自慢の“こどもたち”

2016年10月31日 18:12

由良早生

きょうで10月も終わり、明日から11月ですね。

みかんも、
極早生(最も早く採れた)みかんから、普通の早生みかんが流通し、
やがて、年越し前後に旬を迎える中生みかんが採れ始める頃です。

そして、
年末には、年明け以降3月頃まで食べられる貯蔵用みかんを採り、
収穫作業を終えます。

早生みかんは、旬の香りと瑞々しさが、
中生みかんは、甘さと酸味のバランスが、
晩生みかんは、醸成された濃い甘さが、魅力です。

いずれのみかんも、年内に収穫するのですが、
春先に肥料を与え、3月に枝を剪定して、4月には発芽、
5月に花を咲かせ、実ったら夏の間は摘果、その間にも、
病害虫対策は間断なく行われます。

そして、10月になって極早生の収穫が始まるというワケ。

謂わば、
収穫や貯蔵、そして出荷は、一年間の作業の最終段階です。

ですから、
収穫作業のときに、誤って実を傷つけてしまったり、
運搬作業や貯蔵のときに、実をゾンザイに扱ったり、
出荷作業で実を丁寧に扱わなかったりすると、
むかしは、親父のカミナリが落ちました。

それはそうでしょ?

みかんの実の一つひとつが、
一年間かけて、大事に育てた“こども”のような存在ですから。

親父は、
どこに出しても恥ずかしくない。
ダレが食べても満足してもらえる。
自慢の“こどもたち”だと思って作っていました。

ですから、
親父にとっては、TPPなんか怖くはなかったでしょう。


ところで、
浜松の実家のみかんが、「Why Juice?」のジュースに使われているのだそうです。 ・・Why?

片山みかん
スポンサーサイト

認知症と運転

2016年10月30日 23:59

10月28日、横浜市内で、軽トラックが小学生の列に突っ込み、
小学1年生の男の子が死亡し、7人が重軽傷を負った事故で、
87歳の運転手の男性の供述が二転三転していることなどから、
警察が認知症の検査をする方針を固めたという報道がありました。

ところで、
ちょうど1年前の10月30日のブログにも、同様のテーマを記しました。

一年前の10月28日にも、宮崎市内で痛ましい事故が起きました。
認知症を患っているとみられる73歳の男性が運転する軽乗用車が、
歩道上を約700メートル暴走し、歩行者2名が死亡したほか、
軽乗用車の73歳の男性運転手を含む5人が重軽傷を負ったのでした。

この軽乗用車の記録などから、この車は28日に鹿児島を出たあと、
最短距離で宮崎に向かわずに、様々な場所を走り回っていたことや、
事故直後に男性は「今、どこにいるのか判らない」と話していたといいます。

今回、横浜市内で起きた事故の容疑者も、
「なぜ現場を走っていたのか判らない」と話しているのだそうですが、
事故前日に家を出て、都内や神奈川県内を夜通し走っていたらしいことも、
事故現場に至るまでの経路が説明できないことも、宮崎の事故と似ています。


さて、
よく、認知症と老化によるもの忘れとは違うと云います。

我が家のむぅむぅ(義父)も、半年前から介護が必要な状態になりましたが、
病院で認知症の検査をしましたら、認知症ではないという診断をもらいました。

横浜の事故を起こした容疑者も、免許更新の際に認知症の検査を受けていて、
“問題はない”と判定されていたといいます。

認知症は、記憶障がい見当識障がい(時間・場所・人物などが判らない障がい)、
認知機能障がい(計算能力の低下・判断力低下、失語・失認・失行・実行機能障がい)
などの障がいが起こる症状を指します。

所謂、アルツハイマー病なども認知症に含まれる一形態ですが、
認知症といっても、いろいろなタイプがあり、人によって様々な症状を呈します。

むぅむぅは、確かに認知症の検査では認知症のカテゴリーに該当しないのでしょうが、
記憶障がい見当識障がい認知機能障がいがあることも事実ですし、
脳の前頭葉の萎縮がみられることも判っています。

免許更新制度は、
何年かに一度運転免許の更新手続きを課して、膨大な手数料を得ているのですから、
認知症であるかどうかだけではなく、車を運転する適性の有無については、
老化現象だけにかかわらず、もっと厳重に調べていただきたいと思います。


堪忍袋の緒が切れる

2016年10月29日 23:59

<独り言>

当節、ちと目に余り聞くに堪えないこと甚だしく、堪忍袋の緒が切れそうだ。

10月27日、
国連総会第1(軍縮)委員会が採択した核兵器禁止条約交渉の開始を求める決議案に、
我が国は反対した。

“唯一の被爆国”という日本独自の立場を顧みることなく、主張することなく、
アメリカ合衆国への配慮か、“核の傘”に守られてきた後ろめたさからなのか、
核兵器保有国と非保有国との“橋渡し役”などという偽善的な立場をとって、
訳アリ顔で反対理由を述べる厚顔無恥を世界に披露した。

この選択が、どれだけ被爆者を失望させることなのか、貶めることになるか、
どうして、判っていなかったのだろうか? いや、そもそも解っていないのだ。

被爆者を広島を長崎を裏切ろうと、沖縄を踏み躙ろうと、
それにも勝る国益があるのだと、本気で思っているからなのだ。

二十歳にも満たない純粋な若者たちを信じ込ませ、思いこませて、
敵に向かって自爆することを命じたときにも、若者の命にも勝る国益があると
本気で思っていたのと、基本的には同じだ。

全ての責任は天皇にあると、皇居で天皇に向かってパチンコ玉を撃った男がいたが、
むかしは、そんな極端な体験者が大勢いたのだが、いまや、その世代は絶えようとしている。

天皇の責任を問う者から、国体を護持しようとする者まで幅が広かった。
しかし、それらの人々のほとんどが死線をくぐった経験をした体験者たちだった。
抑留された者、特攻隊の生き残り、南方からの帰還者、空襲体験者、
それら一人ひとりの意見には、それだけの悲惨な体験が裏打ちされていたのだ。

パチンコ玉で狙われた昭和天皇も、27日に薨去された三笠宮崇仁親王殿下も、
“聖戦”や“正義”という言葉に粉飾された“戦争の実態”をよくご存じであった。
以来、天皇家の人々が国の安寧と国際平和に貢献されていることは周知だ。
相応しいかどうかは判らないが、ノーベル平和賞受賞にも該当すると思う。

そのノーベル賞(文学)がボブ・ディランに与えられることを世界の人々が称えるなら、
その世界の多くの国が採択した核兵器禁止条約交渉の開始を求める決議案に、
なぜ我が国が“反対”しなければならないのか・・・?

中国に行って経済援助を引き出し、我が国へ来て経済と軍事援助を貰って帰った、
かの国の大統領の二枚舌外交の方が、はるかに可愛らしい。


一年前のおみくじ

2016年10月28日 23:59

おみくじ

おみくじを引きました。

でもコレ、一年前に引いたおみくじであります。

きょうは、この一年間を振り返りつつ、
一年前に引いたおみくじと照らし合わせてみようと思った次第です。

但し、詳細は記しません。


「破改重成望」 今までのことは改めて、別に願い望むことよろしい。
「前途慶亦寧」 ゆく先によろこびごとあるなり。
「貴人相助處」 目上の人より助けを得て、いよいよ力を得るなり。
「禄馬照前程」 官位・知行も、我が思うままに満つるなり。

○願望叶うべし
○病人本復す
○失せ物出る
○待ち人来る
○家づくり引っ越しよし
○旅立ちよし
○嫁とり、婿とり、人を抱える、よろずよし


ところで、
おみくじというのは、神仏の御託宣であります。

したがって、
そもそも当るの当たらないのを言うべきものではありません。

おみくじというのは、
謂わば神仏からのメッセージが記されたものであります。
そこに記されたメッセージを、どう受けとるかは、その人次第。
それをどう考え、どう行動するかも、その人次第であります。

神仏が、どうにかしてくださるというものではないのであります。

聞けば、かのフィリピン国の大統領も、
神の御託宣に従って“暴言”をやめるというではありませんか。


ところで、この一年を振り返ってみましたら、
おみくじに記されていた内容に“該当”したことが多かったですよ。

畏るべし。


のべつ幕無しゲーム

2016年10月27日 23:59

それみたことか!

残念ながら、そう云いたい気分であります。

昨日、愛知県一宮市の交差点で小学4年生の男の子がトラックにはねられました。
男の子は死亡したのだそうですが、調べに対してそのトラックを運転していた男が、
「ポケモンGOをしながら運転していた」と供述していることが判明したということです。


味噌も糞も同じにするなと謂われるかもしれませんが、あえて言わせていただくなら、
猫も杓子も、のべつ幕無しゲームに現を抜かす現状を、わたしは異常だと思います。

電車に乗ってみれば、全体の半分以上の人たちが携帯を見つめ、なにかやっています。
みれば、そのほとんどの人々が、なんらかのゲームをやっているのです。

何気なく見ていると、テレビのコマーシャルでも、ゲームのコマーシャルが増えました。

むかしから、
囲碁や将棋や麻雀に凝っている人はいました。お芝居や落語にもそんな話がございます。
いまでも、パチンコやパチスロにはまっている人はいるでしょう。
しかし、それらには必然的にTPOがあるワケで、ある時間に其処に行かなければ
遊ぶことができないゲームであるワケですが、いまは“ゲームを携帯”できるのです。

何時でも、何処でも、日常茶飯事、のべつ幕無しなのであります。
コレ、やっぱり異常なことじゃないでしょうかしらね?

暑いさ中、車中に子供を置いたままパチンコに興じて子供を死なせてしまった、
という愚かな親がニュースになってから久しいのですが、それは、
親がワルイのであってパチンコがワルイのではないという論法がありました。

それは確かにそうですが、
いまは、のべつ幕無しゲームの時代です。

ゲームがワルイのではないと言って、
何時でも何処でも興じられるゲームを野放しにしておいてよいのでしょうか?



日本シリーズ第4戦

2016年10月26日 21:34

広島東洋カープが、ことし、セントラル・リーグ優勝を果たしたときに、
我が家の風呂場でビールかけをした親子が、きょうはアウェイの札幌に乗り込みました。

ビールかけ

日本シリーズの第1戦・第2戦を広島で勝ち、日本ハムの本拠地に乗り込んだ広島東洋カープ

昨日行われた日本シリーズ第3戦は、
惜しくもサヨナラ負けを喫し、日ハムに大手をかけることができませんでした。

さて第4戦、きょうここで勝てば大手です。

ところで、
25年ぶりの日本シリーズ出場の希少チケットを運よくゲットしたかみさんでしたが、
当然、ビジター席は3塁側だと思って希望したのでした。ところが豈図らんや、
札幌ドーム球場は、3塁側がホームチーム側(日ハム)だったのであります。

周りがアウェイ一色のなかで、さぞや肩身が狭いかと思いきや、考えてみれば、
そんな周りを気にするような、軟な広島カープファンの親子じゃありません。
完全アウェイの中で、必死に応援する掛け声と歓声が聞こえるようであります。

ところで、
博多座十一月花形歌舞伎「石川五右衛門」のお稽古が、明日から始まります。

博多座十一月花形歌舞伎「石川五右衛門」


俳優の孤独

2016年10月25日 23:59

<独り言>

俳優とは、“孤独”な職業なのかもしれない。

架空の人を演じ、仮初めの人生を送りながら、
舞台上の実体でありながら、観客の心のなかでしか生きられない存在。

戯曲と演出によって舞台上に創り出され、
観客や社会や時代という光を当てられなければ、存在意味すらない陰。

そんな俳優という仕事を職業にした人は、孤独だろうと思う。

自身より、自身の人生より、
架空の人間や人生のほうが優先する営みのなかで生きるのだから。

だから、
或る意味で、俳優にとって“孤独”は必然であり、必要な要素なのかもしれない。


さて、
きのうも書いたように、平幹二朗さんが亡くなられました。

平幹二朗さんとは、
わたしが観客であったという以上のお付き合いはありませんでしたが、
学生時代の友人が、平さんが離婚された直後に元・奥様のお手伝いをしていまして、
その関係から、元・奥様や双子のお子さんたちのことを聞いたことがありました。

折しも、
その友人は、心臓の手術をしたので、この2ヶ月間ほど入院しているようです。
もうじき退院できるようですが、この訃報をどのような感慨をもって受け止めたでしょう?

平さんと元・奥様とが離婚されて32年が経っています。
共に、再婚はされないまま、お二人とも俳優一筋に生きてこられました。

どれほど、淋しい時間を過ごされたことでしょうか?
どれほど、“孤独”な夜を繰り返されたことでしょうか?
しかし、その孤独感こそが俳優としてのエネルギー源だったのかもしれません。
だとすれば、それは俳優として幸せなことだったのかもしれません。

そして、
平さんは、湯船に浸かって穏やかに眠っているようだったといいます。
その最期を見つけられたのは、俳優になられた息子さんでした。

そのこともまた、お幸せなことだったのではないでしょうか。


奇しくも、平さんの息子さんとうちの息子は、
「スーパー歌舞伎IIワンピース」で共演させていただいたご縁があります。



最後に観た平幹二朗さんのお芝居

2016年10月24日 18:22

黄昏にロマンス

忘れもしません。
ちょうど2年前の11月、渡辺美佐子さんのお芝居を観に行きました。

渡辺美佐子さんとは、
地人会の制作者時代に、「化粧 二幕」「この子たちの夏」をはじめ、
数々の作品を担当させていただいて以来のお付き合いであります。

その一ヶ月ほど前、
渡辺美佐子さんの夫・大山勝美さんが亡くなっていました。

大山勝美さんが亡くなられたと聞いたとき、
お参りをさせていただき、美佐子さんをお慰めしたいと考えておりましたが
美佐子さんは、舞台の稽古に専念すると決められていたのでした。

それは、お互いの仕事をリスペクトし合ったご夫婦の生き方であり、
いつも美佐子さんを応援していた大山さんの意思でもあったのだと思います。

お芝居は、
「黄昏にロマンス」というソ連時代の劇作家・アレクセイ・アルブーゾフの作品。

アレクセイ・アルブーゾフは、
イルクーツク物語」「私のかわいそうなマラート」といった作品も遺した劇作家です。

おこがましくも、
ご主人を亡くされた直後の舞台ということで心配しながら拝見したのですが、
美佐子さんらしく、明るくさばさばと演じていらっしゃっる印象でした。

「黄昏にロマンス」という作品は、男女二人だけが登場するお芝居で、
人生の黄昏時を迎えた孤独な男女が、あるサナトリウムで出逢うという物語です。

その美佐子さんのお相手役が、平幹二朗さんでした。

美佐子さんは俳優座養成所3期生で、平さんは俳優座養成所5期生、
俳優座養成所時代からの長いお付き合いですから、息の合ったお芝居でした。


ところで、“黄昏”時というのは、
太陽が没っした直後、西の空が夕焼けに染まった時間帯のことですが、
やがて暮れなずんでいた夕焼け色が失せて空が藍色に染まると、
それを、禍時(まがとき)或いは逢魔時(おうまがとき)と云います。
逢魔時は、字の如く「魔物にでも逢いそうな時間帯」という意味でしょう。

人生には、
陽が昇る頃、昇り詰めた頃、日が傾く頃、暮れかける頃、黄昏時
そして暮れ泥む頃、逢魔時があり、やがて誰の身にも必ず夜が訪れます。


きょうは、平幹二朗さんの訃報に接しました。

わたしが、平幹二朗さんのお芝居を観たのは、
惜しくも、あの「黄昏にロマンス」が最後になってしまったワケです。

美佐子さんは、またしてもパートナーを失ってしまわれました。


平幹二朗さんのご冥福をお祈りします。




リンゴの木

2016年10月23日 23:59

“たとえ明日世界が滅びるとも私はリンゴの木を植え続ける“

太平洋戦争中にニューギニア島に赴任し、現地の住民を殺害したなどの罪に問われ、
BC級戦犯として重労働20年の判決を受け、巣鴨プリズンに収監された経験を基にして、
戦後、戦争体験を綴り、講演活動を通じて、戦争に対する怒りを訴えていらした、
飯田進(いいだ・すすむ)さんが亡くなられていたことを、きょうの報道で知りました。

今月13日午後0時40分、
慢性心不全のため横浜の老人ホームで亡くなられたのだそうです。93歳でした。

飯田さんは、
戦時中、激戦地のニューギニアで捕まえたスパイ容疑のあった現地住民一人を、
上官の命令で軍刀を使ってとどめを刺し殺害したことの罪を問われたのでした。

上官の命令であり、軍の命令であり、大本営の命令であったにもかかわらず、
約1万5千人のBC級戦犯が裁判にかけられたといいます。

飯田さんは、
日本の戦争指導者たちを痛烈に批判するだけでなく、
連合国による戦犯裁判を批判しておられましたが、
命令とはいえ、現地住民を殺害したご自身の罪を第一義に認めておられました。

こうして、
飯田さんは、自らの戦争犯罪に向き合い戦争責任というものを問いつづけられた
一生をおくられたのです。

人は、戦地においては人ではなくなるのだと思います。
命令が絶対であり、すべての価値観に優先するのでしょう。
人としての判断などを介入させる余地がなくなるのでしょう。


さてそこで、わたしが重ね合わせてしまったのが、
沖縄の高江で進んでいるヘリパッド移設工事現場の周辺で、
警備のために派遣されていた機動隊員が抗議活動をする市民に、
差別的な発言をしたという問題。

ネット上で散見される機動隊員の“問題発言”の映像を見てみると、
この差別的発言は、モチロン問題なのでありますが、一方で、
基地反対の活動を行っている人たちにも暴力や暴言は見てとれます。

高江は、
謂わば基地建設推進・反対をめぐる“戦争状態”になっているのです。

これを受け、
「許すまじきことなので、警察庁においてしっかり対応する」と、
官房長官が会見で応えました。

「許すまじきこと」と官房長官は他人事のように批判しましたが、
これは、そもそも一体なぜ起きてしまった事態なのでしょうか?

機動隊員を批判し罰することより重要なことは、
戦争が起こる事態を全力で回避するのと同じように、
機動隊を出動させなければならないような事態を全力で回避することでしょう。

地獄の日本兵
飯田進・著「地獄の日本兵」

保育園最後の運動会

2016年10月22日 23:59

きょうは、保育園の運動会。

0歳児のときに入園して、
来年の春には卒園を迎えます。

運動会の締めくくり、
“閉会のことば”のお役まで任されて・・・、
感無量であります。

運動会①

運動会②

運動会③

運動会④

運動会⑤

運動会⑥

運動会⑦

運動会⑧

運動会⑨

運動会⑪

運動会⑩

木登り

2016年10月21日 19:57

木登り

7年ほど前のことですが、
ロサンゼルスにいる息子は、そのころムエタイの選手でした。

その息子がアニキと呼ぶヘビー級のムエタイ選手がおりました。

息子は、独自に日本側と交渉して、
日本のキックボクシング・ヘビー級王者とアニキの試合を決めました。

試合会場は、
東京の後楽園ホールで、チケットも順調に販売されていました。

ところが試合直前になって、
アニキがロサンゼルスで怪我を負って試合を中止せざるを得なくなりました。
アニキは、来日することも叶わなくなくなってしまったのでした

アニキを日本でデビューさせたいと思った息子の“夢”は消えてしまいました。

アニキの怪我は不可抗力ではありませんでした。防ぐことはできたのです。
問題は、試合が決まったあとのマネジメントにあったのでした。

当時、息子とアニキの間で相当に激しい言い合いをしたようでしたが、
怪我を負った後で云っても仕方がないことなのでした。


さて、わたしが子供のころ、
木登りをしたり、高いところに上って作業したりしたときのことです。

高いところから段々下りてきて、あと少しで地面に足が着くというとき、
「気をつけろよ!」こう父が声をかけるのでした。

人は、高いところへ登ってゆくときには緊張しているものです。
高いところから下りるときだって、集中はつづいています。
しかし、もうあと少しで着地するころになると油断が生じるもの。

高いところへ登ったのだという自信や達成感に自惚れてしまいます。
「木登りで一番危ないのは、着地する直前だ」父はこう訓えてくれました。

この木登りの話は、あらゆる場合のメタファーです。
事業を起こして目標を達成するまでの登っているときには、
計算も努力も緊張もしているものでしょう。

しかし、
油断、慢心、慣れ、それは思いがけない怪我の原因になります。

でも、登る前から「気をつけろ!」と言うのは得策ではありません。
まして、落ちてから「なぜ木登りなんかしたんだ」と云っても仕方がありません。

いつ言葉をかけるのか、重要なのはタイミングです。



「生前」・・・

2016年10月20日 23:59

イワシ雲

「生前贈与」、「相続」、「死亡保険」、「生命保険」・・・、
コレらすべて、“死”を前提とした言葉です。

「生前贈与」は、
生きているうちに配偶者や子などに財産を贈与することです。
つまり、死ぬ前に「相続」を行うことです。

「相続」は、
人の死亡によって、死亡した人の財産を相続人が受けとることです。

「死亡保険」は、
人が死亡すると受けとれる保険であり、「生命保険」もそれに当ります。

これらの言葉は、
社会通念上、契約であり、約束であり、慣習であり、取引なのですが・・、
人の“死”を前提としていることを、つい忘れて使ってしまうことがあります。

その意味では、
「癌(ガン)」という言葉は、聞けば確かにショックな言葉ではありますが、
必ずしも、“死”を前提としているわけではありません。

さて、
このように、立場や状況によっては、何気なく使われる言葉ひとつでも、
或る人にとっては、時として刃のようになることもあるのだということを、
気づかせていただいた、きょうでありました。




最新記事