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「三角寛・三浦大四郎と文芸坐」

2018年08月31日 23:59

或るむかしからの知人の依頼でしたが、
或る異業種交流会のようなお集まりでお話させていただく機会を得ました。

但し、ある程度参加者が固定化している会なのだそうで、
わたしが知り合いに告知して誘うことはできませんでした。


ところで、わたしも2001年から2011年まで、
FTNという異業種交流会を主催していたことがあります。

参加し始めた途端に、
前任者から代表を交代してくれないかと頼まれた会でした。

毎月、講師を一人頼んでその方のお話を聴くという
ただそれだけをつづけていた交流会でした。

「誰でも講師」という考え方で、
市井の方のお仕事やご趣味や体験談を聴くというコンセプト。

よくあるご職業でも、
知っているようでも知らないお話を聴くのは興味深いことでした。

ところが、
2011年3月11日の大震災から様々な出来事が起こりました。

それ以来、その会をつづけていることの意味を考えてしまって、
その後、半年くらいつづけたのですが、休会してしまいました。


さて、
きょうお話させていただいた場所は神保町の或る喫茶店。

集まってくださった方たちに話したテーマは
三角寛三浦大四郎文芸坐

わたしの義理の祖父と義理の父と、
21年前に閉館した名画座と呼ばれた映画館の話です。

とても2時間程度では話し切れない内容でありましたが・・・。


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秋刀魚の味

2018年08月30日 20:45

CIMG3701.jpg

きょうは、
安くなったらしいからと秋刀魚を買ってきて焼いて食しました。

明日で猛暑の8月も終わりですが、猛暑は猛残暑となってつづきそうです。


さて、
秋刀魚を買いながら小津安二郎監督の「秋刀魚の味」を思い出していました。

秋刀魚の味」は、小津監督の遺作です。

小津監督は、
1903年12月12日に生まれ1963年12月12日の誕生日に亡くなりました。
ちょうど還暦の日に亡くなったのですが、60といえば今のわたしより若いのです。


ところで小津監督作品には、
原節子さんが出演された、所謂“紀子三部作”と謂われる映画があります。
晩春」、「麦秋」、「東京物語」という3本です。

原節子さんが、いずれも「紀子」という役名で登場し娘役や嫁役を演じています。

ところでこの紀子三部作、
季節でいえば、「晩春」は5月頃、「麦秋」は麦が実る候ですから初夏なのですが、
紀子三部作を観ると、どの作品の季節も秋を描いているように感じます。
象徴的な場面で、“リンゴ”や“いわし雲”が描かれているからです。

ところが、
小津監督の晩年の作品「彼岸花」「秋日和」「小早川家の秋」「秋刀魚の味」は、
題名からして“秋”を描いた作品が並んでいます。


その中で、
わたしが好きな“三部作”があるのですが、それは“秋三部作”ではありません。

その“三部作”は、
言ってみれば“中年の友人たち三部作”とでも言えばいいのでしょうか?

その三作品は、
彼岸花」(1958)、「秋日和」(1960)、「秋刀魚の味」(1962)です。

これらの作品に共通するのは、
中年になった主人公と学生時代からの友人たちとの交流を描いたシーンがあることです。

彼岸花」の佐分利信笠智衆中村伸郎北竜二
秋日和」の佐分利信中村伸郎北竜二
秋刀魚の味」の笠智衆中村伸郎北竜二ですが、
中村伸郎さんと、北竜二さんのお二人だけは三作共通しています。

このお二人はいずれの作品でも主人公ではないのですが、
主人公が中年になってもしばしば会って酒を酌み交わしながら、
個人的な悩み事を打ち明けられる気の置けない友人だと解ります。

そんな、
学生時代から長年付き合ってきた腐れ縁な感じがよく出ていて大好きなシーンです。

この年になりますと、
男女を問わず、こういった腐れ縁の気の置けない友人との交流が貴重です。


「て」

2018年08月29日 18:48

ハイバイ公演「て」と「夫婦」

人は生まれてから死ぬまでに、
何人もの人々との出会いと別れを繰り返すものです。

母や父や兄妹、
祖父母と様々な縁者、知人・友人・先輩・後輩・同僚など・・・。

なかでも、つきあいが長くて深いのが“家族”というもので、
人は一生の間に何回か“家族”を替えることがありますが、
いずれの“家族”の場合にも、厄介なことはあるものです。

血がつながっている“家族”もいれば、
つながっていないけど“家族”という場合もあるワケなのですが、
どちらの場合でも、厄介なことはほぼ同じように起こります。

愛したり、愛されたり、頼ったり、頼られたり、依存したり。
批判したり、批判されたり、反発したり、反発されたり、
ことほど左様に、“家族”を構成する人とのつきあいは深刻であります。

“家族”との葛藤に比べれば、恋人との葛藤など生易しいものでしょう?

ということで、“家族”とは厄介なものでありまが、
斯く言う自分自身が自分自身にとって一番厄介な“存在”なのであります・・・。


さて、
先輩・浅野和之が出演しているハイバイ15周年記念公演「て」を観ました。

作・演出の岩井秀人氏は、母校演劇科の後輩にあたるのだそうです。

「て」~9月2日(日)池袋西口・東京芸術劇場シアターイーストにて】

それにしても、いろんなところに出没するよね、先輩。


ネイルサロン “ Myu ”

2018年08月28日 18:17

我が家がネイルサロン

我が家のネイルサロン “ Myu ” のご紹介です。

爪にやさしいジェルを使ったネイルサロン “ Myu ”
経験豊富なネイリストが、プライベートサロンでお待ちしています。

営業日時:月~土 10時00分~17時00分(最終受付15時30分)

休業日:日・祝日

予約:完全予約制

施術:約90分~120分間

料金:ハンド・フット共に、おおよそ1万円程度。クリアジェルは6,000円。
   ご要望に沿ってカラー・フレンチ・グラデーション等に仕上げます。

場所:地下鉄副都心線「雑司が谷駅」1番出口より徒歩3分程度の場所に在ります。
   詳細はご予約いただいた時にお伝えします。

スタッフ:Freelance Nailist 藤澤 奈央(Nao Fujisawa)

問い合わせ先:藤澤:080-3427-1943/goegoe1201@gmail.com

※三浦宛てにお問い合わせくださっても結構ですよ。😉
 三浦:goodjobcoach@yahoo.co.jp



「幽玄」

2018年08月27日 18:21

2018年9月「秀山祭九月大歌舞伎」幽玄

8月9日初日の歌舞伎座「八月納涼歌舞伎」公演も、本日千穐楽を迎えます。

第二部「東海道中膝栗毛」に出演している弘太郎と鶴松さんのトークショー、
「歌舞伎夜話」も昨夜催されましたが、満員のお客様にご来場いただきまして、
終始笑いの渦が起こるなか、賑やかなうちに終わりました。

「八月納涼歌舞伎」と「歌舞伎夜話」、
暑い最中にご来場くださいましたお客様に、わたしからも御礼を申し上げます。


さて、
来月9月のご案内をさせていただきます。

来月も、
弘太郎は歌舞伎座に出演させていただきます。

「秀山祭九月大歌舞伎」夜の部、
『幽玄』の“伯竜”と“獅子の精”というお役で出演いたします。

『幽玄』は、
太鼓芸能集団鼓童と玉三郎さんのコラボレーション企画です。

鼓童の演奏で、
能演目の「羽衣」、「石橋」、「道成寺」といった三つの題材を基に、
玉三郎さんが“幽玄”の世界に観客を誘う新作歌舞伎舞踊です。


少しは凌ぎやすくなってほしい九月、皆様のご来場をお待ちしています。




歌舞伎夜話

2018年08月26日 23:50

「歌舞伎夜話」

きょうは、歌舞伎座出演後に、
歌舞伎座タワー5階の歌舞伎座ギャラリーにて、
市川弘太郎中村鶴松さんとの「歌舞伎夜話」のトークショー。

現在歌舞伎座で上演中の
東海道中膝栗毛」でむく犬と三毛猫を演じている二人、
どんな裏話が飛び出すことやら・・・。


小学5年生のときにスーパー歌舞伎「ヤマトタケル」に出演し、
小学6年生で三代目市川猿之助丈(現・猿翁)の部屋子となり、
歌舞伎俳優になった弘太郎。

勘三郎さんに「うちの子になってよ」と云われ、
小学5年生で故十八代目中村勘三郎丈の部屋子として、
歌舞伎俳優になった中村鶴松さん。

ことし35歳になった弘太郎と23歳になった鶴松さんは、
一世代違いながら、同じ亥(いのいし)年。

慶應大学出身の弘太郎と早稲田大学出身の鶴松さん。

同じ部屋子という立場でも、何が同じで何が違うのか?

そんな二人は、
来月歌舞伎座の新作歌舞伎舞踊「幽玄」では伯竜や獅子の精を勤めます。



反応

2018年08月25日 12:50

映画「この世界の片隅に」

きょうは、朝から強烈に反応してしまいました。

何に反応したのかと申しますと、
或る友人が、去年の8月24日にフェイスブックに投稿された他人の記事を振り返って、
この映画を観た知人が、加害者としての日本が全く描かれていないと言っていたので、
見る気が失せてしまったが、原作(コミック)と見比べてみようと思いつつまだ観ていない。
といったようなコメントと共に記事を転載していて、その転載記事を読んだからです。

あえてその記事を書いた方のお名前や、その記事をそのまま転載するのは避けますが、
その記事の内容を、そのご主旨を損なわない程度に要約して引用してみます。

映画「この世界の片隅に」がニューヨークで公開された(去年8月)。
絶賛されていたので相当に期待して観たが強烈な違和感が残った。
その違和感の一つは、たぶん政治性の欠如だろう。
それはこの映画が評価されている最大の理由でもあるわけだが、気持ち悪くて仕方がなかった。
戦争は政治の帰結として人間が起こすものであり、戦争から政治性を脱色してしまっていいのか?
戦争をあたかも自然災害のごとく描いてしまって、本当にいいのか?
この映画を高評価している大多数の人々の価値観を素直に無批判に受け入れる人たちは、
大多数の意見に与しない人に対して、差別的で残酷だと思う。
そう感じる僕のような人間が、圧倒的に少数派であることは不気味だ。


そう、ここで採り挙げられている映画は「この世界の片隅に」であります。

わたしは反応して、その記事を転載したフェイスブックの友人にコメントしました。

以下、その内容です。

「〇〇さん 原爆や沖縄や硫黄島や東京大空襲を描いた映画や演劇が、よく受ける批判の一つに“戦争加害者としての視点がない、自覚がない”といったものがあります。わたしもそういった芝居を創ってきましたが、多くの人たちは被害者と加害者と当事者の視点や自覚を持ちながら観てくれるものだと思っています。わたしは、そういった観客の想像力を信じています。悪しからず、映画“この世界の片隅に”、ご覧になってみてくださいね。


確かに、
この記事を書いた方のように、これまでに創られた日本の映画や演劇や文学には、
加害者としての視点や自覚が足りないと思う人もいるでしょう。

多いか、少ないか・・・、そんな議論をする気はありませんが、
戦争や歴史を考えるとき、あらゆる視点が必要だというご意見に反対はしません。

ただ、
たとえばテレビドラマ「この世界の片隅に」にはこんなシーンがあります。
主人公が夫に初めてのアイスクリームを食べさせてもらうシーンです。

そこには戦場も死者も描かれていません。
生まれて初めてアイスクリームを食べている妻と夫が描かれているだけです。
一見、そこに戦争の悲惨や理不尽さは描かれていないように思われるでしょう。

しかし視聴者は、
アイスクリームという平和の対極にある戦争を想像し、そんなアイスクリーム一つでも、
口にすることなく死んで逝った人たちが大勢いたであろうことを想いながら観るのです。

それは、
被害者・加害者の分け隔てなく、戦争の犠牲になったすべての人たちへの想いにつながると思います。


貴方は、如何お思いになられますか?




菅井きんという女優

2018年08月24日 11:41

「生きる」菅井きん

菅井きんさんは、ご自分の芸名がお嫌いだったそうです。

インタビューで、「生まれ変わっても、また女優をなさいますか?」と訊かれ、
「やりませんよ」とお応えになっていました。

もしかしたら、
ご自分ではご自分の俳優としての価値をご存知なかったのでしょうか?


わたしは、
菅井きんという俳優の存在を黒澤明監督の「生きる」で記憶しました。

なんせ、
18歳のとき、仕事が終わってからほぼ一週間毎日「テアトル新宿」という映画館に
生きる」を観に行きましたからね。


菅井きんさんは、「生きる」以外にも黒澤明監督作品に出演されました。
悪い奴ほどよく眠る」や「天国と地獄」、「赤ひげ」、「どですかでん」などです。

菅井きん「生きる」

あえて、
印象的だった菅井きんさんの黒澤作品を挙げるなら、わたしは「生きる」と「赤ひげ」を挙げます。

黒澤明という映画監督は、
ダイナミズム、社会派、娯楽大作、歴史ものなど、様々な切り口を持った監督ですが、
わたしは、黒澤明の本質はヒューマニズムだと思っています。

その意味で、
人間の生き方を問う「生きる」と、人間らしさや人間とはなにかを描いた「赤ひげ」は、
或る意味で、黒澤明監督の代表作だと思っているワケです。

その二作で、
主人公ではありませんが、“人間”を演じる菅井きんさんの存在は必須のものでした。

原節子さんや高峰秀子さんが演じる役ではなかったでしょうが、
北林谷栄千石規子笠置シズ子飯田蝶子浪花千栄子、「赤ひげ」で言えば、
杉村春子七尾伶子野村昭子といった名優たちが演じてきた譜系の役でした。

その意味で、紛れもなく菅井きんという女優はレジェンドの名優の一人でありました。

でも、
菅井きんさんが亡くなられたと聞いて真っ先に想い出したのは映画「お葬式」でしたケドね。


ご冥福を祈ります。 合掌



舞台の著作権は

2018年08月23日 18:12

カメラを止めるな!

井上ひさしさんが、自嘲気味にこんなようなことを言っていました。
「この作品は、演出家とスタッフと役者と全国の観てくださるお客様のおかげで、
 何百回も上演されてきましたが、ボク一回書いただけなんですケドね」

ここで、演劇における「著作権」についてご説明します。

演劇において「著作物」とは「戯曲(台本)」であります。
したがいまして、「著作権」を持っているのは「著作物」を書いた人、つまりは、
多くの場合「劇作家」が「著作権者」ということになります。

要するに、演劇における著作権は劇作家に帰属するのであって、
たとえプロデューサーがお金を出して創ったのだとか、
演出家の演出が功を奏して成功した作品だったのだとか、
各プランナーのアイデアで出来た舞台だったのだとか、
その俳優あっての名舞台だったのだと云っても、ダメなのであります。

ですから、
演出家やプランナーやスタッフや俳優たちの創意で創られた舞台でも、
台本として完成させた劇作家に著作権を与えることになってしまうので、
劇作家が許諾して他の団体が再演してしまうというジレンマを何度か目撃しています。


さて、映画「カメラを止めるな!」、ひつこいようですが、きょうもこの話題です。

映画「カメラを止めるな!」が、舞台の作品を盗作したのかどうか、
ここにきて、連日話題になっております。

それだけ、映画「カメラを止めるな!」が話題で、興行成績が上がったからでしょうが、
これで、映画がつまらなくてお客が入らなかったら、ここまで話題にはならないでしょう。

ところで、「原作だ」とか「原案として使っただけだ」とか見解が分かれているようでありますが、
そもそも、舞台作品の戯曲を書いたのはダレなのかハッキリしているのでしょうか?
つまりは、舞台の著作権はダレが持っているのかということです。
演出家なのかA氏と呼ばれている人物なのか、その二人なのか・・・?

この話題は、すべては映画の“肝心なネタ”に由来する騒動です。
このネタにこそオリジナリティがあり、映画を成功させた要因です。

しかし、ネタバレするから映画を観た人は映画を語れない。
だから、観ていない人はどうしても観たくなる。といった構造でヒットしたのだと思います。
だから、そのネタを考えた人が「原作」なんだと主張したくなるのは、当然でしょう。

しかし、映画が舞台の「台本を転用したことを立証」しない限り、
法律的に著作権違反を問うのは難しいと言わざるを得ません。
但し、感情的な問題や仁義に反するかどうかは別の問題です。


いずれにしても、
やはり、舞台の著作権者を明確にした上で再演されることをお勧めします。
映画を観た人の関心は、舞台ではどうやっていたのかということですからね。

これは、演劇制作者としての見解です。



真似とパクリとリスペクト

2018年08月22日 11:04

「カメラを止めるな!」

黒澤明監督が、
アメリカの映画監督ジョン・フォードの作品に影響を受けたことは有名です。

その黒澤明監督の作品に影響を受けた映画作家も世界中に存在します。
フランシス・コッポラスティーヴン・スピルバーグジョージ・ルーカス
マーティン・スコセッシクリント・イーストウッドなどが有名ですが、
例を挙げたら枚挙に暇がありません。

しかし、
黒澤明監督が、「あれは俺の映画のパクリだ」と云ったことがあったでしょうか?

セブンイレブンローソンファミリーマートといえば、日本を代表するコンビニですが、
元はイトーヨーカドーダイエー西友というスーパーマーケットの子会社でした。
それが、ほぼ同時期にコンビニエンスストアーという業態に目をつけて導入したのが
現在のコンビニです。

これらの企業は、スーパーマーケットのときからコンビニエンスストアーに至るまで、
影響し合い切磋琢磨して現在の地位を築いたのですが、それ以外の企業は、
それらの形態やシステムを真似したりパクったりしたようなものでしょう。

事ほど左様に、
真似とパクリとリスペクトの差というものは判別がつきにくいものなのでありますが、
これを法律的に判断するのは、それほど難しいことではないようです。

感情的にはパクられたと思っても、法律的にそれを実証することは容易ではありません。
パクられたと思っている人だって、思いがけずダレかのものをパクっていたりするのです。

世の演劇人で、
ギリシャ神話歌舞伎シェイクスピアチェーホフなどから影響を受けていない人、
別役実唐十郎寺山修司つかこうへいから影響を受けなかったという人が、
どれほどいるでしょうか?

それらすべての人や作品に、
影響を受けていない人であったとしたらオリジナルと呼べるのかもしれませんが、
それはなかなか難しいことでしょう。


さて、
いま話題になっている映画「カメラを止めるな!」を観ました。

いま話題になっているという意味は“盗作疑惑”のことではありません。
わたしが観てみようと思ったのは、ネット上で話題だったからでした。
“盗作疑惑”の話題が始まったのは、わたしが観たあとからでしたが、
例によって映画の感想はあえて記しません。

但し、
わたしは、“原作”を主張している人の舞台は拝見していませんが、
映画を観た限りでは、映画と舞台のテイストの違いはあるのでしょうが、
多分“着想”と“ストーリー”において“原作”を主張するのは理解できます。
その意味では映画は舞台のパクリでしょう。

しかし、
それを主張しつづけるより、その舞台を再演してみられたら如何でしょう。
そうすればオリジナル性も際立つでしょうし、劇団の尊厳を示すことも出来ると思いますが?

悔しかったら、黒澤明になってみなさい。応援します。

芝居を止めるな!


戦争の地獄の景色

2018年08月21日 10:34

病院の庭

1時12分に呼吸停止。
1時18分には心臓が停止しました。

1時45分に医師の死亡診断があり、
2時30分から医師の経過説明を聴き、
その後、ご遺体は病院を出発して、
5時30分には葬儀会場に安置されました。

去年のきょう、未明のことでした。


光生軒のおばさんは、
1945年3月10日未明、上越線の峠の上で停車した列車の窓から、
東京が燃えている明るい空を見たことがあったのだそうです。

それは、所謂東京大空襲の夜のことでした。

おばさんは、当時15歳でした。
家族と共に祖母の葬儀のために秋田へ行って帰京するところでした。

祖母が亡くならなければ、家族は東京にいて空襲に遭ったでしょうから、
家族は祖母に助けられたようなものです。

上野駅によく汽車が着けたものですが、家族は上野駅に降り立ちました。

上野駅から浅草を通って隅田川を吾妻橋から本所へ渡り、
延々と家に向かって歩いたのだそうです。

上野や浅草の街は、
あらゆる建物が焼けて、街中に焼死体が累々と折り重なって倒れ、
隅田川には水を求めて亡くなった人々が筏のように浮いていたそうです。

15歳の少女が見た、戦争の地獄の景色です。


さて、
去年の8月21日の朝7時過ぎに帰宅したわたしは、
夜、「桜の森の満開の下(さくらのもりのまんかいのした)」という芝居を観に、
歌舞伎座へ参りました。

その芝居の原作者・坂口安吾は、
戦争中であっても満開に咲いた上野の森の桜の花の散るなか、
累々と積み重ねられたご遺体が焼かれていく様子を原風景として書いています。

東京大空襲に遭い、
重ねて焼かれた人々と生き残った15歳の少女との差はどれほどだったでしょう?

そんな少女たちも、次第にいなくなってしまいます。



「東海道中膝栗毛」

2018年08月20日 23:59

「八月納涼歌舞伎」

きょうは、
歌舞伎座百三十年「八月納涼歌舞伎」第二部を観ました。

第二部は、

一、再伊勢参!? YJKT(またいくの こりないめんめん)
  「東海道中膝栗毛(とうかいどうちゅうひざくりげ)」

二、「雨乞其角(あまごいきかく)」

息子は、「東海道中膝栗毛」にむく犬のお役で出ております。


ところで、歌舞伎座百三十年「八月納涼歌舞伎」とありますが、
歌舞伎座という劇場が初めて出来たのは1889年の事でありました。
しかし、1889年を1年目と数えるので今年2018年が130年目となるのです。

本来は、1888年から数えて今年で130年ということですが、
1888年と云えば、わたしの母方の祖父の生まれが1888年の元旦でした。

1888年という年は、
3月9日に画家の梅原龍三郎、12月26日に作家の菊池寛が生まれていますが、
7月19日には、元・幕臣の山岡鉄舟が亡くなっていますから、
まだ江戸時代から明治時代への転換期だったのでしょう。

その、
祖父が生まれた1888年(明治21年)1月1日は、日本標準時が使われ始めた日です。

ところで、
太陽は東から昇って西へ沈みますが、太陽が真南になることを南中と言います。

真北から真南にかかる線を子午線と言いますが、日本では古来それぞれの土地で、
太陽が子午線上に重なったとき、つまり真南となった時間を南中正午)としました。

しかし、
正午になるのは東ほど早くなり、西ほど遅くなります。

そのため、
東京では明石よも20分早く、長崎では20分遅く南中となります。
日本全国で1時間20分以上の時刻の違いが生じていたのでした。

このように、
或る子午線上の位置を基に決めた時刻を地方時と言いますが、
交通や通信が発達して時刻に違いがあると不都合が生じてしまうことから、
時刻の基準となる子午線を決め、全国共通の時刻(日本標準時)を定めたのです。


というワケで、歌舞伎とはなんの関係もないおウワサでありましたが、
歌舞伎座という劇場は、その翌年に建ちましたとさ、ということです。

「八月納涼歌舞伎」第二部は、日本標準時15時から始まります。




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