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羽衣ジャスミンを観ながら

2019年04月04日 17:59

2019年羽衣ジャスミン (2)

桜の次は、羽衣ジャスミンの季節です。

まだ赤いつぼみですが、暖かくなれば一斉に白い花を咲かせます。


さて、
きょうは、母の誕生日であります。母はことしで90歳になりました。
昭和4年4月4日生まれ。ゾロ目で覚えやすい誕生日であります。
こうして、亡くなった母の齢を数えるのが毎年恒例です。


母は、静岡県の富士川町岩渕相生町(現・富士市岩淵)で産まれました。

当時祖父が、
富士川尋常高等小学校(現・富士市立富士川第一小学校)の、
校長に就いていましたので、その職員住宅で産まれたようです。

その住宅のお向かいの町議・丸山彦之助さんという方が、母の名付け親なのだそうです。


祖父が遺した記録によりますと、
祖父母には、大正3年8月生まれの長男から昭和11年2月生まれの四女まで、
五男四女9人の子がいました。

末っ子の叔母が産まれた昭和11年2月には、
祖父が当時勤めていた富士郡上野村の上野小学校(現・富士宮市立上野小学校)が火災に遭い、
祖父はその責任をとって学校長を退いて、祖母の故郷である清水の小島村に帰りました。

母は、
その年に祖父が校長を務めたこともある小島尋常小学校(現・静岡市立清水小島小学校)に入学。

しかし、
入学して登校7日目に発熱し、猩紅熱と診断されました。
それがひと月ほどで快方に向かうと、周りで腸チフスが流行り隔離生活をしたと記されています。

祖父母や母は、
このような経験をしていますが、祖父母の9人いた子のうち4人が病死或いは戦病死しています。
親よりも先に逝った子が四人もいたのです。

しかし、いまでは祖父母の生んだ子は末っ子の叔母一人だけになってしまいました。


毎年、羽衣ジャスミンの花を観ながら、そんなことに思いを致しています。

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