーションがされているべきだろうし、そういった組織が必要だったはずだ。

動画投稿サイトで告発した専門家を批判するのは簡単だが、彼によって晒された事実は、
この国の危機管理の脆弱さを露呈させたと思う。

「初めての事案だから仕方がない」という意見もあるが、
たかが3,000人乗船していた人たちの全員検査や収容が出来なくて、なにを想定していたのか?

これはメタファーだが、もしシン・ゴジラが出現して襲ってきたらどうするつもりだったのか?

「シンゴジラ」

後手後手

2020年02月19日 10:55

CIMG7873.jpg

きのう18日、
政府は新型コロナウイルス感染症対策本部(本部長・安倍晋三首相)の会合を首相官邸で開き、
国内で進む感染拡大の抑制策を協議したらしい。

首相は国民に向けて、
「発熱など風邪の症状がみられるときは、学校や会社を休み、外出を控えてほしい」と要請し、
大規模イベントの延期も検討するよう呼び掛けたらしい。

要するに、大規模感染、市中感染の段階に入ったということだが、
この件における政府の対策が後手後手だったという事実の証左だ。

初動の判断を間違え水際で防ぐことも出来ず、未だに検査体制すら構築せずにいる政府が、
今更なにを言っているのか?

不要不急の外出って、なんだ?
人が集まる場所に行くなというのなら、満員電車を止めてみろ。

電車に乗るのは気分のよいものではないが、
人にとっては一生に一度の父親の葬式だってあるのだ。


桜を見る会を私物化し、ホテルの宴会で利益供与を繰り返してきた総理にとっては、
いまはコロナウイルスどころではないのかもしれない。

政権は楽観視していたようだが、“水際”で防ぐことも出来ず“蔓延”してしまったのは、
ウイルスだけじゃなくて総理に対する不信感と嫌悪感だ。

多分、政権の方がウイルスより早く“退治”されるだろう。


明けない夜はない

2020年02月18日 18:09

朝 (2)

2月18日火曜日朝6時、明けない夜はない。


今朝、
去年から入院していた友人が退院したという知らせを受け取った。

盛んに家に帰りたいと言っていたから、それはまず、よかった。

だけど、新型コロナウイルスの蔓延が懸念される。

一日おきに透析治療に通うと言うのだが、裟婆も怖いが病院だって怖い。


きょうは、
お世話になっている方の父上のご葬儀だった。

満員電車ではなかったが、電車に乗るのは気分のよいものではない。

不要不急の外出や人の集まりに参加することを控えろ?
水際で防げなかった政府や厚生労働省が今更なにを言う!

そんなこと言われても、人にとって人生に一度しかない親の葬式だ。


そう言えば、
妹が白菜漬けを贈ってくれた。

礼を言ったら、
「お母さんの白菜漬けは美味しかったね」と言う。

母がしもやけの手で漬けた白菜漬けの味を思い出した。


閑古鳥

2020年02月17日 18:00

巣鴨地蔵通商店街

きょうは、
月に一度血圧の薬を処方していただいている主治医の病院に行った。

きょうは、待合室で待っている患者はいなかったが、
お一人診察室から出てこられたので、早々に受診させていただいた。

今後の新型コロナウイルス感染の動向が判らないので、
きょうは、2か月分の薬を処方していただくことにした。

高岩寺

帰り道、
いつものように巣鴨地蔵通り商店街を歩いて高岩寺にお参りに行ってきた。

巣鴨地蔵通り商店街にも、高岩寺の境内にも人はまばらだった。

洗い観音

いつもなら長蛇の列をつくっている洗い観音も並んでいる人はいない。

また、
入店を並んで待たなくてはならないほど混み合っているときわ食堂も、
きょうは閑古鳥が鳴いていた。

これらすべては、新型コロナウイルスの感染を恐れる影響の所為でしょう。

この閑古鳥は、今後長い間鳴くことになるだろうね。

ときわ食堂

母の実家

2020年02月16日 17:59

興津の家族

ドキュメンタリー番組で採り上げられたり、家の見学会を行ったり、
三浦家のことを世間の皆さまに知っていただく機会が増えた昨今。

叔母が写真を送ってくれました。叔母は母の末妹です。
母の兄姉で生き残っているのは、この叔母だけになりました。

母というのは三浦の母ではなく、わたしの実の母のことです。
母は高田家に生まれ、日下の父と結婚してわたしを産みました。

この写真がいつ何処で撮られたのか、ハッキリは判りませんが、
母が結婚する少し前に高田家で撮られたのだろうと想像できます。
なぜなら、真ん中の母だけが着物姿で写っているからです。

だとするならば、この写真は1955年(昭和30年)の夏頃でしょう。
両親が結婚したのは10月ですし、写っている衣服からも夏だと思います。


1955年(昭和30年)と言えば、
米の生産量が史上最高を記録し、闇米の値段が配給米の価格を下回り、
神武景気が始まったとされる年です。

また、
二大保守政党の自由党と日本民主党が合併して自由民主党が誕生し、
日本社会党との二大政党体制(55年体制)が始まった年でもあります。


さて、
写っているのは、わたしの祖父母と伯母(叔母)たちと従姉(従兄)たちです。
母は、父の実家の在った徳島で式を挙げて嫁ぐことになっていましたから、
嫁ぐ前に家族で写真を撮ったのでしょう。

静岡の清水と四国の徳島は、いまでも遠いのですが、
1955年(昭和30年)当時の感覚では異国ほど遠方に感じたことでしょう。

ですから、ここに写っている祖父母を除いて他の人たちは、
徳島で行われた結婚式には出席できなかったのではないでしょうか?

この写真が1955年(昭和30年)だとすると、母は26歳、祖父は67歳です。
わたしは、まだ影も形もありません。

一枚の写真から想像できることがいっぱいあります。


補足

2020年02月15日 11:00

新日本風土記OA

昨夜のNHK BS プレミアム 新日本風土記「池袋」の放送、
インタビューを切り取られたので、なんの話かお分かりにならなかったでしょう?

そこで少々補足させていただきます。

あの話は、昭和23年に人世坐がオープンしたときに祖父・三角寛が、
吉川英治井伏鱒二永井龍男徳川夢声朝倉文夫といった文士や芸術家たちを集め、
映画館の株主にしたという逸話のくだりです。

下の写真はその株主総会と称した文士たちの宴会の様子ですが、
文士や芸術家たちを本当の株主にしたのではなく名目だけだったのです。
その「文士経営の映画館・人世坐」のことが世間では話題になりました。

そんな映画館・人世坐のオープニングには、話題になったことがもう一つあります。

映画館・人世坐のすぐ近くには、巣鴨プリズンが在りました。
その巣鴨プリズンの屋上には星条旗がはためいておりました。

祖父は、星条旗の向こうを張って人世坐の大屋根に日章旗を揚げました。
進駐軍に逮捕されることを覚悟だったそうですが、どういうワケかお咎めナシ。

ところが、「三角寛が映画館の屋根に日章旗を揚げたぞ」と話題になって、
各新聞が取材に来て、日章旗を揚げた写真入りで記事を載せてくれました。
おかげで、ただで広告宣伝ができたというワケです。

戦争中多かれ少なかれ軍に協力していた文士たちにとっては、
戦後公職追放に遭ったり、敗戦で価値観が混乱して元気がなかった時代でしょう。

そんな彼らが、
よく判らないうちに、やたら元気で前向きな祖父にまき込まれてしまったのでしょうが、
そんな祖父が新しい時代の池袋に映画館という文化の旗を立てたのも確かなことです。

以下、“人世坐の株主総会”と称する宴会の様子。

人世坐株主総会?の様子
後ろ姿が河盛好蔵、その左が三角寛永井龍男徳川夢声


人世坐の株主の面々
後ろ頭が永井龍男、左が徳川夢声朝倉文夫井伏鱒二


木内みどりさんのお別れの会

2020年02月14日 08:56

みどりさん

きのうは、
去年11月18日に急逝された木内みどりさんのお別れの会だったので、
かみさんと二人でお別れをしてきた。


俳優の田中明夫さんは、むぅむぅ(義父)の親友だったが、
1955年から劇団四季に合流して活躍しはじめていた。

親友のために、
むぅむぅは後援会を組織したりチケットを売ったりしていたらしい。

当時は観客と俳優たちとの親睦を兼ねたバス旅行が行われていて、
参加したかみさんの隣の席に座ったのが木内みどりさんだったのだ。

以来みどりさんは、
かみさんのことを「庸子ちゃん、つねこちゃん」と親しく呼んでくれて、
妹のように可愛がってくださった。

わたしもご相伴にあずかって、
お芝居をなされば観に行ったし、ご主人共々飲んだりもしたし、
深夜のお宅に遊びに行ったこともあるし、ご相談を受けたこともあった。

いつも、
いろいろな事にご興味をお持ちで、お元気で活発でお話し好きだった。
所謂、姐御肌だった。そして、せっかちだったと思う。

だが、生き急いでいたワケでもあるまいが、69歳はあまりにも早すぎる。

合掌


来訪者

2020年02月13日 11:23

目白

既に立春を過ぎているので、春の装いが目立つ季節になりました。
我が家のベランダに訪ねてくる鳥たちの鳴き聲も賑やかです。

雑司が谷なのに目白?、ヒヨドリ、スズメ・・・

訪ねてくれると可愛くなるもので、ミカンを切ってもてなします。

ヒヨドリは、
通常、木の実を食べる鳥なので平地に降りてエサを啄むことはありません。

ヒヨドリ

ですから、用心してなかなか木の枝から降りてこなかったのでありますが、
最近は慣れたのか、置いたミカンを食べております。


ところで、
わたしの実家はミカン農家でしたから、本来ヒヨドリは害鳥です。
収穫前のミカンを食べられて悔しい思いをしていた母を想い出します。

ミカンをエサにしてヒヨドリをもてなしている息子を見たらどう思うでしょう?

でも、訪ねてきてくれたら、ヒヨドリでさえ可愛いものです。

ヒヨドリ


梅は咲いたか

2020年02月12日 11:30

梅


梅は咲いたか 桜はまだかいなぁー
柳ゃなよなよ 風次第
山吹や浮気で 色ばっかり
しょんがいな・・・



ことしの梅が満開です。

梅の花は、母が好きな花でした。

ところで、
田舎なので実家の庭にもありましたが、
意外にも、雑司が谷に梅の木は多くありません。

散歩しながら梅の木を探すのですが、
わたしが知っているのは雑司が谷で二ヶ所だけです。

もちろん、もっと在るのでしょうが、
余所のお宅の庭に入って探すワケにもいきません。😅


さて、
梅の花が咲いているのを見つけると、
いつもの端唄が口を突いて出るのですが、
ことしも、やはり音がとれません。😅





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