非常識

2016年04月30日 23:59

昔、ある有名な女優から、わたしが直接聴いた話です。

むかし昔、
その女優に、ある舞台の出演の打診がありました。
その女優は、その依頼を請け、出演を決めました。

しかし、
その稽古が始まる時期になって、女優の妊娠が判りました。

女優は夫と共に、
製作者と劇作家と演出家の許へ行き、土下座して謝ったのだそうです。

主演する女優が妊娠して主演を勤められなくなったら、
興行に及ぼす影響は短期・長期にかかわらず少なくありません。

演劇の世界の人間にとって、それは常識であります。

稽古が始まる前だったのですから、本番初日の前ではありますが、
その女優のキャスティングで公演が売れ、チケットも売れていたのでした。

芝居の旅先で聴いた話でしたが、気が滅入る話でした。


さて、ゆうべテレビを観ていたら、
或る女優の息子が、新人俳優として注目を集めているということで、
バラエティー番組のゲストとして登場していました。

母である女優と息子のエピソードでつづられた微笑ましい番組でしたが、
女優が息子を身籠ったときに主役に抜擢された公演を前にしていたという
エピソードが再現されました。

妊娠したことで主演の舞台を降板させられ、
周囲から批判されたという再現ドラマでした。

それを観たわたしは、二つのことを想像し懸念しました。

一つは、妊娠したことを批判した劇団の人たちはけしからんという世の批判。
一つは、そのエピソードをテレビで語られた劇団側からの、女優への抗議。

そのエピソードを語った女優は、
迷惑をかけた劇団に生涯尽くすこのを決めていると覚悟を語りました。
でも、そのエピソードをテレビで語ることの影響は、想像していないのでしょう。

ところで、
一般視聴者にとって、女優や劇団の考え方や感覚は理解できることでしょうか?

わたしも、制作者として、女優の降板を経験したことがあります。

妊娠というおめでたい出来事と、
舞台を降板させなくてはならないという対応のなかで、葛藤しました。

その意味で、
降板させられた女優や、降板させた劇団や演劇人の考え方や気持ちも、
わたしには解ります。
が、等しく、そのことが解らないという一般の方たちのお気持ちも、よく解ります。

人間を知り、人の気持ちが解るからこそ、演劇を創ることができます。
しかし、演劇をやっている人たちの世界は、非常識な世界なんですヨ。



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けやけき木

2016年04月29日 22:01

欅

欅(けやき)という木の名は、
「けやけき」という形容から名付けられたのだそうです。

欅(けやき)の木は、元々「槻(つき)」という名だったといいます。

大阪に高槻という市が在りますが、
文字通り樹高の高い欅の樹があったからついた地名だという説があります。

「槻(つき)」という字は、「規範となる人のような木」というような意味でしょう。

しかし、
欅の樹形が、一際目立って端整であることから「けやけき」木と表現され、
「けやけき木」が「欅(けやき)」と呼ばれるようになったのだそうです。

「けやけき」という言葉には、際立つ、目立つという意味があります。


さて、
昨日のブログに関連したおウワサであります。

雑司が谷鬼子母神の参道のケヤキ並木に、
去年の暮れ、新たに欅の木が植樹されました。

雑司が谷鬼子母神の参道のケヤキは、元々18本で並木を形成していました。
戦前に保存運動が始まったおかげで、都の天然記念物に指定されましたが、
1960年(昭和35年)頃に行われた下水道工事の影響で根が傷んで次々と枯れ、
14本が植え替えられたのでした。

しかし、
現在の「雑司ヶ谷案内処」の前の1本だけがうまく育たずそのままになっていました。

2014年12月18日、雑司が谷地域が、
日本ユネスコ協会連盟の「プロジェクト未来遺産」に選定されたことを機に、
残り1本の植樹が提案され実現したというワケです。

この木が、並木の樹々と肩を並べるには、少なくとも50年はかかるでしょう。

その頃、わたしは此の世にはいないでしょうが、
わたしにつながる者たちが、その「けやけき樹」を見上げて、
新緑を愛でる日があることでしょう。

植樹



鬼子母神大門欅保存会

2016年04月28日 23:59

新緑2016

きのうは、不忍通りのイチョウ並木が伐採されたおウワサでしたが、
本日は、鬼子母神参道のケヤキ並木が保存されたというおウワサです。

そもそも、ケヤキ並木のケヤキは、
天正年間に雑司ヶ谷村の長島内匠が鬼子母神に奉納したものなのだそうです。

江戸時代の弘化元年(1844)には、
江戸城本丸の普請のためにケヤキを伐採しようとした村役人に対して、
法明寺側が反対運動を起こして伐採を中止させたことがあったのだそうです。

また、戦前には枯れてゆくケヤキの樹を惜しんで保存会が結成されました。

演劇人の大先輩で、
日本児童文学者協会の会長でもあった秋田雨雀らが結成した保存会で、
活動が認められて、1940年(昭和15年)には都の天然記念物に指定されました。
その「鬼子母神大門欅保存会」による保存活動は、現在もつづけられています。

欅並木

さて、一年経つのは早いものですが、
ちょうど一年前に、ある先輩に電話したことを思い出しました。

つづけざまに大病を患い闘病中の先輩でしたが、
元気な頃には、よく池袋東口の東通りから雑司が谷界隈を散歩しに訪れ、
わたしに電話してきた人でした。

生憎、いつも突然のことだったので、その誘いに乗ったことはなかったのですが、
元気だったときに逢っておけばよかったと後悔しています。

出歩くことも、10分以上話をすることも難しいと話していましたが、
「もう、そう長くはないと思うよ」と云っていました。

「気持ちを落とさないでくださいね」とわたしが云ったら、
「そら、気持ちも落ちるわな、この状況じゃあ・・・」と、云っていました。

わたしが来年(今年)の話をしたら、
そのときには此の世にいないかもしれないと云いました。

しかし、先輩の闘病はつづいているものの、現在も“お元気”です。
いろいろな思いで、一年を過ごす人がいるものです。

でも、こうしてことしも新緑の季節がめぐってきました。

大門欅並木保存会の碑




環状4号線

2016年04月27日 23:59

不忍通り

きょうの散歩コースは、不忍通りです。
目白通りを目白台2丁目の信号で左折すると、そこから不忍通りが始まります。

上の写真は、
不忍通りを少し下ってから振り返って目白台2丁目の信号方向を撮りました。


ところで、昭和21年の戦災復興計画というものがあるのだそうです。
“ あった ” のではなく、“ ある ” のです。現在でも進行形です。
戦後70年経っても完成していない計画です。

それが、東京の環状4号線の計画です。

不忍通りから神田川新目白通りを貫通した新宿区の西早稲田までの間が、
未完了区間なのですが、一向に工事が始まる気配がありませんでした。

環状4号線

ところが、きょう散歩していて気づいたのですが、
不忍通りの並木のイチョウの樹が伐採されていました。

これまで、長い期間足踏み状態がつづいていた割には唐突な印象ですし、
秋には、きれいな黄葉を魅せていたイチョウ並木でしたから、残念です。

イチョウの木の切り株

樹木伐採のお知らせ

ところで、目白台神田川新目白通りまでには相当な高低差があります。
したがって、その間に道路を通すなら、かなりの急坂かトンネルでしょう。
つまり、トンネルの場合、護国寺寄りから道路の真ん中にトンネルを掘って、
目白台2丁目の交差点までは側道をつけて目白通りに連結することになるのでしょう。

それなら、イチョウの樹を伐採する必要はあったのでしょうか?


結婚66年間と2周年

2016年04月26日 18:37

2年

きょうは、結婚記念日。

“ 甥っ子夫婦 ” の結婚2周年記念日です。


さて、
昨日は、伯父の葬儀・告別式でした。

そこには、
66年間連れ添った夫を見送る伯母の姿がありました。

「お父さん、子供たちもいるので心配しないでくださいね。
 お父さん、私は貴方といっしょにいて幸せでした」

伯母はそう云って、伯父を見送りました。

約2年の長い闘病生活の間、
毎日、病床に通い通いつづけた伯母でした。

自身も大病をしましたし、足が不自由であるにもかかわらず、
電車を乗り継いで、毎日病院に通ったのでした。

それは、誰にも止めることができない、
代わってあげることもできないことでした。
それが、伯母の伯父に対する愛情であったからです。

伯父は、
特攻隊員として生き残り、戦後を生き抜き、
理科の教師として、多くの教え子に恵まれ、
二人の息子たちと、その嫁たち、
そして最愛の孫娘に恵まれた90年の生涯でした。

しかし、伯父にとってなによりも幸せだったことは、
伯母とめぐり会い、66年間の結婚生活を過ごしたことだったでしょう。


甥っ子夫婦も、
度々大きな悲しみに遭い、そのなかで互いを支え合った2年間でした。
そうしたことで、二人の結びつきは更に強まったことでしょう。

“ 元気で仲よく ”
シンプルだけれど、それがもっとも大切なことだと、このオジは思います。

おめでとう。


かむろ坂

2016年04月25日 23:59

かむろ坂

1976年、いまから40年前。

わたしは、毎日この坂道を歩いて通っていました。
この坂道は、「かむろ坂」といいます。

それは、短い間のことでしたが、
きょう坂道を歩いていたら、鮮明に蘇った記憶です。


1975年の夏、わたしは故郷を飛び出しました。
演劇がやりたくて、家出をしたのです。

新宿のデパートにレストランを出店している会社に就職して、
世田谷の豪徳寺駅の近くに在った寮に住み込んで働きましたが、
下北沢駅のホームで再会した故郷の友人の経堂のアパートに、
無理やり転がり込んでヤサを得て、会社を辞めて寮を出ました。

その後、配膳の仕事を得て、羽田空港の国内線出発ロビーに在った
レストランでウェイターとして働きだしてから金が貯まったので、
目黒不動尊の門前の共同アパートの四畳半を借りたのでした。
そして、毎日坂道を下って羽田空港や芝のホテルに通いました。

職場には馴染めなくて、トラブルばかり起していましたが、
何度も止めようとした煙草と、小説が気を紛らわせてくれていました。

演劇科のある大学へ入学することを目標にはしていましたが、
その準備になにをしたらよいのかも判らず、自信もなく焦っていました。


当時、東急目黒線は「目蒲線」と謂いました。
目黒を出発して一つ目の駅が「不動前」です。

不動前の駅の改札を出て、商店街を抜け、
かむろ坂を上ったところに信号が在ります。

その信号を右折すると、
目黒不動尊へ至る参道で、わたしのアパートも参道沿いに在りました。
しかし、その信号を左折して約400メートル行くと桐ケ谷斎場が在ります。

その桐ケ谷斎場を通り過ぎて高速道路を二本くぐると、大崎です。
大崎には、母の兄である伯父夫婦が住んでいました。

新宿のデパートで働きだしたとき、
心配して会いに来てくれた伯父と、休憩中に職場を抜け出して、
新宿五丁目の交差点の角で再会したことを想い出します。

それ以来、ことあるたびに大崎の伯父夫婦の家に行っては、
二人に話を聴いてもらったり、相談に乗ってもらったり、
食事をご馳走になったりしました。

知り合いに相談して、我が母校を薦めてくれたのも伯父でした。
常に、わたしの話を聴いては、励ましつづけてくれました。


その伯父が、4月17日に亡くなりました。

長い間、雨の日も暑い日も寒い日も毎日看病に通った伯母を遺して逝きました。
先日の3月14日、バレンタインデーに満90歳のお誕生日を迎えていました。
89歳と半年で亡くなった、わたしの祖父を超えたと喜んでおりました。

きょう、桐ケ谷斎場で葬儀・告別式が行われました。


幾らでも

2016年04月24日 21:26


KYODO NEWS

考えてばかりいないで、思ったらすぐ行動にうつす人たちがいます。

この週末の時間をボランティア活動に充てようと、
大勢の人たちが、全国から熊本県内の被災地に駆けつけたそうです。

やはり、瞬発力のある若者の姿が多い一方、
これまでの災害などで活動してきたベテランも駆けつけていたようです。

しかし、
他府県からのボランティアを受け付けるボランティアセンターは一部で、
県内外を問わずに受け付ける熊本市や益城町に希望者が殺到したのだとか。

ボランティアセンターや、宿泊設備が整ったらボランティアを受け容れられるのですが、
全半壊した地域の施設を片付ける作業が捗らないとボランティアを受け容れられない。
住宅の応急危険度判定が進まないと、安全が守れないから派遣もできない。
そういったジレンマに陥っているようです。

しかし、
被災地に行かなくても、被災地支援として出来ることはあるものです。
いくらでも、幾らでも・・。

穴の外

2016年04月23日 19:07

情報

穴に落ちた人を助けるために、穴に入ってゆく人がいます。

しかし、
自らは穴の外にいて、穴に落ちた人を助ける方法もあります。

まさに、そういったボランティアのグループが発信する情報が、
被災した現地の人たちのための一助になっているようです。

4月15日の早朝、KO大学の学生であるTさんはFacebook上で、
仲間と熊本地震情報をまとめる公開グループを作成したことと、
トップに固定してあるドキュメントを編集して追加してゆくので、
随時フィードに情報を流してくれるように呼びかけ、参加を募りました。

そして、Googleマップに、
避難所や給水所や銭湯・温泉や透析が出来る施設などの場所を貼り、
一目瞭然の情報ツール開設したのでした。

SNSやインターネットを見てワン・クリックすれば、
被災地の人たちが知りたい情報が載っているというわけです。

Tさんは、
これまでに、被災地へボランティアに行った経験を基にして、
熊本地震が起こった14日の夜には仲間を募ったといいます。

目黒区内のマンションの一室に集まった仲間たちが、
不眠不休で、SNSの特性を駆使しながら、
情報を整理し、それをまとめて発信しています。

穴に落ちた人を助けるために、
まだ地震がつづく現地に自ら入るボランティアの存在も貴重ですが、
穴の外からでも、できることはあるのだというおウワサであります。

熊本大分支援コミュニティー


優先順位

2016年04月22日 23:59

仕事が、忙しかったりトラブってる人もいらっしゃるでしょうね。
家庭問題や人間関係の悩み事を抱えていらっしゃる人もね。

ところで、消費税は上がらないのでしょうか?
そういえば、TPPはどうなるのでしょう?
で、伊勢志摩サミットは中止しないのですか?

安全保障関連法案は、憲法違反ですから廃案にしなければなりません。
稼働中の川内原発は、そもそも再稼働させるべきではありませんでしたし、
またしても想定外の甚大な災害が広範囲でつづいており、
この先が判らない中では、早い段階で運転を中止するべきでしょう。


しかし・・・、

とりあえず、避難所に避難している人たちが心配です。
その避難所の耐震強度が心配です。
車中泊している人たちが心配です。

美味くて栄養がある、温かいものが食べられないことが心配です。
柔らかくて、温かくて、足が伸ばせる寝床や寝具がないことが心配です。

衣類などの生活必需品や、医薬品などが足りていないこと、
清潔なトイレや洗面所や浴室が足りていないこと、
妊婦や赤ちゃんや幼児・児童たちが心配です。
高齢者や病人や障がいのある人たちが心配です。

間断なくつづく地震や土砂崩れが心配です。
自衛隊員や消防隊員や警察官たちが心配です。
物資を運ぶ車の運転手たちの安全が心配です。
これからは、全国各地から被災地に入るボランティアが心配です。


いまのところ安全だと思われる場所から、
なにが出来るわけでもなく、心配ばかりしています。



いつの日にか、再び・・

2016年04月21日 18:00

2011年3月11日に起きた東日本大震災

震災以上に津波や原発事故の影響もあって、
日本中が重い空気に包まれ、自粛ムードが拡がっていました。

テレビ番組のCMも公共広告機構のCMばかりが繰り返し流れ、
報道番組が増え、その出演者たちも地味な服装でした。

それは、当然と云えば当然のことだったと思います。

しかし、過度な自粛ムードが、日本中を同化させてしまい、
穴に落ちた人を援けなくてはならないのに、共に穴に落ちるようなもので、
その重苦しさが、被災した方たちにとっても更なる負担になったのでした。

そんな中、ネット上で話題になったCMがありました。
「祝!九州 九州新幹線全線開CM」です。

実は、2011年3月12日、まさに東日本大震災の翌日、
九州新幹線鹿児島ルートが全線開通したのでした。

しかし、東日本大震災の影響でCMのテレビ放送は中止されたのですが、
ネット上で繰り返し再生され、きょう現在5,754,857回を超えています。

“ 祝 ” で始まるCMが、なぜ人々に繰り返し観られたのか・・、
それは、ご覧になっていただければ、解ります。

CMは、人々を元気づけ、励ましたのです。
多くの人々に共通していたのは、いつの日にか、再び・・・の想いです。

いまはまだ、被災地の人たちにそんなCMを観る余裕はないかもしれません。
不謹慎だと思われる方も、少なからずいらっしゃることでしょう。

でも、いつの日にか、再び・・・。



「25分バージョン特別編」は、ここをクリック!



根津山

2016年04月20日 18:43

南池袋公園

リニューアルオープンしたばかり、池袋東口に在る南池袋公園

ときどき、散歩のコースにします。

子どもたちが遊び、カップルが肩を寄せ合い、ママたちが談笑する、
青い芝生の緑が美しい公園であります。

ここは、ホントに池袋かと見まごうようであります。

防空壕跡地

その南池袋公園の一角に、碑が在ります。
豊島区空襲犠牲者哀悼の碑」といいます。

豊島区空襲

いまは穏やかで平和なこの場所も、
いまから71年前には、地獄絵の如き様相を呈していたのでしょう。


九州のあの地が、
再び、緑美しく水の美味い場所になりますように・・・。

根津山


花より

2016年04月19日 23:59

ハゴロモジャスミン

先日も、このブログでご紹介した、
お隣の庭から伸びて我が家のベランダのフェンスで群生している羽衣ジャスミンが、
ことしも咲きました。

甘い香りを一帯に漂わせております。

此の国は、新緑の季節を迎えています。
季節の花々も、競い合うように咲いています。

羽衣ジャスミン

しかしホントは、
花を愛で、その香りを愉しむゆとりがあるということは、有り難いことなのです。
それは、たまたまであって、当然のこと、当たり前のことではないのですから。

花より団子、花より水と食料、花より生活物資、花より安眠といった、
過酷な状況にいらっしゃる多くの人たちのことを、想わないではいられません。

その人たちは、いまは季節の趣も感じられないことでしょう・・・。

そんな非日常の状況にいる人たちにとっては、
日常の場所で暮らしていらっしゃる人たちが、SNSに何気なく載せる、
季節の花や、遊ぶ様子や、美味そうな食事の写真は、どのように映るのでしょう?

はごろもジャスミン





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