FC2ブログ

上月左知子さん

2018年01月31日 12:00

上月左知子さん

上月左知子さんが、亡くなられました。

上月左知子さんは、宝塚歌劇団ご出身の女優でした。
宝塚の同期には、有馬稲子さんや南風洋子さんがいます。

このお三人は共に、
演劇制作体地人会の公演に出演してくださった女優でした。


1995年夏、
わたしは朗読劇「この子たちの夏」公演の制作担当者でした。

7月14日、
わたしは九州の日豊本線柳ケ浦駅(大分県宇佐市)の改札口におりました。
その日、東京から現地入りする上月左知子さんをお待ちしていたのです。

到着された上月左知子さんと主催者の車に乗せていただき、
戦時中に宇佐海軍航空隊と、その滑走路が在った場所を通りますと、
車窓から掩体壕が見えました。

わたしたちは主催者の方から、
掩体壕宇佐海軍航空隊を狙った宇佐空襲のお話を伺いながら、
劇場に向かったのでした。

宇佐平野の稲穂の中に戦争の跡がそのまま遺っていたのが印象的でした。


上月左知子さんは、1930年昭和5年生まれでいらっしゃいました。

1995年のあの年、
朗読劇「この子たちの夏」で全国巡演をご一緒した13人の女優のなかで、
これまでに6人の女優が亡くなられたことになります。

戦争と戦争の悲惨を語られる人たちが、本当に少なくなりました。


上月左知子さんのご冥福を祈ります。合掌



スポンサーサイト

結露吸水テープ

2018年01月30日 12:24

あさって2月1日(木)は、
また関東で雪が降るおそれがあるのだそうです。

もうじき立春(2月4日)を迎えますが、寒い日々はつづきそうです。


さて、
我が家も、朝起きると寝室の窓ガラスの結露がヒドイのですが、
築14年経ち、窓下の木枠や壁まで痛んだり、カビが発生しています。

ところが、
きょう100円ショップで良いものを見つけました。
貼ってはがせる「結露吸水テープ」です。

結露の水滴が落ちて窓の桟(さん)に水が溜まる前に、
窓ガラスの下に貼った不織布が水分を吸収してくれます。

不織布の水分は昼間のうちに蒸発してくれますので、
夜間にはまた吸水可能になってくれる優れモノです。

そして、
テープは特殊な糊を使用していますので、剥がしやすいです。

温度差による結露と、夫婦間の温度差には気をつけましょう!

CIMG1265.jpg
   
CIMG1267.jpg

CIMG1266.jpg
   
CIMG1268.jpg

初「和邑」

2018年01月29日 21:33

和邑


年末に、年越しそばを食べに来て以来、ことしになって初めての「和邑」であります。

落ち着く地元・雑司が谷の気の置けない店で、気の置けない友と酒を酌み交わし蕎麦をすすりながら、
親を亡くした三人が、親の話をする。



「近松心中物語」

2018年01月28日 20:13

2018年「近松心中物語」

「近松心中物語」を観てきました。


ところで、
久しぶりの新国立劇場

以前は、
仕事でよく新国立劇場に出向きましたが、
最近は、すっかり足が遠のきました。

その新国立劇場と謂えば、
立ち食いそば・うどんの「加賀」というお店。

新国立劇場に行ったときには、
必ずといってよいほど通ったお店です。

新国立劇場に行く用事ができたときから、
お腹が「加賀」モードになってしまうのでした。

「加賀」のそばとうどんは、
注文を受けてから揚げる「かき揚げ」がお薦めです。

但し、
残念ながら、日曜日と祝日はお休みです。


さて、その「加賀」の場所ですが、
甲州街道沿い、・・・新国立劇場の、“そば”

うどん そば 加賀


毎日新聞朝刊

2018年01月27日 18:37

毎日新聞2018年1月27日朝刊

毎日新聞1月27日(土)朝刊に、
「永曽信夫先生を偲ぶ会」を知らせる記事が載りました。






つららと梅

2018年01月26日 18:17

氷柱

今朝も東京都心の気温は-3℃だったそうですが、
昼を過ぎても、我が家の氷柱(つらら)は残ったままでした。

明日も、同程度の気温なら、
いよいよ「三八豪雪・極東大寒波」と同じような事態です。

玄静院

それでも、
凍りついた道路を気をつけながら、散歩に出ました。

雑司が谷の法明寺」には、桜並木の参道があります。
その参道の両脇には、他のお寺が連なって在ります。

そのなかに
日蓮宗 玄静院」というお寺が在るのですが、
其処のお寺の境内で、梅の木を見つけました。

この寒波で、開花が止まってしまったのでしょうが、
ポツリと咲いている梅花がありました。

梅の花は、寒さのなかでも香がよく凛としています。
亡くなった、わたしの母が好きな花でした。

梅の花

極東大寒波

2018年01月25日 14:29

極東大寒波

東京都心では、
今朝の最低気温が-4℃を記録したのだそうですが、これは48年振りのことだそうです。

しかし、
今から55年前の1963年(昭和38年)の寒波はそれ以上でした。

昭和38年ですから「三八豪雪」とか「極東大寒波」と呼ばれた、
記録的な寒波が日本全土に襲来したのでした。

日本全土というのも大袈裟ではなく、
九州各地から種子島や屋久島でも雪が降ったと謂われています。


さて、わたしの故郷である浜松もその例外ではありませんでした。
雪は他の地域に比べれば大したことはありませんでしたが、
寒波(低温)は凄まじいものがありました。

単に低温だというだけでは「寒波」とはいいません。
低温状態が何日もつづくことを「寒波」といいます。

昭和33年に開拓農民として浜松の三方原台地の一角に入植した父母でしたが、
昭和38年1月は、前年の秋から暮れにかけての初収穫を終えたばかりの時でした。
その時期に極東大寒波に遭ったのでした。

みかんの実を生らせて疲弊していた樹にとってこの大寒波は致命的でした。
葉は落ち樹も枯れて、地域のみかん農園はほぼ全滅したのでした。

しかし、わたしの父にとっては、
「極東大寒波で一本のみかんの樹も枯らさなかった」というのが生涯の自慢です。

父は、
初収穫したばかりみかんの樹を、根元から上を少しだけ残し、幹を伐ってしまったのでした。
そして、切り株となった樹の横に穴を掘り、その土を切り株に盛って樹と根を守ったのです。

みかん園でシャツ一枚になって鍬をふるっていた父、
夕食後に鍬を担いで出掛けてゆく父の姿を、6歳になったばかりだったわたしも憶えていますが、
初めて実ったばかりの樹を全て伐るしかなかった、そのときの父の心情を想うと胸が痛くなります。

しかし、
そのお蔭で、我が家のみかんの樹は一本も枯れることなく、その年の春にはまた芽吹いたのでした。

去年10月に亡くなった父が、もし生きていたら、
「極東大寒波のときは、こんなもんじゃなかったよ。しかし、あの頃が一番楽しかったなぁ・・・」と、
言ったでしょう。


「アパートの鍵貸します」

2018年01月24日 16:16

「アパートの鍵貸します」

自分がいる正確な位置を確認するために星を観ることがあるように、
自分の現在を確かめるために、過去を探って現在を認識することがあります。


一年前。

去年、1月24日の午後2時、
むぅむぅ(義父)は、病院を退院しました。

高熱で緊急入院して、61日経っての退院でした。

主治医たちからは、
「退院させたら何が起こってもおかしくない」と云われていました。


自宅の部屋には、
酸素吸入の機械、痰を吸引する機械、点滴用の可動式スタンドを入れ、
転落防止用に、介護ベットの手すりを増やしました。

訪問診療医師、訪問看護師、介護ヘルパーの皆さんの体制もつくりました。

むぅむぅには、
いずれ栄養を摂るために「中心静脈栄養」の処置をする旨説明し、同意を得ました。

しかし、
一年前の時点では、まだ少しずつですが食事を経口摂取できていました。


去年のきょう、
いよいよ始まる在宅医療、在宅介護に向けて張り切っていた自分たちがいました。

しかし、
考えてみれば、それから5ヶ月間の介護生活でした。
たった5ヶ月間・・・、むぅむぅが倒れたときから数えたって14ヶ月間のことでした。

あっけないものです。

去年のきょう、
久しぶりに自宅の部屋に戻ったむぅむぅは、映画「アパートの鍵貸します」を観ていました。




ビフォーアフター

2018年01月23日 16:07

ビフォー

昨日、
東京都心では、23センチの積雪を記録したんだそうな。
東京都心で積雪が20センチを超えたのは4年ぶりのことだって。

雪が降ったら、
翌朝は、家の前の道路と駐車場を除雪。

写真は、除雪作業のビフォーアフター。 ・・・どうよ!?

明日か、明後日あたり、
確実に、身体が痛くて動かないな。

アフター

白い景色

2018年01月22日 16:01

10時半頃

ちょいと気になる連絡があった昨日の夜、
夕食後に歯間フロスを使っておりますと、
奥歯にフロスが引っかかって切れました。

そこで、2本目を使ったらまた切れました。
3本目を使ったら奥歯の一部が欠けました。

12時半頃

そんなワケで、
きょうは、半年に一度の定期健診以外で、
何年振りかで治療で歯科を訪ねました。

麻酔をかけて、奥歯を削って仮歯を入れました。

いずれ、
痛みが出なければ、型を取って歯を作ります。

15時頃

さて、
きょうは朝から小雨が降っておりましたが、
午前10時30分頃には白いものに変わりました。

昼過ぎには、景色が薄っすら白くなり始めまして、
午後2時を過ぎた頃には真っ白い景色になりました。


人生には、晴天の霹靂ということも起こりますが、
いずれまた晴天を仰ぐこともありましょう・・・。


「暫(しばらく)」

2018年01月21日 17:39

2018年歌舞伎座「二月大歌舞伎」

歌舞伎座百三十年
松本幸四郎改め 二代目 松本白 鸚
市川染五郎改め 十代目 松本幸四郎
松本金太郎改め 八代目 市川染五郎
襲名披露「二月大歌舞伎」2月1日(木)~25日(日)


市川弘太郎は、
昼の部  歌舞伎十八番の内 「暫(しばらく)」に、
埴生五郎助成のお役で出演いたします。

1月は黄色ですが、2月は赤くなります。

司会

2018年01月20日 19:34

34年

【独り言】

かれこれ、40年来のおつきあいだ。


34年前に、
二人で、友人の結婚披露宴の司会をやったことがある。

そのとき、
わたしは体重53キログラムで痩せていたが、
彼もまた痩せていた。

それが、
34年も経つと、いまわたしは63キログラムだ。

彼はいまでも体重をキープしている。

現役の俳優だからだ。


結婚を披露した二人は、残念なことに別れてしまったが、
わたしたちのおつきあいは、つづいている。

司会


最新記事