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OPEN

2018年03月31日 23:59

Melon de melon 十条富士見銀座店スタッフ

「Melon de melon 十条富士見銀座店」
本日午前10時、OPENしました。

「Melon de melo」のメロンパン

商品は、

プレーンメロンパン(190円)

チョコチップメロンパン(210円)

あまおう苺メロンパン(210円)

宇治抹茶メロンパン(210円)

クロワッサン(180円)

アップルパイ(280円)

お客様第1号

夜8時閉店

午後8時

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育み

2018年03月30日 17:00

成長

豆苗を買って、根から二芽くらい上を残して食べ、
根をタッパーに入れて水を張っておくと、育ちます。

一度買ったら、三度くらいは刈ることができるでしょう。


コツは、
一日に二三度水を替えること。
屋外ではなく屋内に置いた方がいいでしょう。
芽は、陽(窓)の方に向かって伸びるので、
時々向きを変えてやることくらいです。

むかし父が言っていました。
「みかんを作っているのではない。
 みかんの木が自ら実をならすんだ。」

わたしが育てているのではありません。
豆苗が育つのです。

たかが豆苗でも、
育ってくれるのを観ていられるのは、密かな愉しみです。



開店準備

2018年03月29日 16:59

メロン・ドゥ・メロン


突然ですが、

メロンパン店を始めます。

「Melon de melon(メロン・ドゥ・メロン) 十条富士見銀座店」


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「Melon de melon(メロン・ドゥ・メロン) 十条富士見銀座店」

3月31日(土)、朝10時 NEW OPEN


アルバイト


きょうは、

初めてメロンパンを焼いてみました。

十条の商店街に、

メロンパンの甘い香が漂いました。 


メロンパン



山吹伝説の地

2018年03月28日 20:16

2018年面影橋

近所に在る桜の名所の一つです。


面影橋

目白通り沿いに神田川が流れています。

明治通りと目白通りが交差する「高戸橋」を過ぎると、
神田川と平行して目白通りに都電荒川線が走っています。

都電の早稲田駅の一つ手前に面影橋という駅が在りますが、
面影橋駅前の神田川に架かる橋が「面影橋」です。

橋の袂には、「山吹之里の石碑」が建っていますが、
これをもって太田道灌の山吹伝説の地だと謂われています。

七重八重花は咲けども山吹の実の一つだになきぞ悲しき

桜のあとは、山吹でしょうか。




「おたふく」

2018年03月27日 23:59

「おたふく」

山本周五郎の中・短編小説
「おたふく」昭和24年、「妹の縁談」昭和25年 、「湯治」昭和26年
という三部作を原作とし構成されたお芝居「おたふく」を観てきました。

演劇倶楽部『座』の主催公演であります。(4月1日千穐楽)

演劇倶楽部『座』は、
俳優で演出家の壤晴彦さんが1992年に創立した劇団ですが、
能・歌舞伎・狂言・日本舞踊等を基本に、日本語を美しく語ること、
伝統的身体表現などに特化した作品創りが特徴でしょうか。

壤晴彦さんは、
劇団四季に在籍された当時から、去年亡くなったむぅむぅ(義父)と懇意で、
わたしも地人会の制作者時代に何本もの作品にご出演いただきました。

そして、
演劇倶楽部『座』の振り付けは、創立以来姉(義姉)が担当しています。

そんなワケで観に行ったのですが、
今回は、地人会の常連俳優だった鈴木慎平さんが客演されています。

というワケで、
客席にも地人会出演者が何人か観ていたりして、
さながら、地人会の同窓会のようになってしまったのでありました。 



うらみ事

2018年03月26日 17:59

老け

一昨日の恩師を偲ぶ会を過ぎて、
昨日は恩師とのエピソードを一つ記しました。

きょうは、もう一つ記そうと思います。

それは、うらみ事であります。

老け役

さて、
わたしたちの母校の演劇科は、
短期大学ですから、2年間で卒業します。

しかし、
更に学びたい人は専攻科に進学します。
専攻科も2年間ですから、わたしは4年間学びました。

その4年間で、
実技発表会や公開テストなど、表現する機会が多々ありましたが、
しかし、演劇公演となると、そう多くはありませんでした。

専攻科のときに年3回の演劇公演がありましたが、
1年生のときにはありませんでしたし、2年生のときでも、
卒業公演を入れて2回程度でした。

その数少ない公演の機会に、役に恵まれるかどうかは、
50人の仲間と競合するなかで重要なことでありました。

さて、
4年目に初めて恩師の演出で公演することになりました。

作品は、ご存知シェイクスピアの「夏の夜の夢」、
二組の若い男女が織り成す青春喜劇であります。

わたしは、その公演の前の3年間、
どういうワケか解りませんが、老け役ばかりやっていました。

どんな役でも勉強ですから、それもいいのですが、
ここらで一発若い役をやってみたいと思っておりました。

そこで、恩師に直談判することにしました。
これまでどれだけ老け役ばかりを演ってきたかを切々と語り、
今回は、恋人たちでなくてもよいから老け役以外の役をつけて欲しい、
そう懇願したのでした。

夏の夜の夢

ところがフタを開けてみたら、
二役が割り当てられましたが、どちらも老け役なのでした。

一つの役はクインスという大工で職人のリーダーの役、
もう一つの役は、スターヴリングという仕立て屋の職人で、
劇中劇で「月の明かり」を演じました。

それも只の老け役ではなくて、
二役ともハゲかつらを被らせるというではありませんか。

しかも、
その姿で踊るというのでした。

もはや、恩師にからかわれているとしか思えなくなっていたのでした。

結局、
4年間で7公演あったのですが、
若者を演じたことがなかったというよりは、老け役専門だったワケです。

踊ってる

しかし、
もはや、うらみ事を云う先生もいなくなっちゃいましたケド・・・。



いまだから・・・

2018年03月25日 17:59

昨日催された恩師を偲ぶ会は、
基本的に“偲ぶ”ことをコンセプトにして進行されました。

したがって、
参加者相互が恩師との想い出やエピソードをシェアし合う歓談の時間を
十分にとろうという趣旨で行われました。

ですから、
会場のあちらこちらで、そんな話の交換が行われたことでしょう。

しかし、
わたしは生憎、事務局という立場で進行役との打ち合わせや、
ご来場者への挨拶などで走り回っていて、その機会がありませんでした。

そこで、
恩師とわたしのエピソードを一つだけ、此処に披露させていただきます。



22年ほど前のことです。

わたしが当時制作者として所属していた地人会の芝居を、
公共劇場(公文協)の自主事業として採用していただくために、
北陸地域を転々と営業したことがありました。

或る日、
入善町から魚津黒部滑川辺りを営業して富山駅で降りました。
その日は、富山市内に泊まろうと思ったからでした。

富山駅前のホテルを予約して、市内を散歩しようと歩いていると、
富山駅の前で、大きなトランクを二つ持った恩師と偶然再会しました。

恩師が、
富山市芸術文化ホール(オーバード・ホール)の初代芸術監督に就任し、
単身富山に移住されたことは知っていましたが、まさか此処で遇うとは、
思ってもみないことでした。

何故トランクをお持ちなのか訊くと、
確か、北欧諸国の劇場の視察旅行から帰ってきたところだとおっしゃいました。

そこで、その二つのトランクを持って、
当時恩師が住んでいらしたマンションまでお送りすることにいたしました。

マンションの恩師のお部屋は、
ゴミひとつ、チリひとつ、ホコリひとつも無い整理整頓されたお部屋でした。

部屋に招き入れてくださった恩師は、
くつろがれるよりも先に、わたしのためにお茶を淹れてくださったので、
むかし話に花を咲かせました。

恩師と長話をしている間に夜になってしまいました。

「寿司でも食おう」と促されるままに、近くの馴染みの寿司屋でご馳走になり、
「馴染みのバーがあるんだ」というのでハシゴして飲み、最後はホテルの前まで、
歩いて送ってくださったのでした。

翌日は、また転々と営業し、東京に戻ったのは数日後のことでしたが、
かみさんに、偶然先生と再会した話を聴かせました。

随分とご馳走になったし、恩師は毎朝キウイを召し上がっていると聞いたので、
かみさんに、キウイとなにか果物の盛り合わせを贈っておいてくれと頼みました。

それから、ひと月ほど経ってのことです。
恩師からお手紙が届きました。

たぶん贈ったフルーツの御礼のお手紙だろうと思って開封したところ、
「いま、病院のベットの上だ」と、綴られていました。


恩師とわたしが偶然遇った日の翌日は、
オーバード・ホールのオープニングセレモニーが行われた日でした。

セレモニーで、
芸術監督としてテープカットを行ってパーティー会場へ移動していたときに、
恩師は突然倒れ、意識不明のまま救急車で病院に運ばれ緊急手術を受け、
意識が戻ったときには、病院のベットの上だったというのでした。

その間に恩師のマンションに届いていた、
わたしたち夫婦が贈ったフルーツの礼が遅くなったという詫びのお手紙でした。

驚いたのなんの・・・。
すぐに、富山に住んでいる友人に頼んで病院に見舞いに行ってもらいました。

北欧旅行から帰国しお疲れだったところ偶然にわたしに遭ってしまったがために、
夜遅くまで酒を飲まれたのが災いしたのだろうと、わたしは思いました。

それから何か月かして恩師と再会したときは、お互いに涙なみだでありました。
おつきあいさせて申し訳なかったと詫びたわたしに恩師は、
「さぞ君が心配してくれているだろうと思っていたよ」とおっしゃって、
わたしを責めることはありませんでした。


あの時は、セレモニーとパーティーの合間で恩師の周りには大勢人がいました。
しかし、去年亡くなられたときは、恩師はご自宅でお独りでした。




永曽信夫先生を偲ぶ会

2018年03月24日 23:59

偲ぶ会

「命に関わる以外の事は、大した事ではない」

命に関わること・・・


恩師が亡くなられたのは去年2017年9月2日でした。

その前日、
わたしの父も倒れて入院し10月2日に亡くなりました。

恩師が亡くなられた事を知ったのは9月5日の事でしたが、
ご葬儀は、富山のご自宅でご親族葬として執り行われたため、
わたしは、恩師にお別れする機会がありませんでした。

そこで、
訃報を受け取った直後から「偲ぶ会」「お別れの会」の必要を感じ、
有志を集めて“企画”を練ってきました。

母校の教職員や現役の学生たちの全面的なご協力も得て、
恩師が関わられた多くの各組織・各団体にも呼びかけをしました。

あれから約半年、
本日やっと、恩師を偲ぶ会を開催することができました。


偲ぶ会には、約270人が参加してくださいました。

会場は、恩師のご尽力で建てられた母校の“小劇場”でしたが、
立錐の余地もないほどの人で埋め尽くされました。

半年経って、やっと恩師を偲びお別れすることができました。


「先生、ありがとうございました」


永曽先生



偲ぶ会の仕込み

2018年03月23日 23:59

2018年3月23日仕込み

何十年ぶりかで、
母校演劇科の小劇場で仕込み作業をしました。

明日は、
去年亡くなった恩師を偲ぶ会が催されるからです。

リノリウムを運んで、床に張り巡らし、
12尺の脚立に登ってジョーゼットや紗幕をつり込んだり、
平台を担いだり、パネルを建て込んだり、
現役の学生たちといっしょに気持ちのいい汗をかきました。

はるか昔を想い出しました。

訊けば、
手伝ってくれた、その学生たちは52期生なんだとか・・・。

オジサン、12期生なんですケド・・・。


警泥時代

2018年03月22日 18:00

警察官役と泥棒役に分れて遊ぶ鬼ごっこのことを
「警泥(けいどろ)」といいます。

しかし、
昨今は、「警察官」が「泥棒」を働いたり、
飲酒運転、ひき逃げ、強制わいせつ、捜査情報漏洩、
果ては殺人まで犯すという「警泥時代」です。

同様に、
旧・社会保険庁から移管された日本年金機構は、
約130万人分の所得控除をせず税金を徴収したり、
本来より少ない金額で年金を支払ったり、
個人情報の入力を中国の業者に委託していたり、
ミスと不祥事がつづいています。

財務省は、
総理夫人の知人が理事長を務める学校法人に、
国有地を破格値で払い下げた経緯を記した公文書を、
改ざんし隠蔽し誤魔化しつづけています。

要するに、国民の財産である国有地を故意に安く売り、
国民の財産を失わせた背任行為を行ったワケです。

それが、
ダレを、何を忖度してのことかが問われているワケです。

そして文部科学省は、
文部科学省前事務次官が行った中学校での講演内容を、
文部科学省が省をあげて調査していたという問題をめぐり、
文部科学省が当該市教育委員会に報告を求めた背景に、
与党の文部科学部会の議員の照会があったことを隠した挙句、
議員の添削まで受けていたことが発覚しました。

子供の教育を司る文部科学省が、
ウソをつき、誤魔化し、憲法や教育基本法の考え方を蹂躙し、
教育現場に直接圧力を与えたことは、教育行政の自殺です。

あっちもこっちも警泥ばかりであります。
そして、バタバタと慌ただしく「泥棒を捕らえてから縄を綯う(なう)」
泥縄状態です、この国は。 



天地無私 春また満つる

2018年03月21日 15:04

墓地の桜

“雪”は、冬の季語。“桜”は、春の季語です。

そうすると、
桜と雪を同時に詠むのは、むずかしいですね。


さて、
きょうはお彼岸の中日でした。

お彼岸の明日以降の予定がタイトなので、
霙まじり、やがて雪が降るお天気でしたが、
お墓参りに行ってきました。

霙が降る中、
お墓の周りの桜が見事に咲いていました。

健気

ご先祖様と両親の眠る墓にお参りして、
日頃の感謝をこめて祈りました。

寒いとか暑いとか、降ったとか止んだとか、
花が咲いたとか、彼岸の人たちには関係ありません。
既に、自然の一部となった人たちだからです。
この世に遺った者たちが一喜一憂しているだけです。

天地無私 春また満つる 濡れ桜花

2018年お彼岸


タケノコの炊き込みご飯

2018年03月20日 18:00

先日、
静岡県清水区の親友から贈ってもらった新・タケノコを使った料理がつづいています。


筍の煮物


まず、
「若竹煮」から始まって、中華の「青椒肉絲」、「鶏肉とタケノコの炒めもの」、
そして、昨日は「タケノコの煮物」と、「タケノコとスイートコーンのバター炒め」


タケノコのコーンバター炒め


こうして、タケノコ尽くし、タケノコ三昧をつづけて参った我が家の食卓ですが、
きょうの「タケノコの炊き込みご飯」でファイナルであります。 


タケノコご飯


ご馳走様でした。 







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