本末転倒

2015年06月30日 22:39

オリンピックの発祥の地はアテネですが、
近代オリンピック(夏季)の第1回は、1896年にアテネで開催されました。

そのアテネを首都にもつギリシャが大変です。

2009年に財政赤字の隠蔽が明らかになって以来、
急速にギリシャの信用は失墜しました。

そこで、
財政再建策として大幅な増税と、公務員の給与カットが行われましたが、
就労人口の4分の1が公務員と謂われるギリシャの国民が怒って、
デモやストライキで対抗して、更に混乱が拡大してしまいました。

そして、ここにきて国際通貨基金(IMF)に対する債務返済が、
6月30日の期限までに履行できない可能性が高まっています。
所謂、デフォルト(債務不履行)というやつです。

ギリシャ危機の影響は、
日本でも、株価が急速に下落したことからも明らかですが、
もしデフォルトが起こったら、世界に大混乱が生じることでしょう。


ところで、
文部科学大臣が、新国立競技場の建設計画を正式に発表したそうです。
新国立競技場の総工費は、当初の1,300億円から二転三転しましたが、
今回、正式に発表された総工費は、2,520億円に膨らんでいます。

新国立競技場のデザインで特徴的な流線型のキールアーチだけで、
1,500億円かかるのだそうです。

2008年の北京オリンピックの場合、メインスタジアム全体で540億円、
2012年のロンドンオリンピックは610億円かかったのだそうですが、
それらの金額と比較しても、2,520億円とか1,500億円は破格です。

2,520億円有ったら、
東日本大震災の復興予算に回したらいいと思うのは、
国民として、当然の感情でしょう。

さて、新国立競技場の財源は、
スポーツ振興くじの売り上げからも確保するというのですが、本来
「トップレベルの選手の国際的競技力向上のための環境の整備」
を目的としているtotoの売り上げですから、
選手の強化予算を“箱代”に使うのは、本末転倒というものでしょう。

競技場に屋根がないと雨が降ったら困るというなら、
8万人収容できるとして、100円傘を配っても800万円です。
252,000,000,000÷8,000,000=3,150ですから、
2,520億円あれば、3,150回雨が降っても傘が配れます。

2,520億円なんてお金があるのなら、
ギリシャ国際通貨基金に対する債務は、
15億ユーロ(日本円で約2,100億円)だそうですから、
ギリシャはオリンピック発祥の国でもありますし、
いっそ貸してあげたらいかがでしょうか?


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出逢い

2015年06月29日 21:59

朝焼け

お祖父さんお祖母さんたちがあって、

わたしの両親が出会って結ばれて、

わたしが生まれ、

あの人にも、この人にもお世話になって、

あの人にも、この人にも影響されて、

上京して、

あの人にも、この人にも出会って、

あの人にも、この人にも影響されて、

かみさんと出会って、

息子たちと出会って、

あの人にも、この人にもお世話になって、

更に、出会いがあって、

いま、まご娘と過ごせる時間があります。

そのすべての人との出逢いに感謝しています。

32歳の誕生日

きょうは、息子の32歳の誕生日です。

大歌舞伎

2015年06月28日 23:59

7月の歌舞伎座

歌舞伎座の七月興行は、「七月大歌舞伎」です。


ところで、
この、“大歌舞伎”の“大”って、なにを指すかご存知でしょうか?

“大歌舞伎”は、“大芝居”とも謂われますが、
江戸時代に幕府が公認した、中村座・市村座・森田座という
大劇場3座の興行を、“大芝居”、“大歌舞伎”と称していたことから、
歌舞伎座や新橋演舞場など、大劇場での興行を“大歌舞伎”と称するようです。

しかし、
現在、“大歌舞伎”という場合は、劇場の大きさというよりは、
“大物俳優”が、“大勢”揃った興行のことを指すようであります。

この“大物俳優”のことを、“大看板”と申します。
江戸時代の芝居小屋の入口に飾られる役者名を描いた看板が、
大物俳優ほど大きな看板だったことから、大幹部の俳優のことを、
“大看板”と呼ぶようになったのだそうでございます。

ですから、“大歌舞伎”とは、
“大劇場”に、“大看板”が、“大勢”揃った、
興行のことを指すのだろうと思われます。

というワケで、
七月の歌舞伎座興行は「七月大歌舞伎」、“大”が大勢さん出演されます。

そのため演目も多く、演目ごとに主役が入れ替わります。
ですから、大歌舞伎は豪華な懐石料理のような興行なのでございます。

うちの息子は、
謂わばメインディッシュの「通し狂言 怪談 牡丹燈籠」に登場いたします。

7月3日初日

七月大歌舞伎
 <拡大>

中庸

2015年06月27日 23:59

文字を読んだり、書いたりするようになった、
5歳のまご娘が、鏡文字を描くことがあります。

なんですか、
5歳児の成長期にあって、鏡文字を描くことは、
別段めずらしいことではないそうです。

おもしろいことに、
文字を正確に読めても、正確に描くことができないのです。

目から入った情報は、右脳で受容され、
やがて左脳に変換されて表現されるのだそうですが、
左脳が未発達なこどもは、しばしば右脳で感じたまま、
文字を表現してしまうのだそうで、それが鏡文字です。

そのことを以ってしても、
右脳と左脳のどちらかが重要なのではなく、
右と左の架け橋が重要なのだということが判ります。

文字

さて、
政権与党の若手代議士たちが集まって、
勉強会を開催した際の“マスコミを懲らしめるには発言”が話題ですが、
物事を右か左で分別することに慣れてしまった、或は麻痺してしまった、
そんな人たちのメンタリティーが問題なのであって、それは、
物事を、右脳でイメージしたとおりに表現してしまう5歳児と同じです。

これは、なにも右の脳で考えるから右だと云うのではありませんで、
左の人たちにも、申し上げたいことであります。

こういった代議士たちは、国会議員としては不適格ですが、
あえて申しあげるなら、天下国家を思考する人がわきまえておくべき、
中庸”という考え方、心得を知らぬのだと思います。

中庸”を、右と左の中間の“コウモリ”的に捉えるべきではありません。
中庸”を“バランス”と捉えるのも、正しくないと思います。

物事は、多くの場合に複雑で混沌として現れます。
年金問題然り、女性の働き方然り、子育て環境然り、
大震災の復興然り、原発問題然り、安全保障然りであります。

問題が起こるたびに右往左往し、すぐに賛成・反対を言う人がいますが、
事は、それほど単純ではないワケであります。

物事には、
その本質を捉えて向かわなくてはならないことがあります。
その本質に、なにを以って対処するかと云えば、
偏りなく、予断を持たぬ冷静さだといえるでしょう。

それこそが、
右脳と左脳の“夢の懸け橋”だと云えるのかもしれません。


文字

2015年06月26日 23:59

文字

うちのまご娘は、現在5歳。

遊びも、学習も、習い事もありますが、
遊びは自由に伸び伸びとやればよいと思います。

学習も、数字を読めたり計算できたり、
文字が書けたり、読むことができたり、
できないより、できたほうがよいと思います。
音楽も、歌ったり、リズムをとったり、
踊ったりできれば、よいと思います。

習い事は、日本舞踊でもフラダンスでも、
茶道でも、華道でも、武道でも、お習字でも、
習い事の場合は、師匠をお手本にして、
真似をしながら、身につけてゆくことが肝心でしょう。

創造力を伸ばすことと、習い事は、そこが違いです。

さて、それは、
その子の幸せを願っている。
よかれと思って、やっている。

しかし、
できなければダメだということではありません。
いまやらなければ、遅いということもありません。


ペンキ塗り

2015年06月25日 23:59

ペンキ

むかし、学資を貯めるために働いていたころ、
遠い親戚にあたる塗装資材の会社で働かせてもらっていたことがあります。

塗料や、ガン吹きの材料などを作って、業者や職人に卸している会社でした。

毎日、塗料の一斗缶を運んだり積んだり、
セメントや細かい砂や石綿の袋を運んだり積んだりしていました。

それらの資材をかくはん機で混ぜて、製品にする仕事もやっていました。
ですから、マスクもしないで石綿を扱っていたワケで、肺を心配しましたが、
検査を受けましたところ、いまのところ大丈夫です。

そんなワケで、むかしのアルバイト経験から、
ペンキ屋さんと左官屋さんとガン吹き屋さんのタイプ分けができるようになりました。


さて、
きょうは、ちょいとした日曜大工(きょうは木曜日ですが)を手伝ってもらいました。

材木に、水性のペンキを塗る仕事です。

上の面と横の面に、刷毛で水性のペンキを塗っていきます。
長い時間がかかっていましたが、全ての材木にペンキが塗られました。

途中で、刷毛を持つ腕を蚊に刺されて泣きましたが、
ほぼ完ぺきに仕事をこなしました。

むかしのわたしより、集中するタイプかもしれません。

ペンキ塗り

脚力

2015年06月24日 22:00

走る①

関東地方は、
ゆうべ遅く、雷を伴った局地的に非常に激しい雨が降りました。

それでも、
きょうは、梅雨の中休みのような晴れ間が現れ、
午前中から気温も上がり、25度以上の夏日となりました。

走る②

湿度も高く、熱中症が気になるところでありますが、
晴れた日は、やはり屋外に出て身体を動かしたほうがいいと思います。

身体を動かすといったら、やはり“走る”ことでしょう。
“歩く”、“走る”は、身体の動きの基本であります。

走る③

わたしも小さいときには、野や山を駆け回っていました。
忍者や、コンバットの兵士になったつもりで駆け回っていると、
夢中になって、不思議と疲れを覚えることもありませんでした。

家から幼稚園が一番遠く、
次いで小学校、中学校の順に近くなり、高校は寮でした。
小学生だった頃は、登校時も下校時も走っていたように思います。

学生時代に山登りをしましたが、
登山中に倒れた友人を背負って登るくらいの脚力は培われました。

おかげさまで、
追いかけたり、先回りして、こんな写真を撮っております。

走る④

やってしまいがちな間違い

2015年06月23日 20:56

ジィジ

こどもが、絵を描いているときに、

おとな 「じょうずに描けたねぇ! これはなぁに?」

こども 「・・・」

よくやってしまいがちな間違いです。

こどもの絵は、
おとなには解らないことがたくさん描かれていますケドね。

それを訊くのは、間違いだと思っています。

おとなだって・・、
貴方が、芝居をする人だったとして、その芝居を観た人が、
「いいお芝居でした。ところで、このお芝居で何を云いたかったの?」
こう云われたらどうでしょうか?

こういった発言は、残念乍らよくあることですが・・。

くるま

さて、これはなにを描いた絵か、お解りですよね。
そう!「くるま」です。くるま以外、他になんだと云うのでしょうか?


では、次の作品ですが、なんだか解りますか?

水を飲んでいる宇宙人

よくありがちな間違い、その2。

こどもが、絵を描いているときに、
お手本の絵を描いてあげること。

わたしも、
まご娘が1~2歳のころ、アンパンマンを描いてあげたことがあります。

だれでも描きやすいキャラクターですし、
まご娘の周りにいくらでも、アンパンマン・グッズが在るので、
描いてもいいかなと思って描いてしまいましたが、
できれば、お手本としては描かないほうがいいように思います。

おとながお手本の絵を描くことは、
こどもが自由に絵を描くことができる可能性を、
先入観や価値観で押さえこむことになりかねないと思うわけです。

こどもの絵には、
その子の心情や葛藤が現れると謂われています。

その子の想いが、そのまま絵に現れているはずです。
その想いを、邪魔してはならないでしょう。

あっ、そうそう。
上の絵のタイトルですが、「水を飲んでいる宇宙人」です。

もちろん、お判りのことと思いますが・・。 


双葉

2015年06月22日 22:43

発芽

双葉が出ました。

先日蒔いたキュウリの種が発芽しました。

先日来、息子とまご娘が糠床を作り始めておりまして、
キュウリやナスが生ったら、糠漬けにするつもりですが、
8月に入った頃には、収穫できるでしょう。

それにしても、
まご娘は、種蒔きから1週間経たないで発芽したことに
驚いたようであります。

野菜も人間も、ちゃんと育めば芽を出します。
ただ、それがどんな芽でどう育つかが問題でしょう。

「栴檀は双葉より芳し、ブタクサは双葉から近所迷惑」


双葉

おじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃん

2015年06月21日 21:40

おじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃん

まご娘が、
「おじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃん」
という長いタイトルの絵本を読んでくれました。

長いタイトルですが、
ホントは、「おじいちゃんの・・」が、もっともっとつづくお話であります。

読み聞かせ

誰しも、おじいちゃんがいます。
ふつうは、2人のおじいちゃんがいるハズです。

そこで、
その2人のおじいちゃんたちのおじいちゃんは、
合わせて、8人いるんだという話をしました。

それが、
ど~も、わからないようなのであります。

おじいちゃんが3人いる場合は、
おじいちゃん“たち”の、おじいちゃん“たち”は、
少なくとも、12人いるはずだと申しましたら、
あたまがこんらんしてしまったようであります。

なんねんも、なんねんもの間に、
なんにんも、なんにんものおじいちゃんやおばあちゃんが死んで、
それでも、地球の重さが変わらないのは、なぜでしょう?

おじいちゃんの、そのまたおじいちゃんは


うちの海女ちゃん

2015年06月20日 23:59

海女さん

プールつきの我が家では、梅雨のまえにプール開きをしました。

梅雨の合間を縫って強化練習が行われておりまして、
現在は、もっぱら潜水の練習中なんであります。

貝に見立てたおはじきを水中に投下しまして、
ゴーグルをつけて潜り、おはじきを拾うというものです。

息継ぎに失敗して、鼻に水が入って泣いたりもしましたが、
なかなか長い間、息を止めることができるようになりました。

「これなら、海女さんになれるねぇ」と云いましたら、
「わたし、海女さんになるつもりはないケドね」と申しました。

海女ちゃん

いいから いいから

2015年06月19日 23:59

いいから いいから

あるときは、かみなりの親子が天から堕ちてきて、
あるときは、温泉旅行に行った旅館で幽霊が出て、
あるときは、散歩をしていたら貧乏神と出会って、
あるときは、おとうさんが忍者を連れて帰ってきて、
それで・・・、
おじいちゃんとぼくがどうしたかというお話。

だれでもかれでも、「いいから いいから」と受け容れてしまう、おじいちゃん。
なんでもかんでも、「いいから いいから」と許してしまう、おじいちゃん。

絵本作家・長谷川義史さんの代表作「いいから いいから」シリーズです。

保育園には、「いいから いいから」の①だけがあると云うので、
①から④まで買い揃えましたら、さっそくパパに読み聞かせをしています。

階下で、「い~から い~から」と、読む声が聴こえています。
なんとも芝居っ気たっぷりの「い~から い~から」です。


さて、長谷川義史さんには、
「へいわってすてきだね」という絵本もあります。

与那国島の小学1年生の男の子が書いた詩をもとにしている絵本です。
戦争のない沖縄の平和が、ずっとつづいてほしいと願う詩です。

なんでもかんでも、「いいから いいから」と、許すことはできません。



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