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なんだかなぁ・・・

2018年07月31日 06:47

農林水産省は29日、西日本を中心とする豪雨による農林水産漁業への被害総額が約2105億円となり、2千億円を超えたことを明らかにした。このうち、農作物の被害は約106億円となっているが、被害の全容が把握できておらず、被害額は今後も増加する見込みだ。
<2018年7月29日19時27分配信朝日新聞デジタル>


・・・、これは、農林水産漁業関連だけの被害額なんだろうなぁ・・・。

防衛省は30日、陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」2基の配備費用が総額で約4664億円になる見通しを明らかにした。米航空機大手ロッキード・マーチン社製の最新鋭レーダーを搭載するが、金額は当初想定から1基あたり約1・7倍に。2023年度予定だった運用開始も、米側の事情で大幅に遅れる方向という。
<2018年7月31日5:03配信朝日新聞デジタル>


・・・、なんだかなぁ・・・。

それはそれ、これはこれって云うんだろうなぁ・・・。

でも、
ミサイルがいつ飛んでくるか判らないケド、
災害は必ず毎年のように何度も襲ってくる。



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アイスクリーム

2018年07月30日 12:19

「この世界の片隅に」

ゆうべ、
TBSテレビ日曜劇場「この世界の片隅に」を観ました。

戦争が始まった時代から、戦争の時代を経て、戦後が始まるまでを、
主人公“すず”の生活を中心に呉を舞台に描いたこうの史代さんの漫画が原作のテレビドラマです。


主人公の北條すずは、アイスクリームを知りませんでした。
ですから、「アイスクリームの絵を描いて」と言われても描けません。

そんなすずを町のレストランに誘った夫の周作は、アイスクリームを注文してすずに食べさせます。

生まれて初めてアイスクリームを目にしたすず。
生まれて初めてアイスクリームを口にするすず。

ただそれだけの描写に涙が止まらなくなりました。
こうして、それを書いているだけでも涙が溢れてしまいます。

小生、涙もろくなりました。


去年亡くなった実家の父は、
「どこの家庭のコタツの上にも、当たり前のようにみかんがある風景」
それをイメージしながらみかん作りの農民になった人でした。

それは、米はおろか芋さえ貴重だった戦後が始まった時代に、父が抱いた夢の風景でした。


いまの時代は、アイスクリームもみかんもふんだんに有ります。

しかし、“あの時代”の人たちの中には、
もしかしたらアイスクリーム知らずに死んだ人がいたかもしれません。

あの時代を過ごした父や母にとっても、アイスクリームは“夢の味”だったことでしょう。

そういえば、
去年亡くなったむぅむぅ(義父)もアイスクリームが大好物でした。

それも、
いつも自分で買ってきていたのは、高級ではない大衆的なコンビニエンスストアーのアイスクリーム。
それもデカいやつ、しかもアイスクリームじゃなくてラクトアイス

きょうは、それを仏壇に供えました。

アイスクリーム


二過、三過

2018年07月29日 18:15

台風

逆向き台風が通り過ぎました。

被害に遭われた皆様にお見舞いを申し上げます。


台風一過、夏の空が帰ってきました。

でも、きょうは7月29日。まだ7月です。

ことしは、
台風も、まだ二過、三過あるでしょう。

台風一過

「また、再建しましょう!」

2018年07月28日 21:11

「シシュポス」

ギリシャ神話に “ シシュポスの岩 ” という話があります。

狡猾な男シシュポスは、二度も神々を欺いたので地獄に墜とされました。

シシュポスは、地獄で山の頂上まで岩を運ぶ責め苦を負わされますが、
苦労して岩を頂上まで運ぶと、岩は山の麓までころげ落ちてしまいます。

そこでまた苦労して麓から岩を運ぶのですが、岩は山頂に運ばれた途端に
またころげ落ちるといった具合で、永遠にこれを繰り返すことになります。

「徒労」という苦役、これがシシュポスが受けた罰だったのです。


さて、東日本大震災が起きたときに、岩手県大船渡市で旅館を経営していた只野さんご夫婦は、
津波で旅館の3階の下階段部分まで浸水するという事態に見舞われ、3階部分に孤立していましたが、
被災してから2日後に自衛隊によって無事救助されました。

しかし、旅館は基礎と鉄骨を残すだけになっていました。

それでも、只野さんが自衛隊に救助されるときに取材するマスコミに対して、
「また、再建しましょう!」と明るく応える只野さんの様子に多くの人々が励まされ、
その映像は瞬く間に拡散したのでした。

その後、只野さんは言葉通りに2012年6月に旅館の再建を果たしたのだそうですが、
旅館の営業再開を見届けてから約3か月後の同年9月中旬、83歳で亡くなったそうです。

お歳から想像すると、戦争と戦後を体験なさったことでしょう。
1960年のチリ地震のときにも、大船渡は津波被害に遭ったのだそうです。
1977年に旅館を創業されたのだそうですが、ご苦労も並大抵ではなかったと想像します。

その旅館が津波にやられた直後に「また、再建しましょう!」とおっしゃった前向きさに、
どれだけの人々が勇気づけられたでしょうか?
そのことだけでも、只野さんのお仕事は決して徒労ではなかったのです。


台風が、いま西日本に向かっています。
台風の被害が出ませんように。被災地の二次被害がありませんように。



疑似家族

2018年07月27日 15:45

疑似家族

カリフォルニアから、“息子”たち家族が帰ってきてくれました。

アメリカの長い夏休みを利用して、
日本の小学校と保育園に体験入学した8歳と5歳の孫たちです。

初めて会ったにも関わらず、
「ジィジ!ジィジ!、バァバ!バァバ!」と言って離れません。

また、来年の夏休みになったら、会いに来てくれるそうです。

疑似孫娘

“正義”の話

2018年07月26日 17:23

オウム真理教による一連の事件で死刑が確定していた、
松本智津夫と幹部6名の刑が6日に執行されたのにつづいて、きょうまた6名の刑が執行されたようです。

松本智津夫(麻原彰晃)とその弟子たちは、
「力で良い世界をつくるタントラ・ヴァジラヤーナの世界。オウムは、そのヴァジラヤーナのプロセスに入った」
そう言って、大規模な無差別テロを行って多くの死者と重軽傷者を出し、人々を恐怖に陥らせました。

それが、オウム真理教信者の使命であるという、彼らの“正義”のための行動だったのかもしれません。


ことほど左様に、“正義”というヤツは、ときに自分勝手で厄介で大胆で恐ろしいものであります。


昭和23年7月13日に公布され、昭和23年9月11日に施行された
優生保護法」第1章総則(この法律の目的)第一条に、こうあります。

この法律は、
優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するとともに、母性の生命健康を保護することを目的とする。


つまり、
「優生上の見地」から「不良な子孫の出生を防止」することと「母性の生命健康を保護」することが「目的」、
そのまんまですが、「優性上の見地」ってなんですか? 「不良な子孫」ってなんですか?

その優生保護法下で知的障害、精神疾患、遺伝性疾患を理由に本人の同意なしに強制不妊手術を受けた方は、
少なくとも全国で1万6,500人いらっしゃるのだそうです。

そのうちの何人かが、「旧優生保護法は子どもを産むことの自己決定権を奪い、違憲だ」として国を訴えました。
国は違憲性には触れず「救済立法しなかったのは違法ではない」と主張しています。
政府は「当時全会一致で成立した法律を今になって違憲だったとは言えない」としています。

これも一つの“正義”の話であります。


さて、
子供をつくらないLGBTには“生産性”がないので行政が支援する必要はない」と言う議員がいます。

「多様性を受け容れる社会を目指す」と謳う党の方針とも逆行する議員個人の無知と偏見に満ちた意見ですが、
これもまた、この議員独自の“正義”なのかもしれません。

それよりも、“生産性のない議員を増やす”議員定数の改正公職選挙法こそ“必要ない”と思いますがね。


そして、
相模原の知的障がい者福祉施設の入所者19人を刺殺し入所者と職員26人に重軽傷を負わせるという、
大量殺戮事件から、きょうで2年が経ちました。

この被告は、いまだにその犯行の“正義”を主張しているようです。





タイミング

2018年07月25日 17:55

携帯

この暑さの所為か、
我が家の防犯システムが誤作動を起こしました。

現在は、
部品を交換していただいたので、正常に戻りました。

このパソコンも、
心なしか、起動が遅くなっているように思います。


そして、
ついに、携帯電話が一時通信不能の状態になりました。

一時的に、機内の接触不良が起こったようです。

これはもう、一つのタイミングとみるべきでしょうか?

ガラパゴス脱出・・・?



「羅生門」

2018年07月24日 17:59

「羅生門」

きょうは、7月24日の“河童忌”です。

河童忌”は、芥川龍之介の命日。
彼の短編小説「河童」から、“河童忌”と称されるようになりました、


その芥川龍之介小説「羅生門」「藪の中」を原作とした映画「羅生門」

先日亡くなられた脚本家の橋本忍さんのデビュー作にして、
日本映画として初めてヴェネツィア国際映画祭金獅子賞アカデミー賞名誉賞を受賞、
黒澤映画を世界に知らしめるキッカケとなった名作です。

ところで・・・、

芥川の自殺の動機が、
「僕の将来に対する唯ぼんやりした不安」であったのかどうかは解りません。

しかし、
彼が亡くなってから23年後に創られた映画「羅生門」を彼が観たとしたら、
“ぼんやり”とでも、“希望”を見出したでしょうか?


宇和島市吉田町

2018年07月23日 19:44

宇和島2012

2012年3月に、
当時の市川亀治郎さんと息子が、宇和島で「連獅子」を踊りました。

それを観に、わたしたち夫婦も宇和島に行きました。
楽しい旅でした。


宇和島に行くには、
JR予讃線で、いくつものトンネルを抜けます。

海の近くを通過することもありますが、
山の斜面の間を縫うようにして走ります。

宇和島駅の手前に在る宇和島市吉田町もそんな町です。

その斜面には、段々畑のみかん園が広がっています。
宇和島みかん”で有名なみかん産地です。


しかし、
いまは電車を使って宇和島に行くことは出来ません。
西日本の広範囲を襲った豪雨被害の影響です。

宇和島みかん”は、大打撃を受けたようです。

見かねたのか、他人事だと思えなかったのか、
浜松でみかんを作っている弟が、
きょう、仲間と二人で愛媛を目指して車で出発したようです。

みかん農家のお手伝いができるかどうかは、判りません。
辿り着けるかどうかも、判りません。


「東京フラフェスタin池袋」2018

2018年07月22日 23:59

TOKYOフラフェスタ2018②

毎度、イベントの多い暮らしをさせていただいております。

きょうも、
毎年恒例となりました「東京フラフェスタin池袋」の本番です。

かみさんが主宰する、“フラ オ ポハイ ケ アロハ”は、
昨日は池袋西口公園特設ステージで3曲踊りました。

きょうは、サンシャインシティ噴水広場のステージと、
豊島区役所としまセンタースクエアのステージで踊りました。

TOKYOフラフェスタ2018①

ところで、
 「東京フラフェスタ in 池袋」も今年で16回目を迎えました。

会場も7箇所に増え、参加したチームも181団体(約5,000人)だそうです。
日本でも最大級のフラダンスのイベントに成長したことになります。

「東京フラフェスタin池袋」を主催する、
豊島区観光協会豊島区が目指すのは「安全・安心な文化都市としま」ですが、
ある一定の成果を挙げたことになるでしょう。

TOKYOフラフェスタ2018⑦

但し、
フラが、豊島区民に文化的に浸透し根付いたか、
イベントを開催することで経済効果が上がったか、
踊りたい人たちだけのイベントになってやしないか、
その辺のところは、まだ疑問が解決していません。

むぅむぅ(義父)が立ち上げた「池袋演劇祭」も然り、
祭りを創りあげるのは、並大抵のことではありません。

TOKYOフラフェスタ2018⑥



橋本忍脚本を偲ぶ

2018年07月21日 16:16

羅生門(1950年8月26日公開、黒澤明監督、大映)

生きる(1952年10月9日公開、黒澤明監督、東宝)

七人の侍(1954年4月26日公開、黒澤明監督、東宝)

生きものの記録(1955年11月22日公開、黒澤明監督、東宝)

蜘蛛巣城(1957年1月15日公開、黒澤明監督、東宝)

張込み(1958年1月15日公開、野村芳太郎監督、松竹)

夜の鼓(1958年4月15日公開、今井正監督、松竹)

隠し砦の三悪人(1958年12月28日公開、黒澤明監督、東宝)

悪い奴ほどよく眠る(1960年9月15日公開、黒澤明監督、東宝)

ゼロの焦点(1961年3月19日公開、野村芳太郎監督、松竹)

切腹(1962年9月16日公開、小林正樹監督、松竹)

仇討(1964年11月1日公開、今井正監督、東映)

霧の旗(1965年5月28日公開、山田洋次監督、松竹)

大菩薩峠(1966年2月25日公開、岡本喜八監督、東宝)

白い巨塔(1966年10月15日公開、山本薩夫監督、大映)

上意討ち 拝領妻始末(1967年5月27日公開、小林正樹監督、東宝)

日本のいちばん長い日(1967年8月3日公開、岡本喜八監督、東宝)

太平洋の地獄 (1968年12月21日公開、ジョン・ブアマン監督、松竹)

風林火山(1969年3月1日公開、稲垣浩監督、東宝)

人斬り(1969年8月9日公開、五社英雄監督、大映)

どですかでん(1970年10月31日公開、黒澤明監督、東宝)

人間革命(1973年9月8日公開、舛田利雄監督、東宝)

日本沈没(1973年12月29日公開、森谷司郎監督、東宝)

砂の器(1974年10月19日公開、野村芳太郎監督、松竹)

続人間革命(1976年6月19日公開、舛田利雄監督、東宝)

八甲田山(1977年6月4日公開、森谷司郎監督、東宝)

八つ墓村(1977年10月29日公開、野村芳太郎監督、松竹)


以上、
わたしが観た橋本忍脚本の映画です。

名作、大作、話題作ばかりです。

監督も名匠と称される方々ばかりです。

100歳と云えば大往生でありますが、
惜しくも、悲しいことであります。

橋本忍さん
ありがとうございました。

合掌



「浪花の恋の物語」

2018年07月20日 17:27

「浪花の恋の物語」

「確か、この映画で共演したのがキッカケじゃなかったっけ?」

かみさんが、そう云うのだからそうなのでしょう。
有馬稲子さんと中村錦之助萬屋錦之介)さんが、
むかし、結婚するに至ったキッカケの話です。

かみさんは、
五月舎公演「はなれ瞽女おりん」(水上勉作、木村光一演出)で、
有馬稲子さんと共演させていただいたときから親しくさせて頂き、
萬屋錦之介さんの母上である小川ひなさんに可愛がって頂いた、
そんな過去があります。

わたしも、演劇制作体地人会の制作者時代に、
有馬稲子さんが出演された作品を何作品か制作担当させていただきました。


きょうは、
その有馬稲子さんが出演された映画「浪花の恋の物語」の上映後に、
有馬さんと映画評論家で映画監督でもある樋口尚文さんお二人の、
トークショーがあるというので、友人と「シネマヴェーラ渋谷」に行ってきました。

久しぶりに
若くてお美しい有馬さんと、お元気な有馬さんに再会しました。




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