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黙祷

2014年03月18日 18:53

心底から悲しい事件が起こりました。
いたいけなお子さんが、可哀想です。

亡くなったのは、まだ二歳の男の子だそうですが、
さぞかし、お母さんを求めて泣いたでしょう。
心細かったでしょう。つらかったことでしょう。

お子さんたちを預けたお母さんのことを思うと、やりきれません。

お子さんを亡くしたばかりか、
ネットで探したベビーシッターに子供を預けたことを、
たぶん、批判されるでしょうから・・・

一番悔いているのは、お母さんご自身でしょうに。


ところで、
この事件をキッカケに、
ベビーシッターの需要が減るのではないかと思われます。

資格者であっても、経験者であっても、
もっと言えば、保育園や幼稚園でも、
更に言えば、身内に預けていたって、
可愛い我が子が手元にいない不安感というものはあるでしょう。

少なくとも、
誰だって、見ず知らずの他人に子供を預けたくはないのです。

しかし、
預けなかったら、仕事が出来ない。

仕事が出来なければ、生活が成り立たない。

生活が成り立たなければ、子育ても出来ない…。

たちまち悪循環が起こります。

そういう不安定な背景をもって生活している親子は沢山がいることでしょう。

ですから、
それぞれの背景を知らずに、預けたお母さんを批判するのは、一方的に過ぎます。

それに、この件は、第一義的には、子供を預けた側の責任ではなく、
預かった者の問題なのですから。


しかし、
わたしたちの社会が、「女性の活躍を推進する」とか、
「女性の力で経済を活性化」とか、「ウーマノミクス」だとか言っても、
女性の社会進出や活用を謳いつつ、出生率も上げたいと本気で思うなら、
社会インフラである、保育士やベビーシッターの養成を充実させて、
職業としてのミッションと手厚い待遇を与え、離職率を下げる必要があるでしょう。

介護の業界についても云えることですが、
社会のなかで弱い立場、小さな存在をないがしろにする国に、
幸福な未来はないことを識るべきでしょう。

わたしたちはいま、
目の前で起こった悲しい出来事と、異常な状況にばかり目を向けないで、
それらが起こった背景と、社会の仕組みにも視線を向けるべきではないでしょうか?

それが、これからの、この国の子育ての基盤を作るキッカケになるのであれば、
亡くなったお子さんにとって、せめて・・・、
せめてもの手向けになるのではないかと、思います。

あまりにも短い一生だった男の子が、
わたしたちの社会に遺した課題は、難題ですが貴重です。

黙祷

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