みどり

2014年07月31日 23:59

緑

「久しぶりに」と打とうとして、「しさしぶり」と誤って打ってしまいました。
「示唆しぶり」と変換されたのを見て、慌てて「ひさしぶり」と打ち直し。
わたしも、江戸っ子になりつつあるのでしょうか?

「久しぶりに」、木々の緑を見上げる機会に恵まれました。

木陰を吹いてくる風は、気持ちがいいです。

あしたから、8月・・・。

みどり
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ゴジラ

2014年07月30日 23:59


<予告編>

ゴジラといえば松井秀喜さん。
松井秀喜さんといえば、石川県の星稜高校
星稜高校といえば、高校野球石川大会で、
9回裏に8点差から大逆転して甲子園進出を決めたことが、
海外でも話題になっているのだそうです。

さて、本日は、
海外でも話題になっている「ゴジラ」のお噂でございます。


第1作の「ゴジラ」は、
1954年に作られたのですから、ことしで60年。
歳を云ったら、還暦です。

「ゴジラ」が、
1946年から行われたビキニ環礁での核実験という
歴史的事件を背景にして生まれたことは、有名です。

当然、
戦争を生き残った日本人たちが作った映画であり、
「ゴジラ」を通じて、戦争と平和と人間社会を描く、
その気概に満ちた映画でありました。

第1作の「ゴジラ」には、
1954年当時には高等女学校だった我が母校の生徒たち2,000人が、
大講堂に集まって、劇中歌「平和への祈り」を斉唱しているシーンが
描かれています。

当時の女生徒たちも、いまでは76歳以上になられているはずです。

大講堂は、
わたしも学生時代、公演やイベントによく使っていましたので、
想い出の多い場所ですが、取り壊されて、いまはありません。


そのゴジラ(GODZILLA)が、ハリウッドで作られて、
日本で公開されています。

ハリウッドゴジラは、どのようなテーマを魅せてくれるのでしょうか?

日本人としては、大いに気になるところであります。

意志を継ぐもの

2014年07月29日 20:28

鷲の尾

遺影が飾られた祭壇には、
花と酒が供えられていました。

亡くなる二日前の時点で、
「葬式は不要」と言っていらしたのだそうですが、
「では、遺された人たちの気持ちをどう収めるのか?」
という旧友の指摘で、偲ぶ会を了解されたとのことです。

と、いうワケで、
本日、「山田恭暉さんを偲ぶ会」を開催し、参加して参りました。

場所は、
そのむかし、安政の大獄を指揮したとされる
井伊直弼が住まいしていたという、現在の憲政記念館です。

憲政記念館

山田恭暉さんは、
60年安保闘争に加わり、技術屋として企業と環境問題に貢献し、
退職後は、NGOの海外支援ボランティアではアフガニスタンなどで活動され、
海外や国内を自転車で巡り、福島第一原発事故が起こると
「福島原発暴発阻止行動プロジェクト」を立ち上げ、「福島原発行動隊」を創り、
全国を講演して回り、アメリカ合衆国内も回り、国や東京電力に対して、
繰り返し、福島第一原発の収束作業への参画を訴えつづけたというご一生でした。

この“国”というものは、
一見、強大で強固なものに見えます。

しかし、その“国”も、
一度の災害で、存立の危機を迎えるという脆弱さも持ち合わせています。

であるならば、
一人の人間の行動でも、そんな“国”を少しは変えるかもしれません。

山田さんは、“国”が変わるのを見ずに逝かれましたが、
これからは、俯瞰してこの“国”をご覧になることでしょう。

わたしも、
山田さんの意志を継ぐものの一人として、この“国”の上に立っています。

国家

シンポジウムのチラシ文章

2014年07月28日 23:59

福島原発行動隊

「最悪のことはまだ起きる。我々が、最悪の事態だと言っている間は最悪ではない。」
シェークスピアの悲劇『リア王』のセリフです。

2011年3月11日、未曾有の大震災と大津波がこの国を襲い、それに続いて、私達がこれまでに経験したことのない規模の原子力事故が起こりました。

冷却できなくなった原子炉の状態を想像し、次々に吹き飛ぶ原子炉建屋を見て、この国の終焉を想った人は少なくなかったでしょう。

そんなとき、福島第一原発の暴発を阻止するための収束作業に、比較的被ばくの害が少ないシニアの結集を呼びかけている人がいたのです。

福島原発行動隊初代理事長・山田恭暉さんでした。

退役したシニアの技術者・技能者が現場に赴き、長年培った経験と能力を活用して収束作業を担おうという山田さんの呼びかけに、2,300余りの人々が賛同して集まりました。

結集した人々は、その経歴も原発に対する立場や信条や心情も同じではありませんでしたが、「まず、俺たちで眼の前の火を消そう」というただ一点で合意し、結集した同志たちでした。

やがてそれは「福島原発行動隊」という組織となり、政府や政治家や行政組織や東京電力に対して再三にわたって、事故収束作業への参画を働きかけてきました。

しかし、3年以上経ってもその目的が叶わない現実があります。

しかも現在は、事故が起こった時、私たちが「眼の前の火」だと思った以外にも多くの「火種」が存在しているのです。

私たち「福島原発行動隊」は、いまこそ創立主旨に鑑み、現在の状況を踏まえた上で、あらためて「私たちに何ができるか」を考えるためのシンポジウムを企画しました。

この機会が、我々「福島原発行動隊」の進むべき方向と、私たち一人ひとりの行動のヒントになれば幸いです。 


ことし9月27日に開催する、
福島原発行動隊主催のシンポジウムのチラシに使う文章を書きました。
本日、校了しましたので、早速掲載します。

福島原発行動隊主催シンポジウム
「福島原発の収束・廃炉を考える ―私たちに何ができるか―」

■日時:9月27日(土)13時30分開始(13時開場)
■会場:早稲田大学 早稲田キャンパス15号館
■資料代として1,000円をいただきます。
■参加パネリスト
岡本 達思(公益社団法人福島原発行動隊理事)
えりのあ(シンガーソングライター)
岸井 成格(ジャーナリスト)
名嘉 幸照(株式会社東北エンタープライズ会長)
増田 尚宏(福島第一廃炉推進カンパニー・プレジデント)
吉岡 斉(元・政府事故調査検証委員、九州大学教授)
吉田 悦花(NPO法人神田雑学大学理事長)

参加申し込み先:福島原発行動隊


自衛権の行使に因る戦争

2014年07月27日 23:59

パレスチナ自治区での一時休戦に応じていたイスラエル軍が、
再びガザへの攻撃を始めたのだそうです。

6月の末に、
行方不明だったイスラエル人の少年3人の遺体をが発見され、
イスラエルは、イスラム原理主義組織ハマスの犯行だと主張。
ハマス側は否定したのですが、パレスチナ人少年が殺害され、
これを発端にして、イスラエルによるガザ地区への空爆と、
ハマスによるイスラエルへのロケット弾攻撃が始まったのでした。

イスラエルは、
「国際社会は自衛権を認めているのに、
 我々がそれを行使すると非難されるのは納得できない」と主張。

アメリカも、
イスラエルの自衛権行使を支持しています。

イスラエル側にも死者が数十人出ていますが、
それはほとんど戦闘行為を行っていた兵士だそうです。

ハマスが行っているイスラエル国内向けのロケット攻撃は、
イスラエルの防空システム(アイアンドーム)によって守られていて、
市民の死傷者数は、ガザを攻撃されているパレスチナ側(千人以上)より
はるかに少ない人数ですんでいます。

いずれにしても、
大勢の市民(子供たちや女性たち)を殺したり、傷つけたりしても、
その言い訳が、「自衛権の行使」になってしまうのが、戦争です。

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<著名する>


ことしのプール開き

2014年07月26日 23:59

ことしのプール開き

午前中に、
息子が孫娘を連れて遊びにきました。

そこで、
きょうは、ことしのプール開きをしました。

息子が入ると、風呂に見えます。 

さて、
きょうの、歌舞伎座の夜の部は、
息子の東京の後援会の皆さまや、
静岡からの皆さまが、団体でご覧くださいました。
暑い中、遠くから有り難いことです。

終演後、
東京の後援会の皆さまとの懇親会に、
参加させていただきました。

歌舞伎座の「七月大歌舞伎」も、あと3日間です。



理不尽

2014年07月25日 23:59

詳しくは書きませんが、
きょう、或る話し合いの場での、或る工学者の発言に驚きを隠せませんでした。

原発事故に因って、推定30万人の人々が避難を余儀なくされたことについて、
「それを “ 理不尽 ” だと云うが、事故が起これば避難しなければならないのは
 当然のことであって、 “ 想定 ” されたことが起きたに過ぎない」
と、概ねこういう内容の発言をされました。

或る国立大学の名誉教授でもあるらしい70歳代の工学博士氏は、
原発事故に因って起こった様々な現象を、 “ 理不尽 ” という言葉で
表現することに違和感をもたれるようでありました。

なるほど、数学や化学・科学・物理学・工学といった分野の方々は、
文学的な表現よりも、科学的な表現?を好まれるのかもしれませんね。

陽明学者・安岡正篤先生のご本のなかに、
「物識りより、物分かりが肝腎」という言葉が出てきます。

「知識」があるのは、物事の論理を知っているということですが、
「知識」だけでは、精神の形成には役立たないとおっしゃっています。
「知識」より、「見識(知恵)」更に「胆識(志)」という、「識」にも段階があること。
そして、「物識りより、物分かり」、つまり「真理」「道理」「情理」といった
「理(ことわり)」のほうが大切だよ、とおっしゃっているのです。

「理不尽」という言葉は、
「道理をつくさないこと。道理に合わないこと。また、そのさま。」と辞書にあります。

わたしは、
原発事故に因って起こった様々な混乱や損失や悲劇や恐怖は、
「理不尽」という言葉で表すことさえ生ぬるいと感じています。

まして「想定」していたか、「想定外」であったかの問題ではないでしょう。
「理不尽」とか「道理」という言葉を解さない人々が起こしたことが、
現在の福島の現実となっているように、わたしは思いました。

銀座のお稲荷さん

2014年07月24日 23:59

お稲荷さん

明治座の入るビルの角に、お稲荷さんが在りますが、
新しい歌舞伎座の横にも、お稲荷さんが祀られています。

出向いたときには、
少々の賽銭を納めて、お参りさせていただくことにしています。


さてきょうは、
七月大歌舞伎を観に、後輩のMが来てくれました。

そこで、終演後に一杯やろうと、銀座に繰り出しましたが、
昔から、・・普段でも、遊んだことのない銀座の街です。
後輩のお店を、かみさんに勧められて電話しました。

電話の向こうから、懐かしい声がしました。

さてここは、紛れもなく銀座6丁目辺りのクラブなのでありますが、
ママは後輩だし、お店の子は、姉のお弟子さんだったり、
後輩の教え子だったり、芝居仲間だったり・・・、
或る意味、“安心して飲めるお店”だったので、ありました。

この銀座のお稲荷さんでは、両手に花であります。

後輩の店

歌舞伎座初見

2014年07月23日 23:59

歌舞伎座初見

初めて聞く(聴く)ことを「初耳」と申しますから、
初めて見た(観た)なら「初目」でしょうが、
「初見」のほうが適しているように思います。

さて、初めて歌舞伎座に入りました。
無論、歌舞伎を観るのは初めてではありませんが、
新しい歌舞伎座の中に入ったのは、初めてです。

開場以来、その機会がなかったのでありますが、
今月は、初めて市川猿翁一門が出演していますので、
やっと歌舞伎座を拝見することが叶いました。

やはり、初めて観る歌舞伎座の舞台は、
一門が勤める演目であってほしいと思ったのです。


七月大歌舞伎は、今月29日(火)まで。

5年前のきょう

2014年07月22日 21:42

皆既日食2009年硫黄島

5年前の2009年7月22日のことを、憶えていらっしゃいますか?


きょう、東京は梅雨明けしたのだそうですが、
5年前の7月22日は、わたしの記録によると、既に梅雨明けをしていました。
しかし、その日の東京都内の空は、生憎の雲に覆われていたのでした。

その日は、日本の陸地では46年ぶりと謂われた皆既日食の日でした。

地球から月までの距離の400倍あると謂われる地球と太陽の距離。
月の直径の400倍あると謂われる太陽の大きさ。
その地球と月と太陽が一直線に並ぶとき、太陽は月にすべて隠れ、
地球から太陽が見えなくなるという、皆既日食です。

都内では、
雲の切れ間から、少しだけぼんやりと観られたという人もいたのですが、
ほとんどの人にとっては、残念なことでした。

しかし、
あの日の翌日、前日には硫黄島にいたという友人が電話をくれました。
皆既日食を、バッチリ観たよ!」 ということでした。
7月22日の午前中に皆既日食を観て、写真を撮って、
その日の午後、自衛隊の飛行機で還ってきたのだと云っていました。

「なんだね・・、きのう皆既日食観て、いま東京にいるレアな存在ね、オレ!」
と、自慢していました。

自衛隊の嘱託として硫黄島に赴任して働いていた友人でした。

上の写真は、
友人が、5年前の2009年7月22日に硫黄島で撮った、月と太陽です。

その友人も、3年前に“星”になってしまいました。



善竹狂言会

2014年07月21日 21:42

善竹狂言会

善竹狂言会を拝見してきました。

善竹狂言会は、
例年、7月21日の海の日に催されています。
会場は、渋谷区松濤の観世能楽堂であります。

ことしの善竹狂言会は、
善竹彌五郎師が、1963年(昭和38年)に、
金春流七十九世宗家から「善竹」の姓を贈られて、
50年が経ったことを記念した公演でございました。

わたしの師である、
大蔵流二十五世宗家・大蔵彌太郎師、善竹十郎師をはじめとして、
金春流八十世宗家・金春安明師、善竹忠一郎師、善竹忠重師、
善竹長徳師、大蔵吉次郎師など、善竹彌五郎師のご子孫たちが
舞台を勤められました。


ところで、
ことしの善竹狂言会は、善竹改姓五十周年記念公演でしたが、
ことしの夏は、我が善竹十郎師が七十歳のお誕生日を迎えられ、
古希をお祝いする記念の年でもあります。

8月3日には、古希のお祝いの会も催されます。

◎日 時 2014年8月3日(日)
      12:00受付開始 12:30~15:00  
◎会 費 10,000円
◎場 所 新宿京王プラザホテル 南館4F 扇の間

<発起人> 
池田公之、須貝義弘、三浦庸子、野原伸仁、
(五十音順 敬称略)

「善竹十郎先生 古希・お祝いの会」実行委員会
榎本榮三郎、斉藤民生、西口久美子、善竹十郎社中竹友会

【お申し込み・問い合わせ先】
TEL/FAX 03-6408-5327(担当・天森)


そしてきょうは、
多分、わたしにとって、
来年3月の公演を最後に閉館が決まっている、
観世能楽堂を最後に観た日になったでしょう。

幸いにも、正面か列(前から6列目)10番というド真ん中のお席で、
拝見いたしました。

新しい観世能楽堂が開場するのは、再来年の11月で、
銀座の松坂屋銀座店跡地を再開発したビルのなかに移転してのことだそうです。

観世能楽堂


数分間のカオス

2014年07月20日 23:59

2014年7月20日


音楽が、鳴りはじめる。

メロディーが、流れる。

拍子を、とる。

リズムを、きざむ。

風が、吹く。 波が、寄せる。

風の音がする。 波の音がする。

草花が、匂う。

大自然が経てきた悠久の時間を想う。

雄大さを、感じる。

卑小さを、感じる。

その空間が、太平洋へと拡がる。

踊るものと、観ているものとが、一体を成す。

人は、カオスから生じ、カオスへと還る。 それを感じる。

たった数分間のカオス。





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