昇天

2013年09月30日 12:41

月夜

昨日の深夜。

新宿副都心の高層ビル群の上空に拡がった雲間から、
細い月が現われました。

ホスピスの屋上庭園から観た月です。

ちょっと前から、少し風がつよくなりました。
風が雲を流してくれたのでしょう。

2013年9月29日23時07分、
彼女は、約2週間後の60歳の誕生日を待たずに、天に召されました。

還暦というのは、
命を宿したばかりの赤ん坊に還るという意味があるのだそうですが、
こんどはいつ、この世に生まれてくるのでしょうか?



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白都真理

2013年09月29日 20:38

真理

白都真理という女優を憶えておいででしょうか?

約30年前、
主演した「人魚伝説」という映画を観たときには、度肝を抜かれました。

原発誘致を背景にした際どい物語であったこと。
過激な強姦シーンが描かれていたこと。
あまちゃんのような甘い海女ではなく、
逞しい海女に扮して、美しくも幻想的な海中シーンを演じていたこと。
そして、なんといっても伝説となった、物語の結末で描かれた殺戮シーン・・・。

彼女と初めて会ったのは、同期として母校の演劇科に入学したときでしたが、
わたしにとっては、福岡の“いいとこのお嬢様”といった印象でしたから、驚いたのです。

ホントは、芯のつよい人なのでしょう。

ミス・ユニバースの関東代表になったのを機に、
演劇科を途中で辞め、わたしたちより先に外(現場)に飛び出して、
NHKの大河ドラマを手始めに、テレビ・映画・舞台と活躍を始めました。

むかしの苦い想い出ですが、
彼女が、三人主役の一人を演じていた舞台を観に行った帰りに、
他の主役お二人を交えて飲みに行った先で、演出の酷さについて、
わたしが、生意気にも大演説をやらかしてしまったことがありました。

真理と大先輩のRさんは、最後まで話を聴いてくれましたが、
Aさんは、怒って帰ってしまいました。

しかし、
「言ってくれたことを参考にして演るから、もう一度観に来てよ」
大先輩のRさんにそう言われて、また観に行って、また飲んだことがあります。

若気の至り極まれる、恥ずかしい想い出です。


さて、白都真理ですが、
鎌倉で「Vin茶家OMOTE」というワインとお茶のお店を始めたのだそうです。

その彼女が、18年振りに舞台の主演をつとめるというので、逢いに行ってきました。
伝説の女優が、復活していました。

いまでは、観終わってから、観た芝居のダメ出しをすることはありません。


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白都真理、江藤潤 他

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2013年09月28日 23:59

星

今夜も、
駐車場でかみさんを待つ間、病院の空を見上げておりました。

雲が、ゆっくりと流れてゆきます。

その雲間から、星が見えました。

しかし、
やがて、雲が空一面に拡がってしまいました。
抗うことは、できません。


でも、視点を変えれば、雲も地球の一部です。
その雲が、地球全体を覆うことはできません。

遥か天空から見れば、
やはり、この星は青い色をしていることでしょう。

そして、銀河の星々たちが、
そんなこの星を、取り巻いていることでしょう。

なにがあっても、地球の重さは変わりません。
わたしも、この星の一部です。


番宣

2013年09月27日 19:19

このところ、気の重い話題がつづいておりましたので、
きょうは、気軽な話題をひとつお話したいと思います。


以前から気になっていたことのひとつです。

朝の情報番組や、昼のワイドショーなどに、
場違いな俳優が出演していることがあります。

こういう場合、大抵はその局のドラマ番組を宣伝するために、
多分不慣れであろう朝早い番組なんかに出演して、
見所などを訊かれて、応えたりしているワケです。

しかし、
こういう所謂“番宣(番組宣伝)”というものは、効果的なのでしょうか?
番宣が効果的だという数値化されたデータなどは、あるのでしょうか?

と申しますのも、
わたしは、番組を宣伝する方法として、出演者が朝や昼の番組に登場して、
視聴を頼んだりすることが有効だと思えないのです。

番組を宣伝する方法は、他にも沢山あるでしょうし、
ドラマの予告コマーシャルなんかは、かなり効果的だろうと思います。

番宣に、プロデューサーや監督が登場するなら効果的かとも思いますけど、
俳優が自らの役や演技や内容について事前に語ることの違和感を覚えます。

俳優諸氏は、口には出しませんが、さぞお辛いのではないかと想像します。
だから、なんで俳優に番宣させてるんでしょうね?

但し、俳優は俳優だけをやっていればよいと言っているワケではありません。

チケットを売ることだって、お客様と親睦を図ることだって、
やらなくてよいということは、ないと思っています。
まして、自ら主演したり、企画した催しなら当然です。

それでも、あの番組宣伝をする意味は、見いだせないのです。

以前、「あのお芝居はどういう意味で創ったのですか?」
そう質問されたことがありました。

それを“口で説明する”くらいなら、芝居にはしていません。


そう思った方は、「いいね!」押してください。

空が

2013年09月26日 23:59

病院の空

きょうの未明に、かみさんの携帯電話が鳴りました。

いつ電話が鳴るか、戦々恐々とする夜がつづいていますが、
その連絡ではありませんでしたが、いい電話ではありませんでした。

まるで親戚か、それ以上の付き合い方をしている親友が、
昨日、仕事の出先で体調を崩し、病院で検査を受けた結果、
硬膜下血腫と診断が下ったので、きょう緊急手術を受けるという一報でした。

というワケで、家族でもないのに、
お母さんとお姉さんと姪子さんと、奥さんと二人の息子さんたちと、
手術が終わるのをいっしょに待たせていただきました。

側頭部に穴を開けて、硬膜とクモ膜の間に溜まった血腫を除去するという、
大変な手術にもかかわらず、幸いにして無事に手術は成功しました。

それも、執刀してから終了するまで47分間という早さです。

一昨日、
わたしが、大腸ポリープを内視鏡で摘出するのに要した時間とあまり変わりません。

そこで、
ある意味感動して、病院を出るときに病院の写真を一枚撮りました。


夕方帰宅すると、
今度は、かみさんが、きょうも付き添いのためにホスピスに行くというので、
車で送迎することにしました。

昨日は、呼び掛けても反応しないことがあったのだそうですが、
きょうは、逢いたかった親友が遠くから訪ねてきてくれたりしたので、
少し元気だったようです。

駐車場に車を停めて、かみさんを待つ間、
病院の上空が美しかったので、そこでも写真を撮りました。

どちらの写真にも、病院が写っていますが、
その建物の中で病と闘っていらっしゃる方々、向き合っていらっしゃる方々、
不安を抱え、祈りながら患者を見守っていらっしゃる方々がいます。

ただ、空が、その建物を包んでいるように見えました。

ホスピスの空

10日間

2013年09月25日 21:38

大腸ポリープ切除後の食事のポイント

海藻類、きのこ類、豆類、野菜、果物、油っぽいもの、
これらの食材は、好ましくありません。

では、何ならいいかというと、
うどん、ゴハン、タマゴ料理、豆腐、パン、スパゲッティー、カステラ、
そして、脂っぽくない肉と魚だそうです。

要するに、繊維質のものはダメ。
炭水化物と、脂っぽくないたんぱく質ならOKというワケです。

この他に、アルコールは御法度ですし、辛いものもダメです。

大腸に有ったポリープを切除した痕には、
出血止めのクリップのような器具が残っています。

いずれ、傷が治れば自然と脱落して排出されるのだそうですが、
それまでに10日ほどかかるのだそうです。

それまでは、腹の中の傷が癒えていないワケで、
刺激物や繊維質で傷めないように、養生しなければならないようです。

つまり、10日間そんな食生活がつづきます。

蕎麦はやめてうどん、パンも全粒粉のものは避け、
繊維質が入っている飲み物も・・・などと考えると、
なかなか不便なものです。

ところで、
10日間、酒を飲まないなんて、何年・・いや何十年ぶりでしょう?
身体が、高校生に戻っちゃうんじゃないかしら?

たら・れば

2013年09月24日 20:57

ニフレック

朝6時。
今朝の目覚めの一杯は、2リットルの経口腸管洗浄液でした。

約1時間をかけて約1リットルのペースで飲むようにと指示がありましたが、
早く飲めば、それだけ効果が高まるという説明もあり、
最初のコップ一杯(約500ミリリットル)を一気飲み。

味は、アルカリイオン水のスポーツドリンクのようで、
美味くもないけれど、そうまずくもありません。
しかし、二杯目からは、なかなか喉を通りませんでしたが、
それでも、2リットルを約1時間ちょっとで飲み干しました。

元来、わたしは腹にはなにも持っていない性格だと思っていたのですが、
先日受けた大腸の内視鏡検査で、「中等度の異型腺腫でグループ3」という
ポリープが3つ見つかりました。
グループ5なら癌ということだそうです。

そこで、早期に切除したほうがよいとの判断で、
きょう、内視鏡による施術を受けたというわけです。

わたしの主治医が、共に内視鏡の勉強をしたという医師を紹介してくれました。
去年から今年にかけて、医師達が選ぶベストドクター賞を受賞したという人です。


さて、
これは、あくまでも“たら・れば”の話なのでありますが、
むかし、内視鏡という医療機器が無い時代であったとしたら、
わたしのポリープは、見つかっていたでしょうか?

たぶん、進行して癌を発病して症状が出てから判り、
それから治療を受けるという経過を辿ったのではないでしょうか?

そうだとすれば、それは、大変な手術を伴なうか、
治療を諦めなければならない事態だったかもしれません。
わたしはことし57歳ですが、60歳前後が寿命なのかもしれません。

しかし、いまは内視鏡検査を始めとして、
病気の早期発見に効果的な検査技術が充実しています。
同じく、治療方法も画期的に飛躍しています。
おかげで、こうして呑気にブログを書いているワケです。

但し、内視鏡が無かった時代ということであれば、
現代の食生活とは大分違っているでしょうから、そもそも・・
大腸にポリープができなかったかも?しれないのですけれど。

お寺との縁

2013年09月23日 21:13

お彼岸

新宿区の大久保に在るこの墓には「南無阿弥陀仏」と彫られていますのに、
この墓所を持つお寺の宗派は、曹洞宗です。

この墓には、
我が家のご先祖様である、祖父母三角寛(本名・三浦守)夫妻と、
わたしのかみさんの母が眠っています。

その、かみさんの母方の祖父・三浦守(三角寛)は、
大分県豊後大野市の最乗寺に、小学4年が終わったときから預けられ、
四書五経を学んだのだそうですが、最乗寺の宗派は真宗であったために、
祖父は親鸞聖人の教えに影響を受けていました。

そこで、曹洞宗のお寺にもかかわらず、
亡くなった母が、お寺に無理を聞いてもらって
南無阿弥陀仏と彫った墓を建立したのだろうと思われます。

なんとも、三角寛の墓に相応しい、なんでも有りのエピソードであります。

では、なぜこのお寺に墓を建立したのかでありますが、
このお寺は、この墓に眠る祖母と縁がありました。

大久保のお寺は、中野に在る曹洞宗のお寺の末寺です。
その中野のお寺には、祖母の母の従姉妹が嫁いでいたのだそうです。

祖母は、富山で生まれました。
富山駅から海の方に行った四方(よかた)というところだそうです。
むかし、祖母の父は網元で、多くの漁船を持っていたのだそうです。

しかし、
嵐のときに難破して、船は沈み乗組員たちも亡くなってしまったのだそうです。
そこで、その分を取り返すために、時化の海で漁をして稼ごうとしたら、
また船が沈んで乗組員たちが亡くなって、ということを繰り返しているうちに、
その土地には居られなくなり、一家で東京に出てきたのだと聴きました。

そこで、祖母は縁戚にあたる中野のお寺に預けられて、
行儀見習いをしているときに、三浦守(三角寛)に出会いました。

そんな縁で、
中野のお寺の末寺である大久保のお寺とも親戚付き合いをしています。


このように、祖父母はどちらもお寺で暮らした経験をもち、
仏の教えに影響を受けて育ったようです。

また、人が一生の内でなかなか経験しないような体験もしています。
しかし、いまは大久保のお墓で静かに眠っています。

祖父が子どもの頃に過ごした大分の最乗寺には、
柳原白蓮が投宿したときに描いた自筆の歌が遺されているのだそうです。


南無帰依佛 まかせまつりし 一筋乃 こころとしらば 救わせたまへ

曼珠沙華

2013年09月22日 23:59

彼岸花

お彼岸です。

彼岸花が咲いています。

彼岸花と呼ばれるように、秋のお彼岸の時季になると咲きますよね。

お彼岸に咲くから彼岸花というのでは、なんだか渾名のようです。

「彼岸花」以外にも、
熊本国府高等学校PC同好会のサイトには、
「厄病花(やくびょうばな)」「死人花(しびとばな)」
「地獄花(じごくばな)」「幽霊花(ゆうれいばな)」「捨子花(すてごばな)」
「歯っ欠け婆(はっかけばばあ)」など、1,023の呼び名が載っています。

その呼び名のほとんがネガティブなイメージを連想させることから、
日本では不吉な花として、忌み嫌われていたのだろうと思います。

でも、
この花は、曼珠沙華とも謂います。
なんだか、これが本来の名前のような気がします。

曼珠沙華は、天界に咲く花だとも謂われています。
人が曼珠沙華を観ると、煩悩から解放されるとも謂います。

しかし、
曼珠沙華の花は白く、この花のことではないという説もあるようですが、
どちらが、本当でしょう?


此岸から彼岸に想いを致すこの季節。
この世の苦しみや煩悩から解き放たれて彼岸に渡ると、
曼珠沙華の花が一面に咲いているのかも、しれません。

曼珠沙華の花言葉は、「再会」
わたしたちも、いつか向こう岸に渡ったら、
お互いに、また逢えることでしょう。

まんじゅしゃげ

「泡」

2013年09月21日 23:59

「泡」

劇団東京フェスティバル公演「泡」

わたくし、早い時期からこの再演を楽しみにしておりましたので、
マネージャーのSさんにメールして、チケットをお願いしてありました。

Sさんとは、わたしが地人会の制作者だったときからの知り合いです。

それは、9月18日のマチネのチケットでした。
その前日までは、翌日の公演を楽しみにしていたのですが、
ナント!当日になって観劇予定を意識した覚えがありません。

忘れてしまっていたのです。
それに気づいたのは、公演がとっくに終わった夕方になってからでした。

慌てました。
わたしのチケットは、受付に用意されていたはずです。
人気の公演ですから、当日券に回った可能性はありますが、
それならよかった、という問題ではありません。

すぐにSさんにお詫びするために電話をしましたが、通じませんでした。
留守番電話にメッセージを残しました。
そして、同様の内容をメールで送りました。

チケットをお願いしておいて、その公演を忘れてしまうなんて、
演劇制作者として、ナント恥ずかしいことでしょうか・・・。

その夜、Sさんからお電話をいただきました。
チケットはまだ残っているから、席を用意するというお申し出でした。

恐縮しながらも、
お言葉に甘えて、今夜の公演のチケットを1枚、追加して頂きました。

もう、自分が信じられないので、かみさんにもそのことを伝えて、
手帳の予定欄は勿論、机の上にもメモを置いてきょうを迎えました。

このところ、
ボーッとしているというか、忘れっぽいというか、
心此処に在らずというか、外出したら何処かに自分を忘れてきそうでした。


とりあえず、今夜のチケットが“泡”と消えなくて、よかったです。

十六夜

2013年09月20日 20:55

一日の終わりに


2013年9月20日という一日が終わる。

きょうも、無事、何事もなかった。

夫婦は、携帯のメールで、

「もう夕飯のおかず、決めちゃった?
 思ったんだけど、スダチをいただいたから、秋刀魚はどうかな?」

「秋刀魚は高いからね、サバを焼こうと思って、買っちゃった」

「そうか!思いつくのが、遅かったね」

そんな、他愛のないやりとりをした。

そして、週末になると泊まりにくる、孫の好物を作ったりする。


かみさんが、病院から帰ってきて云った。

「昨日は、病室の窓から満月を観たって・・」

十六夜(いざよい)の月は、やはり、なかなか昇らない。

正直者

2013年09月19日 21:00

講談社の月

今宵の月は、正真正銘の中秋の名月なのだそうですよ。

月は太陽と交代するかのように、
日没とほぼ同時に白道を昇って東の空に現われたはずです。

中秋の名月

20時13分、
西に沈んで日本の真裏に回った太陽と地球と月の位置が180度になった瞬間、
太陽の光が、日本の上空に昇った月の姿すべてを照らし出しました。

満月です。

満月

ところで、
毎年、中秋の名月を拝める確率は約3割程度なのだそうです。

この時季、
秋雨前線や台風の影響で、曇ったり雨が降っていることが多いからでしょう。

そういった意味で、
今宵の十五夜は、雲一つない快晴の満月ですから、貴重です。


さて、
一昨日の十三夜に昇った月もきれいでした。

保育園にお迎えに行った帰り道、
まだ丸くない月を二人で見ながら、話していると、
「お月さま、白いねぇ・・」と孫娘が申しました。

「そうだねぇ、まだ白いねぇ」

そして、
「お月さまにウサギさんがいるの、見える?」
と訊いてみました。

すると、「お月さまに、ウサギさん?・・・」と、
孫娘は月を見上げて、しばらく考えておりましたが、
「ウサギさん、見えないよ」と申しました。

実は、正直に云って、
わたしも月にいるウサギを見たことは、ありません。



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