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一期一会

2019年05月31日 23:08

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昨日も、
わたしの生涯で出逢った貴重なお一人のことを記しました。

その方のお通夜をお手伝いしながら、
その方と、生前どれほど言葉を交わしただろうかと考えました。
二人だけで直接言葉を交わした記憶がなかったからです。

印象に残っているのは、
すべてフェイスブックでやりとりした「いいね!」やメッセージです。
それなのに、貴重だったと思えるから出逢いとは不思議です。


さて、
きょうは、去年3月のメロンパン店開店当時から働いてくださっていた、
Tちゃんが、ご主人のお仕事の都合で関西に引っ越されることになり、
当店を退職されるので、その送別会を催しました。

場所は、店長が“当店の会議室”と位置付けている十条の居酒屋「源」。


「一期一会」という言葉がありますが、
ご縁とは一生涯にただ一度めぐり逢うかどうかわからぬほどの機会だという訓え。

Tちゃんに出逢えたことと、支えてもらったことに感謝した送別会でした。


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他生の縁

2019年05月30日 23:59

きょうは、
Hさんのお通夜をお手伝いしてまいりました。

思えば、
福島第一原発の事故が起こらなかったら、わたしたちの出逢いはなかったでしょう。

原発事故が起こって間もなく、
Hさんはお仲間と共に原発事故の収束作業に当たる若い世代の放射能被曝を軽減し、
比較的被曝の害の少ない退役技術者・技能者を中心とする高齢者が行動することを
目的とした「福島原発暴発阻止行動プロジェクト」を発足させました。
これが後の「一般社団法人 福島原発行動隊」です。

そのプロジェクトの主旨に、わたしも賛同し参加しました。


しかし、
年月が経ち、行動隊の理念や目的と現実や現状には大きな齟齬が生じました。
それでも社団法人として再構築された組織は、組織を存続させることを優先し、
その当初の理念と目的からかい離してしまっておりました。

そこで、
行動隊の活動を自省し、改めて世間に問いかけるシンポジウムを開催することになり、
わたしが企画・進行・広報を担当することになりました。

そのプロジェクトチームにHさんも参加され、半年近い準備や会議でご一緒しました。

東京電力福島第一原発廃炉推進カンパニーの社長も参加してくださったシンポジウムは、
一定の評価を得て成功しましたが、同時に行動隊の“行動”が理想とは違うことも浮き彫りになり、
以後、わたしは行動隊の活動から離れることにしました。

Hさんは最期まで福島原発行動隊に身を置かれましたが、
他に、現・政権と現・政権の外交・防衛政策を批判して、街頭署名活動をつづけておられました。

Hさんは、元々早稲田大学文学部卒業後、出版社の編集者を経てドイツ語圏の翻訳をされたり、
著述業をなさっていた方ですが、学生時代は60年安保阻止闘争の闘士でもありました。

むぅむぅ(わたしの岳父で元・映画館文芸坐館主)が絶賛し、
映画館人世坐での再上映を図った大島渚監督作品「日本の夜と霧」のモデルたちを彷彿とさせる
HさんとHさんの同志でもある奥さまですが、わたしが行動隊の活動から離れても、
HさんとHさんの奥さまとは、フェイスブックを通じて“友達”づきあいをつづけて頂き、
わたしの拙い投稿に、時々「いいね!」を押してくださったりコメントを載せてくださっていました。

それは、ことし4月末までつづき、最期の「いいね!」は4月29日の、この投稿。
うちのトトロ

これはとなりのトトロじゃなくてうちのトトロ。
ずーっと、息子を見守ってくれていたのに、
ホコリでまっくろくろすけになっちまったなぁ・・・。
洗ってあげるからこんどは孫と遊んでやっとくれ。


こうやって、Hさんと繋がることができたのも他生の縁というものでしょうか?
Hさんとのおつきあいで、人生にはこのような豊かさがあることを実感しました。

今宵は、60年安保阻止を闘った同志の皆さんが全国津々浦々からお集まりでした。

日本の暗い霧はまだ晴れませんが、合掌。


言葉の暴力

2019年05月29日 12:58

わたしも、
ブログとフェイスブックを利用してSNSの受送信を楽しんでいる一人ですが、
近頃は、フェイスブックへの投稿を躊躇うようになりました。

フェイスブックには、
季節の移り変わりや孫の様子、拙い家庭料理を載せたりしておりました。
ときには、アフォリズムを意識した為政者や政権や社会への批判も認めました。

フェイスブックの場合にはリアルタイムに、
それらの投稿を“友達”の皆さんに共有していただきたいと思う動機があるのです。

しかし、
東池袋の交通事故が起きたあたりからでしょうか?

そのような痛ましい事故が起きているのに、
一方で、それ以外の日常について載せていることに躊躇ったのです。

そして、
大津、大阪、千葉と次々に痛ましい事故が起こりました。

それらの事故に心痛めている“友達”の人たちが多かろうときに、
孫や息子の結婚どころじゃないだろうなと思いつつ、1・2回投稿していましたが、
先輩と友人の闘病と、知人と後輩の死の報せを受け取ったあたりから意識し始め、
昨日の登戸の事件が起きてからは、フェイスブックを見るのも躊躇われます。


事故や事件が起きるたびに、SNSには多くの憤怒や怨嗟の言葉が飛び交い、
事件を起こした加害者とその家族に対する批判はとめどなく流れています。

その気持ちはよく理解はできるものの、その気持ちを発信することの意味は正直よく解りません。

SNSの発達によって、
言葉を選ばずに、より直接的に暴力的に匿名性をもって言葉を投げかけることが可能になりました。

わたしの或る友人は、靖国神社に参拝したことをフェイスブックに記した際に、
「あっちの世界の方々へ、戦のない世界に尽力して頂くようお願いしてきました」と書いたら、
「後世の私たちの為に戦って尊い命を落とされた方々に
“あっちの世界の方々”なんて言い方は余りにも失礼だと思います。」というコメントがあり、
そこまではよかったのですが、「投稿の文章を修正してください」という要求に進みました。

他人の投稿について感想や意見を表明するのは構わないでしょうが、意見や表現について
修正という変更を求めるのは行き過ぎていると思います。

わたしは、靖国神社に祀られている人々を“英霊”と呼びたくない人だっているでしょうし、
“あっちの世界の方々”とか“黄泉の国の人々”とか“高天原の皆さん”と言ったとしても、
だからといって、死者に対する尊崇の念がないとは思いません。

事程左様に、人の意見や表現に対してさえ、人の気持ちを考えずに意見・批判する傾向は、
SNSの手軽さゆえの問題でしょう。

それが、
ひとたび事件や事故を起こした加害者に対してとなれば堰を切ったような罵詈雑言となるのです。

気持ちは解かる。そういった気持ちは皆さんと同じように解るのです。
しかし、それを表明することで何が達成されるのでしょうか?

登戸事件の加害者と同じような衝動を抑えている人がいるとして、・・・いや居るでしょう。
その人に対するどのような抑止になるのでしょうか?

モチロン、登戸事件の加害者は亡くなっていますから動機や背景は判りません。
しかし、あれだけの短時間にあれだけの事件を起こした衝動のエネルギーは、
計り知れないほど大きいものだったことは間違いのないことでしょう。

それだけの衝動、それを起こさせるエネルギーはどこからきたものでしょうか?

加害者が、それだけ子供たちを恨んでいたとは考え難く、
それは社会の大人の身代わりだったのではないでしょうか?

だとすれば、
この世の中の大人の一人として、わたしにも死傷した子供たちと被害者に責任があります。

わたしに出来ることは、せめて暴力と言葉の暴力を使わないことくらいでしょうか。


殺人狂時代

2019年05月28日 18:07

殺人狂時代

また理不尽な無差別殺傷事件が起きた。


加害者が、罪を償うことも事情を明かすこともせず、
自死したことに虚しさを覚えるが、
加害者にばかり焦点が当たるなかで、
殺された人たちとそのご家族の絶望と悲しみ、
被害に遭われた人々の恐怖と身体の傷と心の傷に心を寄せたい。

但し、
きょうは別の視点からブログを記したいと思う。


来日している某国大統領が、
総理と自衛隊の護衛艦に乗船し、訓示の中で登戸の事件に言及して、
「全ての米国民は日本と被害者の皆さんと共にあり、被害者家族と悲しんでいる」
と哀悼の意を表明した。

某国の大統領が自衛隊の艦船に乗船したのは初めてだそうだが、
乗船した鑑は自衛隊最大の護衛艦だが、事実上空母に改修される。

日本は、
F-35という150億円もする戦闘機を某国から42機購入していて、
某国大統領に更に105機追加購入することを約束したのだそうな。

これまで、少なくとも専守防衛に徹していたはずの自衛隊が、
先制攻撃を目的とするとされている空母を保持し、
その空母に攻撃機であるF-35を艦載するのだとすれば、
その“護衛艦”に大統領と総理が共に乘って訓示を垂れたことの意味は革命的だ。

いまだに、軍事力を使って国際間の紛争抑止になると信じている人間の業は、
やられたらやり返すことを正義とする考え方から成り立っている。

個人的には、誰でも自分の愛する者がやられたら、やり返したいと考えるかもしれないが、
我が国は、その考え方を捨てたのだ。

その考え方に同調するのは、その時点で日本国憲法に対する背信行為だ。

それが総理の日本国憲法への背信行為だろうがなんだろうが、
某国大統領にとっては2兆円を超える手土産を持って帰ることになるのだから、
日本国内でどんな混乱が起きようが知ったこっちゃないだろう。


チャールズ・チャップリンが、
製作・監督・脚本・主演をつとめた1947年のアメリカ映画「殺人狂時代

その映画のなかで主人公が語る有名なセリフ。

One murder makes a villain; millions a hero. Numbers sanctify.
(一人殺せば犯罪者、百万人の殺害は英雄を生む。数が殺人を神聖化する)

天気予報

2019年05月27日 16:35

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きょうの日本列島も引き続き高気圧に広く覆われて各地で気温が上昇したようです。
13時の時点で、千葉県市原市で35.7度、北海道帯広市と福島県石川町で35.5度、
群馬県桐生市で35.2度を観測し、猛暑日になりました。

東京都心部でも31.7度を記録し、5月の観測史上初めて4日連続の真夏日となりました。

おまけに、
きょうは全国的にPM2.5の値が高く東京の板橋本町では105μg/立方メートルを観測。

環境省の基準値は35μg/立方メートルで、70μg/立方メートル以上を観測した場合、
「不要不急の外出や屋外での長時間の激しい運動をできるだけ減らすことが望まれる」
となっています。


これが、きょうの天気概況だったワケですが、
わたしが指摘したいのは、昨日も全国的な真夏日・猛暑日で死者が2人も出ているのに、
お昼のテレビの情報番組における天気予報のお気楽な感じはなんとかならんもんでしょうか?

天気予報という情報は、人によれば「いやー暑いですねぇ!」と笑いながら言うような内容でなく、
漁民や農民にとっては死活問題かもしれませんし、熱中症に罹った人にとっては文字通り、
生死の問題なのです。

それを、
余計な冗談で口を挟みながら、動きのワルい器械を使いながら延々と要領のワルい説明をする、
あの演出を見ているとチャンネルを回したくなります。

蛇足ですが、
中継先のレポーターが情報を伝えている最中に口を挟んだり、レポーターをからかうキャスターも
なんとかなりませんか?

不快指数が上がります。



相撲

2019年05月26日 18:11

アメリカ大統領杯

なにも、アメリカ大統領が大相撲を観たことを揶揄する気はない。
一国の元首が大相撲に接するのは、わるいことではないからだ。

但し、

令和に時代が替わると、
大相撲の優勝力士にアメリカ大統領杯が贈られるようになるそうだ。

そのことには、少々違和感を覚える。

そして、日本がアメリカ合衆国の盟友だというなら、それもいいが、
盟友と相撲を取るときには、しっかり四つ相撲を取ってほしいものだ。

しかし、相撲を取る前に自ら俵を割っていやしないか?


うんどうかい

2019年05月25日 23:59

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きょう東京は30℃を超える真夏日になったし、
夕方地震もあったし、某国の大統領が来て慌ただしい一日でした。

わたしたちは、
嫁と孫がロサンゼルスに帰ってしまってさびしくなってしまいましたが、
運動会を観ることができて、お昼に天ぷら定食をいただいて、
夕方からビールを飲んだ、結婚記念日でした。

ありがとうございます。

ロス

2019年05月24日 18:00

またね!

以前、空港の到着ロビーについて書いたが、きょうは出発ロビーで嫁と孫を見送った。

結婚式・結婚披露宴のために帰国していた嫁と孫だったが、約6週間の滞在を終えて、
きょうの午後、息子の待つロスに向け旅立った。

やはり、息子が留学したときから出発ロビーは苦手だ。

空港は、帰国を待つ到着ロビーがいい!


さて、次に逢うときに、孫は立っているだろうか?歩いているだろうか?

片言でナニを話すだろうか?日本語だろうか?英語だろうか?

いまの孫を見るのは、いまだけ。
いまの状態の孫はもう見られないだろう。

孫がロスに帰ってゆく。ジィジは孫ロス・・・。


エンジントラブル

2019年05月23日 15:41

参道

きょう、
13時に家を出て、空港に向かうつもりでした。

嫁と孫が、滞在を終えてロサンゼルスに戻るからです。

ところが、
出発時間が16時20分から21時に変更になったことを知り、
急遽、家を出る時間を18時に変更したのでしたが、
出発が遅れたら、当然ロスの到着も遅れるワケなので、
ロサンゼルスの到着時に迎えに来られるか息子に訊くと、
その時間に迎えに出られなということで、結局のところ、
出発を一日遅らせるようチケットを変更することにしました。

この5時間近い遅れの原因ですが、
機体がロサンゼルスの出発時に、エンジントラブルを発見、
そのメンテナンスのために出発も日本への到着も遅れ、
その影響で本日の出発時間が21時に変更になったのでした。

エンジントラブルがあった機体に嫁と孫を乗せるのも嫌ですし、
出発が一日先になれば、明日までいっしょにいられるワケですし、
図らずもご褒美をもらったようなものです。

というワケで、きょうもまた鬼子母神さまへお散歩。


内省する人間

2019年05月22日 11:31

35年前の1984年2月12日は雪が降る日だったが、
その日は休みで、夕方肉を焼いて食おうと思っていたときだった。

夕方後輩のJから電話をもらった。
「Sが死んだみたいです」

肉に手をつけぬまま、Jと後輩のAと会って三人で通夜をやった。

翌日、JとAとSの姉のアパートに向かった。
そこで、既に遺骨になっていたSと対面した。

その翌日、
上野駅のホームで30名ほどの後輩たちとSを見送った。

そして、その翌日、
上野を12時17分に出発し18時25分に秋田の或る駅に到着した。
葬儀に参列するためだった。

それから何か月もの間、
わたしはSが何故死んだのか、調べまわることになった。

その間、Jの部屋で何回も徹夜したことがある。

あの時は、あれほど濃密なつきあいをしたのに、
この数十年間は、ほとんど逢っていなかった。

だから、近況をほどんど知らなかった。

そのJが、5月20日に亡くなったと今朝知った。
突然の病だったらしい。


むかしは、
背が高く、容姿と才能と環境に恵まれていたはずの女優は、
実はコンプレックスがつよく、シャイで話下手であった。

果たして彼女は、有り余るほどの才能に気づいていたのだろうか?

Sもそうだったが、Jも内省ばかりする人間だった。

「J! そのうちそっちでSに再会するだろうから、
 オレが逝くまで、待っているように伝えてくれ。またな・・・」


災害の季節

2019年05月21日 23:59

中国大陸の低気圧から伸びた寒冷前線が日本海を通り九州にも伸びました。
また、日本のはるか東に中心を持つ高気圧が北日本から西日本に張り出し、
高気圧の縁をまわる湿った空気が、西日本から東日本に流れ込んだのでした。

このため、
西日本から東日本の太平洋側を中心に、大気の状態が非常に不安定となり、
東日本から北日本の太平洋側を中心に風が非常に強く吹き、大しけとなりました。

関東地方は今朝から断続的に強い雨が降りました。
一旦、小康状態になった時間があったものの、昼前から風雨ともに強まりました。

東京都心は、
13時30分までに70.5mmの雨が降り、24時間で70mmを超える雨が降りました。
これだけまとまった雨が降ったのは、去年6月11日以来約11か月ぶりだそうです。


去年は、各地で大災害がつづきましたが、その季節がまた近づいています。

備えよ常に!


ブレーキ

2019年05月20日 12:05

献花台

先日も、馴染みの居酒屋で常連客の一人が、
「とんでもない!あんな奴極刑にしてやればいいんですよ」
そう発言したので、わたしがカウンターの隣の席から、
「わたしたちだって、いつどの立場になるか判らないよ」
そう申しましたら、「わたしは車の運転しませんから」と切り返されました。

確かに車の運転免許を持っていない人や運転しない人は、
加害者になることはないでしょう。

しかし、
貴方のお父上やお母上が事故を起こす。
貴方のお子さんやお孫さんが事故を起こす。
貴方の奥さまやご主人が事故を起こす可能性はありませんか?

被害者側、特に亡くなられた母子の立場、そのご家族の立場なら、
加害者が誰であれ、極刑を望みたくなるのも解からぬではありません。

しかし、
ご家族やご親族にとっては、それで母子が生き返るワケでもなく、
計画的な犯罪であったワケでもない過失の事故に対して、
その悲しみや怒りや恨みを向ける対象が87歳の老人であることが、
謂わば悲劇なのかもしれません。

ですから、
世間の人たちが87歳の加害者を血祭りに挙げたいというような発言をすることが、
被害者遺族にとって喜ばしいことなのか、冷静に考えてみる必要があると思います。


但し、あの東池袋の事故や大津の事故について、わたしの最大の疑問は、
運転中に右足はアクセルの上なのか、ブレーキの上だったのかという点です。

先日、一年振りに再会した友人はハワイ島に住んでいます。
彼女はハワイ島では運転しますが、オアフ島へ行ったら運転しないのだそうです。

それだけ車が多いし、信号も多いし、道が狭いからだそうです。

彼女がハワイ島で運転していると、右足はほとんどアクセルを踏んだままだそうですが、
オアフでは、アクセルとブレーキを交互に踏まなければならないから疲れるといいます。

確かに、オアフ島もそうですが、東京都内なら尚更であります。

わたしは、運転中の半分以上はブレーキの上に右足を置いています。
ある程度加速すれば車は走るワケですから、急に止まることができるように、
信号や交差点や路地が在る優先道路を通過するときは、足はブレーキの上です。

これは、意識的にやっているワケではなく無意識というか癖のようなものです。
ですから、事故を起こした加害者たちが何故ブレーキを踏めなかったのか疑問でした。

高校時代に運転免許を取った直後、或る大人が教えてくれました。
「車が何故走ることが出来るか解かるか?」

「・・・?」

「いざという時にブレーキがあるからだよ」




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