背景にあるもの

2017年11月02日 17:29

とある、大阪府立高校の校則と指導についての話題です。

話題となっている大阪府立高校では、
校則で、髪の毛を脱色したり染めることが禁止されているそうですが、
染めることが禁止というよりも、“黒髪”であれということのようです。

新聞報道によると、学校側は生徒の代理人弁護士に
「たとえ金髪の外国人留学生でも規則で黒染めさせる」と説明したようです。

さて、
生まれつき茶色い髪の毛の女子生徒が、教諭らから黒く染めるように何度も指導され、
精神的な苦痛を受け、不登校になっています。

そして、
女子生徒は、大阪府に賠償を求める訴訟を起こしました。

女子生徒は何度も髪の毛を黒く染めるように指導を受け、
黒染めが不十分だとして授業への出席を禁じられたり、
修学旅行への参加を拒否されたりしたのだそうです。

新聞報道によると、
教諭から「母子家庭だから茶髪にしているのか」と中傷を受けたこともあったそうです。

この訴訟は、
イギリスのBBCをはじめ複数の海外メディアでも報じられ、
そのことから、日本に逆輸入されるような形になった報道です。


さて、
わたしが、この話題を採り挙げたかった理由は二つあります。

まず、
この手の話題は、スグに固有名詞が特定されてしまうでしょう。

この高校がどの学校なのか、指導した教諭がダレなのか、
そして、訴訟を起こした女子生徒がなんという生徒なのかもです。

それによって、
ネット上にも直接的にも個別に批判や誹謗中傷が行われることは、
容易に想像ができることです。

モチロン、
当該高校や教師たちへの批判は止むを得ないことかもしれません。

しかし、
学校や教師を批判することを目的にするのは慎むべきだと思ったのです。
これが一つ目の理由です。


そしてもう一つの理由は、
批判より大事なのは、そんな学校や教師が存在する理由を探ることだと思うからです。

まず、大阪府立の高等学校ですから、
「大阪府」として、「大阪府教育庁」としては、どう考えるのでしょう?そして、
文部省はどう考えるのでしょう?国家としてどう考えるのでしょう?

一人の女子生徒を、一人の“個人”の存在を否定するようなことは、
勿論“教育”でも“指導”でもなく、“犯罪”と言っても過言ではありません。

一体、
「生徒たちは同一の黒髪でなくてはならない」という考え方は、どこから来たのでしょう?

そんな“指導”が、当然のように行われてしまう環境の背景にはナニがあるのでしょう?
その意思や潜在意識を探ることが必要なのではないでしょうか?


さて、
わたしは、父と母のあいのこ(愛の子)ですが、それがナニか?


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