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レッドカード

2017年07月19日 18:32

そもそも、
去年7月8日に起こった大統領派軍と副大統領派軍との間の銃撃戦、
最初の“戦闘”で100人が死傷し、南スーダンは再び内戦状態へ逆戻りしました。

国際協力機構(JICA)の関係者ら在留邦人47人も退避し、
日本大使館員のうち4名も自衛隊機で近隣国のジブチへと避難しました。

南スーダンに踏み止まった大使を含む日本大使館員も、
ジュバの大使館では身の安全を図れないと判断して陸上自衛隊の宿営地へ駆け込み、
“戦闘状態”が終息するまで同宿営地で宿泊を続けたのだそうです。

この時、国連の平和維持活動に参加していた中国人隊員2名が殺害されました。
また、5名が重軽傷を負いました。

まずこの事態を記録した、
南スーダンPKO(国連平和維持活動)活動の日報についての情報公開請求を受け、
「陸上自衛隊のなかにはなく、破棄していた」と返答していたのですが、
今年1月ごろまで陸上自衛隊の中でも日報が保管されていたことが分かりました。

その日誌に、7月8日のことが“戦闘”と記録されていた点を指摘された防衛大臣は、
「一般的な辞書的な意味で戦闘という言葉を使ったと推測している。
法的な意味の戦闘行為ではない。武力衝突だ」との見解を示したのでした。

更に、陸上自衛隊の中で日誌が保管されていた事実を非公表とする方針を、
大臣は、ことし2月の防衛省最高幹部による緊急会議で防衛省幹部から伝えられ、
そのことを了承していたことが明らかになりました。

防衛省・自衛隊の組織的隠蔽を、防衛大臣が容認していたとすれば、
大問題中の大問題でしょ!?

戦闘を武力衝突と言い換え、有ったものを、無くしたことにし、その事実を隠蔽し、
ウソまでついたのです。

なぜか?

戦争しちゃいけないからですよ。
行かせてはいけない所に自衛隊員を送り込んだからです。

戦場にいた自衛隊員はたまったものではありませんよね。
そのご家族やご友人のご心配なお気持ちを考えるだけで、
防衛大臣や、その人を任命した首相に対する怒りがわいてきます。

これ、レッドカードですよね。
でも、これで何枚目のレッドカードですか?



生き証人

2017年07月18日 17:24

日野原重明さんのご冥福を祈ります。


いつかは、“この日”を迎えるものですね。
日野原重明さんも人間ですから。

しかし、
「医者の不養生」という言葉がありますが、
ご健康でご長命だったことは称賛に値するでしょう。

日野原重明さんのご子息の奥さまとは、
コーチ仲間として、昔いっしょに活動したことがあります。

そのとき、お嫁さんから見たお義父さんの生活ぶりを、
伺ったことがありますが、大変に興味深いものでした。


それにしても、
日野原重明という人には、医療・健康分野だけでなく、
わたしたちは、多くのことを教えられ、学びました。

戦中・戦後の体験、
なかでも東京大空襲の教訓から得た病院施設への投資。

その結果が、
不幸にも地下鉄サリン事件で発揮されたことは有名です。

わたしたちは、
また一人、戦争の生き証人を失ったのです。

戦後70年 私の中の戦争 ~著名人たちの“8月15日”~
私の中の戦争 医師 日野原重明さん ~救えなかった命への誓い~




ポツダム会談

2017年07月17日 18:15



深夜、
ケーブルテレビのチャンネルで、「日本のいちばん長い日」を観ました。
半藤一利原作、原田眞人監督作品です。

役所広司さんが、阿南惟幾陸軍大臣を、
本木雅弘さんが、昭和天皇を、
山崎努さんが、鈴木貫太郎首相を演じ、
先日亡くなられた中嶋しゅうさんが、東条英機元首相を演じています。


72年前の7月17日。

1945年7月17日から8月2日の間、
イタリアとドイツが降伏して以降、連合国側の戦後処理構想を話し合う会談が、
アメリカのトルーマン大統領・イギリスのチャーチル首相・ソ連のスターリン書記長
という三者(途中で首相を辞任したチャーチルに代わってアトリー首相が後に参加)によって、
ベルリン郊外のポツダムで行われたのでした。

会談は、ドイツの戦後処理についてと、
日本に対する“無条件降伏勧告”と“戦後処理方針”について話し合われました。

そして、この会談期間中の7月26日、
日本に対して、無条件降伏の勧告である「ポツダム宣言」が出されたのでした。

さて、
その7月26日から8月15日までの間の20日間、
日本は、「ポツダム宣言受諾して和平」か「戦争継続して本土決戦」か、
軍人が、政治家が、日本人が、御聖断と国体護持、そしてクーデターの狭間で苦悩した、
日本で一番長い二十日間であったかもしれません。


ところで、1945年7月17日、ポツダム会談の初日、
トルーマンチャーチルの下に、或るメモが届けられました。

メモには、アメリカが原子爆弾の実験に成功させたと書いてありました。
チャーチルトルーマンは、これで日本を降伏させられると確信したそうです。




夫婦どっちが先に逝くべきか

2017年07月16日 18:37

小室山

やすらぎの郷の住人である三人は、この山を背にして、よく釣りを楽しんでいます。
この山を、小学4年生だったわたしは見上げて暮らしていたことがあります。


ところで、先週の「やすらぎの郷」は、涙を誘いました。

主人公・菊村栄(石坂浩二)は、
やすらぎの郷に入居しているテレビ界を支えた裏方の一人、
元・美術職人の茅野やん(伊藤初雄)と50年ぶりの再会をします。

懐かしい時代の会話を交わした茅野やんですが、
共にテレビ創成期を過ごしたタイムキーパーのカメコ(長内美那子)と結婚。
夫婦揃ってやすらぎの郷に入居したのだそうですが、
カメコはがんを患い、余命数日の状態だというのです。

カメコの病室を訪ねた菊村は、かつて茅野やんの下で働いて修行した、
今は舞台美術の大御所として活躍する兄やん(村田雄浩)と再会します。
茅野やんの弟子たちが、むかし世話になったお礼にと、
カメコが大好きだった昔のドラマの美術を別室に再現しています。
カメコは朦朧とする意識の中で電飾の星空を眺めながら、
中島みゆきの「ファイト!」を小さな声で口ずさむのでした。

カメコの通夜が、やすらぎの郷のゲストハウスで営まれました。
棺は、茅野やんが育てた大道具製作のベテランたちによる手作り。
簡素ながらやさしさにあふれる裏方たちの弔いに、
菊村たち弔問客は胸を締め付けられるのでした。

最愛の妻を看取った茅野やんは、翌朝カメコの後を追うようにこの世を去ります。
葬儀はカメコとの合同葬となり、二人の魂はカメコが亡くなる直前まで口ずさんでいた、
中島みゆきの「ファイト!」の大合唱で見送られたのでした。

死んだ茅野やんが、菊村に生前こう云っていました。

ずっと考えてたんだよね。夫婦どっちが先に逝くべきかって・・・。

長いことオレずっとさ、絶対先に逝きたいと思ってたんだよね。だってそうでしょ?
かみさんに先に逝かれちまって、オレ独りこっちに遺されちまったらさ、
オレ淋しくてとても生きていく自信なんてないもん。

だけどさ、或る日突然考えが変わったのね。
オレが先に死んだら、あいつ独りでどうやって生きていくんだろうって・・・。
先に逝く方と遺される方、どっちが辛いだろうって想像するとさ、
遺される方が絶対辛いよね。 じゃオレ、辛い方を引き受けてやろうって、
あいつが死ぬとき手を握ってやって、辛いその後を引き受けてやろうって、
男の方が強いはずだしさ、そのくらい男が引き受けるべきだって・・・。

茅野やんの気持ちが痛いほど解ります。
むぅむぅ(義父)も、その辛さ引き受けたんですよね・・・。


さて、やすらぎの郷の住人たちが釣りを楽しんでしる海の景色は、
わたしが小学5年まで眺めていた風景です。

川奈の海

千田先生の誕生日に

2017年07月15日 04:44

7月15日は、
恩師・千田是也先生のお誕生日であります。

生きていらしたら、ことしで113歳。
その先生が19歳のときに、関東大震災が起こりました。

千田是也(せんだこれや)、本名伊藤圀夫。
ホントは、(せんだこれなり)だそうですが、(せんだこれや)が定着しています。

関東大震災のあとの混乱の最中、
千駄ヶ谷で朝鮮人に間違われて殺されそうになった経験があり、
千駄ヶ谷でコレアンの意味から千田是也と名付けたというのが定説です。

でも、
これは笑い話ではありません。
当時、自警団、自称自警団などによって殺された多くの朝鮮の人たちや、
朝鮮人と間違われて殺された日本人が何十人もいたのだそうです。

千田先生は、自戒をこめて、
自分は被害者ではなく、加害者だったかもしれないとおっしゃっています。


最近、
わたしが、高校1年生のときに、もしこの人の芝居を観なかったら、
確実に、わたしはいま此処に居ないという、俳優・米倉斉加年さんが、
1979年、モランボンのコマーシャルに出演したときの逸話を知りました。

いまでは信じられないことですが、
当時、モランボンのコマーシャルは、何度となく放送局から拒否され、
朝鮮企業のコマーシャルに出演してくれる俳優を探すのも困難でした。

その米倉さんが、朝鮮風の衣裳を着てコマーシャルに出演すると、
その後、メディアやテレビの仕事が全く無くなったのだそうです。

そして、
その影響は、米倉さんのお子さんにも及んだといいます。

学校で「チョーセンジン」と言って虐められたお子さんが、
「ねぇお父さん、私は朝鮮人なの?」と尋ねたのだそうです。
その時、米倉さんは「そうだ、朝鮮人だ、朝鮮人で何が悪い?」
と言ったといいます。

それは、
クレージーキャッツ植木等さんの父親・植木徹誠さんが、
「自分は部落民ではないと思うことが、すでに部落差別なんだ」
と言ったというエピソードをも思い起こさせます。

そんな人たちと同じように、人道に基づいて活動をしている、
共に千田是也の弟子である友人が本を出版するというので、
早速予約注文しました。

「夢のあとさき 帰郷祈願碑とわたし」
「夢のあとさき 帰郷祈願碑とわたし」



夜の熱中症対策

2017年07月14日 17:56

西日

ワイドショーの受け売りですが、
就寝時の熱中症対策として、冷房や扇風機の活用が大事だそうです。

熱中症は、室温28℃以上がレッドラインなのだそうです。

ですから就寝中は、
“冷房を止めたりタイマーを使用することは危険”なのだそうです。

そこで、
冷房をつけたまま寝る方法をレクチャーしてもらいました。


まず、
冷房の温度設定は、25℃~27℃で適温と感じる温度にします。
冷房の風を身体に直接当てないようにします。
その意味で、扇風機の風はエアコンの吹き出し口に向けて、
風を拡散させるといいようです。

お腹から下に掛け布団を掛け、靴下は履かないほうがよいそうです。
掛け布団から腕は出していたほうがいいそうです。

コップ1杯の水分を補給してから寝ると喉が痛くなりにくいのだそうです。

この情報のポイントは、
就寝中に“冷房が止まるのは危険”だということです。


日中に太陽によって暖められた建物の壁は、
室内の冷房によって、内側から熱伝導を止めているワケですが、
室内で冷房を止めてしまうと、壁に蓄積されていた放射熱によって、
室内の温度が上昇し、眠っている間の熱中症リスクが高まるのです。

また、
エアコンをこまめににつけたり消したりするよりも、
一定温度をキープしてつけておく方が経済的だという研究もあるようです。


気骨の人

2017年07月13日 23:59

先日亡くなったむぅむぅ(義父)の遺品を整理していたら、
Tさんから頂戴した年賀状が、大事に仕舞われていました。

Tさんというのは、
わたしより4歳年上で、元文部省・文化庁の官僚にして、
映画評論家、落語評論家という異色の肩書きを持つ人ですが、
官僚時代にはゆとり教育政策の“顔”を担ったことで有名です。

それ故に批判され、
学力低下の権化の如く批難されているTさんなのでありますが、
未だに自説を曲げていない信念の人なのであります。


そのTさんと、
生前、大変親しくお付き合いさせていただいていたむぅむぅですが、
文芸坐がクローズしてから、いろいろと相談に乗って頂いていた
時期がありました。

そこで、
Facebookのメッセンジャーを使って、生前の御礼を伝えるとともに、
“友達申請”をさせていただきましたところ、快くご承認いただきました。

そして、文芸坐は、
「私たち日本映画ファンの本拠地でした」と言ってくださいました。

現在進行中の、
学校法人問題のコメントや解説に興味を持ちながら、
気骨ある元・官僚Tさんの活躍に期待する、わたしたち家族なのでした。



ウンザリ

2017年07月12日 19:28

このところ、
或る夫婦喧嘩を、繰り返しワイドショーが放送しています。

夫婦は、ともに芸能人です。

ですから、知名度はあるワケですが、
所詮、夫婦間の、よくある出来事といえるでしょう。

しかし、
その喧嘩の仕方が、いささか常軌を逸しています。

妻が夫をSNSや動画サイトを使って誹謗中傷し、
夫は沈黙をつづけています。

離婚に向けて、調停を起こそうとしているようです。


みなさんは、この夫婦喧嘩や離婚調停にご興味ありますか?
わたしは、興味がありませんし、テレビで見たくありません。

「このハゲー!」とか、「違うだろー!」とか、「こんな人たちに・・・」とか、
見たくも聞きたくもないものを、テレビで繰り返し見せられ・聞かされて、
ウンザリして食傷気味であります。

行年と享年

2017年07月11日 23:59

位牌を作るので、仏壇店に行ってきました。

仏壇が狭いので、3基までしか安置できません。
現在、祖父母それぞれと母の位牌の3基が安置されています。

祖父は僧籍があったので、祖母といっしょにはできないのだそうです。
そこで、母と先日亡くなった父の位牌をいっしょにしようと思っています。


ところで、
行年」と「享年」、「数え年」と「満年齢」の違いをご存知ですか?

これらは、それぞれ微妙に違う考え方をします。

お位牌やお墓に描くのも、

享年であったり、行年であったり、満年齢であったり、さまざまなのだそうです。

お墓でも、統一されていない場合があるのだとか。

我が家は、
お寺の過去帳に倣うことにします。



違うだろー!

2017年07月10日 17:19

車の運転中でした。

閉会中審査の様子が車中テレビから聴こえてきました。


質問に立った、与党議員が冒頭にこう言いました。

「言った、言わないとか、まぁその手の話が多いワケで、
実は国民が知りたいのは、この政策が本当に正しかったのか、どうなのか、
国民の為になるのか、ならないのか、そこら辺りの議論をこれから残された間に
是非させていただきたいと、思います」

「違うだろーーーー!!!」

某議員のように、叫んでしまいました。


そうじゃないんですよ!

言ったのか、言わなかったのか、忖度したのか、しなかったのかですよ、
国民が、まず知りたいことは。




こんな人たち

2017年07月09日 23:59

法案の中身も解らず、役人をプロンプターにして答弁し、
終いには凶暴なやり方で共謀して法案を通した法務大臣。

ここに書くことも憚られる暴言と暴力を秘書に浴びせて、
品性と信用と支持者も失ったであろう与党の国会議員。

疑惑の渦中にある学校法人から、落選中に報酬を受け取り、
当選後も名誉客員教授として兼職していたにもかかわらず、
その届けを出していなかった上に、自身のブログに総理と共に
バーベキューを楽しむ様子を写した写真を掲載していながら、
学校法人の理事長とは親しくはないと言ったりしている、
総理の御意向の伝達者である内閣官房副長官。

学校法人への国有地売却問題の国会答弁で事実確認をせず、
記録は残っていないとウソをついて資料の提出を拒み続けた
忖度の達人でもあるであろう財務省の理財局長を、こともあろうに
国税庁長官に据える人事を発表し、国民の納税意欲を失わせた
財務大臣。

都議選の与党候補者の応援演説の際、
「防衛省、自衛隊、防衛大臣、自民党としてお願いしたい」と発言し、
過去の問題発言、問題行動の上をゆく問題発言を極めた防衛大臣。

文科大臣在任中に学校法人の秘書室長から現金200万円を受け取った、
と報じられた、前都連会長。

こうしてあげつらってみると、枚挙にいとまがありませんが、極め付けは、
都議選の演説で「こんな人たちに敗けるわけにはいかないんです」と云った
この国の総理大臣でしょうか?

選挙妨害を容認するワケではありませんが、
こんな発言をする総理大臣を容認することもできないのであります。

こうしてみると、政治家の“劣化”が際立っているように思います。
“こんな人たち”に政治をやらせているのは、“どんな人たち”でしょう?

自戒をこめて。



労い

2017年07月08日 23:59

労い


旧知の、

カメラマンをやっている某氏と、
馴染みの店で、ビールを呷る。

労ってもらって、

・・・酔いが早い。







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