白いアジサイ

2016年05月31日 23:59

白い紫陽花

きょうで5月が終わり、梅雨の6月を迎えます。
アジサイの季節です。


アジサイを漢字で書くと「紫陽花」です。

「紫」という字が使われているように、
紫陽花といえば、青色から赤色にかけての紫色の花を想像します。

一般的には、
酸性土壌なら青色、アルカリ性なら赤色がつよく現れると言われています。

そんな紫陽花の花言葉は、「移り気」とか「浮気」だと謂われますが、
土壌のpH(酸性度)や環境に因って花の色を変えることに由来するのでしょう。


しかし、
品種によっては、土壌のpHに関わらず白いままのアジサイがあります。
アントシアニンという色素を持つ染色体がない、白い花であります。

白いアジサイの花言葉は、「寛容」

やはり、「移り気」より「寛容」がいいです。



スポンサーサイト

蓮華

2016年05月30日 20:59

スイレン

睡蓮

咲きました。


さて、
上の写真に写っているのは、なんという花かご存知ですか?

「睡蓮(スイレン)!」

「いや!蓮(ハス)でしょ?」

「えっ? 睡蓮(スイレン)と蓮(ハス)って、違うものなの?」


一般的に、

花が水に浮いた状態で咲き、葉も水面に浮いていて、
葉に切り込みがあるものは、睡蓮(スイレン)。

花が水面から立ち上がって咲き、葉も立ち上がっていて、
葉に切り込みがないものは、蓮(ハス)。

そう憶えていましたが、
必ずしもそうでないものがあって、判断がむずかしいことがあります。

しかし、
上の写真は、どちらも睡蓮(スイレン)だと思われます。


そんな睡蓮や蓮の花のことを「蓮華(レンゲ)と謂います。

「世間の法に染まらざること、蓮華の水に在るが如し」
不染世間法 如蓮華在水(ふぜんせけんほう にょれんげざいすい)
という法華経の教えです。

南無妙法蓮華経”というお題目とは、
「南無」=「教えを信じ、すがります」
「妙法」=「正しい・真実の・優れた、教え・法のこと」
「蓮華経」=「蓮の花の訓え」
“わたしは、真実の教えのとおり、蓮の花の訓えを信じます”
そんな言葉から成っているワケです。

蓮は泥より出でて泥に染まらず」という古来の成句もあります。

しかし、
此の世に生きていると、周りの教えや価値観に影響を受けずに、
素直に生きつつ自分本来の花を咲かせるのは、相当に難しいことです。




スーパーバイザーだった彼が、

2016年05月29日 18:45

いまから37年ほど前、
日本が、まだ昭和という時代のお話でございます。

その頃、わたしは学資を稼ぐために夜中のバイトを探しておりました。
或るお店の入口に貼ってある深夜のアルバイト募集の張り紙を見て、
飛び込みで応募して採用されました。

そのお店は、
当時珍しかったコンビニエンスストアー「セブン・イレブン」でありました。
その頃、まだ「コンビニ」という言葉はなかったと思います。

働き出して「コンビニエンス」という言葉の意味を問うたことがあります。
そのとき、店のオーナーが「便利という意味ですよ」と教えてくれました。

なぜ「便利」なのか?「夜遅くまで(23時)やっていたから」でございました。
そしてセブン・イレブンは「いつでもやっている」24時間営業へと移行しました。
その頃のセブン・イレブンのキャッチフレーズは、「開いててよかった!」

そのお店も、24時間営業へ移行したばかりで、
深夜から朝まで働くアルバイトは、数少ない時代でした。

それだけに、店のオーナーもあらゆる面で試行錯誤していましたが、
わたしのようなアルバイトに気遣ってもくれ、様々なことを相談されもしました。
本社の一方的な指示だけでなく、各店舗の独自性が尊重されていた時代でした。


或るとき、わたしはオーナーから相談を持ちかけられました。

「朝、7時から9時までの2時間だけ、
レジ専門で働いてくれる女性の学生を紹介してくれませんか」と云うのでした。
朝2時間だけでしたが、時給は破格の値段を提示されました。

早速、同期の女性2名を紹介しました。

現在、その同期の女性たちは、
ひとりは大阪の大学で演劇を教える准教授です。
もうひとりは、岩手で宮沢賢治の作品を芝居に創って演っています。

オーナーが、その二人になにを期待したのかというと、
「おはよーござます!」「ありがとーございました!」「行ってらっしゃいませ」
これを“チャント言えること”だったのです。

毎朝、新聞だけを買ってゆく人。珈琲一杯を飲んでゆく人。
食パン一斤を買いに来る人、おにぎりを買ってゆく人。
毎朝セブンイレブンに寄ることがルーティンになっている人たちに、
チャント声を掛けられる、というのが二人を特別待遇にした理由でした。

いまでは、当たり前でよくあるサービスですが、
いまでも、チャントできているお店は多くありません。
当時も、それをチャントやれるアルバイトはいませんでした。

そんなとき、演劇科の学生を使ったことが功を奏しました。
以来、何年もそのアルバイトは後輩たちに引き継がれました。


わたしが働いていたお店がオープンしたのは、
セブン・イレブンの100店舗目前後ではなかったかと思います。
わたしが働いていた当時、セブン・イレブンの店舗数は、まだ3桁でした。
それが、いまや12,000店舗以上でコンビニエンスストアー業界最大手です。

その頃、
地域を担当するスーパーバイザーの青年が、よく店に顔を出していました。
本社の指示や意向を伝え、現場の店の状況や意見を聴く役目です。

浪人したわたしはまだ学生でしたが、年下でも彼は新人のスーパーバイザーでした。
そのスーパーバイザーだった彼が、その組織のトツプになったと報道がありました。

【セブンーイレブン・ジャパン社長兼最高執行責任者(COO)から、
セブン&アイホールディングス社長に昇格】



みんなは、凄いよね・・・。


唐十郎の喧嘩相手

2016年05月28日 20:47

紅テント

天井桟敷寺山修司が、唐十郎状況劇場の公演初日に、
冗談のつもりで葬儀用の花輪を贈ったことがキッカケとなり、
殴り込み(本人は話し合いに行っただけと言っている)をかけて、
唐十郎寺山修司と双方の劇団員が逮捕された事件がありました。
1969年頃のことです。

その年、
蜷川幸雄が、アートシアター新宿文化という劇場で演出家デビューしました。
清水邦夫の「真情あふるる軽薄さ」という作品でした。

その当時、
寺山修司の「天井桟敷」、鈴木忠志の「早稲田小劇場」、佐藤信の「黒テント」と共に
唐十郎の「状況劇場」は“アングラ四天王”と呼ばれていました。

劇団唐組公演

しかし、
喧嘩っ早い唐十郎の喧嘩相手になった、
寺山修司野坂昭如も亡くなってしまいました。

呑んだ席で云った約束を守って、
紅テントを作り替える費用を出した赤塚不二夫も亡くなりました。

そして、
蜷川幸雄も亡くなりました。

唐十郎

毎年、恒例となった、
雑司が谷鬼子母神の節分の豆まきでお見かけしますが、
喧嘩っ早いという印象は微塵も窺い知れません。

でも、
唐十郎は、いろんな人と喧嘩してきました。
いろいろなものと喧嘩してきました。

これから、唐十郎はダレと喧嘩するのでしょうか?
此の世のナニと、喧嘩するのでしょうか?

唐組第57回公演 改訂の巻「秘密の花園」
雑司が谷鬼子母神公演、本日初日!!



もう一方の事実

2016年05月27日 23:59

広島と長崎の方々にとって、
そして多くの国民にとって、万感胸に迫るものがあったのではないでしょうか?

待望の、アメリカ大統領の広島平和記念資料館見学、
原爆慰霊碑への献花、そして広島スピーチでした。

アメリカ国内に、
広島・長崎への原爆投下肯定の根強い世論があることを踏まえると、
今回のオバマ大統領の一連の広島訪問は、英断であったと認めます。

そして、広島・長崎、そして多くの国民が喜んだのは事実でしょう。

しかし、
被爆した方々を差し置いて申すのもなんですが、
もう一方の事実にも気づいていなけでばならないと思うのです。


NHKの報道に依拠するところではありますが、
オバマさんは、アメリカ合衆国大統領に就任した直後の、
2009年4月5日、チェコ共和国の首都プラハにおいて、
歴史的な演説を行いました。

プラハ演説と謂われるその演説は、
“核兵器のない世界の平和と安全を追求する決意”を明言したものでしたが、
オバマさんは、その演説だけで、その年のノーベル平和賞を受賞したのでした。

でも、
核兵器のない世界の平和と安全を追求すると云ったオバマ大統領でしたが、
これまでの7年間で、アメリカが削減した核兵器の数は702発、削減率13%です。

増えるより減ったのですから結構なことではありますが、
ブッシュ前大統領時代の削減数5,304発、削減率50%と比べるとどうでしょう?

そしていま現在、アメリカ合衆国が保有している現役の核兵器の数は、
まだ4,571発有るのだそうです。

そして、オバマ大統領広島平和記念公園を訪問したときにも、
大統領の傍を片時も離れないで随行している軍人が持っていた
ブリーフケースの中には、所謂“核のボタン”が入っていたことも、一つの事実です。


鶏と牛刀

2016年05月26日 23:59

昨日の
日米首脳による共同記者発表を見ていましたが、
大変に期待ハズレでした。 

それから、都知事の記者会見も見ていましたが、
こちらは、期待をしてはいませんでしたケド、呆れました。 

「批判ばかりしているが、じゃあおまえがやってみろ!」
そんなお叱りを受けるかもしれませんね。 

できるだけ、このブログは批判を避けたいのですが、
最近、批判ばかりしています。 

それは、
わたしのような一介の民が、知識や経験から物を言うのではなく、
直感的に物事を捉えると、本質を言い当てるかもしれないと思うからです。


さて、
その“直感”で申しあげます。

夕方、「相棒」というテレビドラマの放送がありました。

その放送は観ませんでしたが、
きょうの「相棒」のサブタイトルは、「鶏と牛刀」とありました。
牛刀割鶏」という言葉からの引用だろうと思います。

「鶏を割(さ)くに焉(いずく)んぞ牛刀を用いん」と読むのですが、
論語に出てくる言葉です。

牛刀割鶏(ぎゅうとうかっけい)とは、
鶏肉を処理するのに、牛の肉を切る大きな牛刀を使うのが大袈裟なように、
些細なことを処理するのに、無駄で大袈裟な方法を用いることの喩えです。


サミット開催に600億円とも謂われる多額の予算を使って、
日本中の警察から警察官を動員して警戒・警備にあたらせ、
観光ホテルで、わざわざテロの的を掲げるような“会議”を行なうことに、
それだけの成果や価値が伴うものなのでしょうか?

退任直前のオバマ大統領のレガシー創りにつきあった、
各国の思惑を重ねたパフォーマンスのような気もします。

お祭り騒ぎに誤魔化されずに、
それだけの費用対効果があったのか、価値があったのか、
冷静に見極める必要があります。


一方、
都知事は、千葉の観光ホテルで“会議”をやったと言うのですが、
わざわざ“厳しい第三者”だという弁護士たちを雇ってまで
それを調査すると言っていることにも違和感を禁じ得ません。

サミットや都知事の政治資金を“鶏”に喩えるのが適切かどうか判りませんが、
大袈裟という以上に、なにかトンチンカンな感じがいたします。

ここにきて、
オリンピックに関しても、手放しで楽しめない雰囲気を感じています。 


でも、牛刀を使ったって美味い鶏料理を食えるのならいいのですが・・・。



とりたてて

2016年05月25日 23:59

【独り言】


父の買い物につきあって、

父の昼食を作って、
・・・きょうは、大根と小松菜と油揚げの煮物、残されちゃったケド。

父の入浴を介助して、
手の爪を切って、

父の夕食を作った。


特に、これと言って、殊更言うほどのこともない、
敢えてわざわざ、取り立てて格別ではない一日。

2016年5月25日




「笑点」

2016年05月24日 22:59

笑点」というテレビ番組は、放送51年目に入ったのだそうです。

5月22日の日曜日の「笑点」を観ました。
笑点」の大喜利の司会を長年務めていた桂歌丸さんが引退し、
大喜利の新司会者は、春風亭昇太さんが務めるのだそうです。


ところで、
笑点」で、大喜利を考案したのは立川談志さんだったですよね。

わたしにとって「笑点」の大喜利といえば、
司会者は立川談志さん、座布団運びは毒蝮三太夫さんですが、
長年「笑点」を観る機会がない状況で年月が流れてしまいまして、
気がつけば、世の中で「笑点」の大喜利の司会者と云えば、
三遊亭圓楽さんや桂歌丸さんのことを指すようになっていました。


立川談志は、
「たてかわ」談志と読みます。「たちかわ」談志じゃありません。

「談志が死んだ」上から読んでも下から読んでも「だんしがしんだ」


さて、
「落語とは、人間の業の肯定である」
これは、立川談志師匠が遺した言葉です。

落語界には、
面白い人、人気者、名人上手と謂われる人たちが綺羅星の如く存在します。

その人たちが、
人を笑わせ、楽しませるについては、厳しく苦しい修行時代を経ています。

所詮、人間とは愚かしく三毒煩悩にまみれた存在であります。
そんな人間の業というものを肯定しないと落語は成立しないのだと、
談志師匠はおっしゃったワケであります。

落語の修行で真に学ぶべきは、人間についてということでしょうか?


ところで、
笑点」で、新たに司会を務める春風亭昇太さんは、静岡生まれです。

昇太さんが清水の中学校に通っておられた時代、
その中学校の校長を、わたしの伯父が務めていました。


もうじきお別れだ・・

2016年05月23日 22:46

金魚

何匹かがお祭りの露店から加わって6匹家族になった三浦家でしたが、
子どもたちも大きくなって、水族館もいささか手狭になってきました。

これから暑い季節をむかえますが、大勢だと酸素が足りなくなります。
水質も、汚れやすくなってしまいます。

したがって、そろそろ何匹かを他に移さなければならないでしょう。

移すと云っても、金魚屋さんに持っていっても引き取ってはもらえません。
もしかしたら、病気をもっているかもしれないからです。

その辺の川に放流するワケにもいきません。

そこで、ちかいうちに店の庭の池に放すことにします。

それにしても、せっかく6匹家族で仲よくやってきたのに、淋しいことです・・。


「日月めぐる」

2016年05月22日 18:08

善立寺

作家・諸田玲子さんの時代小説に、「日月めぐる」という作品があります。

江戸時代末期の、
駿河の小藩だった小島藩に暮らす人々を描いた小説です。

小島藩は、
東海道を興津から由比に向かって、興津川の手前で左折し、
身延街道、現在の国道52号線興津川に沿って上って行くと、
八木間、谷津を経て、小島という集落に至りますが、
高台に小島藩の陣屋が在って、小島はその城下町でした。

小島藩は、
1万石程度の小藩でしたから、城はありませんでした。

むかし小島藩の陣屋が在った跡地に、
わたしの母の父方・母方両方の曽祖父が尽力して、
明治時代に小学校を創りました。
わたしの母方の祖父は、その小学校で校長を務めました。

その陣屋跡の近くに、母方の家の菩提寺が在ります。

きょうは、
その寺の墓地に、先日亡くなった伯父が埋葬されました。

墓石は違いますが、
ご先祖さまや、父母や兄たちと一緒の墓地がよかったのでしょう。

墓地からは、小島の町を見下ろすことができます。
そして、町並みの先に興津川興津の町や駿河湾がつづいています。


わたしは、
東海道新幹線に乗っていて興津川を渡るときには、
必ず北の方角を向いて黙祷することにしています。

あっという間にトンネルに入っちゃいますケドね・・。



割り勘で

2016年05月21日 23:59

昨日、
都知事が定例会見を行った席上、自身の政治資金に関する疑惑について、
外部専門家の弁護士による“第三者の厳しい目”で調べてもらうということを、
繰り返し述べている様子を、テレビで見ました。

しかし、
外部の専門家といっても、都知事が雇った弁護士のことであり、
都知事や都知事の周辺以外の第三者委員会を指すワケではありません。

つまり、
都知事が雇った弁護士は、“第三者”じゃないし、“厳しい目”でもないでしょう。


ところで、
現・都知事の前の都知事が公職選挙法違反問題を起して辞職したことにより
都知事選挙が行われましたが、約46億円の費用が使われたのだそうです。
その選挙で当選したのが、現・都知事というワケです。

現・都知事の前の前の都知事も、数々の問題を指摘された人でしたが、
任期満了に伴った都知事選挙でも約42億円の選挙費用がかかったといいます。

つまり、
もし現・都知事が任期途中で辞職したら、また約46億円ちかくのお金がかかるワケで、
だから辞めなくてもいいというハナシでもないワケでありまして、悩みどころではあります。

このような場合、
途中で問題を起して辞職する都知事に、その経費をもってもらうってのはダメでしょうか?

それとも、不祥事を起こすような人を、2代・3代つづけて選んだ都民がいるのでしょうから、
その人たちに割り勘で経費を払っていただくというのは、いかがなもんでしょう?


守るべきもの

2016年05月20日 23:59

1999年4月から2012年10月まで、第14~第17代を務めた都知事も、
政治活動費の公私混同や豪華な外遊などが問題になりました。

海外出張に関しては、
少なくとも15回の出張で、総経費が2億4千万円を超えていたのだそうです。
また、多額の交際費も、裁判で違法と認定されています。

それに加えて、
都知事の息子(四男)が関係する東京都の若手芸術家支援事業に関して、
家族や知人の起用、億単位の予算配分に関して、疑惑をもたれました。


第18代の都知事は、
都知事選出馬にあたって、医療法人グループの創設者に、
資金提供を頼み、5,000万円を議員会館で受け取りながら、
選挙運動費用収支報告書・都知事資産報告書・政治資金報告書に
記載していなかったとして糾弾され、2013年12月に辞任しました。


そして、現在の第19代の都知事に関する報道が連日つづいています。

当初は、豪華な海外出張が問題点として挙がっていた都知事ですが、
公用車を使って毎週末に湯河原の別荘で湯治をしていた件、
正月に、千葉の黄金風呂が有名なリゾートホテルで会議したという件、
以前代表を務めていた政党の政党交付金をネコババ(横領?)した疑惑、
そしてここにきて、政治活動費で私的な自動車を買ったと報道されています。

日に日に、疑惑が詳細になるというか細かくなるというか、セコくなっています。

そう云えば、
いまの都知事と都知事選挙を争った元・航空幕僚長が先日逮捕されたばかりです。

都知事選挙の落選後、選挙活動に協力した運動員たちに対して、
慰労金として現金を配った公職選挙法違反の疑いでの逮捕でした。

こんな人たちが、日本の首都・東京のリーダーですか?

いつも耳障りのいい綺麗ごとばかり語っていながら、
1,300万都民の命と財産を守るべき行政の首長が守っていたのは、
自分の家族と財産だったというハナシですか?





最新記事