1月の終わりに

2015年01月31日 23:59

尾道風お好み焼き

まご娘にとっては、初めての雪国だったでしょう。

その雪国とは、
山梨の小淵沢のことです。

山梨県の最西部に位置し、
北には八ヶ岳連峰、西には中央アルプス
南には、南アルプスと富士山を望む景勝地です。

お好み焼き

まご娘は、
初めてのスキー、初めてのソリ遊びを楽しみました。

そして、
きょうは、親戚の家を訪問。

尾道風のお好み焼きと、
手打ち蕎麦といった手料理でもてなしてくれました。

きょうで、早くも1月が終わります。

昼間から一杯
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報告書

2015年01月30日 23:59

福島原発行動隊シンポジウム

昨年9月27日に開催した、
福島原発行動隊主催シンポジウム
「福島原発の収束・廃炉を考える~私たちに何ができるか~」

その報告書が出来上がりました。

3時間に及ぶシンポジウムの、
文字起こしだけでも大変な作業だったでしょうが、
この作業は、それ以上の価値があると思います。

長文ですが、
よろしかったら、お読みください。

<添付・報告書>

福島原発行動隊賛助会員・三浦秀和


暇つぶし

2015年01月29日 23:59

院内集会

昨年の8月に、
福島原発行動隊の今後の方向性を検討する目的で、
「将来構想ワーキング・グループ(WG)」の設置が提案され、
理事会で決定しました。

そのWGは、昨年12月までに9回の会議を開き、
昨年12月に報告書を理事会に提出しました。

しかし、理事会で意見が大きく分かれてしまい、
WG提案は、受け入れられませんでした。

そして理事会は、
院内集会をはじめとする様々な場を設けて、今後1年をかけて、
福島原発行動隊の今後の方向性を検討することを決定しました。

きょうは、その第1回目の院内集会(参議院議員会館)でした。


議論の論点は、大きく分けて2つ有ります。

その第1点は、
福島第一原発の廃炉作業を若者に代わって担うという目的が、
現時点では非現実的であることから、行動隊の目的を変更し、
廃炉作業員の支援をはじめ、福島の復興に貢献することを目的とするか、
目的は、いままで通りでよいか。

もう一つの論点は、
上記の議論によっては、
公益社団法人を一般社団法人に変えてもよいのではないか。

2時間の会議でしたが、
31名の参加者を得て、一人ずつ意見を述べていただいたので、
各人の意見の羅列になって、議論する段階まではいきませんでした。

わたしの個人的な感想ですが、
意見を述べることには積極的だが具体的な行動を伴う人は少なく、
議論は好むけれど提案がなく、
議論の結果や意見を集約してゆくシステムもないのだと思いました。

これでは、
「議論好きの年寄りの暇つぶし」だと思われてしまうかもしれません。




躊躇

2015年01月28日 23:59

先日も、「発信症候群」というタイトルでブログを書きました。
なにかが起こると、または起こらなくても、なにかを発信せずにはいられない。
そんな症状が、現代人に現れているのではないかという内容です。

SNSの領域に限らず、
インターネットのなかでは、様々な情報や映像が飛び交っています。

コンピューターはあってもインターネットが普及していなかった当時、
1995年の画期的な出来事の一つが、Windows 95の発売でした。

コンピューターは私物(パーソナル)になり、
個人間で相互にやりとりできる画期的なツール(道具)の登場でした。

あれから20年。
もはや、わたしたちはインターネットのない世界には戻れません。

そんなインターネットのある世界では、
個人が情報を発信するのは、当たり前になりました。

斯く言うわたしだって、
こうしてブログを毎日したためて、発信しているのですが、
最近は、起こることに対してナニかを発信することが躊躇われます。

いろいろな葛藤や思いはあっても、
それをいちいち発信することへの躊躇いです。

暖房の効いた安全な部屋にいて、
当たり前のように、天下国家を語っていることへの後ろめたさもあります。


いまだって、
人質になっている方の情報も安否も確認できていないようです。
悲観と楽観が交互に錯綜しています。そして・・、
さまざまな人たちが、さまざまに反応を起こしてナニかを発信しています。

無責任なようですが、
いまは只、祈って待つしかないと、わたしは思っています。

感謝

2015年01月27日 22:55

検査結果

昨夜は、7時頃に温かい素うどんに生たまごを一つ落として食し、
8時以降は、水も断ちまして今朝を迎えました。

冷たい雨の降る朝でしたが、気温が徐々に上がっているらしく、
病院に着いたころには、雨もあがっておりました。

きょうは、胃の内視鏡検査の日でした。
一昨年の9月以来の検査で、去年は慌しくて延ばしておりました。


朝8時。
通常の診察開始時間前に検査してくださったのですが、
医師と看護師さんが待っていてくださいました。
看護師さんは医師の奥様で、かみさんのフラ仲間です。

まず、血圧と脈拍を測ります。
肩に胃の動きを止める注射をします。
ノドの奥に、セメダインのようなゼリー状のものを含んで麻酔をかけます。
ノドの奥に、スプレー式の麻酔薬を吹きつけます。
真ん中に穴の開いたマウスピースを咥えます。
さて、いよいよ内視鏡検査の始まりです。

食道から噴門までの間を丁寧に診ます。
そして胃の内部へ入り、胃の出口である幽門の周りを診ます。
さらに、十二指腸の中に入って、入り口あたりを診ます。
もどって、胃の内部をつぶさに診ます。
胃の下部から、上部の噴門のあたりを見上げます。
胃の出口と入り口あたりの組織をひとつまみ採取します。
これで、検査はおしまいです。

次に、診察室に移動して、診断を伺いました。

まず、胃の内視鏡検査に関する診断は、
食道に問題なし。
食道裂孔ヘルニア(噴門が開きっぱなし)の所見に変わりなし。
胃の出口あたりに萎縮性胃炎の所見あり。経過観察の必要あり。
それ以外は、概ね正常。

先日の血液検査の結果については、
肝機能は概ね良好。但し、γ-GTPが112(正常範囲0~70)
腎機能は良好。
ミネラルOK。
糖尿なし。
貧血なし。

だがしかし、
コレステロール261(正常範囲120~219)
中性脂肪239(正常範囲35~149)

総コレステロールは、前回の一昨年289でしたから少々下がっていますが、
中性脂肪は、前回113で正常範囲の中でしたが、倍以上上がっています。

摂取カロリーを控えて、運動をするしかありません。

それにしても、
かなり不摂生していると思っていたわたしの身体ですが、
少々問題あるも、概ね健康。
生んでくれた両親や、ご先祖さまに感謝します。

帰り際に、看護師さんが、こう言いました。
「近いうちに○○ちゃんと3人でご飯食べましょうって、
 奥様に言っておいてください」

メジャーリーグへの道

2015年01月26日 22:57

むかしのことです。

息子が、ロサンゼルスの高校に在籍していたときのことですが、
「メジャーリーガーになりたくて、アメリカに来た人がいる」
という話を聞いたことがありました。

1週間のうち、週末だけ高校の寮から外泊許可をもらって
トレーニングのために合宿をしていた息子でしたが、
そのトレーニング場として借りていた体育館が在る大学に、
日本から留学していたのが、その日本人だったようです。

彼と、どのように知り合ったのか、詳細は知りませんが、
以来、現在まで二人の親交はつづいているようです。


さて、
「メジャーリーガーになりたくて、アメリカに来た人がいる」とは、
一体どういうことか、わたしもすぐには腑に落ちませんでした。

もし、貴方の小さな息子がメジャーリーガーになりたいと云ったら、
貴方は、どんな道を想像しますか?

わたしなら、少年野球チームに入れて、リトルリーグを目指し、
野球の名門校に入学させて、甲子園出場を果たします。
ドラフトで指名を受け、卒業後はプロ野球選手として活躍。
9年経ったらFA権を行使して大リーグへ移籍、といった道順でしょうか?

ところが、彼は・・・、彼は石橋史匡さんといいます。
石橋史匡さんは、高校野球の経験はありますが、甲子園の土は踏んでいません。
日本のプロ野球チームに入団した経験もありません。
言うなれば、無名の元・高校球児でしかなかったのです。

ドジャー・スタジアム

息子から初めて石橋史匡さんのことを聞いたのは12・3年前のことでしたが、
2年前に、石橋史匡さんにチケットをとっていただいて、
家族でロサンゼルス・ドジャースの試合を観たことがありました。

そのころ石橋史匡さんは、
ドジャースのブルペンキャッチャーをやっていると聞いていました。

その「石橋史匡さんが偉業」、というニュースを、
きのう息子が送ってくれました。

石橋史匡さんが、ロサンゼルス・ドジャース傘下の、
アドバンスルーキーリーグのチームにコーチとして採用されたというものです。
それも、フルタイムの契約なのだそうです。

石橋史匡さんが、どうやってその地位まで辿り着いたのか、
その偉業については、石橋史匡さんのニュースをお読みください。

道は一本だけじゃないんですね。

心境

2015年01月25日 23:59



なんと云いましょうか、
・・なんとも云えぬ気分であります。

今回の出来事は、
なんと多くの切り口を、我々にもたらしたことでしょう。

単純に、イエスかノーかで諮れないほど、
奥深く、また拡がりをもった事件になりました。

状況が判っていながら、
それでも知人を見捨てておけなくて、
妻子のこともさて措いて、
単身、危険な土地に乗り込んだ心情。

赤ん坊が産まれたことも、
単身彼の国へ息子が渡ったことも、
知らされていなかった母親。

人生を一からやりなおすために、
安易に彼の国へ渡ったとして、
批判されている男の哀れ。

「冷静さを保つだけで精いっぱいです」と云う父親。

お前の所為だと謂われて、批判される総理。

無責任論、自己責任論、反自己責任論。

テレビも、ネットも喧しいことであります。

事ほど左様に、
己が意見を、すぐに発信できる世の中になりました。

しかし、わたしの心境は複雑で、
いまは、何も表明する気にはなりません。

新年会も蕎麦

2015年01月24日 23:59

和邑

1月も終わろうとしているのに、
気の置けない友人たちと、雑司が谷の蕎麦屋「和邑」で新年会。

和邑 003

演劇科の同期であるYと、
演劇科の後輩であるMと、
うちのかみさんと、
ことし5歳になる若者の5人です。

和邑 004

中辛の玉子焼きと、
しゃもじに塗って焼いた蕎麦味噌と、
鴨ロースサラダと、
天ぷらの盛り合わせと、
板わさと焼き海苔と、
そして、鴨鍋。

和邑 002

YとMが、大の蕎麦好きだというので
「和邑」に連れてきたのですが、
いつも、
肝心の蕎麦の写真を撮り忘れてしまいます。

一声、二振り、三男

2015年01月23日 23:59

演劇倶楽部『座』第34回公演

客席でパンフレットを読みますと、
今回の演劇倶楽部『座』の主宰者にして、
作品の演出をされた、壤晴彦さんの挨拶文が載っていました。

(抜粋)
 世の中には不穏な事、恐ろしい事、悲しい事が溢れています。マスコミはそういった情報を過剰に執拗に流し続けます。映画もドラマもゲームの世界まで恐怖とバイオレンスとミュータントと異常者・変質者のオンパレード。
まるで私達がそれを喜ぶかのように。これは間違っていると私は思います。
 世界が向き合っている現実から目を逸らそうというのではない。しかし、私達には人間の優しさや誇り、人生の愛おしさに目を向ける瞬間も必要であることは言うまでもありません。私は、劇場が、演劇がその役割を担うべきだと思うのです。


我が家の父にして、
壤晴彦の舞台を観ると、役者の魅力を言う、一声、二振り、三男という言葉を思い出す」
と言わしめた人です。


客席の電灯が少しずつ消えてゆきます。
所謂、客電がフェードアウトするというやつです。

琴や三味線の音(ね)をバックにして、
低いけれど温かみのある声が聴こえてまいりました。

壤晴彦さんの声であります。

或る男と、或る女が、道で出会った。
そして、男は女に一目惚れしてしまった。
人が人を好きになったという話は、
人が人をキライになった話ではないからいい。


そんな趣旨のナレーションでした。

壤晴彦さんと三浦家のおつき合いは、
壤晴彦さんがまだ劇団四季に在籍していらっしゃった頃からですが、
わたしが初めて壤晴彦さんとお仕事をご一緒したのは20年前のことでした。
地人会公演の「五重奏」というお芝居でしたが、
以来「サロメの純情」「谷間の女たち」「ミュージカル ザ・キッチン」と、
地人会の作品に出演していただきました。

いい芝居だったなぁ・・と思うような作品にばかり出演していらっしゃる、
稀有な、そして幸せな俳優です。

声優志望

2015年01月22日 21:57

このブログを見て、田中明夫さんについての記事を読み、
わたしにメールをくれた若者がいました。

田中明夫さんを尊敬されていて、
田中さんのことや、お芝居の話が聴きたいというので、
池袋東口の「服部珈琲舎」の一階でお会いすることにしました。

23歳。声優の養成所を出たばかりの、声優志望の若者です。

メールでやりとりするのは、面倒な作業が予想されましたし、
真意を伝えることが難しいとも思いましたので、直接お会いしたワケです。

若い割には、むかしのことや過去の人物をよくご存知でしたし、
様々なジャンルの古い作品もご覧になっているなという印象でした。

また、舞台もよくご覧になるようで、
スタニスラフスキー・システム”という単語が出たときは、少々意外でした。

いま“スタニスラフスキー・システム”といって概要は語れても、
その内容を説明できる演劇人は、どれくらいいるでしょうか?
もっと云えば、それを実践している演劇人は稀有な存在でしょう。

若者の場合も、
知識としての“スタニスラフスキー・システム”だったのでしょうが、
言葉に出るだけでも、いろいろと吸収している様子が判ります。

わたしの友人・知人にも、俳優と声優兼業の人や、
俳優から声優の道に進路変更した人は大勢います。

その声優という職業が、
俳優の基礎をもってしても難しい分野で業界だということも理解しています。

それだけに、
その若者もこれから、さぞ困難な道を歩くことになるだろうと想像しました。

そこで、
アウトプットは、なるべくとっておくこと。
世にナニかを表現している人がいたら、
それが選挙演説であれ、物売りの声であれ、芝居であれ、絵画であれ、
とにかく、なんでもよいからインプットするようにと、アドバイスをしました。

アウトプットしながらの10年は、すぐに経ってしまいますが、
インプットしての10年は、なかなか過ぎ去ることがありません。

今月は、田中明夫さんの御命日で、ことしは十三回忌にあたります。
きょうの出会いも、田中さんが贈ってくださったご縁でしょうか?

モラルジレンマ

2015年01月21日 20:58

お金を要求する人さらいにお金を渡せば、
また同じことが起きる可能性が高まってしまう。

お金の要求に応えなければ、
さらわれた人質が、最悪の場合殺されるかもしれない。

所謂、西側諸国の一員だと表明することは、
西側諸国の敵が、我が国を敵だと看做してしまう。

西側諸国と距離を置けば、
西側諸国は、我が国に協力的ではなくなるかもしれない。

多神教であることは、一神教に理解されないし、
信用できない人々だと思われるかもしれない。

一神教に理解を示すことは、
絶対なる存在を定義することを、強いられる。

どっちもどっちの、モラルジレンマ

同時に、相反する二つを解決する妙案はないものでしょうか?

唯々、人質のご無事を願っています。


巣鴨のとげぬき地蔵

2015年01月20日 23:59

洗い観音

テレビの街頭インタビューの定番と云えば、
サラリーマンの場合は新橋、ご婦人の場合は銀座、若者や外国人は秋葉原でしょうか?
そして、ご年配者の場合は、そう!巣鴨地蔵通り商店街です。

ところで、全国のみなさま!
その巣鴨の「地蔵通り」の名の由来にもなっているお地蔵様ですが、
巣鴨に在る高岩寺のご本尊であらせられます。

病の治癒にご利益があるとされおりまして、年中参拝者が絶えません。

ところで、ご本尊のお地蔵様は、本来の御名を延命地蔵菩薩様と申しますが、
通称では、とげぬき地蔵と呼ばれております。
その、とげぬき地蔵は、高岩寺では秘仏につき“非公開”とされております。

と、ここで、
「えっ!じゃあ参拝者が列をなして洗ったり拭いたりしているのは?」
そんな疑問をお持ちの方がいらっしゃるのではないですか?

そう!映像を見た皆さんがよく勘違いされているのですが、
あれはご本尊のとげぬき地蔵ではありません。

本堂左側の境内に鎮座していらっしゃるのは、
洗い観音と呼ばれる観音様です。
こちらの観音様も、自分が治癒したい部分と相応の観音様の御身体を洗うと、
御利益が得られると謂われています。

そこで、ご年配の皆さんが列をなして、せっせと御身体を拭いていらっしゃいます。

ところがきょうは、女子高校生たちが大勢並んでおりました。
若い人たちが、一体どこを洗うのでしょうねぇ?


さて、
きょう、巣鴨に参りましたのは、かかりつけ医に検査をお願いするためでした。

一昨年の夏に、大腸と胃の内視鏡検査をしていただきまして、
大腸に複数のポリープが見つかりました。

かかりつけ医の紹介で専門病院でポリープの摘出をしていただきましたが、
中等度の異型腺腫で、グループ3という検査結果でした。

グループ5なら、悪性腫瘍、つまり癌ということだそうです。

「グループ」という言い方より、
「ステージ」とか「グレード」と言ったほうが判りやすいかもしれません。
つまり、進行している状態を表しているからです。
放っておくとグループ5(癌)に進行する確率が高いということでした。

そこで早期に内視鏡手術を勧められ、摘出したというワケです。

あれから丸一年以上、大腸も胃の検査も行っていません。
なかなか検査を受ける状態ではなかったので、つい日延べしていましたが、
そろそろ、検査をしていないこと自体がストレスになりつつありまして、
きょう、検査の申し込みに行ってきたというワケであります。

大腸の検査は、一昨年摘出していただいた専門病院にお願いするので、
胃の内視鏡検査の申し込みと、血液検査のための採血を受けてきました。

ということで、洗い観音の全身を洗って参りましたが・・

巣鴨


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