「ありがとうの夕陽」発売開始!

2014年03月31日 19:08

ありがとうの夕陽

もう、何十年前になるでしょうか?

わたしが、母校の演劇科を出た年のことだったと記憶しますから、
1981年の秋だったと思います。

母校の後輩たちからの依頼で、
学園祭参加公演の演出を担当したことがあります。

上演作品は、バーナード・ショーの戯曲「ピグマリオン」でした。

ロンドンの下町の花売り娘が、ひょんなことから言語学者と出逢って、
発声や発音といった言語を矯正されるうちに、言語だけでなく、
ホンモノの“レディ”として成長してゆくという物語です。

そして「ピグマリオン」は、
映画や舞台の「マイ・フェア・レディ」の原作として有名です。


当時25歳だったわたしが、どんな演出をしたのか、
それは、穴があったら入りたいというか、
あまり思い出したくはないのでありますが、
セリフの意味や、状況の捉え方に拘って、
戯曲の読み方にフォーカスして演出していた印象があります。

ですから、
演出というよりは、演技指導に近かったかもしれません。


あれから30年以上の時が経ちました。

あのときのメンバーも、それぞれの経緯で現在に至ります。

モチロン、いまでも俳優をつづけている者が何人かおりますが、
結婚し、子育てをしながら、または親を介護しながら俳優をつづけ、
その子育てや介護も卒業して現在に至る者もおります。

一方で、俳優ではないけれど、
或る劇場の“演劇コーディネーター”に就任した者、
或るテーマパークのエンターテインメント部門のプロデューサー、
銀座のクラブの経営者(ママ)、日本舞踊家、銅版画作家、声優、エトセトラ。

三者三様、それぞれの生き方で、それぞれの人生を送っています。


さて、
そんな、「ピグマリオン仲間」が企画した公演が7月にあります。
ピグマリオン」の公演では、主人公の花売り娘イライザを演じた、
女優のマイコ(堀江真理子)が、企画し脚本を書きました。

マーリエ企画製作公演
「ありがとうの夕陽 ~葉山・森戸海岸『マハロ食堂』~」
公演日:7月2日~7日、劇場:ウッディシアター中目黒


わたしたちの結婚を縁に、日本舞踊の家元である、かみさんの姉に師事し、
師範名取の免状を授かった女優、イズミ(青田いずみ)も出演します。
そして、マイコの盟友でもあるマロミ(MAROMI)は、チラシをデザインし、
ピグマリオン」には無関係だった、うちのかみさんが、
今回は、フラの振り付けと指導で関わります。

劇場は、中目黒に在る「ウッディーシアター中目黒」ですが、そこのオーナーは、
俳優で、わたしの後輩で、マイコやマロミと同期のC。
劇場には、やはり後輩のMが勤めています。

さて、「ありがとうの夕陽」は、本日発売開始!
では、わたしはなにをするのかといえば、・・・観るんです! 


30数年前の花売り娘たちは、どんなレディになったでしょうか?
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親友の命日に

2014年03月30日 23:16

5年前のきょう、2009年の3月30日、
上野寛永寺の周りには、満開の桜が咲いていました。

寛永寺では、
その年の3月27日にお亡くなりになられた、
藤間紫先生の密葬が執り行われていました。

いよいよご出棺というとき、
お柩をお見送りしようという人たちの輪の中に、
朝倉摂さんのお姿を見つけ、ご挨拶しました。

密葬とはいえ、かなり本格的なご葬儀でしたから、
派手な革ジャンを着て、赤い髪の毛の朝倉摂さんは、
喪服の集団のなかで、目立っていらっしゃいました。

「お義父さんは、お元気?」
いつものように、優しいお言葉を賜りました。

1922年生まれの朝倉摂さんと、1923年生まれの藤間紫さんは、
年齢が一つ違いというだけではなく、
また舞台美術家と日本舞踊家という枠を超えて、
無二の大親友ではなかったかと思います。

朝倉摂さんらしい、親友を見送る送別のお姿でした。

朝倉摂さんのお通夜

さてきょうは、
その朝倉摂さんの通夜が、青山葬儀所で営まれました。

演劇界といっても、様々な分野があるワケですが、
演劇界に限らず、多くの分野から参列者が集まっておりました。

藤間紫先生がお迎えに来られたかのように、
奇しくも、朝倉摂さんが亡くなられたのは、
藤間紫先生と同じ3月27日でした。

きょうは、生憎の風の強い荒れた天候でしたが、
斎場の周りには、やはり、見事な桜が咲いておりました。


ハナニアラシノタトエモアルゾ 「サヨナラ」ダケガ人生ダ

「藪原検校」の綱

2014年03月29日 23:45

「まず当時台本を手にして、発想の豊かさにこれは面白くなると思ったが、舞台装置としてむずかしいなあとも思った。あたりまえのセットではとてもつまらないし、装置は劇場の空間ともかかわりのあることなので、その当時パルコのように観客席が急斜面になっているのはめずらしかったので、上から見おろすことを考えて、床をなんとかしたいと思った。演出の木村さんと相談して、まず綱を使うことを考えた。これは井上さんの戯曲の初めのところに目の不自由な人は綱につかまるということがあったので、綱をたよりに、たてとよこに綱を張ることを決めた。」
(地人会「藪原検校」公演パンフレットより)


これは、地人会の「藪原検校」公演のパンフレットに載った、
「スタッフは語る」という特集の、朝倉摂さんの文章です。

舞台美術家・朝倉摂さんといえば、
手掛けられた数々の舞台美術作品が思い出されるかと思います。

蜷川幸雄さん演出の「にごり江」「近松心中物語」、「下谷万年町物語
木村光一さん演出の「藪原検校」、「越前竹人形」、「調理場
三代目市川猿之助さんと組んだスーパー歌舞伎「ヤマトタケル」
篠田正浩監督映画「夜叉ケ池」などなどです。

しかし、
わたしがひとつだけ挙げるとしたら、やはり、
井上ひさし戯曲、木村光一演出「藪原検校」でしょう。

藪から棒ですが、
藪原検校」は、井上戯曲の最高傑作だと思います。
それは、日本全国、世界で認められた事実です。

ところで、「藪原検校」という傑作はモチロン、
井上ひさしという天才と、稀代の演出家・木村光一の代表作ですが、
同じく、舞台美術の朝倉摂、音楽の井上滋宇野誠一郎
照明の古川幸夫、効果の深川定次、振付の関矢幸雄花若春秋
歴代の舞台監督と各スタッフと金内喜久夫を始めとする俳優諸氏、
そして、なによりもプロデューサーであった本田延三郎がいなければ、
創れなかった奇跡的な舞台でありました。

その「藪原検校」といえば「綱」と謂われるほど、
舞台に縦横無尽に張られ、舞台に垂れ下がった、
舞台美術で舞台装置でもあった「綱」の存在は、
藪原検校」の象徴にしてテーマでもあったのではないかと思います。

初演時、朝倉摂さんと、五月舎のプロデューサーであった
本田延三郎さんが、手ずから、何日も川に通って布を染め、
裁いて綯って作ったという「綱」です。

その「綱」が、いまでは戯曲の中に記されているのです。
初演時に、天才と稀代の名人たちによって創造された内容が、
あらためて戯曲化されたという、いい例であります。

その意味では、
藪原検校」という作品は、朝倉摂さんの作品なのでした。

明日の、お通夜を前にして、思ったことでした。

法治国家

2014年03月28日 23:59

「これ以上拘置を続けるのは耐え難いほど正義に反する」

再審開始と拘置の停止を同時に認めた村山浩昭裁判長は、
その理由を、こう述べたのだそうです。

1966年(昭和41年)当時の、静岡県清水市横砂町で起きた、
所謂袴田事件の第二次再審請求でのことでした。

この「正義に反する」という文言は、
以外と、判決で用いられることが多いのだそうですね。


さて、
袴田事件が起こる前に、同じ捜査官が関わった他の事件があります。

幸浦事件二俣事件小島事件島田事件
いずれも静岡県下で起きた事件です。

これらの事件は、いずれも冤罪事件でした。

そのなかの小島事件の場合でも、最高裁判決で裁判長は、
「調書の作成過程で不自然な形跡がある」と認定し、
「かなり無理があり、この調書を事実認定の有力証拠とするのは
 判断を誤まる採用してはならない証拠を取り上げたものであり、
 違法性を認めざるを得ず、原判決は破棄しなければ著しく正義に反する
と述べています。

このように、
「正義に反する」という判決文は、珍しくないのだそうです。

それにしても、
同じ捜査官が扱った5つの事件が、共に冤罪であったか、
冤罪であった可能性が濃厚であるワケですが、
むかしの捜査方法に重大な問題が多かったからこそ、
「耐え難いほど正義に反する」ことが頻発していたのでしょう。

その意味で、
袴田事件」とは、一家四人殺しの事件ではなく、
「袴田さんの冤罪を生んだ事件」という意味に変わりました。

拷問などによる取調べや、証拠品のねつ造など、
到底法治下で行われてはならないことが起きたかもしれない事件です。


ところで、
1966年(昭和41年)に、この事件が起こった静岡県清水市横砂町は、
わたしの母の実家が在った清水市興津の近くです。

1950年(昭和25年)に起こった小島事件の現場である
静岡県庵原郡小島村(現在の静岡市清水区小島町)は、
そのむかし、わたしの曾祖父が村長をしていた村でした。

その意味で、わたしが身近に感じていた事件でありました。


それにしても、
警察や検察、そして司法の場というものが、
“昔は”いいかげんだったのだ、という論調が気になります。

元・都知事が、都知事選挙前に選挙資金1億円の借金を依頼した件。
貸した方は、別の公職選挙法違反事件で身内3人が逮捕される事態に。
借りたとされる方は、収支報告書の虚偽記載の罪で略式起訴され、
罰金50万円と今後5年間の公民権停止だけって、どうなんでしょ?

我が国は、真犯人や疑惑を放置したままの、放置国家だったの?

朝倉摂さん急逝

2014年03月27日 21:57

「お母さんとお父さんは、お元気?」

「お父さんは、お元気?」

お逢いする度にそう言って、お声を掛けていただきました。

舞台美術家で、衣装デザイナーで、画家でもあった、
朝倉摂さんが、きょう午後2時12分、亡くなられたという報道に、
たった今、接しました。

91歳、くも膜下出血で急逝されたようです。


わたしは、
舞台制作者として、地人会の作品で度々お世話になりました。

また、
スーパー歌舞伎ヤマトタケル」の舞台美術などで、
息子Kもお世話になり、小さい頃から可愛がっていただきました。

それ以上に三浦家は、
母の時代から親戚のようにおつき合いさせて頂いておりました。

かみさんの祖父・三角寛(本名・三浦守)は、
朝倉摂さんの父上で彫刻家の朝倉文夫さんと同郷の、
大分の竹田市出身ということもあり、旧知の仲。

それで、
亡くなった、かみさんの母は、独りっ子だったこともあり、
朝倉摂さんを「せっちゃん、せっちゃん」と姉のように慕っておりました。


朝倉摂さんは、
舞台美術家として、日本に限らず、世界的な存在でありましたが、
なんだか、親戚の大伯母さんが亡くなったような感じがいたします。

お通夜は、3月30日日曜日、午後6時から、
告別式は、3月31日月曜日、午前10時から、
東京都港区南青山2-33-20 青山葬儀所で営まれるようです。
喪主は、ご長女で女優の冨沢亜古さんです。

劇団EASTONES公演「ワイルドベアー」

2014年03月26日 23:59

EASTONES Vol9

きょうは、例によって、
劇団イーストンズ公演 第9弾
「ワイルドベアー -ならず者の打ち上げ花火-」を観に行ってきました。

それにしても、
いつもながら、劇団員のあもさんが描くチラシの絵は、迫力があります。


さて、
この劇団イーストンズ公演ですが、その作品の特徴を云えば、
その1.「立ち回り」、所謂「殺陣」つまり「アクション」ですわな。
その2.しつこい「悪の描き方」です。笑えないくらいまで描きます。
その3・「軽演劇」の手法です。

これらの分野は、それぞれの形態として確立されたものがありました。
しかし、それらをミックスさせているところが、
この劇団のオリジナリティーなのでしょうか?

まず、その1.「立ち回り」ですが、
平均年齢が高いキャスティングながら、結構魅せてくれます。

その2.「悪の描き方」ですが、これが一番の特徴かもしれません。

その3.軽演劇は、謂わば鴇(トキ)です。
いまそれを観るのは、貴重なことになりました。

さて、この1~3.は、演劇的に云えば、それぞれ違う分野でした。
それらを、謂わばメディアミックスしたのが、劇団イーストンズ公演
作品群だったのかも、しれません。

同じエンターテインメントの分野でも、
水と油で溶解出来ない、或いは溶解出来難いということがあります。

例えば、「ストレートプレイ」と「イリュージョン」は、
その特性から、混ざることが出来ません。いや、出来難いのです。
もし、その両者を化学反応させようとしたら、それらを取り持つ触媒、
つまり媒介する要素が、もう一つ必要になるハズなのですが、
ストレートプレイ」と「イリュージョン」の場合は、
わたしが思うに、まだその触媒の要素は見つかっていません。

では、異分野同士の溶解、つまりコラボレーションは不可能なのか?
否、成功した例だって、モチロンあります。

解りやすいのは、「ミュージカル」でしょう。
「芝居」と「音楽」と「踊り」或いは「歌」が、或いはそれら全てが、
混在した演劇の形式として、成功したのです。

さぁて、
劇団イーストンズ公演は、これらの特徴を持ちながら、どこに向かうのでしょう?

溶解しているのか、いないのか?
一度は溶解したと思ったのに、また分離してしまうのか?
それとも、触媒を見つけられるのか?

作家と演出家と俳優とスタッフ・・・、
そろそろ、プロデューサーが、登場する頃合いでありましょう。

雑司が谷開花宣言

2014年03月25日 18:00

桜が咲くかもしれないというので、散歩に出ました。

2014年開花宣言⑧

住宅街のなかに在る公園も、雑司が谷の桜の名所です。
こどもたちが、大勢で遊んでいました。

先日の大雪で、太い枝が折れてしまった桜の木です。
枝という枝の先には、いっぱいの蕾をつけておりましたが、
何本かの枝先に開花した花を確認しました。
   
    2014年開花宣言⑦


大雪が降って積もったときには、
必ずニュース映像を撮影しに来るという坂道を下ると、
豊島区と新宿区の境に沿って、神田川が流れています。

2014年開花宣言①

その神田川に架かる面影橋もまた、桜の名所です。

桜が満開のときには、
両岸からしだれた桜の枝や花が川面に映って、美しい景色を魅せてくれます。

その桜の木にも、開花した桜をみとめました。
   
    2014年開花宣言②


新目白通りから高戸橋を右に曲がって、明治通りを池袋に向かいます。
池袋に向かって、ゆっくりとした登り坂がつづきます。
池袋駅の在る辺りは、むかしで云えば峠の頂上なのです。

2014年開花宣言⑥

池袋の少し手前、右側の辺りが雑司が谷ですが、
雑司が谷の法明寺も、桜の名所と云えるでしょう。

法明寺境内に入ってすぐ右側の木が、
謂ってみれば「雑司が谷の標本木」で、
毎年、他の木よりも一足早く花を咲かせます。

というワケで、
きょうは、雑司が谷開花宣言です。

    2014年開花宣言⑤

かりん組

2014年03月24日 18:00

園庭

3年前の4月1日から、
孫娘は保育園に通い始めました。

あの頃、みきちゃんのはなしでは、
朝、預けるときは泣かないのに、
迎えに行って顔を見せたとたんに泣きだしていたそうです。

保育園では、それなりに気を遣っていたのか、
家に帰ってから、甘えん坊さんになるということでした。

あのとき、
まだ生後10カ月だった孫娘ですが、世の中にデビューしたワケです。

離乳食とミルク

その、世の中はといえば、
あの年の3月11日を境に、この国の状況は一変してしまいました。
子育てをする環境も変わりました。

あの頃、
司法書士であるみきちゃんは、こどもを預けて復職しようとしていましたが、
後に、自ら司法書士事務所を設立し、起業しました。
息子Kは、東京公演もですが、地方での公演もつづいておりましたし、
大きなお役をいただく機会も増えてきておりました。

若い夫婦は、共に仕事に一所懸命取り組みながら、
最愛の娘を預けるという、初めての経験をしていたのでした。

世の中の大きな不安と、自分たちの生活の不安のなか、
きょうまで、なんとかやれたのも、保育園に預かっていただけたからです。

待機児童の状況や、昨今の痛ましい事件のことを思うにつけ、
こどもが保育園に受け容れていただけたのは、有り難いことと思います。
保育園の皆さんの、日々のお働きには、本当に感謝しています。

おかげで、孫娘もこの3年間よく通ってくれました。
這い這いしていた「さくらんぼ組」から、「もも組」「うめ組」を経て、
孫娘は、「かりん組さん」です。

かりん組さんになると、上履きを履きます。 

保育園

2014年03月23日 17:15

砂①

息子Yが、
姪っ子である孫娘のために土産を買ってきてくれました。

その土産は、ずばり!「砂」。「SAND」で、あります。

砂②

砂あそびで困ることは、
砂で汚れることなんですが、この砂は汚れません。

室内で、砂あそびが可能です。

砂といっても、
すこし粘性の砂でして、サラサラ・パラパラしていません。

型に入れて押さえると、しばらくはその形を維持します。

砂③

きょうも、公園に二人で行って、
アスレチックやすべり台を楽しみました。

公園に行くと、息子たちと遊んだことを想い出します。
孫娘と比べたら、息子たちの動き方は圧倒的に激しいものでした。

息子たちは、毎日砂だらけ、土まみれで帰ってきたものです。

そんな息子Yが、汚れない砂を土産に買ってきてくれたのが、
なんだか、可笑しくもあります。

まぁ、息子たちの頃は、
わたしも若かったから、付き合えたのですが、
いまのわたしには、孫娘のペースで、ちょうどいい感じです。

二日酔い観劇

2014年03月22日 23:59

客席

未明に帰宅(帰国)した息子Yと、息子Kが出演している、
スーパー歌舞伎Ⅱ「空ヲ刻ム者 -若き仏師の物語-」を観ました。

二日酔いのわたしと、時差ボケで眠っていない息子Yであります。
最悪の体調だったのでありますが、花粉の時季ということもあって、
客席の、わたしの周りの方々がマスクをしていらしたので、
酒臭いわたしは、助かりました。

ということで、

最悪の体調で芝居を観たワケですが、途中眠ることもなく、
最後までイッキに観終えたのでした。

終演後、
息子たちが幼稚園のときにお世話になった先生が観てくださったのでご挨拶。
息子Yを連れて楽屋へ行き、息子Yは猿之助さんを始め、各楽屋を回ってご挨拶。

楽屋

楽屋で、かみさんとみきちゃんと孫娘と合流しました。
昼の部が終わったと思ったら、すぐに夜の部が始まります。

あらためて、連日昼夜二回公演をつづける歌舞伎の過酷さを思います。
歌舞伎俳優たちは慣れていることでしょうが、
歌舞伎初出演の俳優たちは、さぞタイヘンでしょう。

さて、
夜の部に出演する息子Kを一人だけを残して、
わたしたちは、早い夕食を摂るために楽屋を出ますと、
楽屋口の前に数台のパトカーが停まっていました。

スワ事件かと思いきや、
楽屋口の在るビルが、「警視庁銀座警察署」になっているではありませんか。

よく見れば、なにかの撮影なのでしょうが、
かみさんとみきちゃんは、すっかり信じ込んでおりまして、
「いつの間に警察署が出来たんだろうねぇ・・」と云うばかり、
説明しても、「だって、これ全部ホンモノですよ!」と云って、
疑うことをしません。

銀座警察署

それから、
銀座でお店に入りまして、もう夕方なのに向かい酒・・・


姪っ子

叔父さん

お彼岸の中日に

2014年03月21日 23:59

今朝、仏壇に手を合わせながら、
ちょいと、後ろめたい気分になりました。

きょうは、お彼岸の中日なのに、
お墓参りに行く予定をたてていなかったからでしょう。

そんな気分だったからでしょうか?
「やっぱり、バチが当たった」と、あとで思ったのでした。

かみさんを、美容院に送り、
みきちゃんと孫娘を東京駅に送るために車を走らせていて、
スピード違反をしました。

記憶では、瞬間的にスピードを上げたのは、
50メートル位の間だけのことだったのですが、
その間で取り締まりの検知をしていたのでした。

40キロ制限のところを、69キロで走ったそうです。
29キロオーバーです。
減点は3点、違反金は18.000円です。

かみさんは、車を下りてタクシーで向かいました。
みきちゃんと孫娘は、不安そうに車で待っていました。

たった一泊ですが、
せっかくの里帰りなのに心配させてしまいました。


そんなこともあって、
息子Yが帰国するのも待たずに、酒を飲んで眠ってしまいました。

夜10時頃に羽田に着く、デルタ航空の便です。

その息子Yに起こされました。
深夜、わたしのベットに入ってきたからです。

重くて、目が醒めました。

これは、特別のことではありません。
いつものことで、眠るときに予想していたことでもありましたが、
これを、お読みになる方には奇異に感じられることでしょう。

ホントは、奇異なことです。
30歳にもなる息子が、58歳の父親のベットに入ってくるのですから。

しかし、息子は16歳でアメリカに行ったときのままなのかもしれません。
イヤ、普通は16歳でも、そんなことはしませんが・・・。

そういうワケで、
遅ればせながら、いま頃これを書いております。

夢の懸け橋

2014年03月20日 15:16

braintest.gif

ずっと見ていると、目が回りそうです・・・。

<画像が動いていない方は、ここクリック>

貴方は、この画像の女性?が、回転しているように見えますか?

もし、回転しているとしたら、
それは、右回転・・・つまり右脚を上げて回転しているのか、
それとも左回転・・・つまり左脚を上げて回転しているのか、
どちらだと、思われますか?

これで、
右回転に見えた人は、右脳を使って見た。
左回転に見えた人は、左脳を使って見た、
ということが判るのだそうです。

それが何故なのかは、解りません。


さて、
右脳と左脳、それぞれの機能が違うということが初めて話題になったのは、
35年ほど前のことだったのではないでしょうか?

わたしは、その頃、
「右往左往」という芝居を演ったことがあります。
わたしの恩師で、劇作家の田中千禾夫先生が書かれた作品で、先生の演出でした。

右脳左脳論は、
左脳は、言語や論理的思考を司り、
右脳は、映像や音声的イメージや感性や芸術的創造性を担う、
といった概念を基にしています。

田中千禾夫先生の戯曲「右往左往」では、
大切なのは、右脳と左脳とをつなぐ懸け橋なのだと言っています。
それを、「夢の懸け橋」と表現しました。


左脳と右脳の役割の違いから、
“左脳人間”か“右脳人間”か、
“左脳派”か“右脳派”かというような捉え方ができて、
それらを診断するツールなども沢山世の中に出回っています。

左脳と右脳の性質分けだけでなく、
コーチングにもタイプ分けという考え方のツールがありますが、
コントローラータイプ(指示命令好きで人をコントロールしたがる)、
アナライザータイプ(分析家で常に論理とデータを重要視する)、
プロモータータイプ(閃きとアイデアが豊かだが、持続しない)、
サポートタイプ(常に人の役に立ちたいと思っているが、感謝も求めている)、
というような、4つのタイプに人を分け、その特性を見極めつつ
適切なコミュニケーションを図るために使うというようなツールです。

しかし、
一人の人間が、いつ何時でも同じタイプのままということもありませんし、
一人の人間のなかに、同時に別々のタイプが共存しているのが普通です。

このように、
人間を、なんらかの方法に基づいて、分類し、評価し、格付けし、
それと断定したいという心理が働くことは、ままあります。

生まれた干支や星座もそうでしょうし、県民性などもそうでしょう。
血液型などもそうですが、我が家の家族は7人全員が同じ血液型でしたが、
性格や適性など、ことごとく違っておりました。


右脳と左脳の機能の違いは、あるでしょう。
人間にタイプがあることも、事実でしょう。
干支や星座や血液型や県民性にも、一定の特徴が見いだせるかもしれません。

しかし、大事なのは、
全ての人に内在するあらゆる“要素(タイプ)”をつなぐ、
フレキシブルな、“夢の懸け橋”を見極めることではないでしょうか?



画像出典:ifoughtthelaw.cementhorizon.com



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