「エデンの東」

2017年01月31日 17:59

昨日上映した文芸坐三浦館の映画は、
アメリカの作家・ジョン・スタインベックの小説を映画化した「怒りの葡萄」でした。

「怒りの葡萄」

主演は“アメリカの良心”ヘンリー・フォンダ
監督は黒澤明が師と仰いだジョン・フォードです。

ヨーロッパからの移民たちが開拓したオクラホマの土地を、
農業の大規模な機械化と干ばつと嵐が襲い、
零細農家の農民たちは夢のカリフォルニアへの移住を目指し、
困難な旅をつづけるうち、家族が次第に散りぢりになってゆく物語。

モーゼが虐げられたユダヤ人たちを連れてエジプトから脱出する
旧約聖書の「出エジプト紀」をベースにした物語だと謂われています。

内戦のシリアから脱出し、ヨーロッパへ逃げる難民の人々や、
アメリカに入国しようとする南米ヒスパニックの人たち、そして、
そんな人々をつくりだすシステムと、その人々を搾取しようとする人たち。

怒りの葡萄」は、
いまでも世界中で起こっていることとピッタリ重ね合わせることができますが、
いま国中に壁を作っている大統領のご先祖も、そうした移民だったワケです。


さて、
文芸坐三浦館、1月最後の日の上映は、ジョン・スタインベック繋がりということで、
昨日につづいて、ジョン・スタインベックの小説が原作の「エデンの東」であります。

「エデンの東」

監督は、巨匠エリア・カザン、主演はジェームス・ディーン
1955年(昭和30年)公開のアメリカ映画であります。

こちらも、
旧約聖書アダムとイヴの息子たちカインとアベルの物語をを基にしています。

ところで、
“エデンの東”って、何処のことでしょうか?

それは、
わたしの家庭であり、貴方のご家庭のことかもしれませんね。



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博多座「二月花形歌舞伎」

2017年01月30日 17:59

2017年博多座「二月花形歌舞伎」

息子は、
2月3日に初日を迎える、
福岡・博多座「二月花形歌舞伎」公演に向かいました。

博多座「二月花形歌舞伎」公演

昼の部は、
男の花道」と、新作舞踊「艶姿澤瀉祭」の二本立て。

夜の部は、
雪之丞変化


男の花道」は、
1941年(昭和16年)に公開され大ヒットした長谷川一夫主演の同名映画
小國英雄脚本、マキノ雅弘監督)を舞台化した作品であります。

江戸時代の人気女方加賀谷歌右衛門と、医師・土生玄碩の友情の物語です。

雪之丞変化」は、
主人公は、人気女方の中村雪之丞。
幼い頃、長崎奉行と悪徳商人の画策で父は濡れ衣を着せられて自害、
その復讐を誓う雪之丞の妖しく美しい冒険活劇が、スリリングに描かれます。

男の花道」も、「雪之丞変化」も、
長谷川一夫主演で映画化され舞台化された、
戦前戦後を通して大衆の絶大な支持を集めた名作です。

市川猿之助さんが、
今回、どちらの作品の主人公でもある“人気女方”を演じ、
客演される平岳大さんが、そのお相手を勤められます。

息子は、
今朝、むぅむぅ(義父)の部屋を訪れ、むぅむぅの足を念入りにマッサージしてから、
「じゃあ、行ってきます。また帰ってきたらね」と挨拶して、出掛けてゆきました。


「或る夜の出来事」

2017年01月29日 17:25

「或る夜の出来事」

本日の文芸坐三浦館の上映は、It Happened One Night.・・・
或る夜の出来事」1934年公開のアメリカ映画であります。

むぅむぅ(義父)は、「戦争の前に観た」と云うのですが・・・、
日本初公開もアメリカと同じ1934年(昭和9年)だそうで、そのときむぅむぅはまだ6歳です。


ところで、昨日上映の「ローマの休日」は、
男女が出会って恋をする或る一日の出来事でしたが、恋が成就することはありませんでした。

しかし、
きょうの「或る夜の出来事」は、
或る夜出会った男女が恋をして、別れちゃうのかと思ったら、恋が成就するお話であります。

映画館としては、
この「ローマの休日」と「或る夜の出来事」の二本立てが面白いかもしれません。


さて、「或る夜の出来事」は、アカデミー賞主要5部門でノミネートされ、
作品賞、監督賞、主演男優賞、主演女優賞、脚色賞の主要5部門を受賞しました。

製作は、フランク・キャプラハリー・コーン
監督は、フランク・キャプラ
脚本は、ロバート・リスキン
主演は、クラーク・ゲーブルクローデット・コルベール

このアカデミー賞主要5部門受賞という記録は、
1975年に「カッコーの巣の上で」が主要5部門受賞するまで破られてはいません。

1939年の「風と共に去りぬ」でさえ、主要4部門です。
もっとも、逃した主演男優賞の候補者が、
受賞すれば二度目となるクラーク・ゲーブルだったからかもしれませんがね。

兎に角、
アカデミー賞主要5部門受賞は、「或る夜の出来事」と「カッコーの巣の上で」、
この2作品だけが達成した快挙なのであります。


それにしても、
ローマの休日」の主人公も「或る夜の出来事」の主人公も“新聞記者”なのですが、
新聞記者は、なぜ或る日突然恋をするのでしょう?


「ローマの休日」

2017年01月28日 17:14

毎日、恐縮です。

きょうの「文芸坐三浦館」の上映は、「ローマの休日」であります。

「ローマの休日」

1953年、
アメリカで製作されたウィリアム・ワイラー製作・監督作品です。

ローマを訪問した王女の役には、ご存知オードリー・ヘプバーン
王女がローマの街で出逢った新聞記者役は、グレゴリー・ペック

ローマの街を背景に、たった一日の男女の出会いと恋と別れを描いた、
世界的に評価の高い名作です。

ローマの休日」によって、
無名だったオードリー・ヘプバーンがアデミー最優秀主演女優賞を受賞し、
一躍人気女優になり、正にシンデレラストーリーを地でゆきました。

オードリー・ヘプバーンのファッションや髪型も流行ったそうですよね。

それに、
ローマの街が観光地として注目されるようになったのだそうです。
みんな、ジェラートを食べ、「真実の口」に手をツッコむようになったようですよ。


さて、
きょうの東京はよく晴れて、比較的気温も緩みました。

むぅむぅ(義父)にとっても、
ローマの休日」を観て過ごす、穏やかな“休日”になりました。


ところで・・・、

ローマの休日」といえば、
桂文珍さんの「老婆の休日」もお薦めですよ。

ただし、
現在介護している者にとっては、身につまされます。

それでも、
大いに笑わせてもらって、解放されます。


「七人の侍」

2017年01月27日 18:22

「七人の侍」

むぅむぅ(義父)のための「文芸坐・三浦館」、
本日の上映は、ご存知「七人の侍」であります。

黒澤明監督の代表作にして、日本映画界の至宝であります。

ハラハラ、ドキドキ、ワクワクの映画が大好きなむぅむぅにとっては、
ビタミン剤のような映画であります。

七人の侍」・・・、
迫力、スケール、豪華、リアリティー、ダイナミズム、
どのような形容詞を使っても陳腐なほど、凄い、いや、スゲェー映画。


ところで、わたしが「七人の侍」を初めて観たのは、
1975年(昭和50年)の秋、映画館は「テアトル東京」でした。

その年の夏に上京したわたしは、
仕事帰りに「生きる」を観て以来、黒澤映画に夢中になってしまい、
黒澤映画を観るために、、毎日仕事帰りに映画館に通っていました。

閉館した「ル テアトル銀座」は、元の名を「銀座セゾン劇場」といいましたが、
その前身は「テアトル東京」という映画館でした。

七人の侍」は、
20年振りのニュープリントオリジナル全長版と銘打たれ話題でした。

そのときの感想ですが、
21年前に創られたとは思えない戦国時代が、そこに現れたようでした。


さて、「七人の侍」では、七人の侍?が活躍しますが、
志村喬演じる侍リーダーの「勘兵衛」をはじめ、
三船敏郎演じる「菊千代」、木村功演じる「勝四郎」、稲葉義男演じる「五郎兵衛」
加東大介演じる「七郎次」、千秋実演じる「平八」、宮口精二演じる「久蔵」の七人です。


そういえば、
1982年(昭和57年)に志村喬さんがお亡くなりになったのですが、
わたしは、生前に志村喬さんにご挨拶したことがあります。

それは、六本木通りの歩道でのことでしたが、
前方からご夫婦で歩いてこられる志村喬さんに気づいたわたしは、
思わず、その場に立ち尽くしてしまい、深々と頭を下げたのでした。
すると、それに気づかれたご夫婦は静かに返礼してくださいました。

わたしの貴重な体験です。

その志村喬さんが亡くなられたとき気づいたことがありました。

志村喬さんが亡くなられたとき、
既に加藤大介さん、木村功さんは亡くなられていましたが、
このお三人は「七人の侍」で生き残った三人の侍なのです。

その時点では、
七人の侍」で討ち死にしてしまう四人の侍を演じた方々は生きておられました。

七人の侍」で最初に死んでしまう「平八」を演じた千秋実さんが、
七人の中で、一番最後まで生きておられたのでした。


「秋日和」

2017年01月26日 18:28

きょうも、
むぅむぅ(義父)のための、「文芸坐・三浦館」が開館しました。

上映したのは、まず「東京物語」であります。

東京物語」といえば、
小津安二郎監督の名を不動のものにした代表作であります。

この「東京物語」、
原節子さんがヒロインの「紀子」という役名で登場しますが、その前に公開された
晩春」と「麦秋」の「紀子」も原節子さんが演じたヒロインの名です。

したがって、
小津安二郎監督が頂点を極めようという上り調子の時期の
晩春(1949年公開)」と「麦秋(1951年)」、
そして代表作の「東京物語(1953年)」をもって、
「紀子三部作」と呼ぶのだそうであります。


ところで、
以前にも、このブログに記したことですが、

「紀子三部作」のタイトルになった「晩春」とは4月から5月にかけて、
麦秋」というのは“麦”の字が使われていますが、初夏のことです。

ですから、春から夏にかけての季節をタイトルにしているのですが、
晩春」のラストシーンは、主人公が独りでリンゴを剥いている重要なシーンです。

麦秋」の場合は、
主人公が踏切で路傍に腰かけて見上げた空にうろこ雲が映っています。

東京物語」にも、
やはりうろこ雲が現われます。

つまり、
タイトルが指すのは“春”だったとしても、物語に描かれているのは、
“夏の終わり”、つまり“秋”なのではないかと、わたしは思うのです。

モチロン、
リンゴはほぼ一年中流通しているでしょうが収穫期は秋ですし、
うろこ雲だって、秋でなくても現れることがある雲なのですが、
「リンゴ」も「うろこ雲(いわし雲)」も、秋の季語ですからね。

そうだとすれば、
「紀子三部作」というのは、“人生の秋を描いた作品群”だと理解できます。
しかし、ホントはどういう意図があったのかは判りません。


因みに、
むぅむぅに「小津映画は、どの作品が一番好きですか?」と訊いてみました。

すると、
秋日和」と応えましたので、二本目の上映は「秋日和(1960年公開)」にしました。

小津映画は、やっぱり“秋”ですワ。

「秋日和」


「駅馬車」

2017年01月25日 18:39

きょう、むぅむぅ(義父)は、
午前中に映画「荒野の決闘」を観ました。

午後には「駅馬車」を観ました。

ジョン・フォードの二本立てであります。

我ながら、よい組み合わせだったと思います。


荒野の決闘」は、
西部劇でも芸術的な作品であります。
詩情に溢れた映像美と静かな描写が印象的です。

一方

駅馬車」は、
徹底したエンターテイメント作品であります。
ハラハラドキドキ手に汗握る活劇で、音楽がその映像を盛り上げます。

静の「荒野の決闘」、動の「駅馬車」といったところでしょうか。

むぅむぅは、
映画の中で一番のお気に入りが「駅馬車」なのであります。

むぅむぅは、
駅馬車」が日本で公開された1940年(昭和15年)に観ているのであります。
そのときの印象が強く残っているのだそうです。
そのとき、むぅむぅは12歳だったのであります。太平洋戦争の前のことです。

そのせいか、
世界中の多くの映画を観て生きてきたむぅむぅでありますが、
個人的には、概ねエンターテイメント物が好きなようです。

むぅむぅは、
ハラハラ、ドキドキ、ワクワク、ゲラゲラの映画が大好きなんであります。

きのう、
むぅむぅが退院してきてから、わたしたちもハラハラ・ドキドキなんでありますが・・・。

「駅馬車」



退院

2017年01月24日 18:57

きょう午後2時、
むぅむぅ(義父)は、病院を退院しました。

緊急入院して、61日経っての退院です。
約2ヶ月間の入院でした。


さっそく、
自宅の部屋に酸素吸入の機械が搬入されました。
点滴用の可動式スタンドも入りました。
転落防止用に、介護ベットの手すりを増やしました。

訪問看護師さんが来てくださいました。
脈拍、血圧、体温、血中酸素濃度を測定し、
聴診器で胸など調べてくださいました。

担当の介護ヘルパーの皆さんがご挨拶に来てくださいました。

訪問診療の医師が診察に来てくださいました。
看護師さんと同じく、血圧など測っていただき、
点滴を行い、血液検査用の採血を行いました。


わたしからは、むぅむぅに、
いずれ栄養を摂るための処置をする旨説明し、同意を得ました。

栄養を摂るための処置とは、
中心静脈栄養」という療法です。

それは“処置”とは言っても、“小手術”だそうです。
手術前に再入院して手術を受けることになります。

いまは点滴だけですが、
中心静脈栄養」で、心臓近くの血管まで高濃度の栄養を送ることができます。

併せて、
今後、経口で少しずつ食べるリハビリも行うつもりです。

さぁ、いよいよ在宅医療・在宅介護の始まりです。

自宅の部屋に戻ったむぅむぅは、
映画「アパートの鍵貸します」を観ています。



批判

2017年01月23日 23:59

中学生だった頃、
星座占いの本を読んで、自分が射手座だと知りました。

その射手座の性格についての説明を読みました。

射手座の矢は、
どこまでもまっすぐに飛ぶ正義の矢だというようなことが書いてありました。
しかし、その矢が飛ぶと、周りを傷つけてしまうことがあるとも書いてあったと
記憶しています。


さて、
医師と病院に対する不信感があって、
むぅむぅ(義父)を退院させたいと、病院側に申し入れていました。

そこで、
きょうは、退院に向けてのカンファレンスを行っていただきました。

参加したのは、
主治医は参加させず、その上司である医長と、看護師長と、
病院の退院支援担当看護師と、病院の医事課の担当者と、
訪問診療を担当する外部の医師とわたしたち夫婦です。

医長からは、
入院してからの検査結果と診断とその経緯について説明があり、
主治医をはじめとした病院の対応に関して謝罪がありました。

訪問診療を担当する医師からは、
今後の治療や処置に関する選択肢について説明を受けました。

そこで、
明日退院し、在宅で看護・介護をする体制を整えようと思います。
しかし、今後の経過を見極めながら、栄養を摂るための処置は、
転院せず、この病院に再入院して行っていただくことを決めました。

この結果が出るまで、
何度もなんども、病院側に抗議し説明を繰り返してきました。

お一人おひとりは、
「なるほど!」と頷きながらも、なかなか事は進捗しませんでした。

こちらに話したことが、あちらに通じていなかったり、
あちらに話したことが、こちらでは誤解されていたり、
コミュニケーションの基本的な齟齬があちこちで起きました。

それでもわたしたちは、
辛抱強く、相手が替わるたびに一から丁寧に説明したのでした。
すべては、“悔いを残したくなかった”からです。

こうして、
きょうやっと一つの結果が出て、事が進捗をみたのです。

しかし、
わたしたちの抗議は、ひとつ間違えば批判のための批判、
クレームをつけたいからのクレーム、場合によっては、
“いじめ”ともとられかねなかったでしょう。

その意味では、
わたしたちの主旨が、病院側に正しく理解されたと思ってホッとしています。


ところで蛇足ですが、
横浜の教育長の発言が批判されています。

その批判の主旨は、わたしも皆さんとほぼ同感なのですが、
その批判が、“いじめ”にならないことを、切に願っています。




おしゃべり

2017年01月22日 23:59

また、
「摂食・嚥下機能障がい」のことで、
少々思いついたことを書きます。

「摂食・嚥下(えんげ)機能」とは、
歯、唇、口の中、舌、軟口蓋、喉頭蓋、喉などの、
物を食うときに関係するすべての機能を指します。

ということは、
それらの機能を再び高めるために出来ることは、
少しでも、それらの部分を鍛えることと見つけました。

歯を鍛えるのは、今更むずかしいとして、
唇や口の中、舌はどうでしょう?

意外に、鍛える方法はあるのではないでしょうか?

そこで思いついたのが、例えば、「早口言葉」・・・、
或いは「朗読」・・・、それでもダメなら「おしゃべり」、
どうしてもダメなら、「歌」はどうかしら?

兎に角、口を使うのです。

気がついてみたら、
一日中人としゃべらなかったという人がいるものです。
特に男性の場合は、そんなことが顕著のようですよね。

一日中黙っていたら、
そりゃあ、声もでなくなりますし、嚥下機能も落ちちゃいますよね。

意外に、
平均寿命の男女差は、そんなところに原因があるのかもしれません。


笹乃雪

2017年01月21日 23:40

笹乃雪

第111代天皇に後西天皇という方がいらしたのだそうです。

その第6皇子である貴宮秀憲親王は、
出家して僧籍に入り法親王となられ、公弁法親王と申されました。

公弁法親王は、
毘沙門堂門跡、日光東照宮輪王寺門跡、上野の寛永寺貫首、東叡山輪王寺門跡、
そして、比叡山延暦寺天台座主を兼任された高僧です。

その公弁法親王が、
元禄3年(1690年)、東叡山輪王寺門跡に就任し関東に下向されました。

そのときに、
公弁法親王の御供をして京から江戸に下って来た玉屋忠兵衛という人がいます。

その玉屋忠兵衛が、
世に謂う“絹ごし豆富(豆腐)”を発明した人なんだそうです。


きょうは、
その初代玉屋忠兵衛が開いたという根岸のお豆富(豆腐)のお店に行ってきました。

お豆富(豆腐)のお店といっても、“お豆腐屋さん”ではありません。
根岸に在る、豆富料理店「笹乃雪」です。

きょうは、この「笹乃雪」で、息子の後援会の新年会が催され、
舞台がある大広間で、息子が「供奴」を披露させていただきました。

後援会の新年会

ところで、
「笹乃雪」という屋号は、
初代玉屋忠兵衛が創った豆富をことのほか好まれた公弁法親王が、
「笹の上に積もりし雪の如き美しさよ」と賞賛されたことが基だそうです。
その時賜ったという看板は、現在でも店内に掲げてありました。

看板

さて、
そのお豆富ですが、「笹乃雪」では豆腐が「豆富」と記されています。それは、
80年ほど前の9代目当主が料理店に「腐る」という字はふさわしくない思い、
それが理由で、以来「豆富」と記すようになったということです。

その豆富、
いまでも、井戸水とにがりを使用した昔乍らの製法で作られているそうです。

ところで、
元禄15年12月14日(1703年1月30日)に赤穂浪士の吉良邸討ち入り事件が起こりました。
世に謂う赤穂事件ですが、大石内蔵助以下17人が討ち入り後に預けられた細川家の屋敷に、
公弁法親王から「笹乃雪」の豆富が義士たちに届けられたのだそうです。

将軍綱吉に、四十七士の切腹を進言したと謂われている公弁法親王ですが、
一方で、義士に対する心遣いをみせたというエピソードであります。

よくも悪しくも、赤穂浪士が行った主君の仇を討つという行為は、
その後の日本人のメンタリティーに大きな影響を及ぼしたのでした。

その背景には、公弁法親王「笹乃雪」の豆富の存在があったということです。

ところで、
討ち入った元禄15年12月14日は、いまの1月30日ということなんですが、
その後しばらくは寒い時季がつづいていたことでしょう。
大石内蔵助さんたちは、豆富を湯豆富にして食べたんでしょうかしら?



摂食・嚥下障がい

2017年01月20日 23:59

食物を口に入れて、噛んで、飲み込んで、胃の中に流し込むという、
この一連のことを、専門用語では「摂食・嚥下(えんげ)」といいます。
この一連の機能に障がいがあるのが「摂食・嚥下障がい」です。

病院のリハビリテーション科の先生から、
2時間にわたって、「摂食・嚥下障がい」についてのレクチャーを受けました。

摂食・嚥下障がい」についての、
「メカニズム」、「タイプ」、「介助方法」、「調理方法」、「関連食品」、「関連器具」、
などについてです。


ところで、
摂食・嚥下」といいますが、要するに人間が“物を食う”ということは、
生きものとして、最も基本的なことであります。

そんな大事なことですが、
それについて身体が、どのような構造になっていて、どう機能しているか、
ご存知でしょうか?

CIMG2834.jpg

健常な場合、
人は食べ物を口に入れ、噛んで細かくし、舌などを使って口のなかまとめて、
喉に流し込むと、鼻腔に通じている軟口蓋(なんこうがい)を閉じて、
肺に通じている気管を喉頭蓋(こうとうがい)が塞ぎます。
このタイミングで、所謂「ゴックン」と食べ物が食道に飲み込まれるのです。

では、
摂食・嚥下障がい」は、どのような障がいなのかを簡単に説明します。

簡単に云えば、食べるための「歯」、「舌」、「軟口蓋」、「喉頭蓋」、「喉」などが、
その機能を働かせられなくなっているという障がいです。

上手く噛めない。上手く舌が動かない。上手く軟口蓋が閉じない、
上手く喉頭蓋が気管を塞ぐことができない、などです。

それは、多くの場合加齢によって起こる機能障がいだそうです。

その機能障がいで、最も怖いのは食べ物が気管に入ってしまう誤嚥(ごえん)です。
誤嚥が起こると、食べ物が気管を塞ぎ呼吸困難になります。
また、気管から肺に達すると誤嚥性の肺炎を起こすこともあります。

通常でしたら、食べ物が気管に入ってしまうと嚥下反射といって、
むせたり咳をして気管から異物を外に出そうとするのですが、
高齢者の場合には、嚥下反射が起きにくくなっていますので、
むせることがない無自覚な不顕性誤嚥(ふけんせいごえん)が起きることもあります。

こんなデータがあります。
75歳以上の高齢者は9割以上が肺炎で亡くなるのだそうですが、
その多くが、誤嚥性肺炎が原因で亡くなるのだといいます。

また、65歳以上の方のうち96%が誤嚥性肺炎が原因で亡くなっている、
というデータもあるそうです。


さて、
げに恐ろしきは「誤嚥性肺炎」でありますが、
この「摂食・嚥下障がい」が始まる平均年齢は、いくつだと思いますか?

55歳だそうです。

そう、もう始まっちゃってるんですよ。

嚥下





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