大晦日は、お墓参り

2014年12月31日 18:38

お墓参り

午前中に、ご先祖様のお墓参り。


ことしも、いろいろありました。

それでも、
なんとか、皆健康で一年を終えることができます。

この一年、家族皆のことを、
いつもお見守りくださって、ありがとうございました。

2014年大晦日

墓参

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御礼詣で

2014年12月30日 23:59

氷川神社

毎年恒例ですが、きょうは御礼詣でに廻りました。

まずは、氏神様である氷川神社へ。
去年の暮れに頂いた、氷川様とお伊勢様(天照大御神)のお札としめ縄を返し、
新しいお札としめ縄を頂きました。

そして、神殿にお参りして、一年間のお礼を申し上げました。

鬼子母神堂

次に向かったのは、
身近な雑司が谷鬼子母神堂です。

本堂にお参りしてから、
境内に在る武芳稲荷と鬼子母神像にもお参りしました。

大鳥神社

次は、都電沿いに在る大鳥神社
此処でもお札をいただきました。

穴八幡宮

そして、早稲田の穴八幡宮へ。

穴八幡宮は、金銀融通の「一陽来復(いちようらいふく)」の御守を、
冬至から節分までの間に授かる事ができます。

この御守を年が替わった瞬間に恵方に向けて室内の高い場所にお祀りすると、
お金繰りが良くなるというので人気があります。

去年頂いた「一陽来復」の御守をお返しして、
新たなお守りとお札を頂きました。

本殿の前には、参拝者の長い行列ができていました。
参拝者たちは、粛々と列に並んでいます。

本殿の中では、柏手の音だけが鳴り響いています。

一人ひとりが、一年間のお礼を伝え、
愛する人たちの健康と幸せを祈っているのでしょうか?

そう思うと、
お参りする順番を列も乱さずに静かに並んで待っている
“人間”というものが、いじらしくなってきます。

参詣

さて、明日は大晦日。
明日は雑巾が使えませんので、きょう中に神棚を清めまして、
頂いてきたお札を神棚にお祀りし、洗い米と塩と水を供え、
お神酒とお榊を供えて、お参りしました。

仏壇も清めまして、かみさんが買ってきた花を供えました。

そういえば、
八百万の “ 神さん ” たちにお礼を申し上げた後は、
うちの “ かみさん ” にもお礼を言っておいたほうがいいでしょうかねぇ?

築地場外市場

2014年12月29日 23:59

築地市場

日本中に「●●銀座」と名のつく商店街は数々あれど、
東京は中央区、中央通りの距離にして1丁目から8丁目まで約1km、
「●●銀座」などと「●●」を付けないで唯一「銀座」と呼べるのは、
世界中で「銀座」だけ、本家本元の「銀座」だけであります。

その銀座中央通りから700メートルほど南下して、
銀座とはまた違った活況を呈するのは、
世界一の規模を誇る、築地市場であります。

築地場外市場

さて、その築地市場

ことし12月17日、
2016年11月上旬に新市場が豊洲に発足することが正式に決定しました。

再来年の11月、築地市場は移転し豊洲市場が開場します。

場外

その築地市場の周りには、
築地場外市場という500店舗以上と謂われる商店が軒を連ねています。

きょうは、その築地場外市場へ、毎年恒例の買出しに来ました。

生憎、冷たい雨が降っていましたが、
混雑する中では傘を差すと危ないと、
皆さん自主的に傘を畳んで歩いております。
これぞ日本人の美徳というものでありましょう。
濡れながらも、熱心に食材を買い込んでいるのでありました。

数の子

築地市場は移転しますが、
この築地場外市場は、この場所に残るそうです。

ですから、再来年になっても、
こんな光景が見られることでありましょう。

鶏肉屋

「千草」

2014年12月28日 23:59

「千草」

12月28日は、御用納め・仕事納めの日とされています。

しかし、
ことしの12月28日は日曜日にあたるため、
金曜日だった26日が御用納め・仕事納めの日だったようで、
世間は、すっかりお休みモード。

今回の年末・年始のお休みは長いようであります。


さて、
きょうは、わたしたちの忘年会。
ことし、いろいろあった面々が集いました。

できることなら、
過去のことは忘れて、新しい年を迎えたい。
そんな面々なのでありました。

忘年会の会場は、新宿東口の居酒屋「千草」
演劇関係者には、よく知られたお店ですが、
ことし、ビルの建て替えにともなって、リニューア・オープンルしました。

「千草」のご主人Mさんは、
文学座に在籍していらしたこともあるようで、お客にも演劇人が多く、
以前のお店には、錚々たる演劇人たちの色紙が飾られていました。

Mさんは、
いつ行っても、わたしのことや家族のことなど憶えていてくださいましたが、
Mさんはオーナーになって、店主が代わりました。
新しい店主は、20年前から「千草」の常連客だった方なのだそうです。

さて、元・店主のMさん。
実は、大蔵流狂言方というお顔をお持ちです。
そして、ナント!来年1月にはお芝居にも出演されます。
その演劇倶楽部「座」公演、うちの姉が振付をいたします。


「千草」のように、
過去は過去として、新規まき直しで新しい年を迎えたいものです。

大掃除

2014年12月27日 17:51

CIMG2707.jpg
before

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after

むかし、
舞台上で作業する照明部や演出部が使っていた脚立には、
12尺とか15尺という高さのものがありました。
スタッフは、その天板に乗って高所の作業をしていました。

1尺は、ほぼ30cmですから、15尺は約4m50cmです。

しかし、
現在、舞台作業でも、次第にそんな脚立は使わなくなっています。

労働安全衛生法という法律があります。
その法律の「規則 第九章 墜落・飛来崩壊等による危険の防止」に依ると、
第一節 墜落等による危険の防止
(作業床の設置等)
第五百十八条 事業者は、高さが二メートル以上の箇所(作業床の端、開口部等を除く。)で作業を行なう場合において墜落により労働者に危険を及ぼすおそれのあるときは、足場を組み立てる等の方法により作業床を設けなければならない。
2 事業者は、前項の規定により作業床を設けることが困難なときは、防網を張り、労働者に安全帯を使用させる等墜落による労働者の危険を防止するための措置を講じなければならない。

となっています。

つまり、2メートル以上の高さの場合、落下防止策を講じないで、
脚立の天板に乗って作業してはいけないことになってしまうのです。

というワケで、
現在では、むかしのように高い脚立で作業することは“難しい”のですが、
きょうも大掃除。8尺(2m40cm)高の脚立の天板に立って作業しました。

ダイニングのシーリングファンは、4m50cm程の高さの天井に付いています。
そのシーリングファンに、埃や油汚れが付着してしまうのですが、
我が家のシーリングファンは、昇降する仕掛けになっておりません。

そこで、
年末になりますと、わたしが脚立に上って拭き掃除をしているというワケです。

脚立の天板に立ちますと、わたしの目の高さは、約4mです。
むかしは、なんてことない作業でしたが、“難しくなった”のは、
法律が出来たからというよりも、齢の所為かもしれません。

CIMG2709.jpg

「ザ・インタビュー」

2014年12月26日 23:45

世の中に議論が起こることは歓迎したいと思いますが、
このブログ上で議論をすることは意図しておりませんので、悪しからず。

天皇陛下は、
日本の元首かそうでないのか、
むかしから認識と議論の分かれるところであることは承知していますが、
元首であるかどうかは別として、日本の天皇が外国のコメディー映画で
揶揄されたとします。
そうしたら、貴方はどう思いますか?そして、・・・どうしますか?

最近、日本の近所のかの国が、
自国の元首が暗殺されるという内容で、元首を揶揄されたとして、
アメリカのソニー・ピクチャーズエンタテインメントにサイバー攻撃を仕掛けた・・
のではないかとされる問題は、反対にかの国のインターネットが中断するなどして、
憶測が、更に憶測を呼んでいます。

ところで、かの国は、しばしば国際的に問題行動を起こし、
他国の多くの人たちを拉致し、いまだにその人たちを拘束しつづけるなど、
国家の体を成していない犯罪集団だと、言えば言えるでしょう。

しかし、そんな国であったとしても、
その国の元首を揶揄するような映画を創ればどうなるか、
火を見るより明らかなことではないでしょうか?

この映画は、プロパガンダではありません。
ソニー・ピクチャーズエンタテインメントが、商業的に創ったコメディー映画だそうです。

ソニー・ピクチャーズエンタテインメントは、
アメリカの映画会社ではありますが、日本企業のソニーは、
主要株主であり、ソニー・ピクチャーズエンタテインメントソニーの子会社です。

その意味で、
この映画の影響が、我が国に及ばないという保障はありません。


話を整理します。

この映画に関しては、「表現の自由」という主張があります。
一方、「自由ならなにを描いてもいいのか」という主張もあります。

また、
「テロに屈して映画の公開を中止すべきではなかった」
と言っているアメリカ大統領の意見と、
映画の製作や興行に関して、
「政治が介入するべきことではない」という意見があります。

しかし、
もはや一映画の話ではなく、国と国との問題になってしまいました。

さて、映画を観ていないで、こういうのもなんですが、
この映画、国と国の争いのキッカケになってまで、また、
「表現の自由」という崇高な旗を掲げるほど、大した映画なんでしょうかねぇ?


相馬のアンコウ鍋

2014年12月25日 20:44

アンコウ鍋

今夜は、初めて自宅で「アンコウ鍋」を作ってみました。

先日視察に行った、相馬の「NPO法人相馬はらがま朝市クラブ」が運営する
食う処 報徳庵」で注文しておいた「相馬のおんちゃまセット(アンコウ鍋)」
届いていたので、調理に挑戦してみました。

まず、昼間のうちに、
冷凍で送られてきた「アンコウの切り身」と「アン肝のタレ」を、
冷水に漬けて解凍しておきました。

次に、鍋に入れる野菜や具を用意します。
ゴボウ、白菜、春菊、人参、長ねぎ、椎茸、豆腐、しらたきなど、
好みの物を用意しました。

さて、いよいよ鍋作りですが、
解凍した「アンコウの切り身」を、熱湯にサッと潜らせて流水で洗います。
こうすることで臭みが取れるのだそうです。

鍋に、ゴボウや白菜の根に近い部位などを入れて火にかけます。
沸騰したら「アン肝のタレ」と、湯引きしたアンコウの切り身を入れます。
あとは、野菜と具を入れて煮込めば、出来上がりです。
挑戦というほど難しいものではなく、簡単でした。

それと、酒の肴は、
茹でたアンコウの身と皮を、加熱した肝と味噌と砂糖で和えた「アンコウのとも和え」と、
脂の乗った1キロオーバーのサバをサトウキビから作った無添加酢で〆た「〆サバ」です。

美味かった!
「アンコウ鍋」も、「アンコウのとも和え」「〆サバ」も、心底美味かったです。
ご馳走でした。心から温まりました。

アンコウのとも和え〆サバ

さて、このアンコウもサバも、相馬で水揚げされた魚です。
試験操業が始まって、相馬の港に少しだけ魚が戻ってきました。

さて、ご心配の向きもあろうかと思いますが、
わたしたちは、美味くて安全なものを安心して食べています。

相馬双葉漁協では、
水揚げ時の加工原料と、製品ごとに放射性セシウムの検出検査を実施しているそうです。
また、実際に出荷されているのは、国が定める基準値の半分以下の魚介類だそうです。
魚別の検査結果は、「試験操業ウェブサイト」で公表されています。


検査結果

証明書

「ルドルフ 赤鼻のトナカイ」

2014年12月24日 19:05

赤鼻のトナカイ

アメリカ人が、クリスマスに毎年観ているアニメーションがあります。
1964年にランキン・バス・プロダクションが製作してから、毎年のことだそうです。

それは、
「RUDOLPH THE LED-NOSED REINDEER(ルドルフ 赤鼻のトナカイ)」です。

この「赤鼻のトナカイ」のお話や歌は、有名ですからご存知でしょう。
しかし、このお話がどうして創られたのかご存知でしょうか?

1939年、
シカゴに住んでいたロバート・メイの妻は病床にありました。
そのロバートが、4歳の娘のために即興で創作して語ったのが、
赤鼻のトナカイ」のお話だったのだそうです。

ロバート家の生活が苦しくなるなか、4歳の娘がロバートに訊きます。
「私のママは、どうしてみんなと違うの?」

“どうして、みんなと違うの?”

ロバート自身も子供の頃から身体が小さくて苛められて育ちました。
そんなロバートは、娘の質問にどう答えたらいいのか判りませんでした。
そこで、「赤鼻のトナカイ」の話を即興で創って語ったのです。

神様に創られた生き物は、いつかきっと幸せになれるのだということを、
小さな娘と病と闘う妻と、そして自分自身にも言い聞かせたかったのでしょう。

我が家にも、「ルドルフ 赤鼻のトナカイ」のDVDはありますが、
孫娘は、クリスマス・シーズンに限らず、真夏でも観たがるほど大好きです。

ところで、
50年前に創られたこのアニメーションは、人形を使って創られていますが、
このアニメーションを制作したのは、日本人たちだったのだそうです。

このアニメーションを制作したのは、日本のMOMプロダクションと、
そのプロダクションを設立した持永只仁さんというアニメーション作家でした。

聖夜(イヴ)に、
世界の闇を照らしてくれる「赤鼻のトナカイ」ルドルフのエピソードはいかがでしたか?


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中農は、草を見てから草を取り

2014年12月23日 23:59

「上農は、草を見ずして草を取り」
これは、わたしが子供の頃に父から教えられた言葉です。

農民にも、「上農・中農・下農」があると云うのです。
上農(じょうのう)は、上能(じょうのう)と言い換えてもいいのかもしれません。

農民にとって、田畑の管理で大事な作業の一つが除草ですが、
その草取りについての、教訓であり戒めです。

草が生えているのに、草取りをしないで放っておくと、
草は瞬く間に生い茂り、種子をまき散らして手が負えなくなります。
そんな管理をしている農民はダメだ謂われてしまいます。

では、草取りをしている農民は良いのかと云えば、それでは中農だというのです。
「草が生えたら草取りをするのは当たり前なことであって、
 能力のある農民なら、草が生える前から生えないように手入れをするものだ」
というのです。それが上農です。

また、
「道の草を取っている人を見かけたら、立派な農民だと思え」
とも教わりました。

田畑の草取りは当たり前ですが、
田畑の道に生えている草を取っているのですから、
当然、田畑に草は生えていないワケです。

つまり、その農民にはそれだけの余力があるということですし、
田畑の周囲の草を放置しておくと、そこから種子が飛んで、
田畑に草が生えてしまうことを知っている、
道の草を取っている人は、そういう先見の明がある農民です。
そういう人は、農作業の名人なのだと、父はわたしに教えたのでした。

ですから、
みかん畑に限らず、田畑というものは、
見る人が見れば、その農民の能力が判るものなのです。

そしてそれは、作物や田畑の状況だけが判るのではなく、
その農民の性格や家の事情まで判ってしまうことなのです。


そんな、父の教えを想い出しながら、家の周りを掃除しました。
いまのわたしは、中か下か・・・

わたしたちの役割

2014年12月22日 23:59

福島第一原発

きょうで、今回の福島原発行動隊の福島視察に関する記事は、一段落させていただきます。


きょうの一枚の写真は、12月12日に国道6号線を走行する車から撮りました。

写真には、連なる高圧線の鉄塔が写っています。
福島第一原発に他から送電されることはあっても、
福島第一原発から送電されることは、ありません。
遠くには、福島第一原発の収束作業をするクレーンのアームが見えます。

停車することは禁じられている大熊町の国道6号線。
この日福島第一原発近くを通過したときの放射線量は、
毎時4.3~5.4μSv(マイクロシーベルト)を指していました。

この辺り一面、帰還困難区域ゆえに除染されていません。
枯れたセイタカアワダチソウとススキに覆われた田畑と住人不在の住宅が見えます。


さて、たった一泊二日という短い時間での福島県浜通りの視察でしたが、
貴重な情報と示唆を得ることができたと思っています。

「アプリシエイト・フクシマ・ワーカーズ」代表の吉川彰浩さんが案内してくださった
広野町楢葉町富岡町大熊町双葉町浪江町南相馬市へと
国道6号線を北上する行程で見聴きしたこと。

福島第一原発の収束作業をしてくださっている作業員の皆さんが、
いかに不便な生活環境で、厳しい状況で、困難な作業をされているのか、
その場に立つことで、ほんの少しですが想像が出来たと思っています。

この国の一大事である福島第一原発の収束・廃炉作業は、
福島第一原発で働く作業員の皆さんの双肩にかかっています。

その作業員の皆さんを支援しなくてはならないのは、
政府や東京電力や福島の人たちだけではありません。

この国の人たち全員で支援すべき事柄だと、わたしは思うのです。
いや!支援じゃない。共に行う自分たちの役割なのだと思うのです・


また、帰還困難区域居住制限区域避難指示解除準備区域
家や仕事場が在って、現在避難先で暮らしていらっしゃる十数万という人たちのこと。

その区域によって補償内容に違いがあることで生じる問題。
除染された場所と生活する場所と農業をする場所の問題。
「分断」という言葉に見える、支援方法やお金の使い方の問題。
再生と自立を阻む要因にもなり得る「補償」の問題。

そういった問題に正面から取り組みながら、見えないものと闘っていらっしゃる
「ふくしま再生の会」の活動からも、示唆を得ることが出来ました。


そして、
相馬市の「NPO法人相馬はらがま朝市クラブ」の活動を通じて、
困難に直面した人たちの、前向きな生き方を学ばせていただきました。


今回出逢ったそれぞれの人たちが異口同音に、
「補償」による「分断」ということと、「補償」より「自立」と「再生」
ということを口にされました。

 「福島の復興なくして日本の再生はない」と、総理は繰り返し言いました。
その福島の復興は、政府や東京電力や福島の人たちだけに任せることでしょうか?

では、わたしに、なにが出来るか。
福島原発行動隊は、なにが出来るか。
真剣に、具体的に考えようと、わたしは思っています。


相馬のおんちゃま

2014年12月21日 19:14

喰う処報徳庵

相馬のおんちゃま(オジさん)・高橋永真さんのお父さんは、
予科練(海軍飛行予科練習生)出身で特攻隊の生き残りだそうです。
わたしの父も予科練でしたから、わたしたちは共に同世代親子でしょう。

生きて戻ったおんちゃまのお父さんは、夢を抱いていたのだそうです。

漁師の三男だったお父さんは、本家の為に漁師をになりました。
その後、独立して自分の船を持ちました。
漁業権を取得して新たな漁法を編み出し、相馬の原釜漁協を大きくしました。

おんちゃまは、家業の漁師は継がずに水産業を起こしたのだそうです。
大震災の前には、20数人を雇用する水産加工会社を経営していました。
しかし、地震と津波で、辛くも従業員の命は助けることができましたが、
会社も家も、全財産を無くされたのだそうです。

震災後、おんちゃまは朝市を開催することを思い立ちました。
水産仲卸組合に呼びかけて、仲間を増やしました。
市長と市に協力してもらいテントやテーブルなどの備品を調達しました。
朝市は、仙台の市場から仕入れた水産品を販売したのだそうです。
被災した人たちに、美味い魚を食べさせたい想い一心だったのだそうです。

朝市では、全国からの支援物資も無償配布しました。
また、少量の支援物資を捌くために市価の1割程度の価格で販売する
有償配布も行いました。
全国の支援者の皆さんが集まってくれて、催しも開催しました。

仮設住宅の入居していらっしゃる人たちの孤独死や自殺を防ぎ、
また、買い物難民化しないようにと、リヤカーの行商隊を組織し、
相馬市内の仮設住宅毎日回って販売する活動も行っています。

そんな活動が認められ、
2011年8月に「NPO法人相馬はらがま朝市クラブ」が発足しました。
おんちゃま(高橋永真さん)が理事長になりました。

その「NPO法人相馬はらがま朝市クラブ」が、
2012年3月11日に開設したのが「食う処 報徳庵」です。

きょうの一枚の写真は、
12月13日の視察時に「食う処 報徳庵」で食事した後、
お店の前で撮らせていただいた、おんちゃまと奥様の写真です。

おんちゃまは云います。
「ハングリー精神が失われてしまっては、復興を遅らせてしまいます。
 この状況で生き残る為に前向きでなければ、先祖に申し訳ない」

そして、わたしが東京に帰ってから、おんちゃまからメッセージが届きました。
「三浦さんとは、今後も、“支援者”と言うより、
“仲間・友達”としてお付き合い願えれば幸いです。」

戦後、おんちゃまのお父さんが、一からの出発をされたように、
おんちゃまもまた、夢を抱きながら再出発をされたのでしょう。


余談ですが、
おんちゃまは、補償金を受け取っていらっしゃいません。

おんちゃまも、補償は必要なことだと考えています。
しかし、安全・安心で美味い魚を提供することで自立し、
大震災の前のような豊かな食文化をとりもどすことで、
相馬を復興させるのが使命だと考えているようです。


というワケで、
注文してきた「おんちゃまのアンコウ尽くしセット」が、我が家にも届きました。



ふくしま再生の会

2014年12月20日 19:51

菅野宗夫さん宅
 飯舘村の菅野宗夫さんのお宅

きょうは、一枚の写真というワケにはいきません。
それなりに意味のある何枚かの写真を載せたいと思います。

きのう載せた一枚の写真は、
避難指示解除準備区域である、福島県相馬郡飯舘村佐須地区に在る、
菅野宗夫さんのお宅の裏山を写したものでした。

菅野宗夫さんは、「ふくしま再生の会」の福島代表です。

きょうは、その「ふくしま再生の会」をご紹介させて頂きたいと思います。

ここに案内してくれたのは、「福島原発行動隊」のリリィさんです。
リリィさんは、福島県各地でボランティア活動をされていて、
それぞれの“現場”の状況に詳しい方です。

ふくしま再生の会
 視察団を出迎えてくださった「ふくしま再生の会」福島代表・菅野宗夫さんたち

「ふくしま再生の会」は、
被災地域の現場で、被災者と協働して、継続的な活動を行うことを、
活動の指針とした、ことし6月に認定を受けた特定非営利活動法人ですが、
その活動は、大震災直後から始まっていたのだそうです。

震災と原発事故の直後に飯舘村を訪れた、
現在の「ふくしま再生の会」理事長・田尾陽一さんたちが、
この活動を立ち上げられました。

ふくしま再生の会田尾理事長
 実験栽培の野菜について説明をしてくださる田尾陽一理事長

「ふくしま再生の会」の主な活動内容は以下の通りです。
・放射線・放射能のモニタリング
・除染方法の開発
・農業再生のためのパイロットプロジェクト
・新産業育成のためのパイロットプロジェクト
・被災地域における住民の健康ケア
・原発事故被害地域から世界への情報発信
こういった活動によって得られた知見や情報を、住民と行政と共有し公開しています。

ふくしま再生の会本部?
 放射線遮蔽の実験小屋を建設中



ここ飯舘村佐須地区は、日本の何処にでもあるような、のどかな山村です。
この菅野さんのお宅には、
EU各国、アメリカ、台湾、中国、韓国、シリア、フィリピン、インドネシアなど、
多くの視察団が訪れているそうです。

菅野宗夫さんは、こうおっしゃいました。
「これは、見えないものとの闘いなんですよね。
 ここで起こっていることをまず見て、世界中に報せてください」

できれば、一度でも実際に飯舘村に行かれることをお薦めしますが、
「ふくしま再生の会」は、ここから世界に向けて情報発信も行っています。
◆「ふくしま再生の会」のモニタリング情報

国立環境研究所大気捕集装置
 国立環境研究所が設置した大気捕集装置

菅野さんは、こうもおっしゃいました。
「補償は必要だと思いますが、その補償が再生を阻んでいるのかもしれません。
 再生が優先されなければ、自立できる力が奪われてしまっては、いけません。」




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