本音と建前

2014年01月31日 23:59

「沖縄県の尖閣諸島と島根県の竹島は、我が国固有の領土です」

文部科学省は、教科書を作成する際などの指針となる、
中学校と高校の「学習指導要領の解説書」を改訂し、
教科書に反映するよう出版社に促し、
全国の教育委員会にも通知するのだそうです。

さて、その内容ですが、
尖閣諸島と島根県の竹島を「我が国固有の領土」と明記し、
そのうえで、
尖閣諸島には、「解決すべき領有権の問題は存在しない」ことや、
「竹島は、韓国によって不法に占拠されているため抗議している」
ことなどが盛り込まれたのだそうです。

これは、「指針」ですから、
現場で行われる授業について「指し示す」ものではありますが、
「必ずこうせよ」という「方針」と違い、「参考」程度でもよろしいのでしょうか?

「解決すべき領有権の問題は存在しない」
まことに現状とかけ離れた原理原則論であります。

まぁ、国家を治める“御国”のことですから、
原理原則は本義でありましょうが、これを「建前」といいます。


さて、夕方、夕食を作りながら、
テレビで衆議院予算委員会の模様を聴いていましたら、
NHK会長が、参考人として招致され、発言を求められておりました。

民主党の原口一博議員が、
「NHKの放送番組の編集権は、どなたが持っていますか?」と問うと、
NHK会長は、「会長が持っております」と答えました。

次に原口議員は、放送法第4条の1号から4号までを示しました。

放送法第4条
放送事業者は、国内放送及び内外放送の放送番組の編集に当たつては、
次の各号の定めるところによらなければならない。
1.公安及び善良な風俗を害しないこと。
2.政治的に公平であること。
3.報道は事実をまげないですること。
4.意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。


その上で原口議員は、NHK会長が、会長就任の記者会見の場において、

特定秘密保護法について、今後どのように伝えてゆくかを質問されたときに、
「まぁ、一応通っちゃったんでですね、
 もう言ってもしょうがないんじゃないかと思うんですけれども」
と答えたこと。

総理の靖国神社参拝について、
「どうだこうだと云うつもりもないですよ。
 ただ淡々と“総理は靖国に参拝されました”と云うだけでしょう。
 ピリオドでしょう。」
と答えたこと。

NHKの番組編集権について、
「最終的に会長が決める」
「問題については、ちゃんときちんと私の了解をとってもらわなきゃ困る」

 などと答えていたこと。

これらの発言と放送法との相違について指摘しました。

すると、NHK会長は、
「記者会見における私の意見は、私的なコメントでございます。」
「私見は全て取り消しました。」


このように応えました。

「本音」と「建前」は、やはり「我が国固有の価値観」です。

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コペルニクス的転回

2014年01月30日 23:49

「それでも地球は回っている」

ローマ法王庁から、
コペルニクス説(地動説)を唱えないことを宣誓させられた、
ガリレオ・ガリレイが、「それでも地球は回っている」と呟いた、
という伝説が、現在に至るまで語り継がれています。

そのコペルニクス説を唱えた、ニコラウス・コペルニクスは、
聖書の基礎となっている天動説(地球は動かないという説)を覆し、
地動説(地球は回っているという説)を唱えた天文学者です。

天動説から地動説への転換。
これを、いまでは「コペルニクス的転回」と言ったりします。
これまでの捉え方を根本的に変えたり、
常識を180度覆したりする場合に、使われる言い回しです。

この「コペルニクス的転回」という言い回しに値するほど・・・、
天動説から地動説への転換くらいのショックがあったのだそうです。

STAP細胞」の作製に成功した、
理化学研究所の、小保方晴子リーダーら7人の研究のことです。

当初は、極めて常識破りで、革新的な研究報告だったので、
昨年の春に、世界的に権威あるイギリスの科学誌ネイチャーに投稿した際、
「過去何百年の生物細胞学の歴史を愚弄している」と酷評されて、
掲載を却下されてしまったのだそうですが、膨大なデータ資料を集めたことで、
その分野の研究者たちを納得させ、今回の掲載に漕ぎ着けたのだそうです。


それにしても、
科学が、基礎となる理論や概念から出発し、
その存在や現象に縛られるのはいたし方ないとは思いますが、
既成概念に囚われ、基の理論や概念を始めから疑わない、
ネイチャーのような態度もどうかと思います。

コペルニクス的転回は、これまでにも起こったし、
これから先にも、起こる可能性があるのですから。

人間にとって、
再生医療の分野での研究が、成果を収めることは重要です。
おなじように、被曝防御ないしは、
被曝治療の分野での研究が進んでくれたらいいのですがね。

もっと言えば、
どんな細胞の異常にも対応できる治療方法が確立してくれたら・・。


割烹着で研究成果

2014年01月29日 23:59

こんな、画期的で喜ばしい記事が配信されました。

「生物学の教科書を書き換える成果」と、国内外の研究者が驚きの声を上げた。理化学研究所発生・再生科学総合研究センター(神戸市中央区)が作製成功を発表した新万能細胞「STAP細胞(刺激惹起<じゃっき>性多能性獲得細胞)」。人工多能性幹細胞(iPS細胞)を超える可能性を秘めた研究成果を主導したのは、30歳の女性の「新星」だった。  2014年1月29日(水)21時27分 毎日新聞配信

2012年、
iPS細胞の研究成果が評価されてノーベル生理学・医学賞を受賞した、
京都大学山中伸弥教授が話題になりましたが、
山中教授の成果に勝るとも劣らない、画期的な研究成果なのだそうです。

再生医療(再生医学)の分野は、
人間の身体のあらゆる部分を作りだすこと(再生)が可能になるという、
病を得た人間にとっては、夢のような分野です。

であるからして、その研究にスポットが当たります。
スポットが当たって注目されるから、手柄を目当てにした不心得者も登場します。

山中教授がノーベル賞を受賞される少し前のことでしたが、
この記事に踊らされ、大喜びした人たちが数多くいたことを思い出しました。
わたしも、その一人でありましたが・・・。

遺伝子やウイルスを使わずに医薬品を投与して、がん細胞のもとからヒト人工多能性幹細胞(iPS細胞)を作ることに、米ハーバード大の森○○○研究員らが成功した。医薬品の投与のみで作成したのは初めて。ウイルスが細胞内にある遺伝子を傷つけるなどの弊害を回避できる可能性がある。23日、東京都で開催中の国際会議で発表した。また、大学は特許出願の手続きを始めた。  2010年2月24日 毎日新聞配信

悪しからず、
今回の研究成果に水を差すつもりはありません。

30歳といえば、わたしたちの息子たちと同じ齢です。
お祖母さんから譲られた割烹着を着て研究をつづけていらっしゃる姿を想像し、
微笑ましく思いました。

ただ、その研究成果が、
なるべく早く応用される日がくることを、願っています。

囚人のジレンマ

2014年01月28日 23:59

これは、架空のお話です。

誠に失礼な話ですが、
仮に貴方が、或る犯罪の犯人だったとしていただきたい。

貴方には、どちらが主か従か判らない相棒がいました。

しかし、残念ながら二人は逮捕されてしまいます。

二人は、別々の部屋で取り調べを受けていましたが、
二人には、それぞれ同じ司法取引が提案されます。
そして、この提案は二人共通だということも、知らされます。

ケース①
「君も相棒も黙秘したなら、二人とも2年間拘留される」

ケース②
「もし君が自白して、相棒が黙秘したら、君は釈放してあげよう。
 そして、黙秘した相棒は懲役5年にする」

ケース③
「二人とも自白したら、二人とも懲役3年だ」

さて、貴方はどんな選択をしますか?
モチロン、相棒と相談することは出来ません。そしてまた、
お互いに相棒を信じられるほどの友情を持ち合わせてはいないと仮定します。


これは、
数学のゲーム理論の一つで「囚人のジレンマ」と呼ばれる、有名な応用問題ですが、
経済学、社会学、政治学、心理学などにも応用されています。

ところで、
貴方は、どのような選択をしたでしょうか?

たぶん、「自白」することでしょう?

そして、相棒にとっても、それは同じこと。
結局二人は、「自白」することになるハズです。

それは、
相棒が「黙秘」した場合を仮定して、
自分が「自白」して「釈放」か、自分も「黙秘」して「拘留2年」のどちらか、
相棒が「自白」した場合を仮定しても、
自分も「自白」して「懲役3年」か、自分は「黙秘」して「懲役5年」です。
いずれにしても、こちらは「自白」する方が得をする計算です。

モチロン、二人とも黙秘していれば拘留2年で済むワケですが、
これが「ジレンマ」と謂われる所以です。


ところで、

東京都知事選挙に、この「囚人のジレンマ」は当てはまりませんが、
一種のジレンマは存在します。

自分の投票が、
必ずしも自分の目的を達成する結果につながらないかもしれない・・・、
だからといって、不本意な投票をしても結果につながる保証はない・・、
といったジレンマでしょうか?

貴方は、どのような選択をされますか?


「マーブル」

2014年01月27日 18:50

「マーブル」

きょうは、下北沢の「小劇場楽園」で、
松尾貴史さんと松永玲子さんの新ユニット「π*π」(パイパイ)の第一回公演、
きたむらけんじ作・演出、
松尾貴史さんと松永玲子さんの二人芝居「マーブル」を観てきました。

このお芝居を観たいと思った動機は、
このところ拝見している、きたむらけんじさんの新作だということもありますし、
松尾貴史さんと松永玲子さんの二人芝居だということもありますが、
ホントの動機は、写真家・渡辺克巳さんをモデルにしたお芝居だからでした。


これは、1968年(昭和43年)
新宿ゴールデン街のバー「夏美」を舞台にした、男と“女”の物語。
マーブル模様のように、溶け合っても混ざることのない二つの色の物語です。

男は、新宿でポートレート撮影を請け負う「流しの写真屋」
“女”は、ゴールデン街のバー「夏美」の、訳ありホステス・・・
と言えば、なにか昭和の哀愁漂うノスタルジアを想像されるでしょうが、
1968年の新宿の街には、「騒乱」と「混沌」という言葉が似合います。

1968年の新宿は、
60年安保闘争の挫折感を引き摺りながら社会に埋没した人々と、
ベトナム反戦運動や、安保自動延長阻止に向けて燻る闘志を抱えた学生たちと、
そして、全国の農村・漁村から集団就職で上京した若者たちが交差していた街です。

団塊の世代と呼ばれた人々を、ヘルメットとタオルで顔を隠し、
ゲバ棒を握っている姿だけでイメージするのは、間違いでしょう。
団塊の世代の多くは、
中学校や高校を卒業して直ぐに働いていた若者たちだったのでした。
そういった新宿の街と、そこに生きる人々を撮りつづけた写真家・渡辺克巳さん。

写真を見ると、50年ちかく前のあの時代と現在が重なります。
だから、きたむらけんじさんは、この芝居を書かれたのかしら?


お二人の息子さんに遺された写真家・渡辺克巳さんの言葉です。

「息子 春吉君
 世の中に悪い人はいません。悲しい人がいるだけです。
 春吉が大きくなってから考えてください。」

「息子 次郎君
 父ちゃんが32年かかって作った本です。
 困難がきたとき開けてみると何かヒントがあるかもしれないよ。」


新宿 1965‐97―娼婦、ヤクザ、オカマ、ヌード嬢…彼らが「流しの写真屋」の客だった (フォト・ミュゼ)新宿 1965‐97―娼婦、ヤクザ、オカマ、ヌード嬢…彼らが「流しの写真屋」の客だった (フォト・ミュゼ)
(1997/11)
渡辺 克巳

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「真田風雲録」

2014年01月26日 23:59

真田風雲録

前後を割愛させていただきますが、

「相手役に向かって発する台詞は、相手役を突き抜けて、世界に、天に届きたい。
 囁き声が大空から跳ね返って来て、観客の胸に刺さりたい。
 無理無理、と諦めてほしくない。」

これは、母校演劇科の4年間を修了する公演に寄せて、パンフレットに載っていた、
劇作家で演出家の福田善之さんの「ごあいさつ」の一文です。

きょうは、その修了公演を観てきました。
わたしも噂には聞いていた、伝説の作品です。
観せていただいたのは、きょうが始めてでした。

1962年(昭和37年)初演、伝説の作品「真田風雲録


1951年(昭和26年)に締結された、
日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約、所謂日米安保条約は、
1960年(昭和35年)、現在の総理大臣のお祖父さんが総理大臣のとき、
強行採決で改定されました。

それに反発した多くの市民や労働者や学生たちを中心に国内の左翼勢力が結集した
大規模な政治闘争を「60年安保闘争」といいます。

革新勢力の既成政党であった日本社会党や日本共産党は組織を挙げ、
総評は、国鉄労働者を中心に時限ストライキを敢行しました。
しかし、全学連の国会突入には批判的な立場をとります。
これに対して全学連は、既成政党の穏健なデモ活動を「お焼香デモ」と非難しました。

こういった政治的背景をもって書かれた「真田風雲録」は、
1962年、俳優座養成所出身劇団合同の公演として上演されましたが、
安保闘争の敗北を総括した作品だと謂われています。
描かれているのは、
徳川が保守勢力、豊臣は左翼勢力、真田十勇士は新左翼というわけです。

その上演は、その背景もさることながら、
演劇のスタイルから言っても、斬新なものとして話題になったのだそうです。
それは、後の多くの劇作家や演出家にも大きな影響を与えたはずです。


さていまは、
60年安保も、70年安保もリアルタイムで知らない世代の世の中です。

それでも、巨大で強引な政治的な圧力は存在しています。
そんななかで、現代の若者は真田十勇士のように闘えるのでしょうか?

福田善之さんに、
「内向きで室内劇のような芝居だ」と指摘された若者たちが、
彼らの声を、彼らなりの方法と響き方で発してほしいと思いました。

フラの新年会

2014年01月25日 23:59

フラの新年会

バァバの、フラの生徒さんたちが集まって、
きょうは、「フラ・オ・ポハイ・ケ・アロハ」の新年会です。

フラの新年会その2

池袋西口に在る、
ロコズキッチン」というお店を貸し切りにしていただいて、
きょうは、15人が集まりました。

フラの新年会その3

キパフル

アイナ・ハウ

ナニ・カウアイ

ヘ・アロハ・モク・オ・ケアヴェ

フラの新年会その5

カイマナ・ヒラ

エ・ピリ・マイ

カマカニ・カイリ・アロハ

ヒロ・メドレー

カレイ・オ・プナホウ


バァバと、生徒さんたちが踊っています。

「先生!先生!」って、みなさんが云うけれど、
“わたしのバァバ”なんですけど・・・。

フラの新年会その4

観る確率は永遠に0

2014年01月24日 23:59

観ない映画

何度か、映画館の前までは行きました。

このところ、わたしの身近でも話題になっておりましたし、
マスコミでも取り上げられて、話題になっている映画であります。

ご本を読んで映画を観た方のご感想では、
小説と映画の違いを指摘しているのが顕著です。

それにしても、この物語、
「感動的だ」と、ご感想をもたれる方が多いように見受けられます。

そこで、
まず、小説を読んでみよう、と思ったり、
映画化されれば観に行かなければと、思ったりしていました。

しかし結局、
“この映画は、観ないことに決めました。”

思えば、
出掛ける前から、なにか得体の知れない違和感がありました。
観るつもりで、映画館の前までは行ったのですが、
チケット売場の前で、遅疑逡巡してしまいまして、
結局は、観ないで帰ってきたことが2度あります。

世間には、この小説と映画について、
「史実や事実と違う。」
「虚構だ。」
「零戦神話のねつ造だ。」
「戦争を美談にしている。賛美している。」
といった批判があるようですが、
わたしは、所詮小説と映画ですから「虚構」であっていいと思っています。

これまでも、多くの戦争映画が作られてきました。
わたしは、子供の頃に観た「陸軍中野学校」に始まり、
戦争にまつわる映画を多く観て育った方だと思います。
正直に云って、かなり影響を受けていると思います。

では、なぜ観ないと決めたのかというと、
戦争を描く場合に起こる、
同化”や“カタルシス”をどう捉えているかが問題だからです。

戦後に作られた戦争映画は、ほとんどの場合、
「戦争は、悲惨だ。怖い。懲り懲りだ。二度と繰り返してはならない」
といった視点で作られています。

多くの人間が死に、傷つき、あらゆるものを失った戦争です。
「戦争は、素敵だ。恰好いい。またやりたいな。」と思って、
描かれるワケはないのです。

ですから、
戦争を描く側に、そのような意図がないことは明白です。当たり前なのです。

でも、
戦争を描いた場合、特に日本の太平洋戦争を描く場合に起こりやすい、
特攻”や“突撃”や“玉砕”などの描写をするときに、
観客に客観性を持たせて、醒めた目で観てもらうよう
異化”させることは、出来るでしょうか?困難です。

事実、その時代には、
そのような出来事が数限りなくあったということを知っている人々に、
客観視など出来ないからです。

観客は、自動的にその登場人物たちに同化し、
その人物たちになったかのように、感じはじめることでしょう。

わたしだって、
この映画の、特攻の場面を観たら、間違いなく大粒の涙を流すと思います。

戦争が悪だと知っていても、
自己犠牲の上に成り立つ“正義”や“大義”に同化してしまうからです。

ですから、
こういった作品の主人公たちは、ほとんどの例外なく最期を迎えます。
その死に、わたしたち観客は同化した涙を流すのです。
それは、まさに“感動的”なのであります。

実際に、多くの英霊が、
この国と、この国の未来を思って亡くなったのだということは、
知っているべきでしょうし、もっと興味をもって知るべきでしょう。
そして、その方たちが戦った歴史の上に立って、わたしたちは生まれ、
この国の繁栄を享受しているのだということも解っているべきです。

しかし、それは映画で“カタルシス”をもって知るべきだとは思いません。
それならば、「知覧特攻平和会館」へ一度行かれることをお薦めします。

愛や青春や絆や家族愛や愛国心を描きたいのであれば、
特攻ではなくても、他のモチーフで描くことが可能ではありませんか?

以上の点に鑑みて、
わたしは、“この映画は観ない”と決めたのでした。

パブリックサーバント

2014年01月23日 17:39

先日、○○ガスの人が来て、

「お宅は築10年目ですから、ガスメーターの取り換え工事をやりたいのですが、
 工事に立ち合っていただきたいので、ご希望の日時を申し込んでください。」

ということでした。

工事の所要時間を訊きましたら、

「メーター交換だけでしたら40分程度です。
 但し、工事の後でガス漏れ検査をして、
 もしガス漏れがあった場合を想定すると、2時間程度みてください。」

そこで後日、
かみさんが候補日を連絡したところ、きょうの10時から12時と決まりました。
しかし、きょうの11時になっても作業員が現われないので連絡すると、

「前の現場が押してしまったので、11時半ごろ到着できます。」

というので、仕方がなく午後の予定をキャンセルしました。

○○ガスとか、○○電力とか、
競合していない企業だと、やはりこういうことが起こります。

そう云えば、
「公務員とは、パブリックサーバント(public servant)である。」
という言い方があります。

public:公的な、公共の
servant:使用人、召使い

したがって、「公務員は公僕である」などとも言います。

しかし、
「使用人」とか「召使い」とか「公僕」という、見下した言い方に馴染めません。

せめて、
「公的な従事者」という意味で、「public workers」はいかがでしょう?

国・都道府県・市町村・郵便事業・公共事業・教育・警察・消防・自衛隊など、
公のためにお仕事をしてくださっている方々は、その「public workers」でしょう。

そして、電気・水道・ガスのお仕事に従事している方々もまた、
広い意味で「public workers」なんじゃないでしょうか?

使命感がなければ出来ないお仕事です。だから、貴重なお仕事です。
であるが故に、厳しく指摘を受けることもあります。

きょうの、工事担当者には、その点を指摘させていただきました。
担当者は、自分のミスだと言い訳を云っていましたが、
わたしは、そうは思っていません。


ところで、
きょう、東京都知事選挙が告示されました。2月9日が投票日です。

この選挙の結果起こることは、都民の責任ですが、
日本の国民全体に影響を与えることになります。

スーパー歌舞伎Ⅱ(セカンド)

2014年01月22日 23:46

空ヲ刻ム者

やっと、きょうチラシが届きました。

松竹3・4月公演
スーパー歌舞伎Ⅱ(セカンド)「空ヲ刻ム者 ―若き仏師の物語―」です。

3月新橋演舞場公演の前売り開始は、1月25日から、
4月大阪松竹座公演の前売り開始は、2月19日からです。


まだ、どのような作品なのか、全容が分かりません。
息子Kのお役は「喜市」というだけで、どのようなお役か分かりません。

三代目・猿之助丈(現・猿翁)が創造された
「スーパー歌舞伎」の精神を受け継ぎながらも、
「スーパー歌舞伎Ⅱ(セカンド)」と名付けたのは、
更なる飛躍を目指したステージに立つという意志の現われでしょうか。

セカンドギアに切り替わることで、
歌舞伎が、更に加速することを願っています。

空ヲ刻ム者 ←クリック

イシュー

2014年01月21日 23:59

最近、やたらと耳にするようになった言葉に、
ワン・イシューシングル・イシューマルチ・イシュー
などという用語があります、

「イシュー(issue)」という用語は、
一般的には「論点」「課題」「問題」などと訳されるようです。

ワン・イシュー、シングル・イシューは、「一局集中した論点」、
マルチ・イシューというのは、「複合的論点」と理解していいのでしょう。

しかし、「イシュー」という言葉を耳にする前は、盛んに、
ワンセンテンス・ポリティクスとか、ワンフレーズ・ポリティクス
などという言葉が使われていたように思います。

「ポリティクス(politics)」という用語は、
普通は「政治活動」と訳されるのでしょうが、
ワンセンテンス・ポリティクスとか、ワンフレーズ・ポリティクスといえば、
「単純化された政治スローガン」というように訳せます。

郵政解散」「聖域なき構造改革」などが、いい例でしょうか。


さて、いよいよ都知事選挙の告示日(23日)が近づいてきました。

「一本化するべきだ」「ワン・イシューで争うべきではない」
「脱原発は、都知事選挙の争点ではない」
「原発問題は、もはやすべての政治家の基本姿勢の問題だ」
本番前から巷では、喧しく様々な議論がされていたようであります。

既成政党や団体の公認を得て、脱原発を旗頭にしつつも、
都政全般の政策を語り、憲法改正の動きにも歯止めをかけると訴える候補。

特定の政党からの応援は受けないとし、脱原発に特化した主張をしつつ、
やがて、都政全般のビジョンについても語り出すであろう候補。

都政について広く政策を語りながら、脱原発も容認する怠りなさで、
古巣の政党の協力も取り付けたはいいものの、一部からは「大義がない」
と公然と批判された候補。

などなど、であります。

(「などなど」と一括りにしてしまった候補のみなさん、失礼)

かように一見「ワン・イシュー」「ワンセンテンス・ポリティクス」と、
一つに集約された争点で争われるかのように見える選挙ですが、
ホントにそうでしょうか?

東京オリンピックの準備や、社会福祉対策、雇用対策、少子高齢化対策、
首都直下型大震災の防災対策などは、言わずもがなの基本政策でしょう。
どの候補者であっても、触れずに通るわけにはいきません。

選挙は、シングル・イシューで戦ったとしても、
政策は、マルチ・イシューで考えなければならないはずです。
ですから、シングルとマルチで争っている場合ではないでしょう。

つまりは、候補者の主張の違いを見極めつつも、
大局的に物事を考えて投票する必要がでてくるでしょうから、
高度な判断が求められる選挙になるでしょう。

その意味で、わたしたちの一票は重たいのです。

Mちゃん

2014年01月20日 21:28

「クサカ、芝居のチラシを送るときはな、
自筆の手紙を同封するんだぞ。
手紙じゃなくてもな、自筆で一言添えるもんだ。」

学生時代、Мちゃんに教えてもらったことです。

杉村春子先生より、
生涯で売ったチケットの数が多い、という伝説をもつМちゃんでした。

「いいかクサカ、自分の芝居がいい芝居だと思うなら、
 恥ずかしがらずに売れ、どんどん売れ」

これも、Мちゃんに教えてもらったことでした。


そんなМちゃんゃんのエピソードです。

むかしのことですが、
ある日、Мちゃんが自宅に帰るために終電に乗りました。

電車に揺られながら、芝居のチラシを見ていたら、
隣に腰掛けていた若い女性がチラシに興味を持ったのか、
チラチラ、チラシを見ていたのだそうです。

そこで、Мちゃんは、
そのチラシを女性に渡して芝居の宣伝をしたのでした。

電車は、Мちゃんの住む最寄り駅より手前の駅で終点でした。

電車を下りて、幹線道路沿いに歩き始めたМちゃんの数メートル前を、
先程の女性が歩いていました。

しばらくすると、突然その女性が駆け出したのだそうです。

女性は、沿道に在った警察署のなかに駆け込みました。

しばらくして、警察署のなかから数名の警察官が飛び出してきて、
Мちゃんは“確保”されたのでした。

しかし、
災難だったのは、警察の方でした。

Мちゃんを“確保”した正当な理由について、
Мちゃんは、説明を求めたからです。

困惑した警察署長が平身低頭するなか、
署長に、芝居のチラシを渡して帰宅したМちゃんでした。


そんな伝説のМちゃんが、
病院のベットで寝ているので、逢いに行ってきました。

新倉敷駅の前に、弟のよしおさんが、車で迎えに来てくれました。

病室に入って、Мちゃんに声を掛けると、
細目を開けて応えてくれたように思いました。

そのとき、
たまたま主治医の先生が、よしおさんに話があるというので、
よしおさんに促されて、わたしも先生の説明を聴きました。

説明によると、
わたしにとってこの面会が、Мちゃんとの、今生の別れになるようです。

そこで、
Мちゃんにこれまでのお礼を言って、
それから、先に逝った先輩・友人たちへの伝言を託しました。


じゃあ、またね。また、逢おうね。Мちゃん。




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