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砂川判決

2015年06月18日 23:59

アノマテカ
アノマテカ

現政権と与党が法案成立を目指す安全保障関連法案に盛り込まれている、
集団的自衛権が憲法上合憲であるという理由の根拠に挙げられているのが、
1959年(昭和34年)の、所謂「砂川事件の最高裁判決」なのだそうです。

そこで、
その「砂川事件の最高裁判決」を、
最高裁判所のホームページ上で判例検索して読んでみました。

このブログの、
「砂川事件の最高裁判決」の部分をクリックしていただければ、
みなさんもお読みになることができますよ。

さて、これを読みますと、この裁判は、
「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定に伴う刑事特別法違反」
つまり、端的に言えば、
「アメリカ軍の日本への駐留は合憲か否か」について争った裁判だったことが解ります。

判決は、日米安全保障条約に基く駐留は違憲とは言えぬとしたものですが、
同時に、憲法で保持を禁止した“戦力”とは、“我が国がその主体となって、
これに指揮権、管理権を行使し得る戦力をいうものである”と言っています。

だから、
アメリカ軍の駐留は、“禁じられた戦力”には当たらないと言っているのですが、
結局、禁じられた“戦力”とは、我が国の戦力を指すワケですよ。

だったら、
やはり自衛隊は、憲法で“禁じられた戦力”なんじゃないですかね?
それとも、自衛隊は、“戦力”じゃないのでしょうか?

この判決を根拠に、“集団的自衛権行使”を言う意味が解りません。

こんな、根拠や解釈を言っていないで、
「憲法を変えて、“軍隊”をつくりたい」とおっしゃれば解りやすいです。


種まき

2015年06月17日 23:59

種まき

昨日は、
保育園の催しで、農園に行ってイモ掘りをしました。

わたしは、ジャガイモを5個掘りました。


さて、きょうは、
ジィジが、「鉄は熱いときに打て」と、よく解らないことを申しまして、
わたしを、園芸店に連れて行ってくれました。

鉢やら土やらを車いっぱいに買い込みました。

わたしは、
苦くないピーマンの苗を見つけたので、
トマトの苗といっしょに買ってもらいました。

ついでに、お花の苗も買いました。

そして、
早速、ジィジにやりかたを教えてもらって、野菜の種を蒔きました。

種撒き

ナス、ピーマン、きゅうり、いんげん豆の種を、
それぞれのプランターごとに蒔きました。

野菜

買ってきた2種類のミニトマトと苦くないピーマンの苗を、
それぞれの鉢に植えました。


ところで、
みなさんは知ってましたか?

トマトもピーマンもジャガイモも、みんなナス科の野菜だって。

トマトとピーマン



馬鈴薯

2015年06月16日 20:16

カレー

わたしが育った静岡県浜松市の北方に広がる三方原台地は、
戦後、開拓農民が入植した開拓地です。

我が家は、
みかん農園を創るべく、1958年(昭和33年)に入植しましたが、
他にも、野菜やメロン、お茶や養豚など多彩な農家が開拓に加わりました。

なかでも、三方原台地の名産品といえば、馬鈴薯でしょう。
馬鈴薯、つまりジャガイモです。

戦前の大正期から作付されていたというジャガイモは、
日本では、三方原台地が発祥の地ではないでしょうか?

三方原台地は、酸性土壌の赤土です。

酸性が強くやせた赤土と、
台地の豊富な日照量がジャガイモ作りに適していたのでしょう。

野菜農家だけでなく、
むかしはどの農家でも自家用のジャガイモやサツマイモを作っていました。

煮物にしたり、味噌汁の具にしたり、蒸かしイモにして食しました。
経済的に苦労していた家族の栄養を、少なからず補ってくれたのが、
ジャガイモだったのです。

さて、
なぜ、ジャガイモのことを書いているのかと申しますと、
きょうは、保育園の「イモ掘り」が行われまして、
まご娘が、農園でジャガイモを掘って帰ってきたものですから、
むかしのことを想い出したというワケであります。

本日の収穫は、
カレーとフライドポテトにして、家族みんなに供せられました。

フライドポテト




腹筋

2015年06月15日 20:54

腹筋

細いですねぇ・・

52~3キロだったと思います・・、体重。

ウエストも、72~3センチだったんじゃないかしら?

体脂肪率という概念を知らない頃でしたが、
測っていたら、たぶん7~8%といったところじゃないでしょうか。

割れてますもん、腹筋が・・。


きょうは、ヨーガの修行日でした。

なにをしますのにも、
腹筋を隠す肉の塊が邪魔でジャマで仕方がありません。
肉といっても、脂身ですが・・。

むかしは、こんなこと全部できたのになぁ・・などと思いつつ、
それで、むかしのアルバムを開いてしまったというワケです。

開かなきゃよかった・・


この写真は、
いまから38年まえ、演劇科の学生時代のものです。

実習室を使って自主公演を演りました。
台本は、わたしが書きました。

「青春峠」という、わざと赤面するような題名にしました。
二人芝居です。

そのときの相棒は、
いま、青年団という劇団に在籍しています。

この写真は、楽屋で着替えているところでしょうか?

シャツを放っているのか、受け取っているのか、
なんだか格好をつけているような写真です。


それにしても、きょうは暑かった。
やっぱりビールは美味いなぁ・・。

バリアフリー

2015年06月14日 23:59

新神戸

先日、池袋駅で新幹線のチケットを購入したときのことです。

わたしは、品川から新幹線に乗り、
浜松で父が乗って、名古屋で妹が乗って新神戸まで行くチケットです。
それを往復で購入しました。

窓口の駅員さんは、
私の注文を正確に理解して、足が不自由な父のために、
出入り口と多目的トイレに一番近い席を押さえてくれました。


ところで、
池袋駅は、JR東日本という会社です。
浜松駅は、JR東海という会社です。
新神戸は、JR西日本という会社です。

新幹線は、その先九州まで一本につながっていますが、
会社は分割されているわけです。

妹が、父の車椅子を借りるために、駅に電話をかけました。

事情を説明して、
駅での乗り降りの際に車椅子を拝借したい旨伝えたのですが、
いま一つ要領を得なかったのだそうです。
乗る駅と、乗る新幹線と、降りる駅それぞれの会社が違うからです。

でも、実際の現場では、
お陰さまで、駅員さんや車掌さんにご親切にしていただき、
スムーズに事が運びました。

しかし、新幹線を降りてJRの高速バスに乗り換える際のことですが、
バス乗り場まで車椅子を使わせていただこうとしましたら、
新幹線を降りる際に用意された車椅子は改札を出るまでとのことで、
改札を出たところに在る観光案内所で改めて車椅子を借りてほしいとのことでした。

こうして、
観光案内所からJRバスの乗り場までの数十メートルを乗る車椅子を借りるために、
書類に書き込みをしてサインをして車椅子を借り、父に車椅子の乗り換えをさせ、
JRバスの乗り場に無事到着したというワケです。

JRのバリアフリーも結構なものですが、あと一歩といったところでしょうか。

缶けり

2015年06月13日 23:59

隠れん坊

いぃち、にぃい、さぁん・・・

オニが、木の幹に顔を押しあてて、数を十まで数えます。
オニが数え終わるまでの間に、隠れなければいけません。

こどもたちは、走って木の陰や塀の後ろに隠れます。

数を数え終わったオニが、探しまわります。

しかし、
立てた缶から、あまり離れてしまったら、
隠れていた子が走ってきて、缶をけられてしまいます。
ですから、オニは慎重にみんなを探さなければなりません。

これが、缶けりです。

オニに見つからないように隠れているときのワクワク感。
オニのスキを突いて、缶を目指して走るときのドキドキ感。

缶をけったあとの爽快感と、
あと少しのところで、缶をけられてしまったオニの絶望感。

大笑いしながら、何度でも楽しむことができます。

こんな単純なあそびの中に、わき起こるいろいろな感情。
身体をつかって、頭をつかって、全神経をつかってあそびます。
培っているのは、想像力と創造力です。


電器屋さんや、文具屋さんや、本屋さんへ行けば、
様々なおもちゃや教材や本を売っています。

それはそれで、たのしいでしょうが、
缶けりは、空のジュースの缶がひとつあれば、楽しめます。

但し、想像力と創造力のない大人は楽しめません。

缶けり

死神

2015年06月12日 23:59

夜中に起きて、落語の「死神」を聴きました。

わたしは、六代目三遊亭圓生師匠の「死神」が一番怖いと思いますが、
「死神」は、本当によくできた噺です。

落語「死神」は、
明治時代に、三遊亭圓朝グリム童話を翻案して創ったのだそうです。
もう一度云いますが、本当によくできた噺です。

さて、落語「死神」のあらすじです。

貧乏で冴えない男が死のうかと思っていると死神に出遭います。
その死神から呪文を授かり医者になれと勧められます。

長患いの病人のところへ行って、
枕元に死神が座っているのが見えたら病人は死んでしまうが、
病人の足元に死神が座っていたら病人は助かるから、
呪文を唱えて死神を祓って金を儲けろと言うのでした。

しかし、
欲をかいた代償に自身の命のロウソクを短くしてしまった男。
男が死神に泣いて命乞いすると、死神が身近にあったロウソクを指して、
「これを継ぎ足したらどうだ」と促します。

男は、
短くなっていまにも火の消えそうなロウソクを持って火を移そうとしますが、
怖さから手が震えて上手くロウソクを継ぎ足せないという噺です。

むかし、いずみたくさんの劇団フォーリーズ公演、
ミュージカル「死神」の演出部スタッフとして旅公演をしたことがありました。
死神は、夏木マリさんで、随分色っぽい死神でした。

この「死神」という噺は、よくできているだけでなく、
死にたくなるほどの貧乏人が、病人の生死が判るようになって、
医者として大金を儲けるというサクセスストーリー。

病人の枕元に座っている死神を騙したアイデア。
貧乏人と死神との駆け引き。
噺のオチ。

どれも魅力的であります。

運のない人生を送ってきた貧乏な男が、
一発逆転で幸運に恵まれるという噺は、それだけで魅力的なんであります。

しかし、
それで運を使い果たしてしまったというジェットコースターのような展開が
面白いんでありますが、それが人生というものだというような気がします。

運というものは、
少しずつ長くか、沢山に短くかの違いはあっても、
総量は皆同じなのだという教訓が含まれているのかもしれません。

運があってもなくても、やがてロウソクの灯は消えるのであります。
落語「死神」は、なかなか奥深いのであります。



落語「死神」 

世界遺産

2015年06月11日 23:59

むかし、
原爆ドーム」を世界遺産リストに登録させようという署名活動があり、
わたしも署名をしたことがあります。

1992年に、日本政府が世界遺産条約を受諾したことを契機にして、
原爆ドーム」を世界遺産に登録させようとする活動が拡がっていました。

そんな全国的な署名活動もあって、
1996年に「原爆ドーム」は世界遺産リストに登録されたのでした。

その「原爆ドーム」の登録をめぐっては、
アメリカ合衆国や中国の強硬な反対もあったと聞きました。

世界遺産とは、
国連の教育科学文化機関であるユネスコで採択された
「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」に基づいて、
世界遺産リストに登録された、遺跡、景観、自然など、
人類が共有すべき「顕著な普遍的価値」を持つ物件のことなのだそうです。

世界遺産は、文化遺産、自然遺産、それらを合わせた複合遺産に分類され、
原爆ドーム」は、文化遺産として登録されています。

遺跡や自然だけではなく、
負の歴史や文化も世界共通の遺産であるという考え方から、
ポーランドのアウシュヴィッツや、
奴隷貿易の拠点であったゴレ島
ネルソン・マンデラ元大統領が幽閉されたロベン島
核実験場であったビキニ環礁も世界遺産登録されています。


さて、我が国が、
明治日本の産業革命遺産」を、世界遺産として推薦していることに、
お隣の国々の政府が登録阻止しようと、各国を「反対するように」説得している
という報道があります。

明治日本の産業革命遺産」というのは、
むかし、自国の人々が「強制連行」され、強制労働を強いられた場所が含まれているから、
というのが、お隣の国々が登録を阻止しようとしている理由だそうです。

そもそも、
強制連行」や「強制労働」の定義には議論があるところですが、
概ね、お隣の国々の人々の感情は理解できます。

ですが、
そんな歴史も含めて、世界遺産なんじゃないですかねぇ?

忘れないでいること

2015年06月10日 23:59

紫陽花

本人は、多分忘れているでしょう。

「過去の出来事を憶えていても仕方がない。問題は未来だ。」
きっとそう考えることでしょう。

しかし、
6月10日は、わたしにとって忘れられない日付です。
2001年6月10日は、息子(次男)が、アメリカに旅立った日です。

きょうで、14年が経ちましたが、
息子が、中学を卒業して1年後の16歳のときでした。

その後、2年間高校で寮生活を経験して卒業しました。
そして、コミュニティー・カレッジへ進学し、演劇学校へも通いました。
スタントマンのチームも作りました。
ムエタイ選手として何度か試合を経験しました。

いまは、ラスベガスを拠点とした旅行関係の会社と、
ロサンゼルスで飲食店を経営しています。

息子もことし30歳になりました。

わたしにとっては、過ぎてみればアッという間でしたが、
息子にとっては、長い長い時間だったのではないかと思います。

息子が出発する前々日に、
大阪の池田小学校で惨い事件が起こりました。
犯人は既に死刑が執行されて此の世にはいません。

息子が出発して3ヶ月後に、9.11が起こりました。
アメリカは報復としてアフガニスタン紛争に軍事介入し、
イラク戦争を行い、それがISILが台頭する現状につながりました。

14年前に亡くなった小学生たちの時は、そこで止まったままです。
14年前に亡くなった多くの人々の時も、そこで止まったままです。
アフガニスタンやイラクで亡くなった人たちの時も止まっています。

人生には、いろいろな出来事があるものです。

過去の出来事を憶えていても仕方がないのかもしれませんが、
忘れないでいることが大事なことも、あるのだと思っています。


子供扱いしないということ

2015年06月09日 23:59

お刺身

我が家では、
息子たちが小さかった頃から、カウンターでお寿司をいただいていました。

鉄板焼きのステーキや天ぷらでも、カウンターに席をとりました。

今にして思えば、
世間の皆さまからはヒンシュクを買っていたことでしょう。

美味いものを食べることが人一倍好きな子供たちだったこともありますが、
あえて“大人扱いした”のではなく、“子ども扱いしなかった”からです。

子供たちは、
自らお寿司屋で、きょうのお奨めのネタを訊ねたりしておりました。

但し、高級なものばかりを食べさせていたというワケではありません。
大衆的な料理もいろいろ食べに行きましたから、ほとんど何でも食べられます。
お好み焼き屋にもよく行っておりましたので、
もんじゃ焼きやお好み焼きの作り方にはウルサイ方でしょう。

しかし、
わたしが、近所の居酒屋で飲んでいて、
かみさんと子どもたちが後から来て、つまみなんぞを注文していると、
「飲み屋に子供を連れてくるな」と、他のお客に叱られたこともありました。

「うちは構わないって云ってんだから!」とママが反論してくれましたが、
不快に思う人がいてもおかしいことではありません。

大人にはおとなの、子供にはこどもの分というものがありますから。
但し、そのボーダーラインが各々違うだけです。


ボーダーラインと云えば、
わたしは、むかしから心がけていることがあります。

赤ちゃんことば、幼児ことばを使わないこと。
大人と子供の区別をせずに、いいなと思った映画や芝居を観せること。
美味いと思ったら、大人と同じものを食べさせること。

大人なのに、子供のような喋り方をする人もいますし、
映画や芝居は解らないんじゃないか、
刺激がつよすぎるんじゃないかと心配する方もいます。
また、ワサビの利いていない寿司を与えることもあります。

わたしはそれに反対です。

基本的に、
クラシック音楽を聴くことも、歌舞伎を観ることも、
戦争を知ることも、美味いものを食べることも、
大人用と子供用はないと思っているからです。

おかげさまで、一人は歌舞伎役者になりました。
もう一人は、旅行業の会社と飲食店を経営しています。

それも、子供たちを、
“大人扱いした”からではなく、“子供扱いしなかった”からだと思っています。

というワケで、きょうはお寿司をいただきました。
気の置けない友人たちと、まご娘がいっしょでしたので、
小上がりの部屋をとりました。

此のお寿司屋は、
まご娘が2歳のとき、初めてお寿司をいただいたお店です。

まご娘も一昨日5歳になりました。
ワサビを薄く使ったお寿司、いただきました。 


媚びない

2015年06月08日 23:59

ミッキーマウス

アメリカ合衆国大統領より人気者だというキャラクターが、
朝食を摂っているところに、あいさつしに来てくれました。

次々にキャラクターが登場するので、
そのたびに箸を・・・?フョークを置くことになります。

隣々のテーブルにあいさつしてから、
わたしたちのテーブルに回ってくるので、
目の前に、現れることは判っているのですが、
黙々と食事をつづける孫娘・・・。

キャラクター君が、
ご機嫌をとっても煽てても、淡々と相手をするだけです。

もしあれが、
ドラえもんだったら違ったかもしれませんが・・。

わたしは、
そういう孫娘の、へりくだらないところ、媚びないところ、スキです。


5歳

2015年06月07日 09:48

初孫

2010年6月7日午前9時48分誕生。
身長50センチ、体重2,580グラム。

このとき、名前はまだありませんでした。

あれから、5年。

ベットから落ちたこともありましたが、
高熱を出して入院したこともありましたが、
2010年9月12日に、お食い初め。
2011年4月、0歳児にして保育園に通園。
2012年3月、初めてのハワイ旅行。
2012年の2歳の誕生日に、初自転車。
2012年6月23日、初観覧車。
2012年6月30日、初お寿司。
2012年7月21日、初の箱根。
2012年11月17日、初水族館。
2012年12月29日、初めて劇団四季「はだかの王様」観劇。
2013年1月19日、日本舞踊のお稽古始め。
2013年2月16日、初めて自分でひな飾り。
2013年4月25日から、初めてのロサンゼルス・ラスベガス旅行。
2013年8月18日、初めて日本舞踊の浴衣浚い。
2014年5月4日から、初めての香港・マカオ旅行。
2015年4月13日、身長100センチ達成。
約5年間で50センチ伸びたのですから、年間平均10センチの伸長です。

この間、たくさんの人たちに護っていただき、
たくさんの人たちに可愛がっていただきました。

きょうのこの日を迎えることができて、
ほんとうに有り難いと思っています。

ほんとうに、愉快な子です。
元気な明るい子です。
そして、おしゃべりです。

おかげさまで、いい子に育ちました。

電車




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