乗車拒否

2017年08月20日 23:59

大した話題ではない。


きょう、
夜7時頃、タクシーを止めようとして、
10台以上のタクシーに乗車拒否された。

10台以上だったのだから、
つい見落としたのではないだろう。

なぜ、乗車拒否されたのだろうと考えた。

特別、拒否したくなるような荷物や恰好でもない。

前後にタクシー乗り場が在ったワケでもない。

立っていた場所がバスの停留所の傍だったので、
近くの駅までの客だと思って避けられたのかもしれない。

しかし、
向かう方向なのだから、タクシーにとっては、
好都合の乗客なんじゃないかとも思う。

何故に、乗車拒否?

バブル?


仕方がないから、
バスが来たので、バスに乗った。




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殉愛

2017年08月19日 23:59

「麦秋」

看病中の病院を抜け出して、
西村雄一郎さんの講演を聴きに行きました。

西村雄一郎さんは、元・キネマ旬報社のパリ駐在員で、
現在、佐賀大学で教鞭をとってもいらっしゃる映画評論家です。

先日亡くなったむぅむぅ(義父)を映画の先生と慕ってくださった方です。

その西村さんが、東京で講演会をなさるとお知らせをいただいたので、
かみさんと拝聴しに行ったというワケであります。

演題は、
小津安二郎原節子」~日本映画黄金期の隠された殉愛~

ご講演は、
この度、西村さんが上梓された「殉愛-原節子と小津安二郎-」というご本の内容をベースに
お話しされたものです。

なんでも、推理小説として書いたというだけあって、
ご本の内容も、大変興味深いものです。

殉愛

「八月納涼歌舞伎」第二部

2017年08月18日 23:59

「八月納涼歌舞伎」

病院から、歌舞伎座。

『八月納涼歌舞伎』

第二部
「修禅寺物語」
「歌舞伎座捕物帖」






悔い

2017年08月17日 18:00

このところ、何度も云われることがあります。

「なんで云ってくんなかったのよ・・・」

「云ってくれれば、いくらでもできたのに・・・」

「悔いが残って、死んでも死にきれない!」

これは、
先日、本人の兄上夫婦がお見舞いにいらした際に、
わたしが不用意に云ったことからでした。


本人は、
わたしの母校の門前で中華料理店を経営していました。

わたしが初めて入店したのは40年前です。
演劇科の学生になったからでした。

以来、3年前の夏に閉店するまでの37年間と、
閉店してから今日までのおつきあいであります。

わたしは、勝手に“東京の母”だと思っている人です。


兄上夫婦の前で、わたしはこう云ったのでした。

「長いおつきあいですが、わたしも学生時代や若い頃は演劇なんかやっていたので貧乏でした。お店は、安くて美味いから常連になったのですが、その頃は、当然ながらお金を払って食べていました。でも11年前から5年間学校に教えに行きましたが、そのときに週に一度お昼を食べに行くようになってから閉店するまで、決してお金を払わせてもらえないんですよ。それどころか、賄いのおかずは出てくるは、コーヒーは出てくるは、お菓子や果物まで出てくるんです。それでもお金を払わせてくれなくて、払おうとすると怒られるんですよ。ラーメン代って350円ですよ。わたしが貧乏だったときには受け取って、多少のお金を持てるようになったら受け取らないって、よく解りませんよねぇ」


冗談です。笑い話のつもりでした。
現に、兄上夫婦は大声で笑いながら聴いてくれたのでした。

辛気臭い病室の空気を変えようと思って云ったことですが、
本人にとっては、笑い話ではなかったようです。

以来、「悔いが残る」と繰り返し云うようになりました。

「云ってくれれば、お金なんか受け取らなかったのに・・・」
「いくらでも食べさせてあげられたのに・・・」と云うのです。

これには、こちらが恐縮してしまいました。
若い頃、お金を支払った恨みを云ったのではありません。
冗談ですから、お金を支払うのは当然だったのですから。


云ってくれればって・・・、ねぇ。
貧乏学生が、みんながそんなことを云ったらお店は潰れていましたよ。


送り火

2017年08月16日 20:40

送り火

2017年、平成29年夏、

新盆の送り火。

72回目の終戦記念日

2017年08月15日 17:07

HCUの窓の外

東京大空襲の夜、当時15歳だった少女は、
父方の祖母の葬儀があった秋田県横手の帰り、
奥羽本線に乗って上野に向かう車上にいた。

スイッチバックで登った頂上の峠駅の近くで停車した汽車の車窓から、
遠くの空に燃える東京の火の明るさが見えたのだそうだ。

翌日、
それでも無事、汽車は上野駅に着いた。

上野から浅草を通って吾妻橋を渡り、家の在る下町方向に向かう。

その目で見た下町は焼け野が原であるだけでなく、
焼けただれた人々が無数に横たわり、川はご遺体が筏のように浮いて、
まさに地獄の光景だったのだそうだ。

やはり家は焼け落ちていた。

それから5年、戦後に亀戸に家を建てるまでの間、
親戚を転々とする生活がつづいた。

8月15日は、
転校した横手で、女学校の同級生たちと共に、講堂で玉音放送を聴いた。
天皇陛下のお言葉は、解らなかったらしい。


きょうは、「終戦記念日

「いや、敗戦記念日だ」という人もいる。


「終戦記念日」は、日本が連合国に降伏した日じゃない。

降伏したのは、
ポツダム宣言による降伏文書に調印した9月2日。

「終戦記念日」とは、
「戦争をやめる」と天皇が国民に向かって宣言した日だ。


あのときの少女は、いまHCUの病室にいる。
あれから、72回目の「終戦記念日」
病室の外は、雨が降っている。


※一部内容にわたしの勘違いがあったので、8月17日文章を訂正しました。

秋雨前線

2017年08月14日 22:40

秋雨前線

夜10時30分、雑司が谷は大雨。

豊島区全体に大雨。


天気予報によると、
秋雨前線の影響で、明日も一日雨らしい。

秋雨前線? 明日は、終戦記念日だぞ!



新盆

2017年08月13日 17:45

迎え火

去年、迎え火を焚いたときには、
今年、むぅむぅ(義父)に迎え火を焚くことになると考えなかった。


迎え火を焚いていたら、足を蚊に刺された。

これも生きているからこそだ。死んだら、蚊に刺されることもないのだ。
そんな他愛のないことを思った。


今年は、新盆だから、
仏壇から位牌を全て出して、むぅむぅの部屋に置いた。

なにかやっぱり、
新仏が帰ってくるところは、この部屋だろうという気がする。

新盆

インフォームドコンセント

2017年08月12日 23:59

インフォームドコンセント

インフォームドコンセント。

この言葉は、どの病院にも掲げられています。

しかし、
それを実践しているかというと、その限りではありません。

でも、
それを踏まえた病院があることも事実です。


かつて、
コーチ仲間だった大学病院の教授が、この病院にいます。

その所為かしら?




「君の名は。」

2017年08月11日 17:59

「君の名は.」

「君の名は。」を、観ました。


真知子と春樹は登場しません。

この物語の主人公は、
三葉(みつは)と瀧(たき)という現代の高校生です。

三葉は、岐阜の山奥に住む女子高生、
瀧は、東京都心に住む男子高校生です。


物語は、
この二人の身体が、時々入れ替わるという出来事から始まります。
しかし、二人は会ったこともないのでした。

・・・まだ会ったことのない君を、探している・・・

云ってみれば、或る意味で“赤い糸の物語”でしょう。

亡くなる前に、
むぅむぅ(義父)が、観たいと云っていた映画でした。


ところで、わたしは、
見えない 赤い糸 を手繰り寄せるというより、
見つけた人の指に 赤い糸 を括り付けるタイプですけぇ。

括り付けた糸は切れませんけぇ。



実家の朝

2017年08月10日 21:22

田舎の朝

朝5時には、目覚めていた。

網戸を通して、風が入ってくる。


朝5時半を過ぎた頃、外で音がする。

弟たちが、働き出した。


計五ヵ所、
約8ヘクタールにみかん農園を増やした。
10ヘクタールまでは増やすのだそうだ。

11月に着工して、今年中には、
新規事業のブルーベリーの温室が完成する予定だ。



墓参りと帰省

2017年08月09日 23:59

墓参り


午前中に病院に行って、
まだ済ませていなかった「入院の手続き」を代行。


東京駅14時03分発、15時31分浜松駅に到着。

遠州鉄道に乗って、浜北駅で降りる。

駅前からタクシーに乗って、
岩水寺の墓所で、母の墓参り。

随分と久しぶりの墓参り。

前回墓参りしたときから、きょうまでの間に、
いろいろなことがあった。

母と長話したいが、タクシーを待たせている。

再びタクシーに乗って、都田の実家に向かう。

実家に着くと、
デイサービスから父が帰宅したところだった。


仏壇に掌を合わせる。

その仏壇に、
妹が贈ったらしいスポーツドリンクが並べて置いてある・・・。

供えずに、飲みなさいよ!






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