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礼儀と礼節

2017年11月30日 17:21

[独り言]

【たばこ押しつけ、髪切り…女子高生に集団リンチ 少年少女7人を逮捕】
<11月29日産経新聞>

 友人の東京都立高1年の女子生徒(15)に集団でたばこの火を押しつけて暴行したり、公園の池に入らせたりしたなどとして、警視庁少年事件課は、傷害と強要などの疑いで、無職の少女(19)=東京都八王子市=ら、15〜19歳の少年と少女計7人を逮捕した。

 同課によると、女子生徒はやけどや顔の打撲などの軽傷を負った。逮捕された7人は「先輩に対する態度が悪かったからやった」などと容疑を認めているという。

 逮捕容疑は、8月28日午後11時〜29日午前5時ごろ、町田市の公園などで、女子生徒の両腕をつかんで階段を駆け下り転倒させた上、はさみで髪を切ったり、たばこの火を顔や腕など約10カ所に押しつけたりしたとしている。さらに女子生徒の靴を池に投げ込み、「取りに行けよ、早く入れ」などと言って、池に入らせたとしている。



さて、
昨日、横綱が引退した。

横綱自身が、
相手の頭を物で殴るなどして傷害を負わせたことを認め、
引退を決めたようだ。

乱暴した理由はハッキリしないが、
“先輩横綱として”相手の“礼儀”と“礼節”を指導するため
という発言があった。

とすれば、
上の記事の少年・少女の集団リンチの動機とどこが違うんだ?

凶器を使った暴力で指導しなければならない“礼儀”と“礼節”って何だ?

それを、可愛がりとか仕来たりだとか伝統だとか日本文化だというならば、
そんなものは無くなっていい。

それは、10年前の17歳の青年の死を無駄にすることになってしまうからだ。
亡くなった青年とそのご家族にとっては、大相撲も横綱もモンゴルも関係ない。




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父の字

2017年11月29日 17:17

3本の万年筆

わたしの手元には、父が使っていた万年筆が三本遺りました。

父の万年筆はどれも、ペン先(ニブ)が、かなり硬質です。

わたしは筆圧が強いので、
ペン先の柔らかい万年筆だと、字の線が二つに分かれてしまいます。

父も筆圧が強いので、硬質なペン先の万年筆を使っていたのでしょう。

ここに、
父の書斎にあった一枚の紙があります。

幾ら筆圧が強いことが同じでも、わたしには父のような字は書けません。

訓

父は、息子には厳しくて怖い人でした。
決して、ここに書かれているような人ではありませんでした。

でも、
ここに書かれているような人間でありたいと願って、
自身を戒めるために、これを書いたのでしょう。

わたしは、父のように偉大な人間ではありませんが、
父が戒めに書いたことを、目指すことはできるかもしれません。


祖父の字

2017年11月28日 17:15

胎毛

昨日、ブログに記したように、
父の遺骨のほんの一部が、父の故郷の川に散骨されました。

しかし、父の一部は、わたしの手元に遺っています。

先日の納骨の際に、
遺骨と一緒に墓に入れようと思って持っていて入れ忘れた、
父が生まれてすぐに切られた「胎毛」です。

いっしょに、臍帯(へその緒)のようなものも入っていました。
祖母と父が繋がっていた証拠でもあります。

わたしが入れ忘れたのも、
何かの思し召しだろうと思って持っていることにしました。

胎毛を包んだ紙の表書きは、わたしの祖父の筆です。

昭和四年二月三日生
旧参年十二月廿四日(旧暦昭和三年十二月二十四日の意)
日下敏雄

父は達筆でしたが、祖父も字が上手だったのでしょう。


父還る

2017年11月27日 17:59

横瀬川②

父の故郷は、
徳島県の勝浦川に沿った山間の勝浦町というところです。
実は、わたしもこの町の病院で産まれました。

いろどり葉っぱビジネスで有名になった上勝町の隣の町です。

昭和の時代には、
わたしの曾祖父と祖父が興したみかん産地の町でしたが、
ご多分に漏れず、高齢化による耕作放棄地が増えました。

上勝町は、
そんな状況をいろどり葉っぱビジネスに転化させ成功しました。


さて、
父を火葬したときに、爪の先ほどの遺骨をつまみました。

それを、
徳島から来てくれた従妹に渡して、散骨を頼みました。

七七忌も過ぎましたので、
一昨日、従妹が父の故郷の川に散骨しに行ってくれて、
勝浦川の写真を送ってくれました。

これでやっと、
父が帰りたがっていた故郷に還ることができました。

今頃は、
わたしの祖父母や伯父たち、従妹の母である叔母とも逢い、
幼馴染みたちとも再会を喜んでいることでしょう。

父の故郷は、いろどりの季節です。

横瀬川①

年賀欠礼

2017年11月26日 23:59


喪中はがき

帰港、千穐楽

2017年11月25日 17:59

ワンピース

大荒れの九州場所は、明日千穐楽を迎えるようですが、
嵐の中を航海したスーパー歌舞伎は、きょう千穐楽を迎えました。

10月6日に出航したスーパー歌舞伎Ⅱ「ワンピース」の2カ月の旅は、
出船とほぼ同時に船長が負傷するというアクシデントに遭遇し、
それでも、乗組員全員が一丸となって航海をつづけてきましたが、
本日、無事に帰港いたしました。

上陸後は、各自速やかに各劇場に散り、
いずれ、来年の再び出航する時まで英気を養うことでしょう。

スタッフ、出演者の皆さま、おつかれさまでした。

この一年

2017年11月24日 13:00

鬼子母神堂2017年秋

一年前のきょうでした。

前日の勤労感謝の日の夜に帝国ホテルで、
読売演劇大賞優秀男優賞、芸術選奨文部科学大臣賞、日本芸術院賞を
つづけて受賞した歌舞伎俳優・中村歌六(五代目)さんを祝う会がありました。

まるで親戚のようにおつきあいさせていただいている三浦家としても、
博多座公演中の長男とむぅむぅ(義父)以外、帰国した次男をはじめ、
みんなでお祝いに駆けつけたのでした。

そこで、
事前に、むぅむぅにはショートステイの予約をとっておりましたが、
お昼ご飯にすき焼きを作って出し、その後車で送ってゆきました。

その日は何事もなく、我々もパーティーを楽しんだのでしたが、
翌日(一年前のきょう)、夕方になってショートステイの施設から、
「熱が高いのでお迎えに来てください」という連絡がありました。

その日、もう一泊する予定になっていたのですが、
熱が上がった場合は、家族が迎えに行く約束になっていたからです。

着いてみると、確かに熱はありましたが、それでも37℃台でした。

そのまま帰宅させるワケにはいかないので、
どこかで受診させようと、近所のかかりつけ医を訪ねたのですが、
生憎というか、いまにして思えば幸い休診日だったので、
某・都立病院に連絡して救急外来で診ていただく段取りをしました。
その時点で熱は39℃台に上昇しておりました。

長い時間待たされながらも様々な検査をしたいただいた結果、
緊急入院ということになり、かなり重篤な容体だと知らされたのでした。

それから約2カ月間入院し、病院への不信感から無理やり退院させて、
都立病院の医師からは「退院したら、どうなるか判りませんよ」と脅されながらも、
自宅で約半年間介護・看護をつづけ、最期は安らかな状態で見送りました。

その後、身近な人が二人つづけて亡くなり、10月には実父も亡くなりました。
これが、たった一年の間に起きたことです。


さて、
きょうは、主治医の病院で一年に一度の胃の内視鏡検査をしてきました。

主治医の所見では、
食道裂孔ヘルニア萎縮性(慢性)胃炎急性胃炎の症状が見られる、
とのことですが、これは前回とほとんど変わっていないということです。

ということで、
帰りに近所の雑司が谷鬼子母神へお礼参り。



農耕文化と遊牧文化

2017年11月23日 18:00

【独り言】

わたしが小さかった頃は、建設ラッシュと謂われるほど、
我が国のあらゆるインフラが整えられた時代だった。

そして、
そんな建設現場が全国各地に在った。

そんな建設現場には、出稼ぎと謂われた季節労働者、
建設現場を渡り歩いている労働者などが働いていた。

重労働で危険な作業を請け負う労働者たちが、
心配事や悩み事を抱えいると、怪我や命の危険を伴った。

だから、
その日の憂さはその日のうちに晴らしてしまう必要があった。

そこで、
夜になると酒を飲んだ。飲んだ勢いで憂さ晴らしをした。
つまり、気まずいことを晴らすために喧嘩をしたのだ。

わたしの家の隣にも、そんな飯場(建設現場の宿泊施設)が在った。
その飯場からは、毎晩のように酒盛りの喧噪と喧嘩する声が聞こえた。

そんな騒ぎが聞こえていても、父が喧嘩を止めに行ったこともないし、
隣家の農民に喧嘩を吹っかけてくる建設労働者もいなかった。
そういった住み分けがあったのだろうと思う。


さて、あれほどマスコミが騒いだ、
森友学園の籠池夫妻が大阪拘置所に逮捕・勾留されて4カ月近くだが、
森友の「モ」の字も、籠池の「カ」の字も、ワイドショーの話題になっていない。
だが、そのことはいい。いつものことだから、そのことはいい。

代わりに、
今月14日、スポーツ新聞が「ビール瓶で殴打」というスクープを載せて以降、
この10日間、ワイドショーはずっーとこの話題を採り挙げている。

報道する側も視聴する側も、よく飽きないものだ。

しかし、きょうここに記したいのはそんなことではなく、
モンゴル力士会が、むかし隣に在った飯場と似ていると思ったことだ。

喧嘩や暴力を是というワケではないが、
大相撲の力士とはいえ、元々遊牧民族の文化圏で育った人たちが
酒を飲むのは、酒を飲む動機からして違うのではないかと思ったのだ。

もしかしたら、きょうの憂さはきょうのうちに晴らして、
明日はまた新たな気持ちで大地を駆けようということだったのかもしれない。

ビール瓶で頭部を殴られた友人を自宅に連れ帰って介抱した経験が、
実はわたしにもあるが、その場合も原因を作ったのは友人の方だった。
だから、後ろめたさもあったろうし、その時点で被害届けは出せないのだ。
そして、翌日に二人は支度部屋で和解の握手をしている。

ところが、
そのことが、親方に知られることとなった。

この親方というのが、
土俵の鬼と血を同じくし、「ストイック」を訳すと「貴乃花」になるくらいの元横綱だ。

横綱が四股(しこ)を踏むのは、大地の邪気を払い豊作を祈願する農耕文化だ。

もしかしたら、今回の問題は、
遊牧民の文化と農耕民の文化の差異が、根底にあるのかもしれないと思った。

でも、暴力はダメよ。


「イムジン河」

2017年11月22日 14:25



昨夜、
舞台「昭和芸能舎版 パッチギ!」を観てから、
頭のなかをずっと「イムジン河」が鳴っています。

1968年当時、発売自粛・放送禁止だった歌も、
いまは誰でも歌えるし聴くことができますから、
みなさんも、もう一度聴いてみたらいかがでしょう。

いまのような国際情勢だからこそ、聴いてみたら。

それか、
舞台「昭和芸能舎版パッチギ!」をお薦めします。


それにしても、
ザ・フォーク・クルセダーズって、やっぱり凄いですね。

モチロン「イムジン河」もですが、
こんなに多くの魂の震える曲を創ったなんて・・・、フォークルは凄いです。

私のやってきた音楽なんてちっぽけなものだった。
世の中は音楽なんて必要としていないし
・・・なんて。

2002年の、
ザ・フォーク・クルセダーズ 新結成記念 解散音楽會

冒頭の口上で、
「生きる力が湧いてくるような音楽をどしどし創ってゆく所存でございます」
って、加藤さん言ってたじゃん。


「昭和芸能舎版 パッチギ!~東京1968~」

2017年11月21日 23:59

「パッチギ!」

昭和芸能舎 第25回公演 「パッチギ!~東京1968~」

「パッチギ!」といえば、
2005年に公開されて話題となった、あの映画です。

第79回キネマ旬報ベスト・テンで
日本映画部門第1位、井筒和幸監督が「監督賞」、
沢尻エリカが「新人女優賞」を獲得した、あの映画です。

「パッチギ!」は、日本アカデミー賞優秀脚本賞を受賞しましたが、
その脚本を書いたのが、自称・つかこうへいの弟子にして、
“長州”と共に昭和芸能舎を立ち上げた脚本家・羽原大介さんです。

羽原大介さんは、
2007年にも「フラガール」で日本アカデミー賞最優秀脚本賞受賞、
2014年にはNHK連続テレビ小説「マッサン」の脚本を担当しました。

それらすべての作品に“長州”も出演しています。

ということで、
きょうは、その“長州”にチケットを頼んで「昭和芸能舎版 パッチギ!」
友人といっしょに拝見しました。

“長州”というのは、わたしの後輩にして俳優のおいかわいいぞ・・・もとい、
及川いぞうのことであります。

それにしても、
1968年当時「イムジン河」を歌ったザ・フォーク・クルセダーズって、
凄かったんだなぁと思いましたね。

でも、その動機や気持ちは、いまこの時代になってよく解ります。
だからこそ、加藤和彦って人は凄い人だったんだなぁ・・・って。

パッチギ!」観ながら、加藤和彦さんのご冥福を祈ってました。

長州とユリカ


「陸王」

2017年11月20日 17:51

陸王

日曜日の夜が、楽しみになってしまいました。

TBS日曜劇場「陸王」

不本意ながら、泣かされています。

そして、
センパイと、センパイのダンナと、ウコンちゃんの共演。
なんかへんな感じ。

せんぱい

先輩のダンナ

ウコンちゃん

あっ、それにコーハイも。

後輩

それにしても、
アガワさんをキャスティングしたプロデューサーは、good job !

阿川さん



タンメン

2017年11月19日 13:50

きょう、かみさんは同期会があって留守なので、独りで散歩に出ました。


ところで、

大阪に行って、
「きつね」と注文すると「きつねうどん」が出てきます。

「たぬき」と注文すると「きつねそば」が、出てきます。

つまり、
東京でいう「たぬきうどん」、「たぬきそば」は、存在しません。


ことほど左様に、
大阪と東京では、呼び方も内容も違う食べ物があります。

出汁のとり方から、味付けの仕方も様々に違っています。

鰻の蒲焼の、
「さばき方」と「蒸す・蒸さない」「焼き方」の違いなどは有名です。

おむすび(おにぎり)の形も、
東京は、概ね三角形なのに対して、大阪は俵型をしています。

ところてんも、
東京では酢醤油に和からしですが、大阪では黒蜜をかけます。


ということで、散歩しながら、昼食を考えておりましたが、
大阪では、ほとんど食べることのできない物を食べることにしました。

ズバリ! 「タンメン」

大阪では、
「たぬきうどん」や「たぬきそば」だけでなく、「タンメン」も存在しないのだそうです。

ところで、
この店のドンブリはかなり大きいのですが、レンゲが巨大ですから小さく見えます。

タンメン





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