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「新日本風土記」

2020年01月31日 14:14

新日本風土記s

「雑司が谷 寛」の建て替え計画が進行中だった去年の秋、
NHK BSプレミアム「新日本風土記」のディレクターから電話があった。

「戦後の池袋の変遷を取材しているが、三角寛さんについてお話を伺えないか?」
そんな内容の電話だった。

そこで、日時を決めてディレクターだけの取材を受けた。
更に収録日を決め、かみさんとともにインタビュー取材の模様を撮影した。
また日を改めて「雑司が谷 寛」のロケにも立ち会い、室内を説明させてもらった。

番組では、祖父・三角寛、父・三浦大四郎、そして映画館・人世坐と文芸坐について、
採りあげていただく。

祖父や父や映画館の果たした役割について語るのは初めてのことだったが、
よい機会を得たことを幸いと思う。

NHK BSプレミアム「新日本風土記」
2月14日金曜日21時~22時放送




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もう一人のジィジ

2020年01月30日 13:50

痩せてるジィジ

ボクにジィジがまた一人増えました。


この痩せてるジィジと伯父ちゃんが、2月に博多でお芝居をやります。

写真は去年10月・11月の新橋演舞場公演中の休演日に、
痩せてないジィジとバァバの家に遊びに来てくれたときのものです。

痩せてるジィジは、痩せてますがコワイ?閻魔さまなんです。

令和2年博多座「オグリ」

博多座2月公演
スーパー歌舞伎II(セカンド)新版「オグリ」


2020年博多座「オグリ」
↑ クリック



夜中の白菜漬け

2020年01月29日 23:59

白菜漬け

また深夜に目覚めた。

「まだ2時か・・・」


ところで、
微睡みながら繰り返される、ある同じイメージが頭から離れない。
そもそも眠りが浅いのだ。

仕方がないから、起き上がった。

階下のダイニングに降りて、焼酎のお湯割りを作る。

繰り返され頭から離れないイメージを払拭するために、手を洗う。


かみさんが、十条の安売りの店で巨大な白菜を買ってきたが、
夫婦でどうやって食べたらよいのだ?

それが、あるイメージが頭から離れない理由だ。


白菜を四分の一に切る。
葉と葉の間に粗塩を振る。
そこに、山椒の実と輪切りにした鷹の爪を散らす。
出汁昆布を適当に切って挟み込む。

巨大な白菜を、
なんとかジプロックのフリーザーパックに押し込んで、中の空気を抜く。

その上に重しを置いて一晩待ち、
それを冷蔵庫に入れてから一日二日したら食すことができるだろう。


これで、また眠れる。




「障害」か「障碍」か

2020年01月28日 12:32

衆議院予算委員会

早めに昼食を摂ろうと思って支度をしていたら、
点けていたテレビから衆議院予算委員会中継の音声が聴こえた。

野党議員から、
パラリンピックを控えて、我が国の「障害」「障害者」の「害」という表記を、
明治時代に「障碍」と表記されていたことを踏まえて、
漢字圏の国々の人たちから怪訝に思われないように、
「障害」という表記を「障碍」に改めるよう検討してはどうか、そういった主張だった。

「碍」という字は「さまたげる」と読む。

昭和31年(1956年)当時の文部省が当用漢字から「碍」を除いたことから、
「障害」「障害者」という通達を発したことを今後是正しようということらしい。

わたしは、平素「障がい」「障がい者」と表記する。

それは、
この野党議員の主旨と同じ理由からだが、世の中に「差(ハンディキャップ)」があるからこそ、
敢えて「障害」「障害者」と表記してほしいという当事者がいらっしゃることも知っておく必要がある。

当該の表記について、
そもそも「障」や「害」や「碍」という字を充てないで表記・呼称するメンタリティはないものか。



菊芋サラダ

2020年01月27日 23:59

菊芋のツナ和えサラダ

妹にもらった菊芋が残っていたので、
きょうはわたしが菊芋サラダを作った。

煮たり炒めたりするとホクホク食感の菊芋だが、
生でサラダにするとシャキシャキ食感が楽しめる。

材料は、菊芋とタマネギとツナ缶と白ゴマ。

200グラム位の菊芋をよく洗って大雑把に皮を剥く、
千切りでもいいが、きょうは5ミリ程度の厚さに切った。

タマネギ4分の1程度を薄切りにする。

それらに小さめのツナ一缶を加えて和える。
栄養豊富なオイルと調味液は捨てずに使う。

味付けは塩でもいいが、きょうは醤油と少々の酢。
そこに白ゴマを振ったら出来上がり。

カンタン!

だが、菊芋を薄切りにしたほうがよかった。😔


菊芋

2020年01月26日 23:59

菊芋

妹が作った菊芋をもらった。

菊芋と云うけれど、
芋というよりは球根に近いのではないか。

菊芋の糖質にはデンプンは含まれておらず、
イヌリンという多糖体により構成されているという。

このイヌリンが様々な健康機能性を備えている。

菊芋は、
北米大陸のネイティブアメリカンの栄養源らしい。


それにしても、菊芋のレシピは多い。

きょうは、かみさんが作ったこれとコレ!

菊芋と春菊の茎炒め
<菊芋と春菊の茎炒め>

菊芋のニンニク炒め
<菊芋とニンニクのホイル焼き>

歴史

2020年01月25日 23:59

壬生のほたる

午前中は、
「雑司が谷 寛」を見たいという方々の見学会のアテンド。

三角寛が生きた、戦前から戦中・戦後のお話しを、
三角寛本人に遇ったこともないわたしが説明するという、
かなり見てきたような嘘を言う眉唾企画であります。 


午後は、
豊島区立図書館の企画「映画のまち“池袋”」というゼミナールに
ご招待いただきました。

日本映画の歴史から、
豊島区内の映画館、撮影所の歴史を学ばせていただきました。

戦後開館した人世坐文芸坐のお話しは、次週のお楽しみ。


そして夜の部は、
お芝居「壬生のほたる」公演を観劇。

新撰組隊士・島田魁が遺した「新撰組日記」をモチーフに、
生き急ぐように、あの時代を駆け抜けた人々を描いたお芝居。


さて、
戊辰戦争や戦前・戦後を識ることも大事なのですが、
現在の世界の今後が心配です。 

現在が将来歴史の一部になるのですから。



妹と巣鴨地蔵通り商店街を歩く

2020年01月24日 14:39

巣鴨

愛知県の大府に住んでいる妹夫婦が、きのう遊びに来たので、
きょうは巣鴨地蔵通り商店街を案内した。

きょうは24日だから、高岩寺(とげぬき地蔵)のご縁日。

毎月4、14、24日と、4のつく日はご縁日だから、
巣鴨地蔵通り商店街にはずらりと露店が並んでいた。

高岩寺の御本尊である通称「とげぬき地蔵尊」のご利益は、
万病を治すことだから、抗ガン寺でもある。

地蔵尊は秘仏だから拝見できないが、境内の洗い観音は
水をかけて治したい部分をおみぬぐいすることが出来るとあって、
長蛇の列。

妹は、
巣鴨地蔵通り商店街名物の塩大福を買い、露店を冷やかして、
ときわ食堂で子持ちカレイの煮付け定食を食った。

妹と巣鴨地蔵通り商店街を歩く日がくるなんて、
俺たちも爺さん婆さんになったもんだ。



うちの弁天さん

2020年01月23日 23:59

うちの弁天さん

弁天様は七福神の第一にして、
利福・技芸・文芸・弁舌の才を司る平和の女神でありますが、
本当は、手が八本で剣と弓と縄などを持たれ、
破邪顕生にて邪悪なものを許さないご気性であらせられ、
表情はお美しいが毅然としていらっしゃいます。

それでいて、音楽を司るときは妙音天・美音天とも申し上げ、
また、弁舌は流る如く雄弁であります。

そして、水の流れが融通無碍でありますように、
智慧も芸能も金運も融通無碍の才をお持ちです。


そんなうちの弁天さんは、いま小学3年生。



無量寿国

2020年01月22日 23:59

双龍

出来るだけ、「雑司が谷 寛」という家の写真を撮って残そうと思っています。


玄関を入った正面の板戸に彫られた双龍は、彫刻家・渡辺弘行さんの作品ですが、
同じ渡辺さんが彫った「ひとのよ弁財天」の開眼式をこの家で催したときの写真に、
「寄贈 双龍 徳川夢声」という貼り紙が写っており、この板戸は徳川夢声さんから
寄贈された物じゃないかと思われます。

阿吽の阿

吽

扉の左右に分かれた龍は阿吽(あうん)を表しておりますが、
龍は仏教を守護する存在とされており、禅宗の寺では天井に龍がよく描かれています。
また、龍神は融通無碍の水を司ることから、「金運」を護り「火災」から守るとされています。

天地無私春又満

トイレへとつづく廊下に、「天地無私春又満」と祖父が描いた扉があります。

禅宗の言葉に「天地無私春又帰」というのがありますが、
祖父はそれをもじったのでしょうか?

観音像

こちらの観音菩薩像も渡辺弘行氏が彫った作品であります。
観音菩薩は阿弥陀如来の脇士と位置づけられる仏様で、
阿弥陀如来の智恵と慈悲をもって人々の苦しみの声を聞き、
救いを与えて下さると謂われています。

ひとのよ弁財天

弁財天は龍神と同じように、
海や川など水に関係したところに祀られることが多いのですが、
弁財天は弁才天とも表され、琵琶を持っている弁才天がいるように、
才能の神様、芸事の神様、表現者の守り神とも謂われています。

無量壽國

この「無量寿国」の書を描いた法幢とは、祖父・三角寛の法名です。
正確には釈法幢と申します。

釈は釈迦、御釈迦様のことでしょう。
法は御釈迦様の教えである仏法のこと。
幢は、はたほこと読みますが、矛の先に旗を付けた幟のことです。

つまり、御釈迦様の教えを幟として掲げる者だという意味でしょう。

ところで、「無量寿国」という意味ですが、
無量とは限りないこと、寿とは命のこと。
無量寿は阿弥陀如来の別名でもあります。

限りない命の国、つまりは極楽浄土のことです。


こどものときに浄土真宗の寺に預けら四書五経を学んだ三角寛
その人生は、常に自分と仏法との葛藤だったのかもしれません。
つまり、三毒煩悩と謂われている人間欲と、仏法との葛藤であります。




林きむ子師

2020年01月21日 17:22

林きむ子の生涯

かみさんは、現在フラのインストラクターでフラダンスを教えていますが、
元は俳優で、もっと前を言えば日本舞踊林流の師範名取りであります。

日本舞踊林流の二世家元・林一枝師がかみさんや姉の師匠でありますが、
かみさんの亡くなった母は林一枝師の母上である林きむ子師が師匠です。


林きむ子といえば、柳原白蓮九条武子と並んで大正三美人と謂われた人として有名ですが、
義太夫語りとしては“祖”とも謂われる両親に生まれながら、新橋の料亭の養女として育ちます。

女学校を卒業すると、アメリカ帰りの富豪で後の代議士と結婚し六女をもうけ事業を起こします。
また、小説や歌を書いたり、一中節(義太夫)の師匠になります。

ところが、
夫が亡くなると、すぐに詩人で童謡作家の年下の男性と再婚し二児をもうけ日本舞踊林流を興し、
生きた時代が時代ですから、ご多分に漏れず女性解放運動にも参加します。

歌舞伎役者の振付師であり、または花柳界で男が愛でるものであった日本舞踊を、
人間の表現として、芸術として、または知育・体育の素養として捉えました。


そんな林きむ子師やその娘(四女)で林流を継いだ林一枝師の踊りに惚れた、
かみさんの母方の祖母が、娘(かみさんの母)をきむ子師に弟子入りさせ、
孫娘たちは一枝師に弟子入りさせ、祖父は稽古場を提供し後援していました。

かみさんは昭和42年、
きむ子師の臨終間際の枕元で執り行われた名取り式で名取りの御免状を授かり、
後に一枝師から師範名取りの御免状を授かりました。

林きむ子師、林一枝師の教えは、いまフラダンスに活かされているのでしょうか。


暖冬

2020年01月20日 17:53

蝋梅

きょうは二十四節気の大寒です。

大寒は一年間で最も寒い日とされ、
大寒の朝の水は一年間腐らないと謂われています。

ところが、
東京は未だに最低気温0℃未満の冬日がありません。
つまり、今季はまだ冬が到来していないのであります。

散歩に出ると、雑司が谷霊園の蝋梅が咲いていました。
春の芳香が辺りに漂っていました。

今季は、冬が遅れているというよりは、来ないのかも?




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