長い夏

2017年07月31日 16:00

7月31日長い夏


きょうで、ことしの7月が終わります。


あしたから、8月。


ことしの夏は、長い夏です。




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シビリアン・コントロール

2017年07月30日 20:49

わたしは、間違いのないことだと思っているのですが、
南スーダンの国連平和維持活動(PKO)に派遣されていた
陸上自衛隊の部隊が作成した日報は“保存”されていたはずです。

もし、破棄されたとしたら、それこそ“大問題”ではないでしょうか?

そもそも、一昨年2015年9月17日、
従来の政府は「集団的自衛権の行使」は憲法に反すると解釈していた
内閣法制局の見解があったのに、その内閣法制局長官を交代させて、
野党が「憲法違反の戦争法」と呼ぶ「「集団的自衛権」を認めてしまい、
駆けつけ警護」を含む「安全保障関連法案」を強行採決したのでした。

強行採決

その任務を命令された自衛隊が、日報を破棄すると思いますか?

自衛隊の平和維持活動という性格上、
現地隊員の安全を守るために一部“非公開”にする場合があることは、
理解できます。しかし、棄てちゃうワケないでしょ?


今回辞任した防衛大臣は、この法案が強行採決されたときには、
まだ防衛大臣ではありませんでした。

しかし、政務調査会長という党の重職に就いていた人物であります。

「日報は破棄した」という報告を受けたときに、
何故「そんなワケはない」と思わなかったのでしょう。
いや、そう思ったに違いないと、わたしは思います。

自衛隊の陸上幕僚長は、
日報の存在を非公表とした方針の決定に関与した責任をとって辞任しました。

この人物は、
日航機123便墜落事故のときに部隊を指揮したことで有名だそうで、
人望も厚く「武人」とか「武士(もののふ)」と形容する人もいるようですが、
今回行ったことは、自主的か命令により受動的に行ったかは別として、
“隠蔽に加担した”ワケですから、辞任するのは当然でしょう。

シビリアン・コントロールという観点からみれば、
自主的に隠蔽したのならコントロールが利いていないことになり、
命令されて隠蔽したのなら利いていたことになるワケですが、
いずれの場合も“国民のため”に行動したというよりは、
“国民からの批判を避けるため”と、政府の立場を“忖度した”からでしょう。

しかし、
一番やってられないのは、“戦闘状態”の中にいた現地の自衛官たちです。

戦闘状態の危険な中に身を置いて任務を遂行しようとしていたのに、
“無かった事”にされちゃったのですから。


「八月納涼歌舞伎」

2017年07月29日 19:06

「八月納涼歌舞伎」

一昨日27日に歌舞伎座が千穐楽を迎え、
昨日からは、8月のお稽古が始まりました。

一日もお休みがありません。

そんな市川弘太郎は、来月も歌舞伎座に出演いたします。


歌舞伎座「八月納涼歌舞伎」

出演いたしますのは、第二部
戸部和久 脚本
市川猿之助 脚本・演出
東海道中膝栗毛
「歌舞伎座捕物帖(こびきちょうなぞときばなし)」

ご存知弥次さん喜多さんが、
歌舞伎座でアルバイトしていて巻き込まれた大事件、
さて、なにが起こるか、お楽しみ!


そして、第三部
坂口安吾 原作
野田秀樹 作・演出
野田版 「桜の森の満開の下(さくらのもりのまんかいのした)」

坂口安吾の代表作
桜の森の満開の下」と「夜長姫と耳男」をベースにした、
野田・歌舞伎版「桜の森の満開の下」なのでありますが、
あの坂口安吾の独特の世界観が、どう歌舞伎に昇華するのか、
こちらもまた楽しみなのであります。


2017年「八月納涼歌舞伎」 ←クリックして大

「ゴールデン街青春酔歌」

2017年07月28日 23:59

「ゴールデン街青春酔歌」

財務省に土地を8億円値引きしてもらった大阪の学校法人問題や、
官邸に特別に取り計らってもらって認可を得た愛媛の学校法人問題、
それらの問題で、連日コメントを求められテレビに出演していらっしゃる
元・文部科学省の官僚だった寺脇研さん。

実は、寺脇研さんと先日亡くなったむぅむぅ(義父)は、
むかしからの知り合いでした。

最初は、
映画館主と文芸坐の映画ファンという関係だったのでしょうが、
その後も、いろいろとお世話になりました。

きょうは、お悔やみを頂戴したこともあって、
寺脇研さんが、企画・プロデュースされたという
ゴールデン街青春酔歌」を、かみさんと観に行ってきました。


舞台は、
ゴールデン街の一角に在るBAR「ヴォルテール」

戦後25年の1970年、
大阪万博のあったその年に高校3年生だった“若者たち”と、
いまや戦後72年経つ現代の若者たちが繰り広げる
酔客同士のバトルを通して、なにが見えてくるのか・・・。


但し、
その“若者たち”が来店する20分前から、
常連客の寺脇研さんと一見さんの松尾貴史さんのトークがありました。

なんでも、
きょうの昼は、ジャーナリストの青木理さんがご来店だったとか、
きのうは、官房長官との“相性がよい”東京新聞の望月衣塑子記者、
そしてサプライズで来店したのは、元・文部科学省事務次官にして、
現在時の人である、前川喜平さんがご来店だったのだそうです。

それにしても、
日本映画評論家、韓国映画評論家、落語評論家、
京都造形芸術大学芸術学部マンガ学科教授、
テレビのコメンテーター、そして、今回の演劇プロデューサーと、
多才で多彩な顔をもつ寺脇研さんであります。

流石、人間としての“ゆとり”を感じるのであります。



略奪不倫疑惑

2017年07月27日 17:52

略奪不倫疑惑

週刊新潮は、きょう発売で~す!


このところ、
連日、見苦しい閉会中審査中継を見ていましたが、
きょうは、また見苦しいモノを見ることになりました。

そうしましたら、こんな声が聞こえてきました。


自称政界事情通氏
「この記事が出たんで、与党の議員たちが怒ってるんだ」

野次馬氏
「そうなの?でも、こんなの珍しい話じゃないよね?」

自称政界事情通氏
「だから、一回生議員のくせに生意気だって」

野次馬氏
「そこかい!」

自称政界事情通氏
「魔の二回生にもなってないのに、まだ早すぎるって言うんだな」

野次馬氏
「スピード違反ね・・・」








「夢のあとさき」

2017年07月26日 22:30

「夢のあとさき -帰郷祈願碑とわたし-」

兎に角、興味深く、おもしろくて、一気に読みました。

誤解を畏れずに言えば、
一種、著者の歴史ミステリーの謎解きに同行しているような気分になりました。

しかし、
著者は、ミステリーハンターを気取るような気軽な生易しい旅をしたのではなく、
それは、彼女がミッションを感じた、慰霊と巡礼の旅のようなものだったでしょう。


さて、
このご本を、まだお読みになっていない向きも多くいらっしゃるでしょうから、
所謂ネタバレしないように、わたしの視点を少なめに記したいと思います。

まず、
この本を読み終えて、あらためてこの本のタイトルに注目しました。

タイトルは「夢のあとさき -帰郷祈願碑とわたし-

このご本は、
まさに著者が見た「夢」から始まっています。
それは眠っていて見た不思議な「夢」です。

では、
「夢のあとさき」の「あとさき」とはなんのことでしょう?

「あとさき」は漢字だと「後先」の筈ですが、本来なら「物事の前後」という意味です。
この場合、素直に解釈すれば、「夢を見た前後」という意味になります。

「物事の前後」という意味では「先後(せんご)」という言葉もありますが、
「夢の先後(せんご)」では語呂がよくありませんよね。


何故、そんなことに拘るのかというと、
引っかかったのは、なぜ「あとさき」を平仮名にしたのかという著者の意図でした。

「後先(あとさき)」は、
この本に記された内容からすれば、朝鮮と日本の歴史を指していると思われます。

「先(前)」とは、朝鮮が日本に併合され“日本であった時代”に起きた様々なこと。

「後」とは、著者が夢を見た後の、
現在に至るまでの経緯と、まだ解決を見ない難しい二か国間の様々な状況。

しかし、
著者は、多分「さき」に、二か国の「この先(未来)」の意味をこめたのではないでしょうか?
「さき」にかかる言葉は「夢」です。その「夢」は眠って見る「夢」ではなく「希望」のことでしょう。

それにしても、
これは大変に貴重な記録であり、執筆にはとても勇気が必要だったことでしょう。
特に芸能人は歴史や政治に物申すなという風土の国では尚更です。

今後、
この本を、韓国・日本、すべての読者が真摯に読んでくださることに期待しています。



位牌

2017年07月25日 18:00

位牌

新しく位牌を作りました。

むぅむぅ(義父)は、キリスト教式で葬儀・告別式を行いましたが、
生前に法名(浄土真宗では戒名ではなく法名)を授かっており、
いずれ菩提寺の墓に納骨し、仏式で法要を営むつもりです。

位牌は、仏壇が狭く3基までしか安置できません。
現在は、祖父母と母の位牌の3基が安置されています。

祖父は僧籍があったので、祖母といっしょにはできません。
したがって、義母とむぅむぅの位牌をいっしょにしたのです。

その、
二人合わせた位牌が出来上がり、引き取りに行ってきました。


誤解を畏れずに言えば、
これでやっと“ホッとした”ような気がしています。

義母と義父の法名が並んだ位牌を見て、
“よかったなぁ”と、思っています。



矢の根

2017年07月24日 18:02

CIMG3729.jpg

久しぶりの観劇でした。
しかも、歌舞伎は何か月ぶりだったでしょうか?


今月の歌舞伎座は、チケットが取れません。
特に、夜の部のチケット入手は困難です。

そこで、一幕見ならと、
朝7時半頃から3時間並んで昼の部の「矢の根」のチケットを確保しました。

かみさんと、息子の舞台を観るのも久しぶりでした。


むぅむぅ(義父)は、
もう歌舞伎を観ることも出来ないんだなぁ・・・と思ったり、
義母といっしょに、天上席から観ているだろうと、思ったり。



TOKYO FULA FESTA in IKEBUKURO 2017

2017年07月23日 23:00

TOKYOフラフェスタ2017

2017年「東京フラフェスタin池袋

ことしも、
かみさんが生徒さんたちと、出場しました。


当初は、
人前で踊ること自体が新鮮だった生徒さんたちです。

しかし、毎年このフラフェスタの舞台で踊り、
ハワイのフェスティバルに参加するのも恒例になりました。

そんな生徒さんたちにとっては、
来月予定されているL.A でのワークショップへの参加や、
10月に行われるコンペに、興味が集中しているようです。


ところで、
池袋のフラフェスタも規模が大きくなりすぎましたね。

会場が増え、観客動員数も増えているのでしょうが、
賑やかになっただけで、そのコンセプトが解りません。

賑やかなだけでは、“お祭り”とは言えません。
真ん中に、“なにか”が必要なのです。


でも、
わたしにとっては、それでもいいのです。

かみさんが踊れば、
気の置けないともだちが集まってきてくれますから。

CIMG3725.jpg



月命日

2017年07月22日 20:04

夕食


月命日

きのうは、むぅむぅ(義父)の月命日。

きょうは、小林麻央さんの月命日。

なんとか、
息子も海老蔵さんと勸玄クンも元気で、
今月の歌舞伎座の舞台を相勤めているようです。


しかし、
この一ヶ月間、わたしは呆けたように過ごしました。

ボーっとするわ、物事は忘れるわ、集中できないわ、
むぅむぅが、去年の5月、要介護状態になったときから、
2ヶ月入院し、在宅介護・看護を経て亡くなるまでのことが、
頭の中をグルグル回っているばかりで、先に進めません。

それで、
料理を作るのですが・・・、
考え事ばかりしていて、作り過ぎています。



牛丼

2017年07月21日 16:59

牛丼

久しぶりに、牛丼を食べました。


去年は、
むぅむぅ(義父)と映画館に行った帰り、
必ずいっしょに此処の牛丼を食べました。

むぅむぅは、
いつも、牛丼と生たまごを注文しました。

わたしも、食事するのは速いほうですが、
むぅむぅも、ほぼ同時に食べ終わるのでした。


ところで、
牛丼店といえば、いまから40年近く前に、
この牛丼のチェーン店を運営する会社は、
一度、倒産したことがあります。

そして、むぅむぅの親友で、
我が家の顧問弁護士を務めてくださっていた
M岡さんが亡くなったのは昨夏のことでしたが、
その倒産した牛丼の会社の更生管財人を引き受け、
その会社を再生させたのがM岡さんだったのです。

当時、経営者たちと管財人M岡さんの出合いは、
“奇跡の出逢いと再生”と謂われたのでした。


今頃は、
あの世で、二人して牛丼を注文しているかしら?
「オレ、生たまごつけてね」なんてね・・・。

ありきたりな想像をしてしまいました。




百貨店という恐竜

2017年07月20日 18:30

オリジナルの贈答品を作り、名簿を渡して発送してもらいたいと思って、
先日、或るデパートの担当者を呼んで相談しました。

しかし、
他の既成商品を薦められるわ、オリジナル商品を入れる箱がないと言われるわ、
対応がむずかしいわで、自分でメーカーを探し、作って発送してもらうことにしました。

オリジナルといっても、巷にはいくらでもあるような品物です。
デパートだと、なぜ対応できないのでしょう?


そもそも、
デパートは、百貨店と言っていた時代がありました。

“ゆりかご”から“墓場”まで、なんでも売っている“百貨”の店、
それが“百貨店”、そう謂われたことがありました。

日本では1904年に三越呉服店(越後屋)が、
デパートメントストア宣言をしたのがデパートの始まりだと謂われています。

以来、
百貨店は、それぞれの時代の消費をリードしてきました。
日本では、高度経済成長を経て人々の生活が豊かになる一方で、
華やかなファッション、高級商品、素材の優れた物、趣味の良い物など、
人々の消費意欲をそそる商品が次々に並び、消費されたのでした。

しかし、いまでは、
大手量販店やディスカウントショップやインターネットの無店舗販売など
様々な流通形態が登場する中で、百貨店業界も生き残りを懸けています。


そんな時代に、
“オリジナル商品を作って発送することくらい”
の事に対応できなくて生き残れるでしょうか?

生き残れるとしたら、差別化を図るということでしょう。

買い物を演出する。ライフスタイルを提案する。
豊富な品揃えと、多様な商品を提供する。
様々なニーズに対応できる仕組みづくりをする。
いろいろあります。

デパートは、
店舗もシステムも巨大になりすぎたのでしょうか?
それでは、大きくなりすぎて絶滅した恐竜のようなものです。

三越の前身である越後屋は、掛け売りが当たり前であった時代に
“現金掛け値なし”という画期的な販売方法を考案し、現金商売を始めました。

いまのデパートも、その当時の小売店の発想に立ち返ったらどうでしょうか。




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