年度替わり

2016年03月31日 23:59

桜

きょうで平成27年度が終わり、明日は平成28年度を迎えます。

今年度、いろいろありましたが、
次年度は、どんな一年になるのでしょうか?


近所の公園は、桜が見頃を迎えています。

毎年この時季に、この公園の桜を撮っています。

きょうは、快晴でお花見にはもってこいです。
しかし、もったいないことですが、誰もいません。

独りで、お花見です。

不在


スポンサーサイト

あっと云う間

2016年03月30日 20:48

ほぼ満開

神田川面影橋から観た神田川の堤の桜並木。

あっと云う間に咲きました。

昨日載せた写真と比べたら判ります。

面影橋から上流を観る

今週末が見頃でしょうか。

あと一週間もすれば、神田川を花筏が流れます。

面影橋から下流を観る


神田川

2016年03月29日 23:59

面影橋

きょうは、目白通りを渡って坂を下り、新目白通り沿いの神田川に出ました。

あの、かぐや姫の「神田川」に歌われた神田川です。

神田川を境に、向こうは新宿区西早稲田、こちら側は豊島区高田です。

その神田川に架かる面影橋も、桜の名所です。

神田川

 七重八重 花は咲けども 山吹の 実の一つだに なきぞ悲しき

面影橋の横に電気機器メーカーが在ります。
そのメーカーの門の傍らに「山吹の里伝説」の石碑が在ります。

若き日の太田道灌が、鷹狩に出かけました。
すると、にわか雨に遭ってしまいました。
そこで、蓑(みの)を借りようと一軒の家を訪ねたところ、
少女が出てきて、無言で山吹の一枝を差し出しました。

道灌はいぶかって、そこを立ち去りましたが、
後から家来に、少女は古歌(短歌)に寄せて、
蓑(みの)を一つも持っていない貧しさと悲しさを、
山吹の一枝に託したのだと聞かされたのでした。

七重八重 花は咲けども 山吹の 実の(みの)一つだに なきぞ悲しき

そこで、太田道灌は、無学を恥じて歌の道に精進したという伝説です。

教養を持ち合わせていない身の(みの)悲しさよ。

桜

そしたら、
今夜は、偶然にこんな番組をやっていました。

神田川紀行





飼育

2016年03月28日 18:38

法明寺

きょうも、雑司が谷散歩です。

雑司が谷で最初に開花した法明寺の桜並木を歩いてみました。

雑司が谷の開花宣言は3月20日でしたが、
法明寺境内の桜は、まだ三分咲きというところでしょうか。

それでも、
ピンクの蕾をいっぱいにたたえた桜の木々を見上げていると、
メジロやヒヨドリが飛んできて、桜の花の蜜を吸っています。
花の中にクチバシを突っ込んで吸っているのです。

すると、何処からか大きめの鳥が飛んできました。

見れば、
緑色の身体をして尾が長いクチバシが丸まった鳥が枝に止まりました。

・・・インコでしょう。 ・・・首の周りに輪形の模様があります。

インコは、クチバシが花の中に入らないので、
花柄のところを咥えてちぎってから蜜を吸っているようです。
インコが止まった木の下には、花ごと桜花が落ちています。

ダレかが飼っていたインコが野生化したのでしょう。
観察していると、もう一羽飛んできました。
繁殖したのかもしれませんね。

桜とインコ

インコ

落ちた桜の花

二羽

ところで、
このブログを書くにあたって、「インコ」の「飼育状況」を調べようと、
「飼育」というワードで検索してから「インコ」と入力しようとして、
途中で見つけたのが、「飼育」をキーワードにしたサイトの数々でした。

2年振りに開放された少女のニュースが流れた日に、不快なことでした。

表現の自由や、性は人間性の開放だという考え方を正統化する前に、
それは、売れるから創られているのだと認めたらどうでしょうか。

そして、
人が人を「飼育する」などということは、絶対に赦されることではありません。

インコだって、自然界においては本来野生でいるべきでしょう。
しかし、人間が“勝手”に“飼って”いるインコの場合は、放すべきではありません。


三回忌

2016年03月27日 12:58

藪原検校

藪から棒ですが、「藪原検校」という戯曲があります。

本田延三郎・製作、井上ひさし・作、木村光一・演出で、
1973年に初めて上演された作品です。

製作者や演出家が変わっても、上演されつづけている、
井上ひさし戯曲の最高傑作だと、わたしは思っています。

そのことは、
日本各地と世界の観客によって裏付けらていると思います。

初演時に、「藪原検校」の舞台を演出家の母親が観ました。
そのとき、息子は、こんな粗末な舞台しか創らせてもらえないのか
と云って嘆いたというエピソードがあります。

藪原検校」は、暗闇に無造作に赤い綱が垂れ下がり、
舞台には汚らしい綱が縦横に張られていただけでした。

「お金が無いからこんな舞台しか創れないのだろう」と、
後に日本を代表する演出家の一人に数えられる人の母は思ったのでしょう。

その「藪原検校」の舞台美術を担当したのは、舞台美術家の朝倉摂さんでした。
朝倉摂さんは、こうおっしゃっています。

「まず当時台本を手にして、発想の豊かさにこれは面白くなると思ったが、舞台装置としてむずかしいなあとも思った。あたりまえのセットではとてもつまらないし、装置は劇場の空間ともかかわりのあることなので、その当時パルコのように観客席が急斜面になっているのはめずらしかったので、上から見おろすことを考えて、床をなんとかしたいと思った。演出の木村さんと相談して、まず綱を使うことを考えた。これは井上さんの戯曲の初めのところに目の不自由な人は綱につかまるということがあったので、綱をたよりに、たてとよこに綱を張ることを決めた。」
地人会藪原検校」公演パンフレットより)

藪原検校」といえば「綱」と謂われるほど、
「綱」の存在と使い方は、「藪原検校」の象徴にしてテーマでもあったのではないかと思います。

藪原検校」の初演は、「五月舎」の本田延三郎さんのプロデュース作品でした。
うちのカミさんの父は、そのころ五月舎をサポートしていました。

初演時、朝倉摂さんと本田延三郎さんが、
染め上がった布を何日も川に通って晒し、裁いて綯って「綱」を作ったのだと聴いたことがあります。
いい芝居を創るためなら、美術家も制作者も隔たりなくなんでもやったのです。

そんな舞台美術を創造されたのは、朝倉摂さんです。
その意味では、「藪原検校」という作品は、朝倉摂作品なのでした。


きょうは、朝倉摂さんが亡くなられて2年目のご命日です。
ことしは、三回忌にあたります。

長いあいだ、ありがとうございました。




たつみ

2016年03月26日 23:59

たつみ

雑司が谷には、「たつみ」が在ります。

雑司が谷を語るのでしたら、
「たつみ」という店のことは避けられません。


「たつみ」という店は、入りにくい店です。
外から、店内が見えないからです。

店に入っても、店主は愛想がよくありません。
自分が歓迎されているのかどうか、判りません。
疎まれているのかもしれないと思ったりします。

でも、
もし貴方が、その日口開けのお客だったとしたら、
貴方の顔を見てから音楽をかけてくれます。
それは、クラシックかもしれませんし、ジャズか、
シャンソンかもしれません。滅多に演歌は流れません。

そのうちに、常連客が入ってきます。
中年の客たちが、子供のように我を曝け出します。

時々、議論になることがあります。
急に、意見を求められることもあります。
適当に流して聴いていればよいのです。

食べモノはありますが、なかなか注文できません。
何か召し上がりますかと、訊いてはくれません。
しかし、注文すれば作ってくれます。
但し、遅くても催促してはいけません。


「たつみ」は、
長い年月、雑司が谷を見てきました。
雑司が谷の人たちを見てきました。

こどもが成長するのを見てきました。
人と人の出会いを見てきました。
人と人の別れを見てきました。

「たつみ」は、
きょうから少しのあいだお休みします。


貴方が、こんど「たつみ」の灯りを見かけたら、
勇気をもって、暖簾をくぐってみてください。

きっと、
愛想のわるい店主が、
貴方のために音楽をかけてくれます。


「玉砕総指揮官」の絵手紙

2016年03月25日 23:59

「玉砕総指揮官」の絵手紙

雑司が谷の飲み屋「たつみ」は、
事情があって、明日から少しの間ですがお休みします。

そこで昨夜、一本だけ飲むつもりで暖簾をくぐりました。

お客は居ませんでしたが、ママと話をしていると、
しばらくして、常連客が一人入ってきました。


話題が、硫黄島で働いていた、わたしの友人のことになりました。
その友人は、5年前病が発覚して僅か2ヶ月半で亡くなったのでしたが、
硫黄島”と聞いて、ママが一冊の本を出してきました。

「ヒデちゃんに、この本の話をしたっけ? これ、ツユちゃんが書いたのよ」

ツユちゃんというのは、ママの姉の長男の嫁さんのこと。
つまり、ママの甥っ子のお嫁さんのことです。

ママの甥っ子夫婦は、
数年前に自宅を移したので遠くに越してしまいましたが、
以前は、雑司が谷の住人で、「たつみ」の常連でした。

ですから昔は、
よく一緒に「たつみ」のカウンターに止まって話したものです。


ママが持ち出してきた本は、
小学館文庫 栗林忠道・著 吉田津由子・編 「玉砕総指揮官」の絵手紙。 
そこで、昨夜ママにその本を借りましたので、読んでみました。

すると、
映画「硫黄島からの手紙」の原作本だったのだということが判りました。

「父親たちの星条旗」と「硫黄島からの手紙」は、
ともに、2006年に公開されたクリント・イーストウッド監督の映画ですが、
アメリカと日本双方からの視点で、激戦の“硫黄島の戦い”を描いています。

そこで、
クリント・イーストウッド監督が、映画「硫黄島からの手紙」を創るにあたり、
もっともインスピレーションを得られたのが、
この「玉砕総指揮官」の絵手紙という本だったというのです。

「玉砕総指揮官」の絵手紙は、硫黄島の最高指揮官だった栗林忠道中将が、
アメリカ本土へ留学した頃から、硫黄島で玉砕する直前まで、
妻や子供たちに送っていた絵手紙や手紙をまとめて編さんした本です。

わたしも映画を観ていますが、原作本がこの本だったこと、
それを編さんしたのが知り合いだったことは、知りませんでした。


ところで、
旧・日本兵約2万人、アメリカ兵約7,000人が戦死したと謂われ、
ノルマンディー上陸作戦沖縄戦と並ぶ第二次世界大戦の大激戦であった
硫黄島の戦い”ですが、多くの旧・日本兵があの島に眠ったままです。
栗林忠道中将(死後・大将)の御遺骨も、まだ還ってきてはいません。

さきほど気づきましたが、硫黄島の戦いが終わって、明日で71年経つのですね。

米軍上陸の海岸

雑司が谷花散歩

2016年03月24日 23:59

花は、桜だけじゃない。

桜は桜、他人は他人。

自分は自分・・。

CIMG0707.jpg

CIMG0713.jpg

CIMG0711.jpg

CIMG0708.jpg

CIMG0709.jpg

CIMG0710.jpg

CIMG0714.jpg

白い粉事件

2016年03月23日 23:59

雑司が谷を散歩していると、自分は散歩しているつもりでも、
人からは怪しまれているのではないかと思うときがあります。

いつも、
ウォーキングに適したパンツにウィンドブレーカーを着て、
ジョギングシューズを履き、キャップを被ってサングラス、
肩から鞄を斜め掛けして、歩数計をポケットに入れています。

どこから見ても、散歩のスタイルだと思うのですが、
周りから、不審がられているような気がするときがあるのです。


もう、7年前の事になりますが、三浦家の“白い粉事件”というのがありました。
我が家の敷地内に、不審な紙袋が置いてあり、その中から白い粉が発見された
という事件でした。その事件の真相は、まだ解決していません。

7年前の或る日、私は出掛けるようとしていました。
すると、道路からセットバックした敷地内に置かれた紙袋を発見しました。

Bという男性ブランドの紙袋です。駐車場の床面に置いてありました。
中を覗き込むと、ポリエステル製のような黒いバックが折りたたんで入っていました。
それを取り出して、身元が判る物が入っていないかと、ポケットの中を探しましたが、
どのポケットも空でした。

バックの下には、女性物の衣類などが入っていましたが、
下着のようなものが見えたので、それ以上探ることやめて、
傍のガス管のところに紙袋をかけて、そのまま出掛けることにしました。
置き忘れた誰かが取りに来るかもしれないと思ったのです。

夜帰宅したて紙袋を確認すると、まだガス管のところにかかっていました。
翌日交番に持参しようと思いまして、その日は玄関の中に紙袋を入れました。

翌日、近くの交番にその紙袋を持っていきました。
警察官が3人いましたが、若い警察官と年配の警察官お二人が対応してくれました。
警官は白い手袋を嵌め、スチール机の上に紙袋の中身を一点ずつ出してゆきました。
すると、最後に紙袋の下の方からポリ袋に入った “ 白い粉 ” が出てきたのです。

ポリ袋は、7cm×15cmくらいの大きさで、一方にチャックが付いたものでしたが、
ポリ袋は内外2枚で二重になっていました。
中には、“ 白い粉の結晶 ” が約50gほど入っていました。
みんな、目が点になったようにそれを見つめていました。

若い警察官が、急いで地元の警察署に電話をして事情を説明すると、
程なく刑事が二人、交番にやってきました。
刑事組織犯罪対策課・銃器薬物対策係の刑事たちでした。

刑事たちは “ 白い粉 ” を一目見るなり、
「これは相当に “ イイモノ ” ですよ。勿論これが “ ホンモノ ” ならばですが」
と言いました。
私は、“ イイモノ ” という表現に違和感を感じましたが、刑事たちは興奮気味です。

よくドキュメンタリー番組で、麻薬Gメンの捜査官が家宅捜索したり、
警察官が停めた車の中を調べて、それらしい “ ブツ ” が発見されると、
その場で薬品を使って簡易検査をしていますよね?
私は、交番でそれを行うのかと思っていましたら、それは出来ないと言うのです。
刑事の説明では、紙袋は “ 拾得物 ” 扱いなので、その場でポリ袋を開けたり、
成分を調べる簡易検査をすると違法になってしまうのだそうです。
それで、この場合は検査は出来ないということでした。

交番で私は拾得物についての書類にサインをしました。
「もし落とし主が現れない場合、この品物は三浦さんに権利が発生しますが、
その場合、権利を主張されますか?」と警察官が杓子定規な質問をしましたので、
「主張するわけないでしょう?」と言いました。
「そりゃ、そうですよねぇ・・・」と警察官も応えました。

そして、午後改めて警察署に出向いて事情聴取を受け、
その後、自宅の現場で、実況見分に付き合いました。

“ 白い粉 ” は、警視庁の科学捜査研究所に送られました。
私は、当然すぐに結果が出るものと思っていました。少なくともその日のうちには。
しかし、刑事が言うには「1週間から10日くらいかかります」とのことでした。
「1週間と10日、その3日間の違いはなんですか?」と訊ねると、
「土日が入ると休みになるもんで」という答えでした。

その日から、不安な日々がつづくことになりました。
紙袋(白い粉)を置いていった存在を意識して暮らすことになったからです。

もし、その白い粉が “ 覚醒剤 ” だったとしたら、
末端価格で350万円分に相当するという話も刑事から聞いていました。
それに、もしかしたら青酸カリのような毒物だったのかもしれないのです。


結局、何日もかかって、こちらからせっついたら、
その白い粉を分析した結果「覚醒剤じゃなかった」と応えてくれたのですが、
では“何”だったのかは、応えてもらえませんでした。

だから、いまだに我が家にとっては未解決事件なのです。


当時から、池袋のような防犯カメラの設置された繁華街を避けて、
住宅地域で麻薬や覚醒剤の売買が行われていると報道されていました。

ですから、
雑司が谷界隈が売買の現場になっていても不思議なことではないのです。

そんな防犯意識が、わたしを不審者と見る傾向なのかもしれませんが、
わたし自身の経験が、自らを不審者と見られているかもしれないと、
思い込ませているのかもしれません。

参道のケヤキ並木

2016年03月22日 23:59

けやきの剪定

きょうも、花粉症と格闘しながら雑司が谷散歩であります。

雑司が谷の開花宣言は一昨日でしたが、
東京も昨日開花を宣言しました。

ことしの桜は例年に比べて長持ちするのだそうで、
満開が27日頃で散りはじめるのは月末頃からだそうです。

すると、次に楽しみなのは新緑であります。

雑司が谷鬼子母神の参道のケヤキ並木も、
清々しい青葉をたたえて茂ります。

きょうは、そう思いながら参道を歩いていると、
クレーンを伸ばした車が通行制限をして停まっていました。

クレーンで吊られているのは、ケヤキの枝です。
新緑の季節を前に、枝を剪定しているようでした。

参道にケヤキが植えられたのは、天正年間だそうです。
鬼子母神に奉納されたのです。

そのときに植えられたケヤキの大木が、まだ4本残っていますが、
樹齢は400年を超え、東京都の天然記念物に指定されています。
後に植えられたケヤキも含めて、いまだに並木を形成しています。

この並木の根本には、
幕末の頃、茗荷屋、蝶屋、武蔵屋などの料理茶屋が並んで賑わい、
彰義隊士たちが集って、天下国家を語ったこともあったのでしょう。

そんな人間たちを見下ろしていたケヤキが芽吹くまで、あと少しです。

それを毎日楽しみに、歩きたいと思っています。




ペルソナ

2016年03月21日 11:31

ありのままに咲く

<独り言>

学歴を詐称したとして、テレビの仕事を失ったコメンテーターが話題だ。

アメリカの有名大学を卒業したとか、有名大学でMBAを取得したとか、
パリの大学に留学していたとか、父親がハーフで自身はクウォーターだとか、
親族や身近な友人たちだっているだろうに、なぜか違う自分を見せようとする。

詐称と云えば、「偽ること、欺くこと、騙すこと、嘘を言うこと」だが、
本人には、その自覚があったのだろうか?

まぁ、・・・あったんだろうな。

うちのカミサンは、
「もともと、この人のコメントは、いつもヘンだと思ってたよ」と云ったが、
周りにいた人たちは、どうだったのだろう?

わたしは、
正直に云って、彼のコメントの内容には注目したことがない。

耳障りのよい声で、ゆっくり丁寧に話すと、内容に意味がありそうだが、
当たり前のことを云っているだけのような気がしていた。

耳障りのよい声で、丁寧に話してはいるが、あまりに話が長すぎて、
内容はありそうだが、なにが云いたいのか判らない司会者とは違っていた。

ところで、わたしがコメンテーターに関して始めから最も注目していた点は、
「鼻」だったのだが・・。


翻って、自分たちはどうだろう?
人は詐称するまではいかないが、多かれ少なかれ自分を装う(粧う)ことがある。

わたしは、
年齢を少し誤魔化している人を知っている。
身長や体重を正確に云わない人を知っている。
化粧をほどこしたり、髪を着けたり染めたりする人を知っている。
プロフィールが本当と少し違っている人を知っている。
お金が無いのに、有るように振舞う人を知っている。
お金が有るのに、無いように振舞う人も知っている。

幸せそうにはしているが、地獄を抱えている人を知っている。

みんな、少なからず仮面を被って、自分を守っている。

だから、
小さくても、ありのまま咲く花が羨ましい。


雑司が谷と大久保の開花宣言

2016年03月20日 13:19

2016年3月20日開花

やっぱり、きょうでした。

わたしが勝手に、雑司が谷の標本木にしている、
法明寺の桜並木の一本が開花しました。

そういえば、この木は去年も3月20日に開花しました。

ところで、前にも書いたことですが、
気象庁が東京の開花を宣言する場合の桜はソメイヨシノで、
千代田区九段の靖国神社の標本木を観察して行います。

しかし、ソメイヨシノ(染井吉野)は、
豊島区の旧・染井村(駒込)の植木屋さんが創ったと云いますから、
東京の開花を測る標本木は、豊島区内の桜にしたらどうでしょう?

2016年3月20日大久保

さて、きょうは春分の日で、お彼岸の中日です。
そこで、新宿区大久保に在るお墓にお参りに行ってきました。

すると、どうでしょう!
お墓の傍の桜の木は、とっくに開花して見頃を迎えていました。

ご先祖様に供花を持参しましたが、要りませんでしたね。

小さく開花



最新記事