お墓参り

2015年12月31日 13:01

大晦日のお墓参り

午前中に、お墓参り。

ことし最後の、お墓参り。

わたしにとっては五十代最後の、
大晦日のお墓参り。

ことしも、ご先祖様たちに見守っていただいて、
御陰様で、なんとか家族全員が健康で年越しができそうです。


スポンサーサイト

神棚とご仏壇

2015年12月30日 23:59

神棚

明日は大晦日で、雑巾が使えませんから、
きょうは、神棚とご仏壇を清めまして、花を活けました。

まず、身体を清めるために風呂にはいります。

神棚の社を拭き清めまして、
大鳥神社、穴八幡宮、氏神様、そして一番上に天照大神様のお札を重ね、
お札の束をお祀りします。

新しい榊を供え、お神酒と、洗い米と、塩と、水を供えます。

最後に、注連縄を張ります。

そして、お参り。

一礼して、もう一礼しながらことし一年のお礼を申し上げ、
柏手を打って、最後に一礼します。

ご仏壇も、一つひとつの仏具を綺麗にして、ご仏壇も清めまして、
花を供えて、線香を焚いてお参りします。

生け花は我流ですが、
二種類の百合と、二種類の千両と、梅と松を活けました。

仏壇

こうして、
神仏に掌を合わせると、落ち着きます。

わたしは、信心深いわけではありませんが、
お参りすることで、神仏やご先祖様に恥じることのない自分であるかどうか、
それを確かめることができます。

生け花



お礼参り巡り

2015年12月29日 23:59

氏神様

ことしも、お礼参りの時期が参りました。

まず、最初は我が家の氏神様へお参りします。
お伊勢様(天照大神)のお札と氏神様のお札をいただき、
神棚に祀る三尺の注連縄をいただきます。

穴八幡宮

次に、早稲田に在る穴八幡宮へ参りまして、
穴八幡宮のお札と一陽来複のお札と懐中一陽来複のお守りをいただきました。

一陽来複のお札は、大晦日の24時に決められた方角に向かって、
家の中の壁の出来るだけ高いところに貼らなければなりません。

鬼子母神堂

鬼子母神様は、一年を通して一番多くお参りしました。
鬼子母神堂と、鬼子母神様の石像に向かってお参りしました。

武芳稲荷

鬼子母神堂の境内に在る、武芳稲荷にお参りしました。

おっと、正確に云えば、
この辺りは、むかし稲荷山と云って武芳稲荷が先に在ったのだそうです。
その境内に、鬼子母神堂が建ったというワケですが、そもそも此の土地は、
法明寺というお寺の境内の飛び地なんでありますよ。

大鳥神社

最後に、大鳥神社へお参りしました。

その他にも、
各地の神社仏閣にお参りさせていただいた一年でしたが、
各地の神さま仏さま、お見護りいただきまして、ありがとうございました。


芝浜

2015年12月28日 23:59

日の出前

朝6時に、我が家を車で出発いたしました。

むかしから暁とか東雲と謂われる時分です。
車が南に向かうにつれて、次第に空が明るくなってきました。

今朝は、かみさんと築地に食材の買い出しです。


ところで、
築地市場(河岸)に向かう途中だったので、思い出しました。

暮れのこの時季、特に大晦日に聴きたいのは「芝浜」。
古典落語の「芝浜」です。

腕は確かだが、酒好きが高じて仕事をしくじった魚屋の熊が、
河岸が在る早朝の芝の浜で五十両の金が入った財布を拾います。

金を懐に入れて家に帰ってきた熊は、
昨夜の飲み残した酒を飲んで寝てしまいます。
起きた熊は、風呂に行って仲間を呼んで朝からドンチャン騒ぎ。

また酔って寝てしまった熊でしたが、夕方おかみさんに起こされます。
ドンチャン騒ぎのツケをどうやって払うのか問い詰められた熊、
拾った金があるだろうと云うと、何を寝ぼけたことを云ってるの?
起こされて湯に行って仲間を連れて帰ってきて飲んで寝ちゃったんだろ、
と云われてしまいます。

あれは夢だったのかとガッカリした熊は、心を入れ替えて働くと誓います。

それから3年経った年の大晦日、
すっかり借金を返し、稼いで新しい畳に替わった熊の家です。

湯から帰ってきて、福茶を飲みながら働くことの大切さを語る熊に、
おかみさんが、財布を出して見せます。
これは、“あのとき熊が拾った財布”だと云うのですが・・・


芝浜」と云えば、
三代目桂三木助と云われるほど三木助師匠の「芝浜」は有名ですが、
残念乍ら拝聴したことがありません。

しかし、
志ん生志ん朝小三治談志の「芝浜」は聴いています。

三木助師匠の「芝浜」は、
芝の浜辺でお天道様を拝みながら財布を拾うときのリアルな描写が有名なのだそうですが、
志ん生師匠志ん朝師匠は、この描写を演りません。
リアルになっては「財布を拾ったことが夢にならなくなってしまうから」という理由。
しかし、小三治師匠は、この描写をお演りになります。

わたしは、志ん生志ん朝小三治、どなたの噺もスキです。

談志師匠も、芝の浜のリアルな描写をお演りになりますが、
わたしは師匠がスキじゃありませんから、師匠の「芝浜」もスキじゃありません。


そんなことを考えながら運転するうちに、築地に着きました。

築地市場(場内)は、
来年11月には豊洲に移転してしまいますから、
此処で年末の買物をするのは、これが最後かもしれません。

志ん朝師匠談志師匠も、もう生で聴くことはできません。

築地

築地場外

築地市場

2015忘年会

2015年12月27日 23:59

ことしも、いろいろあった輩を集めて、
連日、忘年会を催しております。

昨日は、蕎麦屋。
きょうは、鰻屋で年忘れ。

ことしのことは忘れて、来年のことを考えましょう。

こうして、忘年会も終わりました。

ゴミの回収も、明日の朝まで。

早朝には、築地に買い出しに向かいます。

各神社やお寺にお礼参りもしなくてはいけません。

新年の挨拶状も用意します。

明日から、また忙しい!



クリスマス・コンサート

2015年12月26日 23:59

クリスマスコンサート

幼稚園は、水曜日だけ半ドンです。

 いまどき、
「半ドン」という云い方は、古いでしょうか?
半分、ドンタク(お休み)という意味ですが。

つまり、幼稚園は水曜日午前中で終わります。

まご娘は、
水曜日の午後、学童保育に行っています。

きょうは、
学童保育所の「クリスマス・ピアノ・コンサート」でした。

そもそも、学童保育は、
放課後に家庭に帰っても保護者不在の児童を、
健全に育成しようという主旨で始まった事業ですが、
勉強を教えたり、習い事をさせることが目的ではなく、
高学年から低学年一体の集団での遊びを通じて、
子供なりの社会を体験し、自主性や協調性を学ぶ、
そんな“場”であったハズです。

そして、
そんな学童保育所を運営していたのは民間でした。

しかし、
学童保育は自治体が運営することが多くなり、
民間学童保育所の場合も、
現在では、放課後の過ごさせ方のニーズが多様化し、
幼児教室や習い事教室を併設している学童が増えています。

まご娘が行っている学童も、
そうした学童保育所の一つであります。

ですから、
放課後に保護者不在な家庭でなくてもOKですし、
子供の年齢も幼児からで、児童対象とは限りません。

そして、
ピアノや英会話など、習い事を目的にしている子もいるワケです。


というワケで、
きょうの「クリスマス・ピアノ・コンサート」
まご娘は、ピアノは弾きませんでしたが、

ミッキーマウスマーチ
世界中の子供たちが
すばらしい出会い
ドレミの歌
スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス
はんたいホラネ!?
ハッピーバースデイ
となりのトトロ
前歯のない子のクリスマス
あわてんぼうのサンタクロース
赤鼻のトナカイ
きよしこの夜

これだけの曲をメドレーで歌いました。
美空ひばり並みです。

半ドンの水曜日だけ通っているまご娘、
一体いつの間に憶えたのでしょう?

「元禄港歌」

2015年12月25日 21:15

スーパー歌舞伎Ⅱ「ワンピース」の千穐楽から一ヶ月が経ちました。
我が家でも、「ワンピース」の話題は減っております。

息子が出演いたします次回作「元禄港歌」の話題が増えました。

元禄港歌

「元禄港歌」は、瞽女さんをモチーフにした
秋元松代さんの戯曲で、生き別れになった母と子の物語であります。

瞽女さんといえば、
水上勉さんの「はなれ瞽女おりん」という小説もありますが、
こちらも舞台化・映画化されて有名になりました。

瞽女さんは、その作品のモチーフであり、
作品に登場する盲目の女芸人たちのことであります。

うちのかみさんは、
はなれ瞽女おりん」が初めて舞台化された五月舎製作の
公演に(製作・本田延三郎、演出・木村光一)出演していました。
モチロン、瞽女役でした。


さて、「元禄港歌」のもう一つのモチーフは、
劇中で唄われる瞽女唄の「葛の葉子別れ」であります。
所謂「葛の葉」の物語です。

妻の病を治すために、狐の生きた肝を得ようと信太の森(現在の大阪府和泉市)に
狐狩りに出掛けた悪右衛門。
その悪右衛門の狩りから逃れてきた白狐を助けてやった保名という男は、
その折に怪我を負ってしまいます。
そこに現れた葛の葉という女性が、保名を介抱して家まで送り届けてくれました。
度々、葛の葉に見舞ってもらううちに保名は恋に陥ります。
二人は恋仲となり、結婚して童子丸という子供をもうけました。
しかし、童子丸が5歳のときに、葛の葉の正体が保名にバレてしまいます。
葛の葉は、保名に助けられた白狐だったのです。
葛の葉は、一首残して信太の森へと帰ってゆきました。

恋しくば尋ね来て見よ 和泉なる信太の森のうらみ葛の葉


狐といえば、息子は小学生のころ、毎日のように二段ベットを使って
義経千本桜」の河連法眼館(四ノ切)の場を演っていました。
狐忠信は、息子にとって演りたくてやりたくて仕方がないお役だったのです。

その息子は、
かみさんが「はなれ瞽女おりん」の初演に出演しなければ生まれませんでした。

その「はなれ瞽女おりん」をプロデュースした本田延三郎さんは、
昭和26年に、岡田英次さん、木村功さん、金子信雄さん、大泉滉さんらの劇団、
青年俳優クラブを設立しましたが、これは後の劇団青俳です。

昭和30年、
その劇団青俳に入団したのが、「元禄港歌」を演出する蜷川幸雄さん。

瞽女さんといい、狐といい、本田延三郎さんといい、
「元禄港歌」には、さまざまな因縁を感じます。



振り返りません。

2015年12月24日 18:21

先日来、
「三浦 秀和さん ― ことし一年を振り返ってみよう」
というようなメッセージがFacebookから送られてきます。

きょうは、
「三浦 秀和さん ― Facebookでシェアした2年前の投稿を振り返ってみよう」
というメッセージが届きました。

おおきなお世話です。

ツリー

2年前に投稿した写真が添付されていましたが、
Facebookも、お節介ですよね。 

ことし一年も、二年前も振り返りたくはありません。


きょうは、まご娘も息子たちもいませんから、
かみさんと二人だけで、静かに過ごしたいと思います。

世の中の子供たちが、
美味いものを食べて、楽しい夢が見られる、
健やかで、朗らかで、穏やかな夜を送ることができる、
そんなクリスマス・イヴであってほしいと願っています。

そして、
また明日の朝昇るであろうお天道様を見送ります。

わたしは、振り返りません。


夕焼けと富士


イルミネーション

2015年12月23日 23:59

イルミネーション

個人的には、
あまりイルミネーションというものが好きなワケではありませんが、
クリスマスを前に、少しは気分を味わわせてやろうかと思い、
まご娘にイルミネーションの飾りつけを提案しました。

なんてことはない、
窓ガラスに、イルミネーションの電線をところどころセロテープで止めただけです。

一応は、樅の木を形どったつもりなのでありますが・・・。

でも、最も興奮したのは、点灯の瞬間でありました。


さて、
福島県の楢葉町に在る天神岬スポーツ公園に、
イルミネーションが点灯しているのだそうです。

去年の今頃、
わたしは、福島原発行動隊の仲間と共に、
いわき市から広野町楢葉町富岡町大熊町双葉町浪江町南相馬市へと
国道6号線を北上するという行程で視察を行いました。

去年の今頃、楢葉町は、
福島第一原発から20キロ圏内に在って、避難指示解除準備区域でした。

国道6号線沿いのセブンイレブンが一軒だけ昼間のみ営業していましたが、
原発作業員、除染作業員の方たち、昼間だけ帰宅を許された住民の方たちの、
生活を援ける、まさに便利(コンビニエンス)な唯一のお店でした。

その楢葉町は、現在避難指示の解除から3ヶ月が経ちました。
しかし、帰町した住民の数は、まだ人口の5%程度なのだそうです。

この一年、
自分には、なにが出来たのか、なにをやったのか、
なにが出来なかったのか、なにをやらなかったのか、痛切に感じています。


冬至

2015年12月22日 22:03

ゆず湯2015

きょう12月22日は、
東京の日の出は6時47分、日の入りは16時32分、
昼間が9時間45分、夜が14時間15分ということで、
1年で一番昼間が短く、夜が長いという一日、二十四節気で云う冬至です。

冬至には、
湯に柚子を浮かべた風呂に入ると風邪をひかないと謂われておりますが、
湯治(とうじ)と冬至(とうじ)の語呂合わせだという説があり、
健康でいれば、身体の融通(ゆうずう)が利くという洒落だそうです。

また、
冬至には、かぼちゃを食べると長生きするとも謂われますが、
きょう我が家では、ネギを中心に野菜を沢山入れた鍋物をいたしました。

情報番組で、ネギの効用について採り上げていたからですが、
ネギの緑色の部分の中にある粘液が免疫力上げる成分なのだそうです。
この成分が体内に吸収されると、血液中で免疫細胞のマクロファージが活性化し、
活性化したマクロファージが他の免疫細胞を呼び寄せてウイルスを攻撃するので、
免疫力が強まるのだとか。

この粘液の成分は、熱を加えても効果は変わらないのだそうですし、
また水溶性なので、スープや味噌汁として飲んでも効果があるということでした。

そこで、
なるべくネギの緑色の部分を多く摂るために、
きょうは、長ネギと九条ねぎを鍋に入れました。

ねぎ鍋

その、ゆず湯に浸かることもなく、ネギ鍋を食べる間もなく、
次男は、またアメリカに帰ってゆきました。


風邪ひくなよぉ!


「東海道四谷怪談」の祟り

2015年12月21日 23:59

東海道四谷怪談

現在、国立劇場で公演中の歌舞伎「通し狂言 東海道四谷怪談
松本幸四郎さんの民谷伊右衛門に、市川染五郎さんのお岩で、
今月26日まで上演されています。

この「東海道四谷怪談」という題名にある「四谷」のことを、
みなさんは、新宿区の四谷だと思っておられませんか?

確かに四谷左門町には、
実在したと謂われるお岩さんが勧請したという「於岩稲荷田宮神社」が在ります。

そこで、
東海道四谷怪談」の「四谷」が新宿区だと思っていらっしゃる方がおられるのですが、
東海道四谷怪談」の台本にある「四谷」は雑司が谷の「四家町」のことです。

現在、雑司が谷に四家町という地名は残っていませんが、その名がついた公園は在ります。
我が家の周辺が、四家町と謂われた場所だったのだそうです。

CIMG9676.jpg

さて、話は変わりますが、
わたしたちが“シュウちゃん”と呼んでいる歌舞伎俳優、
中村米吉さんも、お梅というお役で出演しています。

このお梅というお役は、伊右衛門・お岩夫婦の隣家・伊藤喜兵衛の孫娘で、
喜兵衛は、孫娘が伊右衛門に恋をしているのを知って伊右衛門を婿にと望み
お岩に毒を贈った人なのであります。

なんでも、
“お梅”の役を勤める役者には、お岩が祟るという噂があるようで、
「家が焼ける」とか、「胆嚢炎になる」とか謂われているのだそうです。

しかし、
実在したお岩さんと婿養子になった伊右衛門は仲のよい夫婦だったのだとか。
お岩さんが勧請したという「於岩稲荷田宮神社」は、
商売繁盛、興行成功のご利益があるとされています。

ですから、
東海道四谷怪談」にまつわる祟りはフィクションなのでありますよ。

ということで、きょうは久しぶりに、
我が家の長男もお稽古が早く終わり、次男も帰国中であることから、
中村歌六さん、中村米吉さん親子の小川家と三浦家の食事会を催しました。

シュウちゃんは、
胆嚢炎も気にせず、元気に料理をいっぱい召し上がっていましたよ。


テッシュペーパーの味

2015年12月20日 22:38

きょうのネットニュースに、
「ティッシュって甘いんだよ」幼い姉妹、母と空腹の日々という記事が載りました。

リンクさせましたが、
いずれリンクできなくなると思いますので、記事の内容を簡単にシェアします。

長野県に住んでいる30歳の女性は、
2010年に、夫のDV被害から逃れ、9歳と8歳の女の子といっしょに家を出ました。

派遣社員として工場で働きだしました。
月収は多くて15万円ほどでしたが、うつ状態で休みがちになりました。
やがて、光熱費や国民健康保険料も滞納し始めるようになりました。

親戚や知人も余力がなく、頼ることができませんでした。
クレジットカードのキャッシングも繰り返し、すぐに返済が滞りました。

2年前の2013年にやっと、
福祉相談に応じている病院の職員に付き添われて生活保護を申請し、
うつ病が悪化して就労は困難だとして生活保護認定されたのでした。
現在は、月18万円ほどで暮らしているのだそうです。

しかし、生活保護認定をされるまでの3年間の食生活が、
この記事のタイトルに表されているように、“テッシュペーパー”まで口にした壮絶さだったのです。

白飯に、サラダ油と醤油をかけて食べたり、
子供たちは、母親に隠れてティッシュペーパーに塩をかけて噛みしめたといいます。
電気の止められた部屋で、野菜の切れ端が入った薄い雑炊を3人ですすったこともあったそうです。

以上が、簡単ですがこの記事の内容です。


さて、
わたしが、この記事を読んで採り上げたいのは、
離婚問題やDV問題や生活保護のあり方や貧困問題ではありません。

ことしの春に発表されたことですが、
この国は、世界で1・2を争うほど食品廃棄量が多い国なのだそうです。
この国では、年間1,900万トンの食品廃棄物が出ているのだそうですが、
これは世界の7,000万人が1年間食べていける量に相当するのだとか。

なかでも、食品ロスと謂われる食べられるのに捨てられてしまう物が、
500万トン~900万トンもあると謂われているのだそうです。
金額に換算したら100兆円以上になるというデータもあるそうです。

わたしの学生時代のことですが、
わたしがアルバイトしていたコンビニエンスストアから、廃棄する弁当やパン類など、
業務用のゴミ袋一杯にもらってきて金欠だった後輩たちに分け与えていました。
いまは、そういうことは出来ないようです。

皆さんは、閉店前のデパートやスーパーに行ったときに、
棚やショーウインドーに並んだ売れ残った食品をどうするのか、想像したことはありませんか?

と云っても、
わたしは、なにも生活保護を受ける必要のある人たちに、
デパートやスーパーやコンビニの残飯を分け与えよと云っているのではありません。

この国に、餓死寸前の子供たちがいる状況と、
7,000万人分の食料を棄てている状況のアンバランスを指して云っているのです。
そのアンバランスを即刻解決しなければならないのではないかと云いたいのです。

ところで、
廃棄食品を、有効に利用する智慧はないものでしょうか?
最低限の食生活を保障する仕組みは構築できないのでしょうか?

食料品等に対する軽減税率の議論も結構ですが、
貧困に対する、もっと根本的な社会の仕組みづくりを考えないといけない。
案はないのですが、・・・そう思いました。



最新記事