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合掌

2014年03月11日 17:50

朝、連続テレビ小説を観ておりましたら、
戦争直後の大阪市内の焼け跡や闇市が描かれておりました。

モチロン、NHKのスタジオの中に造られたセットですが、
大震災後のガレキを思い出した方も多かったのではないでしょうか?


昨日は、3月10日。
1945年(昭和20年)、東京が大空襲に遭った日から69年です。

東京大空襲とは、所謂3月10日未明の空襲のことを指しますが、
東京は、それ以外にも100回以上の空襲を受けました。
市街地のほぼ半分を焼失したのだそうです。

1945年(昭和20年)3月10日の未明、
約300機のアメリカ軍爆撃機B29は、東京の下町地域を目標に、
38万1,300発、1,783トンの爆弾を落として、無差別殺戮を行いました。

B29一機あたり1,270発、約6トンの爆弾を積んで飛んできて、
約300機のすべてが、それを東京に住む人たちの頭上に落したのです。

その爆弾のほとんどは、焼夷弾でした。
人口過密地帯は火炎地獄と化し、罹災者は100万人を超え、
推定10万人もの命が失われたと謂われています。


連続テレビ小説にも描かれた、大阪大空襲が初めてあったのは、
東京大空襲から3日後の3月13日だったのだそうです。
大阪は、それ以来6月7月8月と度々空襲を受けたので、
大阪大空襲の日という特定された日は無いようです。

大阪の大空襲は、
昭和天皇が、日本の降伏を国民に報せる終戦の詔勅が放送された前日、
つまり、終戦の前日、8月14日までつづきました。

その日の空襲で、大坂城は焼け、
京橋駅では、1トン爆弾の直撃を受けた数百名の市民が亡くなったと謂います。

このように、全国各地の都市が大空襲に遭いました。
そのなかには、広島と長崎への原爆投下が含まれます。

日本本土への空襲で亡くなった人の数は、
50万とも60万人とも謂われておりますが、
太平洋戦争全体の戦没者の数は、310万人と謂われます。

さて、
貴方の大事な人が、その中の一人だと想像してみてください。

その一人は、
貴方にとっても、他の一人ひとりにとって唯一無二の存在でしょう。
その悲しみは、測り知れないものではないでしょうか?
そういうことが、それだけの人数分起こったということです。


出来事というものは、数だけではありませんが、
昨日の時点で、東日本大震災による死者・行方不明者は、1万8,517人。
建築物の全壊・半壊は、合わせて40万0,151戸。
避難者の数は、現在でも26万7,419人いらっしゃるのだそうです。

連日、掌を合わせる日がつづきます。
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