おばさん土に還る

2017年09月30日 23:18

柘榴

自身の子、千人を育むために人の子を喰っていた母が、
釈迦に末の子を隠されて半狂乱になってしまったのだそうです。

そこで、釈迦は母に説教をします。

「多くの子がありながら、一人の子がいなくなっただけで、
お前は半狂乱になって嘆き悲しんでいる。それならば、
子を失う親の苦しみが、いか程であるか解るであろう」と諭し、
因って母は三宝に帰依する約束をすると、釈迦が子を返しました。

かくして母は、
仏法の守護神“鬼子母神”となり、安産と子育ての守り神となった。
これが、世に謂う“鬼子母神伝説”なのであります。

そして、
釈迦が鬼子母神を諭した折りに、人を喰う代わりにと言って、
勧めたのが柘榴(ざくろ)だという俗説があります。

その柘榴が、きょうお寺の庭に実っていました。


そして、
本日、滞りなく七七忌法要が営まれ、
光生軒のおばさんは、土に還ってゆきました。

と同時におばさんは、
母や義母と共に鬼子母神になってくれたのだと思っています。

これからは、
鬼子母神として、わたしの子や孫を護ってくれるだろうと思います。

納骨


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もう一人の恩師

2017年09月29日 23:59

むぅむぅ(義父)は
昭和3年生まれで、今年6月21日に亡くなって満89歳でした。

光生軒のおばさんは
昭和5年生まれで、今年8月21日に亡くなって満86歳でした。

恩師・永曾信夫先生も
昭和5年生まれですが、今年9月2日に亡くなり満87歳でした。

昭和一桁の世代がつづきます。

さて、
きょうは、その永曾信夫先生を偲ぶ会の、
有志による第2回目の打ち合わせが行われました。

場所や日程が具体的になってきました。


ところで、
我々には、昭和5年生まれの恩師がもう一人いらっしゃいます。

きょうは、
打ち合わせをしながら、その先生のことをずっと考えていました。

その先生ですが、
今月26日に入院され、きょう正午から腰の手術を受けられました。

手術が可能な体力をお持ちだったのだということと、
演劇評論家、研究者としてのお仕事に前向きな先生でありますから、
ご快復を信じていますが、これから始まるであろうリハビリの日々を、
応援しながら、見守ってゆきたいと思っています。



最大心拍数

2017年09月28日 18:59

心拍

連日、
父に付き添ってくれている妹が父の様子を知らせてくれます。

きょうは、
心拍数:1分間で161回
血圧:117/78
血中酸素濃度:91%
呼吸数:1分間で33回

このところ、ずーっとこんな数値がつづいています。


因みに、
わたしの本日の(安静時)の心拍数は、1分間64回程度です。

その人にとっての限界値の心拍数を最大心拍数といいますが、
一般的に成人では(220-年齢数)なのだそうです。
高齢者の場合は(215-年齢数)だと謂われています。

わたしの場合ですと、220-60=160、
1分間160回が最大心拍数ということになります。

わたしにとって160回の心拍数というのは、
マラソンを走っているようなものでしょう。

つまり、父の心臓はずーっと、
わたしの最大心拍数を打っていることになります。

父は88歳ですから、
215-88=127、本来1分間127回が限界値なのです。

それが、1分間に160回を打ちつづけているというのは、
どういう状態なのでしょう?

しかも、
酸素吸入しても血中酸素濃度は91%しかないのにです。


一見、穏やかに眠っているように見えますが、
身体内で起こっているのは、壮絶な生命の闘いです。



バトンタッチ

2017年09月27日 23:59

劇団若獅子

陸上種目のリレーにおいて、
第一走者から第四走者までの間で、
各距離の違いもありますが、何番走者が一番難しいのでしょう?

第一走者のスタートダッシュだとも思いますが、
カーブでバトンタッチするのも難しそうですし、
最終走者の粘りの走りも難しそうであります。


さて、
澤田正二郎という人がいました。
新国劇の祖と謂われている人であります。

新国劇というジャンルでいうと、この人が第一走者でした。
第二走者は、辰巳柳太郎島田正吾という二人でした。

辰巳柳太郎島田正吾の二人には、
大友柳太朗緒形拳といった第三走者候補がいましたが、
彼らが走ることはありませんでした。

新国劇の祖と謂われる澤田正二郎もまた、
日本の近代演劇の祖と謂われる坪内逍遥を第一走者だとすれば、
松井須磨子と共に芸術座を結成した島村抱月が第二走者であり、
松井須磨子の自死によって断たれた島村抱月の意志を継いだのは、
澤田正二郎だということになるのかもしれません。


そんなルーツをもつ新国劇ですが、
辰巳・島田からのバトンを受け取っていた人がいました。

劇団若獅子を主宰する笠原章さんであります。


きょうは、
かみさんと、その劇団若獅子公演を観に行ってきました。

わたしたちの後輩でもある佐野圭亮さんと、
佐野さんの奥さまであるおおたにまいこさんも出演されていますし、
四代目市川猿之助丈も賛助出演されています。

新国劇でも歌舞伎でも、バトンタッチが一番難しいのかもしれません。



子午線の祀り

2017年09月26日 17:59

地球の中心から延びる一本の直線が、地表の一点に立って空を見上げるあなたの足の裏から頭へ突きぬけてどこまでもどこまでも延びて行き、無限のかなたで天球を貫く一点、天の頂、天頂。

地球を南極から北極へ突き通る地軸の延長線がどこまでもどこまでも延びて行き、無限のかなたで天球を貫く一点、天の北極。

遥かに天の北極をかすめ遥かに天頂をよぎり、大空に跨って目には見えぬ天の子午線が大宇宙の虚空に描く大円を、38万4400キロのかなた、角速度毎時14度30分で月がいま通過するとき月の引力は、あなたの足の裏がいま踏む地表に最も強く作用する。

そのときその足の裏の踏む地表がもし海面であれば、あたりの水はその地点へ向かって引き寄せられやがて盛り上がり、やがてみなぎりわたって満々とひろがりひろがる満ち潮の海面に、あなたはすっくと立っている。



ご存知、木下順二の戯曲、
子午線の祀り」の冒頭のセリフを抜粋しました。

いまは、戯曲を開かなければ思い出せませんが、
以前には諳んじていたセリフです。

なんとも、美しい言葉、セリフなのであります。


さて、
お彼岸の終わるきょう、朝早くに墓参してきました。

たまたま、
この彼岸の入りからきょうまでの彼岸の最中は、
父の主治医が診立ててくださった時間でありました。

しかし、
父の天命は、医者も含めて人知の及ばないところであります。


それにしても、いずれ彼岸から眺めてみれが、
なんと、此岸の出来事の愚かしいことでしょうか。

天からの眼で見れば、
壇ノ浦の源平ほどの大儀もない争いに明け暮れる輩ばかり。

やがて滅ぶまでの、馬鹿騒ぎ。



原風景

2017年09月25日 17:49

コスモス 004

父とわたしが生まれたのは、
「いろどり」という「葉っぱビジネス」で有名になった
徳島県の上勝町に隣接する勝浦川沿いの勝浦町です。

例年この季節になると、
勝浦川の川岸にはコスモスが群生して咲いていました。
山のみかん畑のみかんの実も色着いてきたことでしょう。

川岸に咲く群生したコスモスと色着いてきた山のみかん。
これが、父の原風景なんじゃないかと思います。

コスモスは、「勝浦町の花」です。
みかんは、「勝浦町の木」です。

コスモス 001

故郷(ふるさと)

2017年09月24日 21:00

横瀬の橋

わたしの父は、
歌を歌わない人でしたが、それでも一度だけ歌を聴いた記憶があります。

みかんの収穫を祝って、収穫作業を担ってくださった人たちを慰労する宴席に、
カラオケの器械が置いてあって、一曲歌ってほしいと望まれて歌ったのでした。

それは、「故郷(ふるさと)」でしたが、
完全にテンポが外れてしまって、カラオケの意味を成さなくなっていたのですが、
父の思い入れタップリの歌が、印象に残ったのでした。

兵隊になったときも、興津の試験場で勉強していたときも、
浜松の三方原台地に入植して、開拓者になったときも、
日々みかん園の労働をしていたときも、心のなかで口ずさんでいた歌なのでしょう。

横瀬の町

その父の故郷の写真を、従妹が送ってくれました。
秋のお彼岸で、従妹がお墓参りに行ったときの写真であります。

病床の父に、その写真を見せて、「故郷」を聴かせました。


うさぎ追いし かの山
小鮒釣りし かの川
夢は今も めぐりて、
忘れがたき ふるさと

如何に在ます 父母
つつがなしや 友がき
雨に風に つけても
思い出ずる ふるさと

志を はたして
いつの日にか 帰らん
山は青き ふるさと
水は清き ふるさと


鹿背山神社の鳥居

実家で、彼岸の中日

2017年09月23日 21:55

お彼岸の中日

きょうは、お彼岸の中日。

珍しいことに、
ことしのお彼岸は、実家の墓参りです。
弟家族と共に、お参りしました。

夏の暑さが戻ったような陽気でしたが、
秋の雲が線を引いていました。

みんなが祈ることは唯一つ、・・・安らかに。




贈られた言葉

2017年09月22日 23:59

明日・明後日、
母校の演劇科では、学園祭が行われます。

学園祭では、
毎年、演劇科同窓会が「同窓会の部屋」を設置。
各期の公演資料などを展示したりしてくれています。

きょうは、
かみさんと、同窓会の部屋を準備している執行部の面々の
陣中見舞いに行ってきました。


そこで、
わたしの期が上演した卒業公演のパンフレットを見つけました。

1979年
戯曲:別役実、演出:田中千禾夫 「赤い鳥の居る風景

これが、
演劇科のわたしたちの期の卒業公演でした。

その上演パンフレットに、
恩師お一人おひとりが、学生に贈る言葉を寄稿してくださっていました。

今月2日に急逝された永曾信夫先生が贈ってくださった言葉も載っていました。

様々な取り組みにチャレンジした期だったと、書いてくださっています。


わたしは卒業後、演劇専攻科に昇級して残りました。

その専攻科の終了公演のパンフレットに、
永曾信夫先生が、学生一人ひとりに向けて、言葉を贈ってくださっていました。

不肖の弟子であるわたしは、すっかり忘れていたのですが、
永曾信夫先生の訃報に接して、先生のわたし宛ての言葉を思い出してくれた人がいました。

その文章の中に、
「君は、いつも親父の話をしていた。これからも親父さんの話を思い出してみるように…」
というような内容だったというのです。

きょうは、
そのことを、メールで教えて頂きながら、親父の入院している病院に向かったのでした。




【光生軒のおばさんのお別れの会と偲ぶ会のご案内】

2017年09月21日 17:44

光生軒只今準備中

きょうは、9月21日。

光生軒のおばさんが亡くなられて、きょうで1カ月経ちました。

そこで、
光生軒のおばさんと親しくされていた方々へお知らせです。

光生軒のおばさんの「お別れの会」と「偲ぶ会」を行います。

「お別れの会」
日時:10月7日(土)17時から19時
会場:「光生軒」
どなたでもお参りしていただけるように祭壇を設けます。
尚、お供物・お香典などはご遠慮します。

「偲ぶ会」
日時:同日17時から21時頃まで
会場:「アンカーヒア」
会費:3千円
偲ぶ会に参加ご希望の方は事前に私宛申し込みをお願いします。

お別れの会・偲ぶ会主宰:演劇科12期 三浦秀和(旧姓・日下)
Mail:goodjobcoach@yahoo.co.jp




彼岸の入り

2017年09月20日 18:06

極早生みかん

父は、
このところ、とろみをつけたペースト状の食事だけを摂っていましたが、
医師に、家族が誤嚥に気をつけながら、食事介助をしたいということと、
本人が希望する物を食べさせてあげたいと思っていることを相談しました。

すると、いくつかの条件をクリアーした上で、許可していただきました。

そこで早速、
実家のみかん園で採れた、極早生みかんを弟が持参したところ、
一玉の四分の一を妹に分けて、あとは完食したのだそうです。
しっかり味わって食べていたといいます。

「案ずるより産むが易し」というワケであります。

永井準さんの墓

さて、
自転車で池袋に向かう途中、雑司が谷霊園の中を通ると、友人の眠る墓が在ります。

ちょっと寄り道して、お参り。

きょうは、彼岸の入りです。


ことしも我が家のビールかけ

2017年09月19日 20:28

連覇のビールかけ

9月14日、
DeNA戦に勝ってマジック1が点灯したものの、
阪神対巨人の試合が延長の末に引き分けてM1はおあずけ。

9月15日、
この日は、セ・パともに試合の予定はなく。

9月16日、
対ヤクルト戦を逆転負けして自力優勝はおあずけ。

9月17日、
広島市民球場のヤクルトとの試合が台風18号の影響で中止となり、
2位阪神も甲子園球場で予定されていた中日戦が中止でおあずけ。

そして迎えた、
9月18日、首位広島カープと2位の阪神タイガースの直接対決の試合。

松山が打って先制し、7回裏に同点に追いつかれるも8回表、
バティスタが値千金の一打でリードしたまま阪神を振り切って、
一岡が今季6勝目、広島カープはリーグ優勝を果たしたのでした。

ところで、
長いこと、おあずけを食っていた我が家のビールかけでしたが、
残念乍ら、昨日は息子とかみさんの予定が合わず、おあずけ。

というワケで、
本日、いまや連覇で恒例となりつつある“我が家のビールかけ”であります。




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