議論はしません。

2015年05月31日 23:59

このブログには、
コメントを頂戴する機能がありますので、たまにコメントをいただきます。

それも、
ほとんどが、知人・友人からのものですが、
存じ上げない方や、心当たりのない方からもいただくことがあります。

なかには、
ご意見を頂戴することもありまして、
基本的には、そんなご意見も掲載させていただくことにしております。


さて、
以前、2009年7月9日に記したブログに関して、昨夜、コメントをいただきました。

所謂、「正鵠を得る」が正しいか、「正鵠を射る」が正しいか、
といった議論があることを記したブログの内容でありましたが、
それに関しては、以前にもご意見をいただいたことがありました。

「正鵠を得る」という表現は、正鵠を射ていないというご意見であります。

世の中には、「正鵠を得る」という表現を駆逐すべく、
拘っていらっしゃる方がいるものだなぁと思いました。

わたしも例えば、
「一生懸命」という表現を見たら、「一所懸命」なのだと指摘したくなります。

しかし、
言葉は、古今東西で変化していますからね。

但し、
これが試験問題だったら、「正鵠を得る」は×かもしれません。

しかし、
表現として言葉を使う場合は、
数学と違って、絶対の法則はないのだろうと思っております。

特に、
「正鵠を射る」を基にはしていながら、新たに応用したであろうものとして、
「的を射る」や「的を得る」という表現もあろうかと思います。

ですから、
大概のことは、大目に見ることにしております。

そして、
このブログ上で議論をすることはしません。
悪しからず。

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近況

2015年05月30日 23:59

おけいこ

きょうは、おけいこの日。

いまは、日本舞踊の「鳩」をお稽古しております。

はと

おけいこが終わり、
近くの公園で、ジィジとバァバと三人で、缶けりをしました。

日本舞踊

夜は、パパと花火をしました。

花火

以上、近況です。



不戦の誓い

2015年05月29日 23:59

国会で、
総理が野党議員の質問中にヤジを飛ばしたことが話題になっています。

またそのやりとりを切り口にして、ニュースで採り上げられているのですが、
こうして、なにを議論しているのかという重要な事が見逃されてしまいます。

ヤジなんか、議論の内容に比べたら、どうでもいいことなんです。


昨日、衆議院平和安全法制特別委員会は、
新たな安全保障関連法案に関する二日目の質疑を行っていました。

日本国憲法第9条
1.日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2.前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。


この日本国憲法下であっても、
個別的自衛権が認められてるというのが、従来の内閣法制局の見解ですが、
以下の通りです。

憲法前文で確認している日本国民の平和的生存権や憲法第十三条が生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利を国政上尊重すべきこととしている趣旨を踏まえて考えると、憲法第九条は、外国からの武力攻撃によって国民の生命や身体が危険にさらされるような場合にこれを排除するために必要最小限度の範囲で実力を行使することまでは禁じていないと解され、そのための必要最小限度の実力を保持することも禁じてはいないと解される。

我が国がこのような自衛のために行う実力の行使及び保持は、前記のように、一見すると実力の行使及び保持の一切を禁じているようにも見える憲法第九条の文言の下において例外的に認められるものである以上、当該急迫不正の事態を排除するために必要であるのみならず、そのための最小限度でもなければならないものであると考える。

「専守防衛」という用語は、相手から武力攻撃を受けたとき初めて防衛力を行使し、その態様も自衛のための必要最小限にとどめ、また保持する防衛力も自衛のための必要最小限のものに限るなど、憲法の精神にのっとった受動的な防衛戦略の姿勢をいうものであり、我が国の防衛の基本的な方針である。この用語は、国会における議論の中で累次用いられてきたものと承知している。

政府は、従来から、「わが国に対して急迫不正の侵害が行われ、その侵害の手段としてわが国土に対し、誘導弾等による攻撃が行われた場合、(中略)そのような攻撃を防ぐのに万やむを得ない必要最小限度の措置をとること、たとえば誘導弾等による攻撃を防御するのに、他に手段がないと認められる限り、誘導弾等の基地をたたくことは、法理的には自衛の範囲に含まれ、可能であるというべきものと思う。


それを、
現政権が立法化を諮る安全保障関連法案によると、
個別的自衛権による“武力攻撃予測事態”、“武力攻撃切迫事態”に加えて、
集団的自衛権による“存立危機事態”が加わりました。

日本と日本国民は、
過去の戦争の経験から、“不戦(非戦)の誓い”を立てました。

現総理大臣も過去には、
靖国神社に参拝の折「不戦の誓いを致しました」と発言していました。
(自民党は、2014年運動方針案の中の「靖国神社に関する項」で、
「不戦の誓い」と「平和国家」という文言を削除しました。)

七面倒くさい議論や解釈がつづいていますが、
それを紛争と呼ぼうが戦争と呼ぼうが、国際紛争を解決する手段として、
日本国民は武力を使わないと決めたのではないですか?
日本は、どんな理由があっても戦争はしないと誓ったのでしょう?
武力を使わない生き方を志向し、70年間実践してきたのでしょう?

これが、
こどもでも解る、日本国民のメンタリティーであって憲法解釈です。

でも、日本の国土に攻められた場合は、やむを得ず武力行使をするし、
そのための戦力は保持するというのが、歴代の政府と内閣法制局の見解だった筈です。

だったら総理、
なぜ竹島を実効支配させているんですか?

枕営業

2015年05月28日 23:59

きょうもネットのおウワサで恐縮ですが、
真に、わたくしの興味本位のおウワサでございます。

なんですか、
銀座のト或るクラブのママが、ト或る会社を経営する社長と、
月に2・3度の頻度で7年間ほど、男女の関係を結んでいたのだそうです。

それに対して、社長の奥さんが、“不貞(不法行為)”を理由に、
ママに対して賠償請求訴訟を起こしたのでございます。

それに対して下された裁判官の判決は、
クラブの顧客でもあった社長とクラブのママとの関係は、
ママの典型的な“枕営業”であって、“不貞(不法行為)”には当たらないという
異例の判決だったのだそうでございます。

この判決の中で裁判長は、
枕営業は、売春婦が対価を得て妻のある客と性交渉しても、
客の求めに、商売として応じたにすぎないと指摘されまして、
「何ら結婚生活の平和を害するものでなく、
 妻が不快に感じても不法行為にはならない」と断じられたのだそうです。

こうして奥さんの訴えは退けられ、奥さんも控訴しないということですから、
これにて結審と相成りましょうが、釈然としない判決ではあります。

じゃあ、売春と同じだとされる枕営業は、法的に裁かれないのか?

社長(夫)の行為は、著しい奥さんへの裏切り行為じゃないのか?

クラブのママに夫がいたら、どうなんだろ?

様々な疑問や興味が涌いてまいります。

そもそも、
枕営業であれ、純粋な恋愛関係であれ、
相手が既婚者と知って肉体関係を持てば、
二人共、妻や夫への賠償責任を負うのが当然でございましょう。

それが枕営業(売春)だったのなら、尚更のことでございます。

いずれにいたしましても、
極めて異例な判決、不当な判決だと思われます。

まっ、あっしには関係のないことでございますが・・。




10,000回

2015年05月27日 19:10

「徹子の部屋」

ネットのニュースで知ったのですが、
黒柳徹子さんの「徹子の部屋」が、
きょうの放送で、1万回を達成したのだそうです。

一時期、
黒柳さんのお傍で仕事をさせていただいた身としても、感慨一入であります。

身近に、黒柳さんのお仕事の仕方を見て知っておりますので、
1万回という数字が、どれだけの創造力とエネルギーと時間とご苦労を費やしたものか、
想像ができますだけに、頭が下がります。

マンネリとか、ルーティンだろうというご批判もあるでしょうが、
“部屋”の細部に至るまで常に手を加え、演出を変えながら、
進化しつづけたからこそ、独特の“部屋”が定着したワケで、
それは、一枚の絵を40年間描きつづけている画家の仕事に似ています。

毎回、その部屋創りが創造的だったからこそ、
それが、結果的に1万回もつづいたのでしょう。


ところで、
わたしが毎日記しているこのブログ記事も、
きょうの、この記事で2,290回です。

これでも、
わたしなりに、丁寧に創造的に記しているつもりであります。

が、比ぶべくもないですね・・・。

明治座「五月花形歌舞伎」千穐楽

2015年05月26日 23:59

幟

明治座「五月花形歌舞伎」昼の部の千穐楽を観てきました。

千穐楽まで、満員のお客様で客席が埋まっていました。

いつも思うことですが、
こういった一人ひとりのお客様のご贔屓で、
歌舞伎は成り立っているのだと思います。

有り難いことです。

明治座

これで、明治座が終わったと思ったら、
明日から、6月公演のお稽古が始まるのだそうです。

お休みもなく、よく切り替えられるものです。

さて、6月は、「ABKAI 2015」

ABKAI_2015.jpg






負けず嫌い

2015年05月25日 22:41

なわとび

二人で、近くの公園に行きました。

缶けりをやろうというハナシになりました。

しかし、
缶がないので、自動販売機で「なっちゃん」を買いました。

「なっちゃん」を二人で分けて飲みました。

空き缶を置いて、ジャンケンをしました。
「さいしょはグー、ジャンケンポン!」
わたしが勝ちました。

不満そうに、樹に顔をつけて10数えていました。

樹の裏に隠れていて、缶から離れた隙に、缶をけりました。

大いに笑って、大いにガッカリして、「かくれる人やりたい!」と、申します。
「ダメだよぉ~、負けた人がつぎも鬼だよぉ」と、申しました。
「おねがい~、かくれる人やらせテェ~」と、ひつこく申します。
その頼みかたが、可笑しくて可笑しくて根負けしました。
「ホントはルール違反になるんだよ」と念をおして、鬼になりました。

隠れている場所は判っていましたが、しばらく見つけないでいました。
ワザと遠くに離れて様子を伺っておりますと、段々近づいて参ります。
わたしに隙があると思ったとみえて、突然缶に向かって猛ダッシュしました。
しかし、わたしが一瞬早く缶を踏みました。

その、笑いながらもガッカリした顔が可笑しくて仕方がありませんでした。

「もういちど」、「もういっかい」・・・何度やったか分かりません。

同じあそびを、繰り返し繰り返しやろうとします。
こちらにも、根気が必要です。

やっと、缶けりに飽きたかと思ったら、こんどは、
「なわとびやろー」

長めの縄の一方を公園のフェンスに縛り、
もう一方をわたしが持って回します。

「いくよー、1、2、3、4、・・・」

保育園では、18回跳べたことがあるそうです。
そこで20回を目指そうということになりました。

しかし、
跳ぶうちに、段々と右側に寄ってしまったり、
広げた手に引っかかったり、足が上がっていなかったり、
4・5回しか跳べないことが増えてきました。

その度に、
「ジィジの前から動かないように跳ぼうね」
「脇をしめて跳ぼうね」
「足は、かかとをおしりにつけるようなつもりで跳ぼうね」
と、アドバイスしました。

失敗する度に、「もう一回」、「もういっかい」と繰り返そうとします。

「休憩しよう」、「すこし休もうよ」と言っても、
「ハイ!きゅけいしました!」と言って、すぐにつづけようとします。

4・50回は、なわとびしたんじゃないでしょうか・・。
最高13回跳べました。

おかげで、ふくらはぎが筋肉痛で階段を下りられません。

凝り性というか、負けず嫌いといいますか、
そんなところが、うちのかみさんに似ています。

きょうは、わたしたちの結婚記念日。

まだしばらく、
負けず嫌いなかみさんとのつきあいは、つづくと思います。


長唄

2015年05月24日 23:59

東音のつどい

息子の後援会に入って、いつも応援してくださるNさんが、
長唄の会で演奏されるというので、拝聴してきました。

国立劇場大劇場で行われた盛大な催しでした。

長唄とは、
歌舞伎舞踊の伴奏音楽として発生した
「唄いもの」に分類される唄いの音楽です。

歌舞伎では、同じ音楽でも、
義太夫(ぎだゆう)」、「常磐津(ときわず)」、「清元(きよもと)」といった
唄ではなく「語りもの」と呼ばれる語りの音楽もあります。

長唄の代表的な歌舞伎舞踊の演目といえば、
勧進帳 」、「連獅子」、「鏡獅子」、「神田祭」、「鷺娘」、
助六」、「橋弁慶」、「娘道成寺」、「老松」などがあります。

歌舞伎の舞台の場合、
舞台上の毛氈が掛けられた雛壇と呼ばれる台の上で、
下手から「唄方」が、上手から「三味線方」が並びます。

長唄の三味線は、
「細棹(ほそざお)」と呼ばれ、高い音色を奏でます。

長唄のメロディーは、
比較的、繊細な心情を表しているものが多くあります。

さて、
長唄の演奏者は、
「唄方(うたかた)」と「三味線方(しゃみせんかた)」に分けられますが、
Nさんは三味線方です。
師匠と並んで弾いておられましたが、鳴物の太鼓は人間国宝でした。


冷蔵庫

2015年05月23日 22:43

青天の霹靂という言葉がありますが、
どうも、この季節になりますと青天の霹靂というようなことが起こります。

きょう、突然に冷蔵庫が壊れました。

まだ買い換えたばかりの、新しい冷蔵庫であります。

今朝気付いたのですが、
昨夜までは、正常に動いておりました。

冷蔵庫も、冷凍庫も動いていないようであります。

さっそく、マニュアルを取り出して調べようと思ったのですが、
そのマニュアルが、マニュアルの入っている引き出しの中にありません。

日本の家電は、ほとんど故障がないと思ってはいますが、
一応、念のために保証書やマニュアルは保存しています。
しかし、そのマニュアルが見つかりません。

仕方が無く、
かみさんが、パソコンでメーカーのサイトを調べてみましたら、
どうも、この現象は「故障」のようであります。

そこで、近くの氷屋に電話して、
ドライアイスを注文して、取りにゆきました。

計5キロのドライアイスを冷蔵庫の上の方と、冷凍庫に入れまして、
なんとか修理の日を待つことにいたしました。

それにしても、
冷蔵庫の無い生活は、もはやできません。

真夏日とは言えなくとも、
我が家の温度計で28℃を指していたきょう。

平素、冷蔵庫の勲功を省みないで暮らしていた
わが身の愚かさを反省した一日でした。

人間も、冷蔵庫も壊れるときは突然です。

30歳になっても駄菓子屋がすき

2015年05月22日 18:58

駄菓子屋

アメリカから帰国した息子が、
いっしょに散歩しようというので、重い腰を上げました。


雑司が谷鬼子母神さまは、子育て・安産の護り神さまで、
息子たちが小さいころから、お世話になっています。

霊験あらたか、御利益のある神さまです。

きょうは、
境内で劇団唐組が赤テントの仕込みをやっていました。

その境内は、むかしもいまも、こどもたちのあそび場であります。

息子が、
鬼子母神の境内で、駄菓子屋「上川口屋」の店先を冷やかし、
ラムネを一本買いました。

この駄菓子屋は、日本で最古の駄菓子屋です。

「ラムネってさぁ、なんでラムネっていうの?」

無邪気に質問する息子は、30歳とは思えません。

わたしも、その答えを知りませんでしたが、
調べてみれば、“レモネード”が訛ったようです。

ラムネ

さて、
鬼子母神の境内から法明寺東京音大の横を通って東通り、
古い住宅地を抜けて、新しい豊島区役所サンシャイン通りを歩き、
息子が謂うところの「ウニクロ(UNIQLO)」の店内を見て、
そして、グリーン大通りから東通りに戻るというコースで、
雑司が谷池袋を歩き回りました。

ところで、実は“仲良く親子で散歩”というワケなのですが、
息子は、わたしの肩に腕を回しながら歩くものですから、
ただでさえ凝った肩が一層重くなるのと、それよりなにより、
歩いていて、世間さまの視線を感じるのは気のせいでしょうか?

鬼子母神さま

物語のつくり方

2015年05月21日 23:59

昨日行われた、国会の党首討論が話題になっています。

リアルタイムに観たワケではありませんが、
安倍総理大臣日本共産党志位和夫委員長との間で、
ポツダム宣言を巡ってのやりとりがあったようであります。

話題になっているのは、
ポツダム宣言に措ける日本の過去の戦争について、
志位委員長が質した総理の返答に関してであります。

志位委員長は、ポツダム宣言が認定している、
日本の戦争は“誤った戦争”で、“世界征服を企んでいた”、
という認識があるか、安倍総理に問うています。

それに対して、安倍総理はこう応えています。

「このポツダム宣言を我々は受諾をし、敗戦となったわけで御座います。そしていま、私もつまびらかに承知をしているわけではございませんが、ポツダム宣言の中にあった連合国側の理解、たとえば日本が世界征服を企んでいたということ等も、今ご紹介になられました。私はまだその部分をつまびらかに読んでおりませんので、承知はしておりませんから、今ここで直ちにそれに対して論評することは差し替えたいと思いますが、いずれにせよ、先の大戦の痛切な反省によって今日の歩みがあるわけでありまして、我々はそのことは忘れてはならないと思っております。」

話題になっているのは、
「ポツダム宣言をつまびらかに読んでいない」
「承知はしておりません」という部分でしょうが、
わたしが注目したのは、
ポツダム宣言が、「日本が世界征服を企んでいた」と、
認定していたことであります。

1954年生まれの総理と、1956年のわたしは同世代でありますが、
わたしが、ポツダム宣言を“つまびらかに”認識していないことと、
総理が、“つまびらかに”認識していないことは同等ではありません。

ですから、
本当は、ポツダム宣言に書かれていることは、
安倍総理は、正確に認識されているのだと思います。

但し、それをその通りだと云うワケにはいかない。
かといって、その認識は違うとも云えないのでしょう。

日本が、負け戦を終わらせるためには、
不承不承、ポツダム宣言を受諾せざるを得なかったのですから。
そんなことは、解り切ったことです。

ただ、あの戦争を総括できなかった日本人が、
今更どんな物語を語っても、嘘臭くなってしまうでしょう。


物語は、つくられるものです。

どんなに、事実と違った物語でも、
それを話したり書いたり、繰り返しているうちに、
当の本人でさえ、それが恰も真実であるような錯覚に陥ります。

そうやって、
自らを誤魔化しながら、自らのトラウマを払拭しようとするのでしょう。

民主主義の旗手であるアメリカ合衆国が、
ネイディブアメリカンの虐殺や奴隷制度を払拭したいのと同じです。

しかし、無かったことにはできません。

三里塚闘争の轍

2015年05月20日 23:59

昨日、朝早く、
ロサンゼルスに住んでいる息子が帰国しましたが、
日常的に、海外への行き来に使っている成田空港
正式には、「成田国際空港」ですが、
開港当時は、「新東京国際空港」といいました。

わたしたちの世代にとって記憶に新しいのが、
成田空港開港反対運動であった三里塚闘争成田闘争)でした。

羽田空港の許容量がいっぱいになり、
佐藤栄作政権下、新たな空港建設予定地を
千葉県成田市三里塚に閣議決定しました。

戦時中に満蒙開拓団だった人々が帰還して入植した
開拓地だったこともあり、せっかく農地として成り立った矢先に、
飛行場予定地として手放さなければならないことへの反発もあり、
飛行場の騒音も問題視され、一部の農民たちに反対運動が起こりました。

それに、新左翼の活動家たちが連帯したこともあって、
運動は闘争へと変化し、ゲリラ戦の様相を呈し、
活動家と警察双方に死者も出る事態となってゆきました。

いま、成田空港を使うときに、
そのことを思い出す人は、どれだけいるでしょう?

きょうは、
その成田空港の開港記念日なのだそうです。


わたしはいつも、
沖縄の普天間基地の辺野古移設反対の運動を見ながら、
三里塚闘争の轍を踏まないように願っています。

反対運動は、ウチナーンチュ主体の運動であってほしいと思います。
ナイチャーが支援・応援することは大いに結構だと思うのでありますが、
ウチナーンチュを差し置いたり、飛び越えたり、はたまた扇動したら、
沖縄の運動ではなくなってしまいますから。




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