FC2ブログ

加藤剛さんのお別れの会

2018年09月30日 23:59

「加藤剛さんのお別れの会」

きょうは、台風24号が日本列島を縦断する中、
加藤剛さんのお別れの会が催されました。

加藤剛さんは、
去年6月21日に亡くなったむぅむぅ(義父)が製作した
映画「子育てごっこ」に主演されました。

映画「子育てごっこ」は、
監督:今井正
脚本:鈴木尚之
主演:加藤剛栗原小巻
出演:渡辺美佐子財津一郎・他
音楽:池辺晋一郎

プロデューサーは本田延三郎

そして、
製作は三浦大四郎文芸坐
1979年に公開された映画です。


加藤剛さんといえば、
テレビ時代劇「大岡越前」を想い出される方も多いことでしょうが、
映画も「子育てごっこ」以外に想い出深いものが数多くあります。

小林正樹監督作品「上意討ち 拝領妻始末
野村芳太郎監督作品「砂の器
木下惠介監督作品「新・喜びも悲しみも幾歳月

わたしにとって、
最も印象的で加藤剛さん以外のキャスティングを思いつかない映画が、
石井裕也監督作品「舟を編む」の国語学者役でした。

生涯、
舞台と映画とテレビドラマに真摯に取り組まれた加藤剛さんの姿と、
大辞典の編纂に生きた国語学者の佇まいが重なります。


加藤剛さん、
おつかれさまでございました。 合掌



スポンサーサイト

ライヴ

2018年09月29日 23:42

恵子のライヴ


今宵は、ライヴ!

ロス・インディオスの二代目ボーカル「スローレス」のメンバーとしてデビュー。
ソロシンガーとしての活躍していた、おがわ恵子。

ラテン・サンバカンソン・シャンソン・ポップスなどレパートリーは豊か。


ところで、
ここん家の父は、来月の歌舞伎座「芸術祭十月大歌舞伎」に出演。

息子は、
うちの息子といっしょで大阪松竹座「十月大歌舞伎」で大阪に向かった。

そんなワケで、今宵はここん家の母のライヴに歌を聴きに伺った。
歌を聴きながら飲みながら、様々なことに想いを馳せる、至福の時間。



仕組み

2018年09月28日 19:06

車で被災地に救援物資を運んだり、行って活動したりする場合、
高速道路料金が免除される制度があります。

その場合、
事前に当該被災地のボランティアセンターに対して、
氏名・住所などの連絡先・活動期間・活動する内容などを申請します。

すると、ボランティア活動を受け容れますというファックスが届きます。

それを持って、住んでいる自治体の「防災危機管理課」などの窓口で、
このように活動するから、期間内に通行する高速道路の会社宛に渡す、
災害派遣等従事車両証明書」を申請したいと伝えます。

自治体窓口は、そのボランティアの住んでいる地域の高速道路から、
被災地までの高速道路を調べて、必要な枚数を作成してくれます。

ボランティアは、
首長名で発行された証明書を受け取って被災地に向かうワケです。


さて、ところがです。

わたしは、
豊島区内のインターチェンジから首都高速に乗って東名高速道路経由で
被災地の広島県呉市天応地域に向かいました。

発行していただいた証明書は往きも復りも2枚ずつ。
首都高速の入口と、広島から呉に向かう高速道路の出口で渡す証明書だけ。
帰りの分も同じです。

ところが、途中様々な高速道路を通過することになります。
帰りとて同じですが、途中の料金所でも証明書が必要だと謂われました。

ワケを話して、帰京してから改めて区役所で証明書を発行していただいて、
郵送することで納得していただきました。


さて、ここで問題提起です。

この、被災地支援のための高速道路料金無料の制度ですが、
通常の高速道路の状況だって工事やら渋滞やら変わりますが、
被災地の道路状況は刻一刻と変化しています。

どのルートが通れるか通れないか、
事前に調べて証明書を揃えることは難しいのです。

ボランティアの住んでいる地域の高速道路の入口も、
被災地で下りる高速道路の出口も限定せず、
移動する間どこを通っても可能な許可書を作って渡してくださるというのは、
如何でしょうか?

料金所で後列車が待ってくれるなか、
窓口の係員が書類をチェックしてくれるのも時間が気になりますし、
係員さんだって気が気じゃないでしょう。

ボランティアにとってはモチロンですが、自治体の担当者にとっても、
高速道路の料金所の係員にとっても、もっと簡単な仕組みはあると思います。

ステッカーを貼るでも、フロントに証明書を提示するでもいいと思うのですが、
もっと簡単に料金所を通過することができるアイデアはないものでしょうかねェ?
NEXCOさん!



帰路

2018年09月27日 23:59

9月27日のブログが遅くなりました。

というのも、一日が長かったからです。

27日は、
例によって、畑に堆積した土砂を手押し一輪車で搬ぶ作業を行ない、
作業終了後、道具を洗って、着替えて、帰途についたのが16時頃でした。

そして、
東京の豊島区役所に到着したのが9月28日の午前10時でした。
やはり18時間かかったことになります。

作業の後で運転すると、疲れや眠気が出るかと心配したのですか、
途中、2時間ほど仮眠をとり、あとは比較的元気に運転しました。
往きにも18時間かかりましたが、原因は集中力のなさと眠気でした。
どうして、帰路は元気だったんでしょ?現金なものです。

しかし、
時間がかかった原因は、高速道路の工事による渋滞の影響でした。

長時間運転できる体力と集中力に、少しだけ自信がもてました。


さて、
短い間じゃったし、被害に比べてあまりにも微力な手伝いじゃったが、
カープはリーグ優勝しよりましたしのぉ、広島も呉も負けんと思いますワ。
ちょっとの間居ただけで、もう広島弁じゃけぇね。😜

負けんよ、広島は!



ねこ

2018年09月26日 22:14

中学生のときに、
なぜか、学校の敷地道路の整備作業をしたことがあります。

そのときに手押しの一輪車で土を運ぶ役割を担いました。

すると、
その作業で腕の筋肉💪がみるみる盛り上がったのです。

成長期には、そういったことが起こることもあるのです。


さて、
きょうは、住宅の敷地内の土砂を、
坂を登り道を渡り、手押し一輪車で運んで棄てる作業。

何十回運んだでしょうか?

手押し一輪車のおかげで、
上腕筋こそ盛り上がりませんでしたが、腹が凹みました。😅

ねこ




アメちゃん

2018年09月25日 20:28

アメちゃん

今朝8時半、
ボランティアセンターの受付で登録開始。

到着した人から順番に登録を済ませて待機。

全国各地の社会福祉協議会から集まった人たちで組織された、
ボランティアセンターの人が名前を呼び上げます。

10人まとまると、1つの班が組まれるのです。

最初に呼ばれたのはわたしでした。

9番目に名前を呼ばれたのは、
あの伝説のスーパーボランティアの尾畠春夫さんでした。

全国各被災地に行ってボランティア活動をつづける尾畠さんですから、
山口で行方不明だった二歳児を見つけて有名になると、
各地のボランティア活動でいっしょに働いた人たちが、
もう一度尾畠さんに会いたいと再び被災地に集まるようになったのだとか。

そんな人たちでも、
なかなか尾畠さんと同じ班になれないのだそうです。

たまたま選んだ活動の土地で、たまたま順番で、
たまたま尾畠さんといっしょに作業することになりました。


きょうは、ゆうべの雨も上がって、気温も上がりました。

きょうの作業は、
住宅の敷地に流れ込んだ汚泥のかき出し廃棄作業です。

休憩のときに、二週間前に孫が生まれたと話しましたら、
「それは、おめでとうございます」と言って祝ってもらいました。

そして、アメちゃんもらいました。
わたしは血圧高めなんで、食事の塩分で足りるから、
あえて塩分は摂るなと主治医に指導されています。

ですから、
アメちゃんは、孫の御守りにしようと思います。😚


スーパーボランティア

2018年09月24日 20:13

東京を出発したのは、昨日の昼頃ですが、
到着したのは今朝6時を過ぎていました。

車のナビは、約10時間を表示していましたが、
運転していて、腰は痛いは、目は霞むは、眠気は襲うはで、
何度もサービスエリアに寄ったのですが、
サービスエリアに寄って休もうとすると、眠気が去って眠れませんでした。😢

それでも、1時間くらいはウトウトしたでしょうか?
そんなワケで、約16時間の旅でした。

そして、わたしは広島県呉市の天応地区にいます。


きょうボランティアセンターは、
天応地区に50名のボランティアを受け入れました。

わたしは、B班に配属されましたが、
10名ずつ5班に分かれて活動しました。

別の班には、
あの伝説のスーパーボランティアもいたので、ご挨拶しましたよ。😅


さて、
きょうの活動場所は、天応地区に在る一軒の住宅でした。
氾濫した川の水が運んだ床下の汚泥をかき出し、運び出して廃棄する作業です。

畳を上げて、床板をはがし、床下にもぐり込んで、
乾きはじめて固まった泥をかき出して、バケツや箕で運び、手押しの一輪車で棄てに行くのです。

暗くて狭い床下にもぐっての、泥だらけ、汗まみれの、重労働です。

それでも、
バケツリレーで泥を渡し合うときだけ、
「はい!」、「ハイ!」と掛け合う声が響き合うだけで、黙々と、淡々と作業がつづきました。

中学生や女性や、わたしのような60代もいますし、
わたしより先輩だと思われる方もお一人いました。

伝説のスーパーボランティアは別格だとしても、
みなさん“スーパー”な方々ばかりです。

尾畠春夫





単独行

2018年09月23日 12:00

西へ

西に行こうか北にするかと迷い、西に向かうことにしました。

ちょっくらお手伝いしてきます。

西に着いたら風景写真は撮りませんので、
しばらくは拙文のみのブログになるかもしれません。

ナビは車で約10時間と表示してますが、
独り旅の単独運転ですから、途中休憩しながらです。
はやく着いて呉。


同窓会の旅

2018年09月22日 23:59

桐朋祭

きょうは、
母校・演劇科の同窓会にまつわる“旅”をしたようなもんです。

同窓会の部屋

母校は、
きょうと明日、学園祭が催されています。

そこで、
学園祭恒例となっている「同窓会の部屋」へ陣中見舞い。

部屋には、
むかし恩師たちが書いてくださったメッセージが展示され、
むかしにもどったようで懐かしくなりました。

その「同窓会の部屋」を早々に退出して、恩師のお宅へ。

アンカーヒア

そういえば、
学生時代からお世話になったレストランが再開しておりました。

シェフのNOBUも昔馴染み。
元気で店を盛り立てています。


そして、
独りで暮らしていらっしゃる恩師の元へ。

同期と新宿で待ち合わせましたが、
彼女がセッティングと段取りをしてくれました。

恩師へのおみやは、茹でたとうもろこしと御新香。
わたしは、アンパンを持参しました。

そして、
恩師の住む町で暮らす後輩が合流して、
珍しい4人で飲みました。

美味いものをいただいて、美味い酒を飲んで、
恩師と芝居談義ができて、先生孝行が出来て、楽しい時間でした。

さち呼



フウセンカズラの種

2018年09月21日 21:45

フウセンカズラと南天の枝

フウセンカズラの種が採れる季節です。

愛知県の大府市で暮らしている妹に、
「難転猿」を作って送ってくれるように頼みました。

「難転猿」は、フウセンカズラの種を顔にして、
南天の枝に九匹のお猿さんをあしらった飾り物。

フウセンカズラ

“難”を“転”じ(南天)“苦”(九匹)は“去る”(猿)というこじつけ。

この「難転猿」は、
友人に贈ったり、被災地で貰ってくださる方に配るつもりです。

難転猿




おはぎ

2018年09月20日 23:59

お彼岸

きょうは、彼岸の入り。

墓参りに行き、仏壇におはぎを供えました。

秋のお彼岸は「おはぎ」、
漢字で書くと「御萩」、秋に咲く萩の花を模しているから。

春のお彼岸は「ぼたもち」、
漢字で書くと「牡丹餅」、春の牡丹の花を模しているから。

でも、
「おはぎ」と「ぼたもち」は同じ物というのはご存知でしょう。

では、
「おはぎ」はつぶ餡、「ぼたもち」はこし餡だとご存知でしたか?

秋に収穫された小豆の皮は軟らかいので餡をつぶ餡で作ります。
春までとっておいた小豆の皮は硬くなるのでこし餡なのだそうです。

義母はこし餡が好きでした。

おはぎ

銀木犀

2018年09月19日 23:59

銀木犀


歩いていると、木犀の香りが漂ってきた。

探してみると、ギンモクセイの花の蕾が膨らみ始めていた。

キンモクセイは、まだ花もつけていない。


ギンモクセイ


最新記事