FC2ブログ

閉店から5年

2019年08月31日 12:29

光生軒のシャッター

桐朋音楽大学の創立者の一人で、
「子供のための音楽教室」やオーケストラ教育などで桐朋学園音楽大学の礎を築かれ、
小澤征爾さん秋山和慶さんをはじめ、多くの世界的音楽家を育てた齋藤秀雄先生も、
その小澤征爾さんも、秋山和慶さんも、世界で活躍する音楽家たちも、

光生軒

桐朋の所謂演劇科を創立された桐朋の元校長・元理事長生江義男先生も、
同じく、演出家で俳優座の創立者でもあった千田是也先生も、
同じく、劇作家として現代戯曲に大きな足跡を遺された田中千禾夫先生も、

光生軒のラーメン

桐朋学園短期大学名誉教授で横綱審議委員会委員長でもあったドイツ文学者高橋義孝先生も
桐朋の職員のみなさんも、学生たちも、わたしたち卒業した者たちも、みんな大好きだった、光生軒。

光生軒のチャーハン

海外で生活している音楽家たちが、
「海外生活で一番食べたかったのは、光生軒のラーメンとチャーハンだった」と言います。

光生軒閉店

その光生軒が閉店して、きょうで5年経ちました。
2年前には光生軒のおばさんも亡くなってしまいました。

5年前、閉店の日の朝早く、
おばさんは一枚の張り紙を店のシャッターに貼り出しました。

「朝早く誰も見ていないときにそっと貼って、終わりにするんだ」
そう言っていました。

その張り紙を作ったのは、わたしです。

いつ貼り出すか(閉店するか)はハッキリしていませんでしたが、
閉店の数か月前におばさんに頼まれて、作って渡しておいた張り紙でした。

光生軒のこと、光生軒のおばさんのこと、
命日に想い出し、閉店した日に想い出し、ラーメンやチャーハンを食べるたびに、
事あるごとに想い出しております。

光生軒のおばさん

スポンサーサイト



秋刀魚の漁獲高

2019年08月30日 17:59

秋刀魚定食

秋刀魚が食いたくなって、贅沢にも秋刀魚定食を注文すると、
わたしの記憶では、これまで見たことがないイワシのような焼きサンマが出てきた。

2015年以降、秋刀魚の水揚げ量が落ち込み、平均価格が高騰しているようだが、
ことしは、昨年よりも水揚げ量が落ち込む見通しなのだそうだ。

この秋刀魚定食は1,000円だが、仕方がないことだろう。

関係水産試験研究機関による資源調査結果を踏まえても、
ことし8月〜12月までの道東から房総沖の秋刀魚の漁獲高は昨年を下回るらしい。

資源量は大凶漁の17年に次いで低い水準で、来遊量は昨年を下回る見通しで、
9月上旬までに日本近海へ来遊する群れは極めて少なく、魚体も短く痩せている。
ということだ。

秋刀魚は日本の食文化に深く影響を及ぼしてきたのだが、焼き秋刀魚ではなくて、
鯖やイワシの、それも缶詰に取って代わる日も近いのかもしれない。

秋刀魚漁獲高

有楽町の空

2019年08月29日 17:28

有楽町

九州をはじめ、各地に甚大な被害をもたらした豪雨でしたが、
きょうの東京は晴れていました。

友人の「書」を展示する催しがあって、有楽町に出掛けました。

有楽町の空は秋の空で、秋の風に柳の葉が吹かれていました。


被害に遭われた各地のみなさまに、お見舞い申し上げます。



佐賀市内

2019年08月28日 18:24

豪雨

九州で記録的大雨による豪雨被害が拡大しているらしい。

佐賀、福岡、長崎の3県には、
命を守る行動が必要とされている「大雨特別警報」が一時発令され、
約80万人に避難指示が出されているということだ。

佐賀駅の周りや市内の様子がテレビに映し出されているが、
佐賀駅構内は浸水しているし、道路も冠水している。


佐賀には、芝居の公演で何度も訪れた。何日も滞在したこともある。

公演を主催してくださった、
佐賀市民劇場のみなさんはどうしていらっしゃるだろう?
定宿にしていた旅館あけぼのは無事だろうか?
公演を行った佐賀市民会館県立美術館ホールは?

あの甘味処は?あの天ぷら屋は?

市内で洋菓子店を経営しながら暮らしている先輩のことも気にかかる。

被害が少ないことを祈る。


福島三部作

2019年08月27日 23:59

劇団DULL-COLORED POP公演「福島3部作」の一挙上演を観てきました。

第1部
第一部『1961年:夜に昇る太陽

第2部
第二部『1986年:メビウスの輪

第3部
第三部『2011年:語られたがる言葉たち

わたしは、
高校1年生の時に、浜松の全高校生を対象として3年に1度催される
演劇鑑賞教室で劇団民藝の「銀河鉄道の恋人たち」という芝居を観ました。

宇野重吉さんが演出した作品でしたが、
米倉斉加年さんと樫山文枝さんが主演され、宇野さんも出演されていました。

その「銀河鉄道の恋人たち」を観たことがキッカケとなって、
高校2年生の時に演劇同好会を立ち上げ、浜松の演劇鑑賞会にも入会し、
高校3年生の時に、やはり劇団民藝「桜の園」を観たのでした。

人生に“もし・たら・れば”はありませんが、
もし、わたしが「銀河鉄道の恋人たち」公演の当日風邪でもひいて、
芝居を観ていなかったとしたら、確実にわたしは今此処にいません。

浜松の高校は数十校有り、何千人の高校生が観たのか判りませんが、
少なくともわたしのように、芝居が人の人生に大きく影響を与えることがあります。

この「福島三部作」という三本の芝居、
この世の中に大きな影響を与えてほしいものだと切に思いました。


新宿伊勢丹地下1階

2019年08月26日 17:59

新宿伊勢丹地下1階

新宿伊勢丹地下1階の食料品フロア。

洋菓子の有名店が並んでいる辺り・・・。


44年前の夏だった。

家出して東京で職を求めたところ、寮があって賄い付きの仕事を得た。
デパートにレストランなどを出店している外食産業の企業だった。

就職して配属されたのが、
新宿伊勢丹の地下1階に在った半円形のスタンドの喫茶コーナーだった。

珈琲・紅茶をはじめ、
パフェやゼリーなどの喫茶物と、カレーと焼きそばとサンドイッチを提供する店だ。

就職当時のわたしは18歳、
毎日ネルドリップで珈琲を淹れ、コーヒーゼリーを仕込み、チョコレートパフェを作っていた。

思えば、演劇の世界に身を置きたいけれど、
金もアパートも先の展望もなかったあの頃はアドレナリンが出っぱなしの状態だった。

短い期間だったが、濃密な出来事をつづけて経験できた。

現在の新宿伊勢丹へ行くと、すっかり模様替えしてしまった地下食料品フロアで、
以前の職場の場所を探すのは難しかったが、エレベーターの位置は変わっていないだろうから、
多分この辺りだ。


何故、写真を撮っているのか・・・判らないだろうな。


はとバスツアー

2019年08月25日 23:59

はとバス

東京で暮らし始めて44年経ちましたが、
東京タワーに昇ったこともなければ、
はとバスに乗ったこともありません。
スカイツリーなどは眺めるだけです。

二重橋

尤も、
静岡県で育ちましたが富士山に登ったことはありませんケド。

その意味では、
東京の、いや日本のランドマークでもあろう皇居の二重橋にも行ったことはありませんでした。

齢60を超えて初めて二重橋を見学しました。

きょうは、
母校演劇科同窓会が主催したはとバスツアーに参加。

東京駅~皇居二重橋~浅草寺~東京タワー~東京駅というコース。

浅草は3日前にも行ったケド・・・。

東京タワー

「さよなら西湖クン」

2019年08月24日 17:12

「さよなら西湖クン」

連日、観劇がつづきます。

きょうは、
下北沢 小劇場B1「さよなら西湖クン」を観劇しました。


さて、青春時代と謂われる時代は、
美しいようでいて、若いが故の間違いや傷も多いものです。

“若い”と“苦い”は、似ています。

そんな元・高校野球部員たちの、
傷や後悔や妬みや夢を引きずって生きる姿が浮き彫りになる、
そんな芝居。

この芝居には、救いがないようでいて・・・、あるようでいて・・・。


ところで、
なにかと芝居以外のことが注目されている舞台だそうですが、
“注目”してないで“観劇”してみたらいいのにね。


「DNA」

2019年08月23日 23:59

青年座s

青年座公演「DNA」を観てきました。

働き方改革”が謂われる時代でありますが、
一人ひとりの“働き方”と、“企業(組織)”や“夫婦(結婚)”や“家庭(家族)”が描かれています。


ところで、
DNAと言えば、生物はゲノム情報DNAと呼ばれる化学物質を記憶媒体として用いています。
人間の場合は30億文字にものぼるゲノム情報DNAを通じて遺伝しています。

遺伝させるには情報を正確にコピーする必要があります。
しかし、DNA放射線紫外線や人間の代謝反応などで、
1日に1細胞あたりに10万程度の傷が発生し、コピーができないことがあるのだそうです。

このコピーのエラーが、突然変異の主要な原因になると考えられているといいます。


人間の働き方も時代とともに変化してきました。
それにつれて、人間の生き方も家族のあり方も変わってきました。
それは、或る意味で環境に適応したということかもしれません。

細胞も人間も、環境の中に存在しているのですから、
繋いでゆくもの継いでゆくものと、変化してゆくもの変化せざるを得ないものがあります。

血の繋がりのない子や孫を育てているわたしにとっては、DNAよりも環境の方が大切です。



インバウンド

2019年08月22日 18:32

CIMG6179.jpg

きょうは毎年恒例の、
語り芝居の会公演「で・え・く」を観に木馬亭に行ってきました。

でえく

その前に浅草寺の観音様にお詣りしましたが、
相変わらず浅草はインバウンドが盛況であります。
どこの国の方かも判らない外国の皆さまばかりで、
浅草寺はメッカと化しておりました。

木馬亭

かみさんの好物を買おうかと仲見世を冷やかしておりますと、
店員さんたちから英語で呼びかけられました。

ワタシ・・・ハワイ・・・キタアルヨ。

ショウイチ・カメハメハ・オザワ・・・アルネ。

チカウヨ!チュウコクチンチャナイヨー!

浅草寺

拝謁記

2019年08月21日 03:28

拝謁記

初代宮内庁長官【1949年(昭和24年)6月1日 - 1953年(昭和28年)12月16日】を務めた
田島道治氏が昭和天皇との会話を書き留めた「拝謁記」と記された手帳やノート18冊が公開された。

この資料を公開したのは田島道治氏の遺族から提供を受けたNHKである。
NHKは資料を基にNHKスペシャル「昭和天皇は何を語ったのか~初公開・秘録 拝謁記」を放送した。

8月17日の本放送は見逃したが、きょう未明の再放送を観ることができた。
番組は「日本国との平和条約サンフランシスコ条約)」により日本の独立回復を祝う式典での
昭和天皇の「お言葉」をめぐる昭和天皇田島道治氏と吉田茂総理の「文言」のやりとりを主に、
昭和天皇の戦争への後悔と反省”、“日本国憲法象徴としての天皇”、に焦点を当てた。

それにしても、
何故、このタイミングなのか?
令和の時代になったからなのか?
憲法九条改正が俎上に載ることが見えてきた今だからか?

歴史に「たら・れば・もし」は無いが、
あの式典の「お言葉」の中に昭和天皇が望んだ「先の大戦に対する“反省”」が語られていたら、
昭和天皇はどうなっていたか?現代日本人のアイデンティティはどうなっていただろうか?

しかし、歴史的結果は、
“反省に言及しなかった天皇と日本人”は、アメリカから押し付けられた憲法だからという理由で、
アメリカの戦争に参加しないで済んだワケだし、日本はアメリカに護ってもらえる安全保障を得た。
そのかわり、いまだにアジア諸国から批判を受けているし、有ったことを無かったという輩もいる。

ところで、
亡くなる直前、田島道治氏は「拝謁記」を焼こうとしたところを、ご子息がそれを止めたのだそうだ。

いまは、よくぞお止めくださったとしか申し上げようがない。
なにが得か損か、正しいか間違っているか、その時その時代で判断があったのだろうが、
わたしたち日本人が再び考える機会を失うところだったからだ。

それにしても、いまごろ公開されるというのは・・・。




2019年08月20日 07:57

美佐子さんの声

未明に声がしたような気がして目覚めた。

声、美佐子さんの声。

女優・渡辺美佐子さん。


テレビは、いつものように点いてはいるが、
音量は消音になっていた。

しかし、
映っていたのは、紛れもなく美佐子さん。

NHK総合
視点・論点「原爆朗読劇 最後の夏に」

毎年の夏に、35年つづけられた朗読劇と、
ご自身の戦争体験との関連を話されている。

わたし自身は、何度も美佐子さんから伺った話。
美佐子さんの初恋の子が広島で被ばく死した話。


美佐子さん等女優さんたちがつづけた朗読劇も、
きょうの公演を含めて、残すところ5ステージ。

これから、
渡辺美佐子さんたちの“声”を誰が引き継ぐのか?




最新記事