忘れるところだった母の誕生日

2018年04月04日 23:51

客引き

浜松の実家を継いでみかん農民になるハズが、
東京に来て、新宿の伊勢丹の喫茶コーナーで珈琲を淹れる仕事に始まり、
羽田空港のレストランのボーイ、ホテルのラウンジのボーイ、
ガン吹き材を作る工場の仕事などして大学に入り、
学生時代はお好み焼き屋、レストラン、焼き鳥屋、スナック、セブンイレブンでバイト、
それから、イベントの仕込みやバラシ、劇場の搬入や搬出、家屋の解体工、新聞拡張員、
宇宙博ではアポロ11号の飛行士もやりました。

卒業してからは、
アメ横の売り子、中華料理店の店員などしながら芝居をやっていましたが、
水道の配管工、陸送の運転手、イリュージョンの舞台監督、オペラの演出、
ビデオマガジンのプロデューサー、ミュージカル雑誌の配達係、
様々な公演の舞台スタッフ、芸能人の事務所のスタッフなどやりました。

結婚してからは、
文芸坐の企画室長として、小劇場の企画、喫茶店、ステーキハウス、バーといった、
飲食部門の経営に携わり、懐石料理の店の支配人もやりましたが、
制作のお手伝いをしたことがキッカケとなって演劇制作体地人会の制作者になりました。

そして地人会を退社後は、コーチングのコーチ、介護士、ピラティススタジオの経営、
大学の非常勤講師、セミナー講師、不動産管理と色々やって、
今回はメロンパン屋さんを始めたワケです。

さて、わたしは一体何者なのでしょう?


ところで、
このところ毎日メロンパン店の客引きをやっています。

そこで忙しいことにかまけて、亡くなった母親の誕生日を忘れるところでした。
母親はあの世で、この息子をどう思っているかしら?


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