蓋棺事定

2017年10月09日 17:33

昭和39年夏(満7歳)
<1964年(昭和39年)夏>


きょうは「体育の日

1964年(昭和39年)10月10日に行われた、
東京オリンピックの開会式が由来です。
(※2000年からは、10月の第2月曜日)

1964年10月のわたしは、満7歳でした。
(※12月に満8歳)


ことしは、
身内や身内のような人々がつづけて亡くなって、
慌ただしい日々がつづいておりましたので、
ゆっくり想い出したり偲ぶ時間がありませんでした。

きょうは、久しぶりに予定もなくボーッとしています。

6月21日に亡くなったむぅむぅ(義父)は昭和3年生まれ。
8月21日に亡くなった光生軒のおばさんは昭和5年。
9月2日に亡くなった恩師・永曾信夫先生も昭和5年。
10月2日に亡くなった実の父親は昭和4年生まれでした。

映画館経営と演劇の世界で生きたむぅむぅ。
中華料理店を切り盛りして生きたおばさん。
俳優養成を生涯の仕事とした永曾先生。
みかんを豊かさと平和の象徴と位置づけた父。

その仕事や生き方は違っても、共通していたのは、
昭和一桁生まれだったというだけではありません。
「絶対に戦争をしたら駄目だ」と言っていたことです。

その言葉の重みを、直に聴いたわたしたち世代が、
後の世代に確実に伝えてゆかなくてはなりません。


この先、
ゆっくりと、一人ひとりを想い出して偲びたいと思います。

蓋棺事定
わたし自身の評価が下されるその日まで、まだ少し間がありそうですから。



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