FC2ブログ

夜中のおしん

2019年06月02日 23:59

夜中に目を覚ましたら
NHKBSで連続テレビ小説「おしん」の再放送をやっていた。

放送当時から「おしん」がもの凄い視聴率を記録したことは知っていたし、
同期や後輩など知り合いが出演していたこともあって興味はあったのだが、
その当時は朝・昼の一定の時間にテレビを観る習慣がなくて、観ていなかった。

ゆうべ目を覚ましたときに放送されていたのは第15話あたりからだったのだが、
見入ってしまって、結局今朝の5時45分にきょう最後の第24話が終わった。

夜中に「おしん」を観ると、眠れなくなる。

目が離せなくなったのは、
日露戦争に従軍した後戦争の悲惨さと無意味さを感じ脱走した男(中村雅俊)が、
主人公の7歳の子に与謝野晶子の詩を朗読し反戦を説く場面を観てからだった。

事程左様に、
主人公は次々に辛い出来事に遭いながらも、人生で出逢った路傍の人々から
人生で大切なことを次々に教えられるというドラマなのだ。

いや、聞きしに勝る怪物番組だと思った。

主人公を演じた子役をはじめ、俳優たちも凄いが脚本が凄い!
筆が立っている、そして筆に勢いと熱い思いがある。橋田壽賀子畏るべし。

平均視聴率52.6%、最高視聴率62.9%という驚異的な数字も頷ける。
当時、国民のほぼ全員が観ていたと言ってもよいドラマなのだ。
観ていなかったわたしなどは、一つまみの人間だったのだろう。

そして、後年世界各地で放送され高視聴率を記録したと聞いたことがある。
世界の人々が「おしん」で日本を知り、日本の歴史を知ったのだとしたら、
日本の知名度と平和にどれほど貢献したことだろう。


この「おしん」が放送されたのは、
1983年4月4日から1984年3月31日の1年間だったのだそうだ。

1983年といえば、
中曽根康弘総理、 ロナルド・レーガン米大統領の時代だ。
バブル景気の前夜だったし、浦安に東京ディズニーランドがオープンした。

明治は遠くなりにけりで、飽食と金満を享受する時代だった。
そんな時代に明治時代の日本の山村の貧しさを描いたのだった。

後に、昭和天皇が「おしん」を観ていたことが判り、
「ああいう具合に国民が苦しんでいたとは知らなかった」と述べたというのは有名な話だ。

実は、
おしん」が生まれたのは1901年明治34年)という設定になっているのだが、
それは昭和天皇と同じである。

“国民が苦しんでいたことは知らなかった”というのは、真実だろう。
それらの情報が内奏されない限り、天皇が知る由もないからだ。

明治憲法下の立憲主義であっても天皇自ら政治的指揮を執ったのは
二・二六事件の時と終戦時の御前会議の時だけだったと謂われている。

もし、当時の農村漁村の窮状を天皇に誰かが伝えていたとしたら、
貧しく娘を売らねばならぬ農村漁村から応召した兵士たちの窮状を知り、
憂国の念を抱いた青年将校たちが蹶起した二・二六事件の収め方も、
もしかしたら変わっていたかもしれない。


さて、
1983年といえば、わたしの長男が生まれた年でもある。

きょうは、
その長男の幼稚園時代からの親友の結婚披露宴に招待された。

右肩上がり、飽食の時代バブルの時代が過ぎて、元号も替わった。
総理がアメリカの大統領と自衛隊の“空母”に乘って軍事力を誇示する時代だ。
あらためて、日本人は「おしん」を観たほうがいいかもしれない。

CIMG5627.jpg



スポンサーサイト


最新記事