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他生の縁

2019年05月30日 23:59

きょうは、
Hさんのお通夜をお手伝いしてまいりました。

思えば、
福島第一原発の事故が起こらなかったら、わたしたちの出逢いはなかったでしょう。

原発事故が起こって間もなく、
Hさんはお仲間と共に原発事故の収束作業に当たる若い世代の放射能被曝を軽減し、
比較的被曝の害の少ない退役技術者・技能者を中心とする高齢者が行動することを
目的とした「福島原発暴発阻止行動プロジェクト」を発足させました。
これが後の「一般社団法人 福島原発行動隊」です。

そのプロジェクトの主旨に、わたしも賛同し参加しました。


しかし、
年月が経ち、行動隊の理念や目的と現実や現状には大きな齟齬が生じました。
それでも社団法人として再構築された組織は、組織を存続させることを優先し、
その当初の理念と目的からかい離してしまっておりました。

そこで、
行動隊の活動を自省し、改めて世間に問いかけるシンポジウムを開催することになり、
わたしが企画・進行・広報を担当することになりました。

そのプロジェクトチームにHさんも参加され、半年近い準備や会議でご一緒しました。

東京電力福島第一原発廃炉推進カンパニーの社長も参加してくださったシンポジウムは、
一定の評価を得て成功しましたが、同時に行動隊の“行動”が理想とは違うことも浮き彫りになり、
以後、わたしは行動隊の活動から離れることにしました。

Hさんは最期まで福島原発行動隊に身を置かれましたが、
他に、現・政権と現・政権の外交・防衛政策を批判して、街頭署名活動をつづけておられました。

Hさんは、元々早稲田大学文学部卒業後、出版社の編集者を経てドイツ語圏の翻訳をされたり、
著述業をなさっていた方ですが、学生時代は60年安保阻止闘争の闘士でもありました。

むぅむぅ(わたしの岳父で元・映画館文芸坐館主)が絶賛し、
映画館人世坐での再上映を図った大島渚監督作品「日本の夜と霧」のモデルたちを彷彿とさせる
HさんとHさんの同志でもある奥さまですが、わたしが行動隊の活動から離れても、
HさんとHさんの奥さまとは、フェイスブックを通じて“友達”づきあいをつづけて頂き、
わたしの拙い投稿に、時々「いいね!」を押してくださったりコメントを載せてくださっていました。

それは、ことし4月末までつづき、最期の「いいね!」は4月29日の、この投稿。
うちのトトロ

これはとなりのトトロじゃなくてうちのトトロ。
ずーっと、息子を見守ってくれていたのに、
ホコリでまっくろくろすけになっちまったなぁ・・・。
洗ってあげるからこんどは孫と遊んでやっとくれ。


こうやって、Hさんと繋がることができたのも他生の縁というものでしょうか?
Hさんとのおつきあいで、人生にはこのような豊かさがあることを実感しました。

今宵は、60年安保阻止を闘った同志の皆さんが全国津々浦々からお集まりでした。

日本の暗い霧はまだ晴れませんが、合掌。


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