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「金子文子と朴烈」

2019年05月13日 23:59

「金子文子と朴烈」

例によって、映画・演劇・料理の感想や評論は書かない。

感想は十人十色である。

それを生業にしているワケでもないし、
感想は自分のものであって他人には役立たないと思うからだ。

映画「金子文子と朴烈」を観た。
そこで、感想ではなく、思い出したことを記そうと思う。


この映画の背景となっている時代に関東大震災が起こったとき、我が師・千田是也は19歳だった。

この「千田是也」という名は、謂わば芸名で本名は「伊藤圀夫」という。
千田是也」は「センダコレヤ」と呼ばれているが、ホントは「コレナリ」。

ただ、その芸名を付けたエピソードと関東大震災が関係していることは、
学生時代から知っていたことだったのだが、その真意は知らなかった。

千田是也(伊藤圀夫)は、
「千駄ヶ谷」で「コリアン」に間違えられて日本人に虐殺されそうになった。

そのドジな出来事を自虐的に捉えて芸名を付けたのだろう位に思っていたのだが、
それは、師にとっては事件を忘れられない自戒の名だったのだ。

「自分も加害者側にいた」という思いだ。

そのことを初めて知ったのは、
千田先生から直接聴いたのかNHKのドキュメンタリー番組だったのかよく憶えていないが、
「加害者側にいたから」という説明は、わたしにとって衝撃的だった。

千田是也は、
関東大震災が起きたとき、朝鮮人が日ごろの恨みで日本人を襲撃しているとか、
井戸に毒を投げ込んだり、通りで避難民に毒まんじゅうを配ったりしているとか
そんなデマを信じてしまった。

軍隊が朝鮮人の集団と交戦中だという話も聞こえてきた。

そこで、家に有った刀を持ち出して家の警備についていのたが、
ただ待つのも不安で自ら朝鮮人を狩りに友人と出掛けたのだった。

それだけ、
“朝鮮人に恨まれている”ということにリアリティーがあったからだろう。

ところが、
千駄ヶ谷駅近くの線路の土手を登ってゆくと、自身が自警団に朝鮮人と間違えられ、
取り囲まれて暴行され、もう少しで殺されそうになった。

幸い、我が師のことを知っている人がいて間違いだと解かってもらうことができたが、
間違えられて死亡した日本人も大勢いたことや、朝鮮人の多くが理不尽に虐殺された事実を知るに至り、
自身が助かったことよりも、自身が「加害者の側にいた」ことを忘れないで戒めるために「千田是也」と名付けたのだ。

あの千田先生でさえ加害者側に立ってしまうという時代や集団心理の恐ろしさを思う。

思えば、千田演劇のキーワードは、
「物事の本質を惑わされずに自ら見極めるために演劇は存在する」と定義できるかもしれない。

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